笠原一輝のユビキタス情報局

CPUとGPU、PCの未来はどっちだ?
~NVIDIAがNVISIONを開催するその理由




NVISIONが開催されるサンノゼの中心街にはNVISIONの宣伝にあふれている

 先週サンフランシスコで行なわれたIntel Developer Forumの話題の中心は、Intelがまもなくリリースする次世代マイクロアーキテクチャ「Nehalem」だったことは間違いないが、もう1つの話題として注目を集めたのがIntel製GPU「Larrabee」だ。

 そしてIDFが開催されていたベイエリアの別の都市サンノゼで、今週もGPUが大きな話題として取り上げられるイベントが開催される。それがNVIDIAが開催する、NVISIONだ。なぜ、いまこの時期にNVIDIAはこうしたイベントを開催するのだろうか? その背景にはPC業界で起こっている、CPUとGPUを巡る静かな綱引きがあるのだ。

●過去を振り返ると、いくつかあるPC業界における“戦略転換点”

 PC業界の歴史を振り返ると、このタイミングがターニングポイントだった、という時点がいくつかある。例えば、'94年に起きたIntelのPentiumプロセッサのバグを巡る騒動の教訓はその最たる例として、Intel自身ですら取り上げることも多い。

 ご存じない方に説明しておくと、'94年にある大学教授がPentiumにバグを発見しそれをIntelに通告したのだが、Intel自身はさほど大きな問題ではないと考えて特に何も対策をしなかった。すると、メディアを中心にIntelがバグを放置していると騒ぎが広がり、最終的にIntelはPentiumプロセッサを交換するという対策を打ち出し、騒動が収まったというのがその概要だ。

 Intelのアンディ・グローブ名誉会長(当時は社長)はその著書(「Only the Paranoid Survive」、邦訳は「インテル戦略転換」)の中で、この“事件”のことを悪いことだけではなかったと述べている。Intelはこの事件で、プロセッサを販売するということが単にPCメーカーを相手にするビジネスではなく、一般のユーザーも対象にしているということに気付かされたというのだ。その後Intelは、一般のユーザーを対象にしたマーケティングプログラム、例えばIntel Inside Programのようなものの展開を開始し、それが大成功を収め“Intel”というブランドは他のトップブランドに並ぶものになったというのは我々がここ十数年で見てきたとおりだ。

 アンディ・グローブ名誉会長はこうしたいわば潮目が変わる瞬間のことを“戦略転換点”(Strategic Inflection Point)と呼び、それを見分けることが生き残りのポイントだと指摘している。

●“トロイの木馬”のようにユーザーのPCにはすでに強力なベクトルプロセッサが

 なぜ、そんなことを長々と述べたのかと言えば、実はある戦略転換点をすでにPC業界は通過しているかもしれないと思うからだ。

 GPUベンダーはここ数年、汎用GPU(General Purpuse GPU)と呼ばれるGPUを利用した汎用コンピューティングを訴求し始めている。簡単に言ってしまえば、これまで画面描画にしか利用されてこなかったGPUを、汎用の演算にも利用してしまおうという取り組みだ。難しく言えば、GPUはベクトルプロセッサと呼ばれるベクトル演算を処理するのに向いているアーキテクチャになっている。これまでは、2Dや3Dの画面を描画するだけに使われてきたのだが、これをベクトル演算が多用されるような科学技術演算などの処理に利用すれば、スカラ型のCPUに比べて高い処理能力を発揮することができる、これがその出発点だった。

 今まさに、GPUベンダーはこのGPGPUの概念を、HPC(High Performance Computing)といった学術用途や専門用途だけでなく、一般ユーザーのPCへも普及を目指そうとしている。例えば、NVIDIAもATIも動画のトランスコードやエンコードといった一般のユーザーでも利用するアプリケーションを増やし、盛んにアピールを続けている。

 重要なことは、このGPGPUのPCへの入り方が“トロイの木馬”方式を採用していることだ。PCビジネスのように、何よりもまずはコストが重要視される製品の場合、新しいプロセッサをOEMメーカーに採用してもらうことは非常に難しい。何より新しいプロセッサには、アプリケーションプログラムはほとんどなく、結局OEMメーカーが自分で作らないといけなくなる。つまり、BOM(部品表)にチップそのものの値段だけでなく、ソフトウェアを作るコストまで入れなければならず、結果そのPCは高いものになってしまい、そしてそのプロセッサは普及しないという悪循環に陥ることが多々ある。

 しかし、GPGPUの場合、すでに3Dというアプリケーションが確立されており、グラフィックスを処理するエンジンとして確実にユーザーのPCに存在している。つまり、プロセッサはすでにかなりの数が普及しているのだ。あとは、それを開発者に知らしめてソフトウェアを書いてもらえばよい。そうするとソフトウェアが増え始め、OEMメーカーの側もさらにGPUを搭載するモチベーションが上がっていくという好循環となり回り始める。気が付かないうちにユーザーのPCに強力なベクタプロセッサが内蔵されている、という意味で“トロイの木馬”なのだ。

 仮にこの戦略がうまくいった場合、GPUの重要性はCPUのそれを上回る可能性がある。その場合、GPGPUのデファクトスタンダードを獲得したベンダーが次世代の覇者となる、今のIntelがそうであるようにだ。戦略転換点を通過しているかもしれない、と述べたのはそういうことだ。

●x86プロセッサもという道を封じて、GPGPU重視の道を突き進むNVIDIA

 こうしたトレンドを前提に、AMD、Intel、NVIDIAという業界の3プレイヤーを眺めてみると、三者三様で実におもしろい状況になっている。

 まず、AMDだが、バランスという意味では最も有利なポジションにいるかもしれない。AMDはx86プロセッサとGPUの両方を持っており、この点では後述するように片方ずつしか持っていないIntelやNVIDIAに比べて有利な立場にある。ただし、今のところ、どちらも2番手というポジションに甘んじているのがAMDの課題になっている。もっとも、GPUに関してはRadeon HD 4800シリーズ以降、巻き返しにでているが。

 続いてIntelだが、言うまでなくx86プロセッサでは圧倒的なポジションを築いているが、GPUという意味ではシェアこそ持っているものの(ちなみにIntelは内蔵GPUがあるためトップシェア)、彼らのGPUには性能面で疑問符がつけられている。だからこそ、より強力なGPUとなるLarrabeeに取り組み、その状況を変えようとしている。

 最後にNVIDIAだ。NVIDIAはx86プロセッサのビジネスを行なっていない。てっきり筆者はNVIDIAがx86プロセッサのビジネスに参入するものだと思っていた。というのも、NVIDIAはいま、GPU、チップセットのビジネスを行なっているが、来年にIntelやAMDがGPU統合型CPUを投入すると、チップセットビジネスにNVIDIAのスペースは確実に無くなる。しかも、それはわずか1年後なのだ。であれば、NVIDIAのチップセットビジネスは漸次縮小されていってよいはずだ。にもかかわらず、変わらず新製品などが登場する現状を見ていると、自社でx86プロセッサを投入する計画があり、そのためにチップセットビジネスを続けているのかと思っていた。

 しかし、5月にNVIDIAのジェン・スン・ファンCEOに質問をぶつけてみたのだが、彼の回答はふるっていた。「すべての企業がビジュアルコンピューティングやパラレルコンピューティングの将来の話をしている。それなのに、いまさら過去の話(x86のこと)なんてする必要があるのかい?」、と。

 ファンCEOが言いたいのは、おそらくこういうことだろう。「今から金食いでAMDを除き誰もIntelにチャレンジして生き残れなかったx86ビジネスに有り金をかけるなんてバカげている、それよりもGPGPUに有り金を全部かけることで、GPUの重要性がCPUよりも増した場合、そのリターンは大きいものになる」。

 AMDやIntelがx86の重要性は維持しつつ追加としてGPGPUソリューションという道がありなのに対して、NVIDIAがx86プロセッサを持たないということは、その道を封じて、ひたすらにGPUの重要性を向上させ、かつGPGPUのデファクトスタンダードになることを目指す、そういう道を選択したのだと筆者は理解している。

●CUDAのエコシステムを構築するにはさらなるソフトウェア開発者の獲得が急務

 こうして書いてくれば、NVIDIAがNVISIONを開催する理由は自明の理だろう。GPUがCPUよりも重要になるためには、どんどんアプリケーションが登場し、エコシステムとして回り続ける必要がある。また、NVIDIAがデファクトスタンダードになるためには、同社がGPGPUのソフトウェア環境として推進しているCUDAを普及させる必要がある。そしてCUDAが普及するためには、ソフトウェア開発者にCUDAのソフトウェアを書いてもらう必要がある。そのことを実現するためにはあらゆる手段を利用して、CUDAをアピールしていく必要がある。

 その目的のために、NVISIONは開催される訳だ。もちろん興味があるソフトウェア開発者に来てもらうことが一番だが、それがかなわない場合でもメディアを通じてイベントのPRを行なうことで、ソフトウェア開発者が興味を持ってもらう機会になるかもしれない。そう考えれば、NVIDIAがNVISIONを開催するのは自然な流れだろう。IDFの翌週に設定して、その来場者や報道関係者をそのままNVISIONに誘導できるという意味でも、時期も悪くない。

 そうした中で開催されるNVISION、果たしてNVIDIAはどのようなメッセージを我々に発信するのか、楽しみだ。NVISIONは米国時間8月25日朝(日本時間で8月26日)に行なわれるジェン・スン・ファンCEOの基調講演よりスタートする。

□NVISION08のホームページ(英文)
http://www.nvision2008.com/
□関連記事
【8月25日】NVIDIA主催のビジュアルコンピューティングイベント「NVISION08」が開幕
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0825/nvision00.htm

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(2008年8月25日)

[Reported by 笠原一輝]


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