第441回
Appleに見る高付加価値製品の作り方



 少し前のニュースだが、Appleは2008年10月から12月にかけての四半期で過去最高の売上高と純利益を出した。同時期、世界的にエレクトロニクス製品の売り上げが落ちた中での好業績は、iPhone 3Gと新型MacBookの好調さに支えられたものだが、同時に景気後退期に売り上げが鈍化しやすいiPodまでもが販売台数を伸ばしているのに驚かされた。

 さすがのAppleも市場の冷え込みがさらに厳しくなる今年前半は勢いが鈍る可能性はあるが、ネットブックに代表される低価格路線から距離を置きながら、それでも不況の中で勢いを強めているのには、何らかの理由があると考えるべきだろう。

MacBook Air

 筆者は取材に持ち出すPCとして、現在、東芝の「dynabook SS RX1」を愛用しているが、これに加えて2008年12月に、現行の「MacBook Air」を使い始めた。世界的なヒット商品になっているMacBookとは異なるモデルだが、製品開発や商品コンセプトの根っこには共通する部分も多い。

 実際にInternational CES以降の取材に投入して実感したことだが、Appleのコンピュータには、“裏切られた”と感じる部分が非常に少ない。どんなに素晴らしいと信じて、あるいは特徴を精査した上で納得してから購入した製品でも、どこかしら残念に感じるところは出てくるものだ。

 ところが近年のApple製品には、そうした部分をほとんど感じなくなった。見た目は良くても、使ってみると不具合が多い印象のあった昔のApple製品とは、商品価値の組み立て方が変化してきていることを実感した。

●“期待を裏切らないこと”が付加価値に

 ユーザーになる前と後では、商品に関して気になる部分は変化するものだ。たとえば購入前は、たとえ100gでも軽い方が持ち歩きやすいと考えていても、実際に使い始めると軽量化による剛性不足の方が心配になってくる。

 また期待していた性能に達しないと、数値自体は満足できるはずなのに、全く満足できない気分になってくる。たとえば、バッテリが8時間使えると書いてあれば、8時間キッチリとは行かないまでも、6時間以上はもってくれるだろうと(自分では)保守的に見積もっていたが、実際には5時間ぐらいしか使えなかったといった具合だ。

 何度もモバイルPCを買ったことがある人や、実際に手元で評価したことがある人ならば「まぁ、こんなもんだろう」と納得できるかも知れないが、初めて買った人はそうは思わないだろう。ユーザーの期待を裏切ってしまうと、せっかく良い製品でもマイナスの心証を持ちかねない。

 ところがMacBook Airを本格的に仕事で使い始めてみると、あらゆる部分で期待値以上の働きをしてくれる。MacBook Airに限らず、現在のMacBook、MacBook Proシリーズの購入を検討するようなユーザーは、総じて“自分は良い製品を選択できた”という満足感を求めるものだ。より良い製品だと判れば、多少コスト高な製品であったとしても、その対価を支払う意欲がある。しかし、その期待を裏切ってしまうと、次に買い換える際、買い増す際には、満足できなかったメーカーは意図的に選択肢から外す。

 たとえばMacBook Airのバッテリ駆動時間は、無線LANを使いながら4.5時間となっているが、実際に使ってみても、ほぼその通りの時間、あるいは条件によってはもっと長時間の運用も可能だと気付く。

 無論、使い方にもよるが、周辺の明るさに応じて、あるいはアイドル時に自動的にバックライトを減光するなどして、省電力設定をカリカリにチューンしてバッテリ優先にしなくとも、スペック値から想像するに充分な駆動時間を実現できる。

 同じような機能はWindows VistaインストールのPCにもあるが、デフォルトの状態で具合良く動作するのはMacBook Airの方だった。我々がPCを使う機会の多いインタビュールームや基調講演会場、記者発表会場などは暗い場所が多く、自動的にバックライトが下がることでバッテリ持続時間が延びやすいという事情もあるかもしれない。

 無線LANをメニューバー上から切っておくと、スペック値以上に長持ちする場合すらあり、結局、朝8時から夜中まで続いたCESのプレスデー(一日中、発表会が連続して開催される)でも、間に1度15分ほどの充電を挟んで、最後は35%以上のバッテリが余ったほどだった。明らかに期待値以上の結果だ。

 同様に高剛性の薄型筐体に由来するキータッチのしっかり感は、使い込むほど強く感じる。液晶パネルの開く角度がもう少し欲しい、という小さな不満はあるものの、カバンに本体を詰めては出し、テーブルや膝の上で使い、といった作業を繰り返していくうちジワジワと信頼感が増してきた。新型になってトラックパッドの操作感が改善している(ボタン操作以外は新型MacBookと同じガラス製パッドと同等になっている)ことも、トータルの操作感を増している理由だろう。

 MacBook Airのスペックなんて、全然魅力的じゃないじゃないかと思った方。あなたは正しい。外部拡張がUSBポート1つとMini DisplayPortだけなのはやはり不便だし、バッテリが内蔵で固定されていること、ストレージデバイスを交換しづらい事、重さはやっぱりもう少し軽くなって欲しいなど、改善して欲しい部分はそれなりにある。

 しかし、使い始めてこそ判る部分で期待値を超えている部分が多く、不満らしい不満として鬱積しない。こうした満足感をAppleが意図的に演出しているのか、結果論なのかはわからない。だが、ある種の妥協として(軽量でカバンに収めやすいMacはほかに存在しないので)選んだはずなのに、妥協点を忘れて満足感が気持ちの大半を支配している感覚というのは、他の製品に感じたことがなかった部分だ。このあたりにAppleがソフトウェアの互換性(主流であるWindows用ソフトウェアが動かない)という不利を超えて売り上げを伸ばしている原因の1つなのかもしれない。

●「ソフトウェア+サービス」をハードウェアの魅力に転嫁

 もう1つ忘れてはならないのは、Microsoftが「ソフトウェア+サービス」といった標語を持ち出すずっと前から、ネットワークサービスとソフトウェアを融合し、それをApple製コンピュータの付加価値として訴求してきたことだ。

 たとえばiLifeは、元をたどればMacをデジタル家電的に使ってもらうため、iMovieを無償添付し始めた事に端を発しているソフトウェア集だが、時代ごとに紆余曲折を経て音楽配信サービス、Webホスティング、ネットワークストレージ、データ同期、動画共有、写真共有といったさまざまなサービスを統合する家庭向け「ソフトウェア+サービス」ソリューションを提供するためのコアになるアプリケーションスイートになった。

 これはApple自身がよく使っている言葉だが「Macを買ってもらうということは、すなわちお客さんにiLifeも同時に買ってもらっているということ。iLifeは単なるアプリケーションソフトではなく、コンピュータとしてのMacの一部」と話してる。

 この点はOSベンダーの視点からWindows Live Essentialsを開発しているMicrosoftや、ハードウェアベンダーの視点からPCを使い始めるユーザーに対してスターターパック的に添付ソフトを付けているPCベンダーとは、かなり考え方が違うと感じる。

 特に最新作の「iLife '09」は、何事もシンプルに機能を組み込める従来のiLifeが持っていた取っつきの良さに加え、別途単体で購入するような専用アプリケーションが持つ奥深さの両方を持ち合わせ、使い込むほどに可能性が広がるソフトウェアに仕上がっていた。

 顔識別機能やジオタグに対応し、レタッチ機能も豊富になったiPhotoや、ソフトウエア手ぶれ補正や細かいカット割やサウンドの割り当て、トランジションや簡易アニメーション作成機能など追加機能の多いiMovieも面白いが、これまでアクティブなユーザーが少なかったGarageBandが大きく進歩している。

iPhoto iMovie GarageBand

 従来のプリインストールされているさまざまなリフを繋いで、簡単に曲作りを行なえる簡易DTMソフト的位置付けは引き継がれているが、Macを使って楽器(キーボードとギター)を習得する学習プログラムが各9本分、無償で利用できるというのが面白い。有償ではあるが、有名アーティストが自らの曲を演奏するためのコーチをしてくれるプログラムもダウンロードできる。

GarageBandにはレッスン機能もある

 基礎の基礎から、アニメーションとビデオで少しずつ学習するプログラムをプレビューしていると、自分も楽器演奏に挑戦してみようかと本気で思い始めてくる。余談だが、私の妻はすっかり新GarageBandにアテられて、キーボード演奏を始めると宣言し、USBキーボードコントローラを買ってしまった。

 これは一例でしかないが、PCを買ってアクティブに何かに挑戦することの楽しさに導くことは、PCの持つ本質的な魅力をユーザーに知ってもらう上で、とても重要なことだと思う。

 PCを買った。でも、やっているのはWebを見て、メールを使い、音楽をリッピングして携帯プレーヤに転送。あとは、たまに仕事や学校の書類を見たり作成したりといった程度なら、より付加価値の高いPCが欲しいとは、そのうち誰も思わなくなるに違いない。

●ネットブックとは違う道へ

 Appleによるネットブックが出るんじゃないかという期待の声が、インターネットのコミュニティで何度も上がっている。しかし、おそらくAppleはネットブックのような低価格機は作らないだろう。

 ネットブックはPCをよく知る人にとっては、とても便利な道具ではある。性能やスペックの制限を知った上で、適材適所で使い分けるなら、ネットブックの安さ、手軽さは大きな武器になる。

 単に安いミニノートとして使う用途以外にも、Windows 7になってデジタル家電との親和性が高くなってくれば、UPnP Control Point+お手軽ブラウザとしてリビングに置いておくなど、それまでは贅沢すぎると思っていたような場面でも、PCを積極的に使えるようになる。

 しかし、そうした方向とは別に、ソフトウェアとサービスをうまく利用することで、もっと簡単に楽しいことに対して、よりアクティブにユーザーに挑戦してもらうことで、コンピュータのエンターテイメント性を高めるという道を、Appleは示している。この路線で行き詰まらない限り、Appleがネットブック的製品を出すことはないだろう。もし、低価格コンピュータを出すのであれば、もっと用途を絞ってハードウェアもソフトウェアも、そして製品に付随するネットワークサービスもカスタマイズした製品になると思う。

 こうしたAppleの事例は、PC業界が進む方向を暗示していないだろうか?

 もちろん、冒頭の話題に振り返ると、Appleが好業績を挙げられたのは単純に商品コンセプトと質が良かったからだけではない。彼らが総合家電メーカーではなく、得意分野に特化した(比較的)コンパクトな企業で、ソフトウェア、サービス、ハードウェアのすべてを一社でまかない、そのすべてを1つの方向にまとめる求心力を持つ経営者がいるなど、さまざまな条件の良さが好結果を呼んでいる。売り上げが急落して損失を出した総合電機メーカーを批判する声もあるが、Appleとの直接的な比較はあまり意味がない。

 とはいえ、他のPCメーカーが、ネットブックとは異なる方向での付加価値を探すヒントにはなるはずだ。

□関連記事
【1月29日】アップル、「iLife '09」の販売をスタート
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2009/0129/apple.htm
【2008年10月20日】【本田】新型MacBookとMacBook Proを試す
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/1020/mobile428.htm
【2008年10月15日】【本田】所有欲、使用感を重視した新MacBook
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/1015/mobile427.htm
【2008年10月15日】アップル、MacBookシリーズをモデルチェンジ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/1015/apple1.htm

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(2009年2月3日)

[Text by 本田雅一]


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