●AMDが抜本的な会社再編計画を発表 「AMDは、ファブレス(Fabless)企業になるのか」 答えはイエスでもありノーでもある。 AMDは、10月7日に、Webキャストで企業形態を改革する新戦略を発表した。それによると、チップメーカーとしてのAMDから、製造Fabを運営する部分は分離される。スピンオフしたチップ製造部門は、AMDとアラブ系資本で設立する新しい企業へと移管される。The Foundry Companyと仮称される新しい製造会社は、AMDのチップだけでなく、ファウンドリとして他社のチップも製造して行く。 AMDは、この取引によって、自社だけではまかなうことが難しい、新Fabの建造や新プロセスの開発のための膨大な資金を得る。また、自社製品だけでは埋めることが難しいFabキャパシティを、他社チップ製造で埋めることができる柔軟性を得る。それでいながら、他社ファウンドリへとチップ製造を委託する場合では望めない、自社製品に対する製造プロセスの最適化を維持することができる。 利点の反面、AMDが自社だけの力でIntelに対抗するという大戦略は消えることになる。新製造会社は、AMDが半分近くを所有するとはいえ、AMDが完全にコントロールすることはできなくなる。そしてなりよりも、AMDは、“真の男”と言えなくなってしまう。 「Real men have fabs(真の男ならFabを持つ)」 これは、AMDの創設者でCEOだったW.J.(Jerry) Sanders, III(ジェリー・サンダース)氏(現名誉会長:Chairman Emeritus)が言った有名なセリフだ。AMDは、ウェハFabを持つ半導体メーカーとしてこれまで存続して来ており、それが、Fabを持たないファブレス企業と異なる、AMDの競争力の根幹となっていた。だが、AMDは、今、それを“半分”手放そうとしている。
●アラブ首長国連邦のアブダビ首長国の投資企業 AMDの発表によると、チップ製造ベンチャーThe Foundry Company(仮称)は、アラブ首長国連邦の首長国の1つアブダビ(Abu Dhabi)政府が所有する投資企業Advanced Technology Investment Company (ATIC)が過半数の55.6%を所有し、AMDが44.4%するという。新会社の経営陣は、AMDとATICそれぞれが同数ずつ出すという。AMDの会長であるHector Ruiz(ヘクター・ルイズ)氏(AMD, Executive Chairman and Chairman of the Board)は、新会社の会長(Chairman)になる。 アブダビが新会社に投入する資金は最大で74億ドル($7.4 billion)になる予定だ。新会社は、その資金で、AMDがニューヨーク州に建設を発表していた新Fabを建設し、AMDがドレスデンに持っているFabを拡張する。AMDは、自社の最先端Fabと次期Fabを新会社にスピンオフする形となる。また、AMDはアブダビ政府の別な投資会社であるMubadala Development Companyから3.14億ドル($314 million)の資金を得る。 Fabを新会社に移転しても、AMDがIBMと結んでいるプロセス技術開発の提携は継続されるという。IBMの先端プロセス技術を転用した、高性能なプロセスが、今後も期待できる。新会社は、継続してAMDのチップを製造する。しかし、AMD以外の企業のチップを、ファウンドリとして製造するサービスも行なう。この提携が完遂されるには、AMDが株主や各国の関連政府機関の承認を受ける必要もあると見られる。 こうして整理すると、今回の提携の実態が見えてくる。AMDは、投資規模が大きくリスクの大きな自社の製造部門を、膨大な資金を投入できるアブダビとの新会社に移管することで、Fab建設と開発のリスクを分離する。それによって、このところの資金的な困難から、実現に疑問符がついていた、新Fab建設を完遂させる。新Fabがなければ、この先のAMDの競争力の維持は望めないため、これは必須項目だ。一方、製造を分離した、AMD本体は、チップ設計とマーケティング&販売に専念する。資金面での不安をなくすことで、市場での競争力を取り戻すことに全力を注げるようになる。きれいなストーリーとしてはこうなる。 別な見方をすると、本業であるCPU製品が不振で、行き詰まってしまったAMDは、膨大な投資を継続するために、窮余の策として、金持ちのパートナーを求めた。しかし、軒を貸して母屋をとられてはたまらないので、業界外の投資者を探した結果、オイルマネーに行き着いた。リスクはあるが、AMDが生き残るためには、他に手は残されていないため、アブダビと組むことにした、と言うこともできるだろう。 ●半導体製造のゲームのルールが変わった? PC業界では、AMDの今回の決断は、追い込まれたAMDの最後の手段とする見方が多いようだ。このまま、AMDが競争力を失い、じり貧になって行くだろうと予測する声もある。従来なら、Fabを持っていた企業が、Fabをスピンアウトする場合は、そうした没落の予兆だったからだ。 しかし、AMDの決定は、半導体製造の状況の変化を考えると、合理的な手段と言えるのかもしれない。なぜなら、半導体の製造を巡る状況は、Fabを持つことが男らしいこと、と言っていた時代から、すっかり変貌してしまっているからだ。ここから先、先端Fabを維持することは、極めて難しく、度胸だけではFabを維持できない状況になりつつある。そこまで難しいなら、製造は分離または委託した方が有利、といった方向へと、ゲームのルールが変わった可能性がある。 AMDのように、完全に自社が所有するFabで、チップを製造する場合の問題は、Fabの建設とプロセス刷新のコストが極めて高く、投資リスクが大きいことだ。また、製造キャパシティが固定されるために、一定の市場シェアを維持することが必要となる。ファブレス企業と異なり、製造のためのFab投資を続ける必要があり、また、ファブレスのように自社製品の浮沈に応じた柔軟な製造量調整を行なうことも難しい。 さまざまな困難があるのに、AMDなどのCPUメーカーが自社Fabにこだわるのは、自社Fabでないと競争力の高いCPUを製造しにくいからだ。最先端CPUの場合は、製造プロセスをCPUに合わせてチューンする必要がある。そのためには、他社ファウンドリのプロセス技術に載るのではなく、自社内で密接にエンジニアリングした方が望ましい。 逆に、低価格化のためにも、自社Fabが有利だ。自社Fabで製造する場合には、Fabを埋めるだけの製造量が確保できると、チップコストを下げることができる。ファウンドリに製造委託すると、一定以下にチップのコストは下げられない。しかし、自社Fabなら、キャパシティを埋めてFabの減価償却を進めると、あとは、Fabを運転するコストだけでチップを製造できるようになる。そうなると、ファウンドリに製造委託する場合より、チップコストを下げることができる。
●難度がぐんぐん増す一方のFab維持 こうした利点があるため、AMDは自社Fabにこだわり続けてきた。しかし、もともと困難が大きかったFab所有は、最近のプロセス技術の難度の向上で、さらに難しくなっている。 CMOSプロセスの微細化が進んだ結果、今では、単にトランジスタを微細化しただけでは、性能向上が実現できなくなってしまった。新プロセスの導入のためには、新しいトランジスタや配線の技術や材料を開発、また、新しい露光技術や製造ツールなども開発しなければならない。そのため、プロセス開発のコストは膨れあがり、製造ツールの価格もどんどん上がっている。この先のプロセス技術では、EUV露光や3Dトランジスタなどさまざまな技術飛躍が必要とされている。現在、ほとんどの半導体メーカーが、プロセス開発で他社と提携を結んでいる理由は、難度が膨れあがっているためだ。 また、技術開発やツール導入の投資がかさむため、投資を回収することも難しくなりつつある。プロセスを微細化してチップを小さくできても、ウェハ当たりのコストが跳ね上がってしまうと、チップシュリンクによるコストダウンの効果が薄くなってしまうからだ。そのため、半導体業界は、Fabをより大きくするへ向かっている。Fabの規模を大きくし、ウェハを大型化(300mmから450mmへ)することで、1チップ当たりのコストを下げる方向だ。こうした製造の大規模化が、さらに投資規模を増やしている。 問題は、Fab建設&維持とプロセス刷新のコストがどんどん上がっているだけでなく、Fabの大型化で、チップ製造の“粒度”も大きくなりつつあることだ。 Fabの建設と維持には一定のコストがかかるため、Fabの減価償却を効率的に行なうには、Fabの製造キャパシティを埋めるのに充分なだけのチップ製造の需要が必要となる。もし、キャパシティを埋めるだけの需要がないと、Fabが遊んでしまい、減価償却が進まず、かえってチップコストが上がってしまう。 ところが、Fabが大型化して行くため、製造キャパシティはどんどん増えてしまう。また、Fabも1箇所だけでは、効率が悪いため、複数のFabを持つことが望ましい。複数Fabで、プロセス技術を共有し、オーバーラップして製造する方が効率がいい。また、製造プロセスの移行期に、Fabからのアウトプットの落ち込みが発生するリスクを小さくできる。 だが、そのために、チップメーカーは、より大きな製造キャパシティを持つことになる。そして、キャパシティを埋めるだけに、より多くの需要、つまり、より大きな市場シェアを獲り、維持する必要がある。問題はその粒度が大きいことで、1箇所のFabで市場の20%を製造できるとしたら、Fabを2箇所に増やすと、市場シェアを一気に2倍の40%に増やさなければならない。自社Fabのチップメーカーは、市場シェアを拡大しようとしたら製造Fabも増やす必要があるが、その時には、倍々でシェアを広げる必要があるわけだ。 しかし、CPUの場合、技術の大変革時期にあるため、技術トレンドに乗った優秀な製品を開発し続けることは難しい。以前は、CPU開発はシングルスレッド性能を上げることにフォーカスしていればOKで、製品の優劣はそれほど極端にはつかなかった。しかし、今は、マルチコア&マルチスレッドとデータ並列といった技術変革の波の中で、1つ設計チョイスを間違えると、大きな差がつくようになってしまった。時流に合ったアーキテクチャを開発し続けることは、極めて難しく、ある世代の製品は非常に優れているが、次の世代の製品は全く市場にマッチしないといった、揺らぎが発生しやすい。そのため、市場での製品シェアにも、ブレが発生しやすい。 ●AMDの問題を解決できるアブダビとの提携だが 現在、AMDが直面、あるいは直面しつつあるのは、こうした問題だ。AMDが問題を解決するためには、膨大な資金とFab運営の柔軟性、製品戦略への注力が必要だった。まず、製造面で有利に立てるまでFabを増強できる、資金的な裏付け。次に、Fabの製造キャパシティを埋めるために、自社以外の製品も製造するファウンドリサービスの運営。製造面での不安を取り除いて、Intelに圧迫されている市場シェアの拡大にフォーカスできる体制作り。 今回のAMDの決定は、こうした背景を考えると、ある程度は納得ができる。資金的に安心できるパートナーを後ろ盾につけて、製造部門を分離する。しかし、新会社も半分近くは保持して、経営にもAMDから半数を送り込む。AMDが必要とする、自社製品への最適化した高速プロセス技術の開発を維持する。 その一方で、埋め切ることが難しい2 Fab分の製造キャパシティを埋めるためのファウンドリサービスを行なう。ファウンドリで製造量の調整を行なう柔軟性を得られれば、Fabへの投資の回収が容易になる。そして、チップの開発と販売は、製造という重荷から解き放たれ、市場シェアを広げるための戦略にフォーカスできる。 AMDの思惑はこのあたりだ。AMDとしては、八方ふさがりの状況の中、最善の道を模索した結果、アブダビとの提携に行き着いたのだろう。困難が増す一方のFab建設と維持を考えれば、この方法も、合理的な解決の1つと言えるかもしれない。今は、そこまでFabの維持が難しい。 しかし、半導体とITの両業界に馴染みのない相手との提携が、リスキーであることも確かだ。膨大な投資を行なうアブダビ側の思惑も、まだ、見えない。さまざまな意味で異邦人であるアブダビとのパートナーシップがうまく行くかどうかが、今後のAMDのカギとなる。 ●新しいオイルが古いオイルの助けを得る AMDの今回の発表は、投資家にはある程度は好意的に受け止められている。 AMDが発表を行なった10月7日に、ニューヨーク市場でAMD株は、終値で8.5%ほど上昇した(一時は25%近くにまで上がった)。8.5%は、上げ幅としては小さいように見える。しかし、米国の株式市場は、リーマン・ブラザーズ破綻からこっち金融危機状態にあり、特に過去5日間は全面的に急落している。ハイテク株も影響を受けて、軒並み落ちており、その中で、AMDが少しでも上げている意味は大きい。少なくとも、株式市場では、AMDの今回の判断は歓迎されているようだ。 世界経済の枠から見ると、皮肉なことに、米国経済を痛めつけている原油高が、AMDにとって救いになった。原油高を背景に経済的な力を強めているアラブ首長国連邦のアブダビのオイルマネーが流入するからだ。オイルマネーによってAMDが浮上するなら、それは、原油高に助けられたことになる。 これも皮肉なことに、Jerry Sanders氏は、かつて「半導体は情報時代の新しいオイル(原油)だ(the new crude oil of the information age)」と言ったことがあった。Sanders氏がこの言葉を使ったのは、'80年代('99年のAMD Annual Shareholders' Meetingでも引用していた)で、ちょうど日本で「DRAMは産業のコメ(米)」と言っていたのと同時期だ。 Sanders氏は、半導体が情報産業にとって最も基本的な要素であるという意味で、クルマ産業のオイルに例えた。しかし、Sanders氏が新時代のオイルだと例えた半導体産業のAMDは、今、旧時代のオイル産業からの資金に助けられようとしている。もっとも、増える半導体チップが増大させる電力需要が、エネルギー需要を引っ張るとすれば、半導体とオイルの結びつきも、不自然ではないかもしれない。 ちょっと変わった見方をすると、政治対立的な色彩も浮かび上がる。Intelがイスラエルに製造と開発の拠点を置くのに対して、AMDはアラブ系資本と手を組むという図式だ。もちろん、アラブ系と言っても、親欧米色の濃厚なアラブ首長国連邦なので、実際に政治色が感じられるわけではない。しかし、アラブ圏では、そうしたとらえ方も、出てくるかもしれない。
□関連記事 (2008年10月8日) [Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]
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