第434回
ロスレスと非圧縮をも聴き分けられる
オンキヨーのオーディオネットトップ



 PC用オーディオボード、USBオーディオモジュールやオーディオ機能を重視したMedia Center PCの開発といった、日本の老舗のオーディオ専業メーカーとしては珍しくPC業界と深い関わりがあったオンキヨーが、PC製造メーカーのソーテックを買収したのが2007年7月のこと。その後、デジタルアンプ内蔵のAPX-2といったオーディオコンピュータを発売する一方、ソーテックブランドではノート型のUltra Low Cost PC(ULCPC)、いわゆるネットブックを国内メーカーとして初めて発表した。

 そして今回、同じくULCPCの枠組みで開発したのが「SOTEC HDC-1L」である。見た目は「HDC-1.0」とほぼ同じだが、ブランド名はオンキヨーではなくソーテックを名乗る。HDC-1.0と同じく“音の良いPC”を目指しつつ、ULPCの枠組みで低価格化したネットトップ版HDC-1.0といった位置付けだ。

●オーディオ的アプローチの筐体設計

ブランド名がONKYOからSOTECに変わった以外はHDC-1.0の意匠を踏襲。低価格ながらオーディオ機器ライクなヘアライン仕上げのマスクが与えられている

 筆者はHDC-1.0については試用していないので比較はできないが、筐体のメカニカルな設計を見ると、実にオーディオ的なアプローチが施されていることに驚いた。

 見た目にもオンキヨーのオーディオコンポである「INTEC 205」シリーズに近い印象(幅は同じで、組み合わせての利用も想定されている)で、とても低価格PCには見えないが、ネジを外して中を見てくと音質を向上させるためにさまざまな工夫がされていることがさらに分かる。

 オーディオ機器というと、S/N比のスペックや電源容量、部品の質、デジタルオーディオならより高品位なフォーマットへの対応といった部分に着目する方が(特にPC Watchという媒体の読者層を考えると)多いと思う。しかし、音の質感にはメカニカルな設計の配慮が重要になる。本体内で発生する振動、スピーカーの音として本体に与える振動などが、音質に大きく関わってくるからだ。

 たとえば本機の足は単なるゴム足ではなく、プラスティック製の丸い足にリング状のコルクを貼ったものだ。単なるゴム足を貼っておく方が製造面では楽だが、それでは音が死んでしまう。もっと高コストな素材(たとえばCFRPやチタンなど)を使えば、さらに音は良くなるかもしれないが、限られたコストの中で“音の質を整えていく”ノウハウこそが、オンキヨーのようなオーディオ機器を量産するメーカーの持つ技術であり資産なのだ。

 筐体カバーを開けて冷却ファンのステーを外してみると、アンダーシャーシとの接合部には薄いフェルトのような緩衝材が貼ってある。一方、電源ボードを留めるステーがアンダーシャーシと結合される部分には、軟質のプラスティックワッシャーで金属同士が直接触れないようになっている。振動の大きな光ディスクユニットは、長めのステーを用いて取り付けられ、ステー自身がサスペンションとして機能するようだ。

 さらに冷却ファンのステーと冷却ファンはバネを使って対角線2カ所のみが留められていた。冷却ファンは使用中、回転することはほとんどなかったが、たとえ回転を始めたとしても、その振動を直接、オーディオ回路に伝えないようにする工夫だ。

 光学ドライブの上部には斜めに大きくアセテートのテープが貼ってあったが、これも音質対策の1つと思われる。たとえば、このテープを外せば振動の収束が遅くなるだろうし、テフロンテープと入れ替えると振動の抑えがよりよく効く。貼り付ける場所、長さ、素材そのものが、音を聴き分けながら決められたノウハウだ。その光学ドライブの下には、2.5インチHDDがゴムブッシュを介してフローティングマウントされている。

 これら1つ1つは実に小さな工夫だが、何もされていないのと、きちんと音を評価しながら開発しているのでは、結果はまるで違う。具体的な数値として、騒音レベル18dBAという低動作音をアピールしているが、それ以上に音質を高めるための工夫として各所に施された配慮がこの製品の性格を物語っていると言える。

 仕事がらオーディオ機器が生まれたばかりの時期と、回路や部品を変更せずにメカニカルなチューニングで音質を追い込んでいく過程、その後を比較することがあるが、本機は低価格PCであるにもかかわらず、そうした部分への配慮がきちんとされている。世界中を見回しても、このような製品はほかにはない。

HDC-L1の背面。電源はACアダプタを用いる。各種ポートはUSB端子が多めに配置されていることを除くと非常に保守的。HDMI端子ぐらいは欲しいところだが…… 底面の足にはリング状のコルクが貼ってある。内部の電源ボードを留める穴には樹脂製ワッシャが配置。反対側も同様に処理されていた 筐体を空けた全体像。光学ドライブにはアセテートのテープが貼ってある。また、サウンドボードの大きさが目立つ
こちらは冷却ファンの取り付け部。フェルト状の緩衝材でファンの振動との共振を抑えている 冷却ファンのステーへの取り付け部をよく見ると、対角線上に2カ所が留められているだけだった。バネで抑える構造で振動を上手に逃がそうという試みか 光学ドライブ下に吊り下げられているHDD。マウント部にはゴムブッシュが用いられていていた

●高品質USBオーディオモジュールを内蔵

 本機のマザーボードはASUSの「IPXLP-LV」でプロセッサはAtom 230、メインメモリは1GBといった構成。ディスプレイ出力はミニD-Sub15ピンで、出力解像度の制限などは行なわれておらず、QXGAまでの解像度を選択できる。USB端子が背面に4ポート、前面に2ポートと多めに配置されていることを除けば、ごく一般的なネットトップだ。

 一方で本機専用に設計されたというオーディオモジュールは、バーブラウン製のハイエンドDAC IC、PCM1796を採用。デジタルノイズを除去するオンキヨー独自回路のVLSC2を通じてRCA端子にライン出力が導かれている。

 このオーディオモジュールはマザーボードとUSBで接続されており、24bit/96kHzまでの解像度に対応。CDやCDからのリッピング音源などはもちろん、e-Onkyoで同社自身が販売している24bit/96kHzの高品位音源の再生にも対応する。ただし、デジタル出力はない。

 スペック的には同社が昨年発売したUSBオーディオモジュールのSE-U55SXに近いが、SE-U55SXのS/N比が115dBなのに対して、本機は120dBを達成していることなどいくつかの違いがあることから、別に作り直したものだと思われる(オンキヨー自身も専用設計とアナウンスしている)。

サウンドボードはマザーボードとUSBで接続されている サウンドボード上のバーブラウン製オーディオDAC

付属のリモコン。ミニプラグ付きケーブルで接続するRIリンクを通じて、オンキヨー製プリメインアンプなどとの連携動作も可能。モニターオフを押すと画面が消えるが、この設定をしても音質面でのゲインはほとんど無かった

 さらにソフトウェアの面でも高音質を追求し、独自のPureSpaceというソフトウェアが添付されている。このソフトウェアはWindowsのサウンドミキサーをバイパスして音楽を再生するPure Direct Audio Path(PDAP)という技術を採用するオーディオプレーヤーで、Windows Media Playerのライブラリを参照し、リモコン操作での音楽再生を実現する。

 WMPとの互換性は非常に高く、たとえば楽曲情報をタグとして埋め込めないWAVファイルでCDをリッピングした場合でも、WMPのデータベースを参照して楽曲情報を表示できる。

 PureSpaceが起動中は、他のWindowsアプリケーションが鳴らす音はミキシングされないため、音楽を聴いている時に突然、メール着信音が鳴って気分が台無しになるといったことがない。加えてWindowsのサウンドミキサーは、音を悪くする張本人として悪名高く、これをバイパスすれば音質が高まることは間違いない。詳しくは後述するが、PureSpaceは本機を純粋なオーディオプレーヤーとして利用するために使うソフトと考えるといい。

 ただし、この“純粋なオーディオプレーヤー”という部分は諸刃の剣で、PureSpaceを起動中は他のソフトウェアを起動することも、操作することもできなくなる。これはさすがに不便だ。Windowsのサウンドミキサーをバイパスし、他ソフトウェアの音をカットした上で、メール処理やWebのブラウズをしたいというユーザーは決して少なくないはず。何らかの事情があることは察せられるが、本機の魅力を引き出すためにも何らかの手段が提供されることを望みたい。

PureSpaceの画面。これ単体でCDのリッピングは行なうことができない。タグ情報はすべてWMPのデータベースを参照するため、WAVファイルでも楽曲情報は表示されるが、ジャケット写真は表示されなかった 付属の設定ツールを用いるとリモコンで呼び出すプレーヤーをPureSpaceからiTunesに切り替えることが可能

●PCとは思えない整った音

試聴時の様子。プラズマテレビをディスプレイ代わりに使い、音を評価する際はディスプレイ前にスクリーンを降ろして反射を緩和させながら評価した

 さて、このように音楽を聴くためのPCという位置付けだけに、どこまで“オーディオプレーヤー”として使えるかが、59,800円が想定価格となっている本機と、39,800円ぐらいが相場の一般的なネットトップとの差額である2万円を考える上で重要な点となるだろう。

 そこで筆者が普段、AV機器の製品評価用に使っているシステムにHDC-L1を接続した。関連する機器のみを紹介すると、まずパイオニアのAVセンター「SC-LX90」のアナログ入力に接続。Pure Audioモードに設定し、プリアウトをLINNプロダクツの「Majik 5100」という5チャンネルパワーアンプ2台に接続。パワーアンプ内部にはチャンネルディバイダが内蔵されており、帯域を5つに分割して5ウェイの「Akurate 242」というスピーカーを、1ユニットごと1チャンネルを割り当てたマルチアンプ構成(全10チャンネルアンプ)で駆動している。接続ケーブルも試聴用に用意してある1mペアで5〜6万円クラスのものを用意し、まずはHDC-L1そのものの質を確認している。

 試聴に使ったのはShelby Lynneの「Just A Little Lovin'」というアルバム。往年の名ヴォーカリスト、ダスティ・スプリングフィールドのトリビュートアルバムだが、アル・シュミットの手による録音の質が素晴らしく、良い機材で聞くと2本のスピーカーの間に半球状の音場がキレイに生まれる1枚。

 1曲目のタイトル曲、Just A Little Lovin'、'70年代にベイシティ・ローラーズもカバーしてヒットしたI Only Want to Be With Youの2曲を主体に試聴。まずWMPでWMA Lossless、WAVの両方でリッピング。PureSpaceでCDからの直接再生と両フォーマットを比較試聴するところから始めた。

 CDの再生音を出してみると、なるほどPCの再生音とは思えない整った音が出て来た。PureSpaceのPDAPによる効果だろう。iTunesやWMPで感じる、中域が痩せ、さらに全帯域に歪みっぽさが出て、音場も薄いという印象がかなり改善される。

 しかし、まだ少しだけ中高域から高域にかけて歪み感が残る。情報量も少なめだ。ところがこの傾向はHDDにリッピングすることで変化する。特にWAVにリッピングした時の音がいい。音の数、情報量がCDからの直接再生より格段に増えてくる。

 加えて帯域ごとのバランスが良く、高域にも伸びやかさがあり、その上で歪みっぽさが取れて耳あたりが良くなる。WAVに比べると、WMA Losslessは低域のボリューム感、力感ともにやや削がれ、中域から高域にかけてクセっぽさが乗り、硬く無機質な印象になる。ロスレスなのだから、PCMデータそのものは完全に復元されるはずだが、結果としての音は全く違った質に感じられる。

 生のPCMとロスレスコーデックの音が違う、というのは、実はオーディオの世界ではよくあることで、たとえばTrondheim Solisteneの「Divertimenti」というアルバムなどでも体感できる。SACDとBlu-rayが同梱されており、Blu-rayにはDTS-HD Master Audio、Dolby TrueHD、リニアPCM、Dolby Digital(AC-3)を聞き比べることができる。AC-3が違うのは当然としても、すべての音声トラックが異なる質に聞こえるのだ。

 言い換えれば、そうしたロスレスと非圧縮の違いを感じられる程度にまで、クオリティを高めることに成功したとも言えるだろう。本機と同程度の価格が設定されているUSBオーディオは数多くあるが、ここまで高音質な製品は少ない。

 WAVにリッピングした音は歪みっぽさが抜け、滑らかでイヤな音を感じさせないクリアな質感表現は、実に堂々としたものだ。一般的なネットトップ+2万円ほどでこれだけの質を引き出していると考えると驚くに値する。

 ただし、全くエクスキューズがないわけではない。PCとしては完成度の高い音を出す本機だが、音場の広さ、豊かさ、表現の奥深さは、さすがにオーディオ専用機にはかなわない。

 試聴盤は音の鮮度が非常に高いことに加え、音場の奥の方に向けてスーッとキレイに音場が消えていく奥行きの深さがあるのだが、HDC-L1では手前方向にしか音が展開しない。フワッとした空気感の表現は特に不得手で、さっぱりとした音場が形成される。カラッと爽やかな、しかし力強いサウンドには合うだろうが、ウェットな質感表現は難しい。

 もちろん、そうした感想は本機を“音楽プレーヤー”として、オーディオプレーヤーと同列に並べての感想であって、PCというカテゴリの中ではずば抜けて良い。これ以上を望むのは、PCという形態、そしてこの価格帯では難しいのだろうが、基礎体力はきちんとあると感じられるだけに、もう少し上の表現力も期待したくなる。

●PDAPなしでも、PCオーディオとしては一級品

 一通りの試聴を経て、PureSpaceを終了させてから再びWMPでWAVデータを再生させてみた。一度、PureSpaceの良さを知ってしまうと、その音質の落差を如実に感じるが、しかし、だからと言ってiTunesやWMPで再生させた音が悪いという話ではない。

 HDC-L1のオーディオ機器として実力を評価するため、あえてPCであるということを抜きに音を聞き比べたが、PureSpace抜きで他のPCと評価したとしても、やはり本機の方が優れていると書くだろう。

 本機にプリインストールされる設定ソフトを用いると、リモコンで起動するデフォルトの音楽プレーヤがiTunesになる。iTunesとPureSpaceはライブラリの同期が行なえないので、二重にデータを管理するか、あるいはPDAPを諦めなければならないが、iTunesで音楽データを管理したいという人は、iTunesだけを使ってもいいのではないかと思う。

 たとえば本機とのセット販売が行なわれるWAVIOブランドのアクティブスピーカー「GX-77M」と組み合わせて使うといった場合は、前述したような音質の違いはさほど気にならないだろう。

HDC-L1とセット販売されるGX-77M。実売2万円以下のアクティブスピーカーとしては珍しく、同軸2ウェイの構成を採用している。価格を考えれば納得の出来だが、HDC-L1のクオリティならば、もっと高品位なシステムとの組み合わせにも耐えるだろう

 もう少し贅沢に使うならば、既存のPCシステムにアドオンする形で使ってもいいかもしれない。本機にVNCサーバーをインストールしておき、普段使っているPCからリモートで操作するというのも1つの使い方だ。これならPureSpaceを活用しつつ、PCと高い親和性を持つオーディオ専用PCとして成り立たせることができる。

 静粛性が極めて高いので、プラスαで現在の環境に付け足しても、決して邪魔にならないというのも本機の良さだ。本機に比べれば、ハイビジョンレコーダの方がはるかにうるさい。リビングルームに置いてTVと接続しておき、Webを見たり音楽を楽しんだりといった使い方をしても邪魔にはならないと思う。

 こういった考え方ができるのも、HDC-L1の価格が安いからだ。いくら高音質で静音、コンパクトなPCと言っても、10万円以上するならば食指が動きにくいが、6万円を切る本機ならば、と思えてくる。

 現在、ネットトップ、ネットブックといったULCPCは、PCとしてのスペックが制限されているが故に、個性ある製品が少ない。しかし、低コストであることを武器に、本機のように新しい形の製品の融合が生まれる可能性が、ほかにもあるように思う。

 ノイズ源であるPCとオーディオの融合というのは、技術的にとても難しいテーマだが、ぜひともオンキヨーにはこの道を究めて欲しいものだ。

□オンキヨーのホームページ
http://www.onkyo.co.jp/
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(2008年12月2日)

[Text by 本田雅一]


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