第436回
両極から多様化へ。モバイルPC変化の時代



AtomとSCH

 年末になって改めて振り返るまでもなく、今年のPC業界はAtomで始まり、Atomに終わる年だった。もちろん、インテルが満を持して投入したCore i7が最初のバージョンから良好なパフォーマンス(特にメディア処理の能力)を出しているが、景気後退の波に同期するかのように、ユーザー間の話題はAtomを用いたネットブックへと移っていった。

 ご存知のように、Atomを搭載するコンピュータの中でも、ネットブックやネットトップと言われる種類の製品は、特定の決められた条件下において主要コンポーネント(半導体やソフトウェアライセンス)のコストをギリギリまで下げ、トータルでの価格を下げた製品だ。

 本来は新興国向けにPCの普及を促進するためのアイデアだったが、性能が多少低くて光学ドライブがなくとも、充分に使える用途はたくさんある。新しい分野であることも手伝って、多いに市場を賑わした。

 では来年、ネットブックはさらなる進撃を続けるのだろうか?

 高性能なトップエッジのモバイルPCとネットブックの両極に注目が集まる時代は終わり、より柔軟に自らのライフスタイルに合わせて選べる多様化の時代へ。来年はモバイルコンピューティングが大きく変化する時になるかもしれない。

●消費者はメーカーが考えるより賢い

Eee PC S101

 ネットブックが市場で注目され始めた頃、日本のPCベンダーは戦々恐々としていた。性能が低いとはいえ、5万円程度でミニノートPCが購入できてしまうのだ。小型/軽量なノートPCの開発には技術的な難しさがあるが、しかし、Atomベースならば冷却が楽で半導体の底面積も小さい。

 いくら光ディスクを搭載せず、CPUパフォーマンスも低いとは言っても、20万円程度の製品と比べてネットブックを買うという人も多いのではないか? と考えていたようだ。しかし、実際に市場調査をしてみると、ネットブックユーザーの多くはPCに充分慣れ親しんだ人たちばかり。よくわかった上で、あえてネットブックに手を出しているという状況が知られてくるにつれ、落ち着きを取り戻してきた。

 実際、ノートPC市場は昨年比で大きく販売台数が落ち込むことはなく、ほぼ平年並み。そこにネットブックがプラスαとして乗ったことで、台数ベースでは伸長したのである。今年後半の経済情勢を考えれば、なかなか悪くない状況だと、各メーカー担当者は胸を撫で下ろしたという。

 しかし、年末が近付くにつれ、ネットブックはPCに詳しくない層にも知れ渡るようになった。CPUのブランドなどにあまり興味がない購買層ならば、一般的なノートPCを買うつもりでネットブックを購入してしまうケースが増えてくるかもしれない。そんな声も聞かれたが、こちらもまた杞憂に終わりそうな雰囲気である。

 結局のところ、消費者はメーカーが考えるよりも、ずっと賢いということなのだと思う。今は'90年代とは違い、誰もがPCを知り、PCに求める機能も明確になってきている。「なんでもできそう」と夢を描いて買い、片っ端からソフトをインストールして試すといった時代は、(少々、寂しくもあるが)過去のものになった。ネットブックを使いながらも、別途、必要に応じて一般的なPCも使う。

 もちろん、今後さらにネットブックの性能が高まり、スペック制限も緩くなれば、一般的なノートPCなんて贅沢な嗜好品だと言われる可能性もゼロではないだろう。そんな話でも、ソフトウェアの進歩が停滞してプロセッサ速度の速さがユーザーに何ももたらさなくなったなら、冗談とは言っていられなくなるかもしれない。

 しかし、低価格化に極端に振った製品は、どこかしらバランスが悪いところがある。ネットブックは、いわばPCのコンパニオン製品(つまり、他のPCがあくまでも主で、それ対して必要な場面に応じて使い分けるデバイス)だ。PCと同じアーキテクチャだが、想定されている使われ方は幾分か異なる。

 インテルはネットブックに対して、やや臆病に見えるところも感じられるが、もっと消費者を信じるべきだ。たとえば、ネットブックを自分が使うコンピュータシステムに追加することで、一般的なPCの価値が高まるような仕組みを作り、積極的にネットブックもプロモーションしてはどうだろう。ネットブックを窓口として、ハイパフォーマンスなPCの能力を引き出せるといったようなアプリケーションを積み重ねていけば、ネットブックはPCを駆逐するのではなく、むしろ引き立ててくれるはずだ。

 ネットブックの存在が、一般的なPCビジネスを縮小させることがあったとしても、それは誰も止めようがない。ならば、ネットブックを通じてPCの良さを積極的にアピールするべきではないか。実際、ネットブックを買いに来て、その機能や性能を体感して、最終的には普通のノートPCを買って帰るという人は多いそうだ。

●ネットブックだけがAtomじゃない

Menlowのシステムボードはトランプより大きい程度

 ネットブックという製品は、機能やハードウェアの制限が強く、その上、価格面でも安価であることを期待されるから、どこが作っても、大抵は同じような製品になる。一部にはデザイン性などで差別化しようとする意図も見えるが、目新しいネットブックが出てきても、数カ月も経てば、また同じような顔をして多くの製品が並ぶ。

 もちろん、出先でちょこっとメールやWebにアクセスし、いくつかの書類に目を通すなんて使い方ならば、それでも充分だ。しかし、もっと個性的な製品があればと思わないだろうか。

 同じAtomでも、モデル名の頭に“N”ではなく“Z”が入るプロセッサならば、Menlowプラットフォームとなって、よりアグレッシブな製品が開発できる。パフォーマンスはやや落ちるが、しかし、さほど大きな違いなしに、より攻めた設計ができる上、ネットブックのような仕様上の制限もない。

 「Menlowベースでは、すでにたくさんのMID(Mobile Internet Device)が出ているではないか」と言う人もいるだろう。しかし、初期のMIDはインテルが提案し、各社がそれに賛同して開発した製品だ。メーカー自身がMenlowという素材を咀嚼し、自分たちなりの解釈で商品を企画しているわけではない。だから、似たような製品ばかりになっても当然なのだ。

 Menlowは熱設計や基板面積などの点で、Core 2を用いたノートPCよりも遙かに設計の自由度が高く仕様制限もない。メーカー自身が独自性を発揮できるのは、半年から1年ぐらいが経過した後になるので、来年は“インテル的MID”ではない、多様な製品が出てくるだろう。それはそう遠くない未来の話だ。

 無論、独自性の高さは価格にも反映されるだろう。Menlowプラットフォームの製品はUltra Low Costプラットフォームではないから、キーコンポーネントの価格的な優遇は受けられない。だが、消費者の側から見て選択肢は広がる。

 今までは高価な小型軽量かつ高性能なモバイルPCか、それとも超低価格のネットブックかという両極端な選択肢しか無かったが、その間を埋める製品が来年前半にいくつか出てくるだろう。

 本来、そうした多様性は従来のノートPCにもあって当然のものだが、熱設計などさまざまな条件の枠とコストが、それを許してはくれなかった。しかし、そうした閉塞の時代も、そろそろ終わろうとしている。

□関連記事
【本田】ネットブックで動くWindows 7に見るMicrosoftの変化
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/1120/mobile433.htm
ネットブック/UMPCリンク集
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/link/umpc.htm

バックナンバー

(2008年12月25日)

[Text by 本田雅一]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp ご質問に対して、個別にご回答はいたしません

Copyright (c) 2008 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.