PHM 2008レポート 愛犬がノートPCに粗相をしても慌てずに済む技術を目指す
会期:10月6日~10月9日(現地時間) 会場:米国コロラド州デンバー市 Marriott Tech Center 故障予測技術や故障診断技術などを専門とする初めての国際会議「PHM 2008(International Conference on Prognostics and Health Management 2008)」が始まった。6日は入門セミナーに相当するチュートリアルセッションと、一部のポスターセッション(発表内容をまとめたポスターをパネルに貼って質問を受け付ける形式のセッション)が開催された。技術講演が本格的に始まったのは7日である。 7日の始めにはオープニングコメントと称してGeneral Chairが、PHM 2008の概要を紹介した。発表の総数は約140件で、投稿論文は約100件、そのほかは基調講演やアワード表彰、パネルディスカッションなどである。投稿論文の7割を北米地域が占めており、国際会議とはいってもまだ北米(実質的には米国)が中心であることが分かる。参加者は約300名(先行登録者の総数)。かなりこじんまりとした規模である。
続く基調講演は、米国Maryland大学のCALCE(Center for Advanced Life Cycle Engineering)でディレクターを務めるMichael Pecht教授が、PHM(Prognostics and Health Management)技術の意義を解説するとともに、将来を展望した。 CALCEは、PHM技術をエレクトロニクス製品に応用する研究に力を入れている。例えばCALCEの重要な業務にエレクトロニクス製品の不良解析がある。コンデンサやプリント回路基板、半導体デバイスなどの不良解析が主体となっている。 CALCEの調査によると、2002年以降に市場で半導体の不良によって生じた損失額の累計は、100億ドルを超えているという。 市場不良が減らない理由には、大きく2つあると主張する。1つは、製品が使われる条件に対する理解が不足していること。もう1つは、信頼性の評価手法が貧弱であることだ。そこでCALCEでは、独自に信頼性の評価手法を開発している。その中核がPHM技術と故障解析技術である。
そして製品が使われる条件だが、ノートPCや携帯電話機などのエレクトロニクス製品はもちろんのこと、乗用車や船舶、航空機などが実際にどのような使われ方をするかを、インパクトの少なくない数枚の写真でPecht教授は示した。言い換えれば、こういった事態に遭遇しても対処できるシステムが、PHM技術の開発目標ということである。
エレクトロニクス製品が製造されてから廃棄されるまでの間に、どのような負荷(温度や湿度などの環境ストレス、振動や衝撃などの機械的ストレス、高電圧や大電流などの電気的ストレス、など)が加えられてきたかの履歴を記録し、一方で、故障の原因となるさまざまな物理メカニズムを把握し、負荷が製品の寿命に与える影響をデータベース化しておけば、余命、すなわち残存寿命を算出できるようになる。CALCEでは、エレクトロニクス製品に加わった負荷を収集する専用ボードを開発したり、タグを開発したりしている。開発企業が想定していないと思われる、驚くような使用例の負荷データを集められるだろう。
●電気信号の波形から状態変化を検出する 故障診断、故障解析といっても、マイクロプロセッサやメモリなどの半導体デバイスの段階(デバイス・レベル)から、PCや家電などのシステムの段階(システム・レベル)まで、対象は多種多様である。CALCEではデバイスとシステムの両方のレベルで技術開発に取り組んでいる。その一例が、7日午前の技術講演セッションで発表された。 それは電気信号の波形を、状態変化の検出に使おうという試みである(M. Torresほか、講演タイトル:Signal Integrity Parameters for Health Monitoring of Digital Electronics)。正しく終端されていた正常な高速デジタル回路の一部に不具合が発生すると、信号波形に変化が生じる。この変化をデジタル回路の状態モニタリングに使おうという発想である。 具体的には、(1)信号波形の歪み、(2)電源電位と接地電位の変動、(3)ジッターの3つの要素を診断に使う。講演内容はコンセプトの提示にとどまっており、エレクトロマイグレーション(金属配線の原子が移動して配線が一部で細くなったり太くなったりする現象)や過電圧ストレスなどによって故障に至らない程度の異常が発生したときに、検出できるようになると期待していた。 ●PHMの費用対効果を分析 またCALCEは、PHMをエレクトロニクス製品に適用したときの費用対効果を分析した結果を、7日の午前に発表した(K.Feldmanほか、講演タイトル:The Analysis of Return on Investment for PHM Applied to Electronic Systems)。 費用対効果は、PHMの導入に要するコスト(費用)と、PHMの導入によって削減されるコスト(効果)に分けられる。費用には、PHMシステムの開発費と製造費、インフラストラクチャの構築・整備費、従業員の訓練費、企業文化の変革費などが考えられる。効果には、突発的な故障発生の回避による修理費用の削減、流通在庫(交換部品)の削減、冗長回路コストの削減などが期待できる。 ケーススタディとして、旅客機ボーイング737-300シリーズのコクピットに装備される多機能ディスプレイを分析の対象とした。このディスプレイは1機当たりに2台、装着されている。機体の耐用年数を20年、年間離発着数を2,429フライト、1日当たりに7フライト、フライト当たりの飛行時間を125分、フライト間の駐機時間を45分とした。 シミュレーションによるとPHMの導入によって事前に保守を実行することにより、故障回数は91%減となり、保守費用は20年間の総計でディスプレイ1台当たりに77,319ドルとなった。PHMの導入費用は1台当たりに5,512ドルである。一方、PHMを導入しなかった場合の保守費用は総計で96,815ドルだった。1機当たりで2万ドル近いコストが削減されたことになる。 ケーススタディでの費用対効果は3.537で、投入費用のおよそ3.5倍の経済効果を生み出したことになる。実際にこれほどの経済効果が上がるのであれば、PHMはかなり期待できる技術と言えそうだ。
□PHM 2008のホームページ(英文) (2008年10月8日) [Reported by 福田昭]
【PC Watchホームページ】
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