【PHM 2008レポート】 バッテリの挙動からシステムの故障を診断する
会期:10月6日~10月9日(現地時間) 会場:米国コロラド州デンバー市Marriott Tech Center PHM(Prognostics and Health Management)の研究対象の代表に、バッテリがある。バッテリはノートPCや携帯電話機、デジタルカメラなどにとっては最も重要であり、同時にかなり厄介な部品だ。バッテリは放電するにしたがって出力電圧が下がるが、その下がり方は一定ではない。また温度によって放電の様子が変化する。そしてバッテリを構成する材料によって、充電と放電の特性が大きく異なり、劣化の様子も違う。 ここで言うバッテリとは、2次電池のことを指す。電池には1次電池と2次電池がある。1次電池は、放電が完了すると廃棄して新しい電池に交換しなければならない、再充電が不可能な電池である。市販の乾電池やボタン電池などが1次電池の代表だ。これに対して2次電池とは、充電と放電を繰り返すことによって1個の電池パックを交換せずに使い続けられるようにした電池のことである。ノートPCと携帯電話機はリチウムイオン2次電池、デジタルカメラはリチウムイオン2次電池またはニッケル水素2次電池、自動車は鉛酸2次電池を載せている。 2次電池(バッテリ)は便利なのだが、一方で先に述べたような複雑な問題を抱える。そこでPHM 2008でも、バッテリのPHM技術に関する研究成果が発表された。そのなかで注目すべき講演の概要を、本レポートでは紹介しよう。 ●リチウムイオン電池の劣化を推定 最初に紹介するのは、バッテリの寿命を推定する研究である。米Global Technology Connection.が、リチウムイオン2次電池の寿命を予測する技術を開発しており、その途中経過を報告した(F. Rufus Jr.ほか、講演タイトル:Health Monitoring Algorithms for Space Application Batteries)。 なおここでの「寿命」とは、バッテリがある程度劣化するまでの充放電サイクル数のことを指す。バッテリは劣化すると、放電エネルギ(放電電力量)が徐々に低下していくる。新品のバッテリに比べ、満充電後の放電エネルギがある程度小さくなってしまったところを、寿命と定義している。具体的には、新品のおよそ70~80%の放電エネルギとなるまでの充放電サイクル数を、寿命と定義することが多い。例えばリチウムイオン電池では通常、500サイクル前後の寿命がある。 Global Technology Connectionが開発しているのは、センサー入力からニューラル・ネットワークを駆使した予測エンジンによって残存寿命(あと何サイクルの充放電が可能か)を算出するシステムである。 まずエネルギ容量が4Ah(4Aの電流を1時間放電できる容量)のリチウムイオン電池を使い、充放電サイクルの繰り返しによる放電曲線の変化を50℃と室温で測定した。電池は50℃の高温下では室温に比べて劣化が進み(一般的に高温では電池が劣化が早まる)、また放電曲線のばらつきが大きくなった。 測定した充放電サイクル特性と開発した予測エンジンによって、充放電サイクルの増加に応じて放電容量が低下していく様子を予測してみせた。ただし講演で示されたのは予測値だけで、実際との比較は発表されなかった。少し残念である。 ●自動車の異常と故障をバッテリの挙動から検出 続いて紹介するのは、バッテリの特性変化を自動車全体の異常や故障などの診断に応用しようとする研究である。 自動車の大手メーカーである米GM(General Motors)は、走行中の車両の状況をセンサーでモニターし、無線ネットワークを介してサーバーにデータを集めて車両の異常を検出したり、故障を予測したりするシステム「CVDP(Connected Vehicle Diagnosis and Prognosis)」を開発中である(Y. Zhangほか、講演タイトル:Vehicle Design Validation via Remote Vehicle Diagnosis: A Feasibility Study on Battery Management System)。 システム開発の一環として今回は、バッテリ・マネジメント・システム(BMS)の研究成果を披露した。バッテリの状態をセンサーでモニターし、無線ネットワークを介してサーバーにデータを送信する。送信するデータはバッテリの出力電圧(OCV:Open Circuit Voltage)、バッテリ電流、バッテリの温度に限定した。データの種類を限定したのは、無線通信帯域を節約するためと、データ収集対象の車両の数が増えたときでもサーバーでの処理を可能にするためである。 自動車のエンジンを始動するとき以外は、バッテリは電子制御ユニット(ECU)やエアコンなどの電装系に電力を供給している。OCVとバッテリ電流をモニターすることで、電装系の異常発生をリアルタイムで検知できるとの考えである。 また収集したデータから次の動作を人間が決断するときの、意思決定を支援するシステム(ソフトウエア群)を開発した。サーバーはこのシステムを使って異常値を検出するとともに、自動車の故障診断状況をモニター・ディスプレイに可視化して表示できる。具体的には、どの自動車を選んでいるか、どのパラメータを見ているか、どの判定ルール(異常値の判定ルール)を適用しているか、収集したデータが正常範囲内かどうか、などを示す。 実際に25台の試験車両を使用し、故意に不良を発生させてバッテリ・マネジメント・システムと意思決定支援システムの動作をテストした。試験車両は毎日のスケジュールに沿って運行。故意に発生させた不良は2種類あり、1つはバッテリ・マネジメント・システムを正しく構成しなかった不良、もう1つは煙草のライター・ソケットに電子機器を接続したことで誤ってECUが起動してしまうという不良である。 前者の不良では、バッテリの容量不足が発生し、そのことをシステムが自動検出した。後者の不良では、負荷の突発的な上昇が数多く発生し、そのことをシステムが自動的に検知した。 講演によるとGMではこれらのシステムを新車の開発工程に導入しつつあり、開発効率の向上といった具体的な成果を挙げつつあるという。 これら2つの研究発表から分かるのは、バッテリの内と外の両方で技術開発が進んでいることだ。1つはバッテリそのものの故障診断や故障予測である。バッテリの劣化が急激に進むときに、予兆を検知する技術だ。もう1つは、バッテリの負荷を検出することで、バッテリで駆動されるシステム全体の故障の診断や予測をしようという試みである。特に後者の研究は、自動車電装品以外の応用が容易に想定できる。今後が楽しみなテーマだ。 □PHM 2008のホームページ(英文) (2008年10月15日) [Reported by 福田昭]
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