笠原一輝のユビキタス情報局

ASUSが語るEee PC誕生秘話




ASUSTeK Computer Eee PC開発部門 ジェネラルマネージャ S.Y.Shian氏

 「初代Eee PCのCPUは当初、AMDにしようと考えていた」と、ASUSTeK ComputerのEee PC事業部 ジェネラルマネージャ S.Y.Shian氏は、初代Eee PCのCPUを決定した経緯を語り出した。そう、なんと初代Eee PCのCPUは最初はAMDのGeodeに決まりそうだったというのだ。

 今から遡ること約1年半前、2007年の2月に開発が始まったEee PCは、OLPCなどの取り組みに影響を受けたASUSの幹部が199ドルPCの実現を目指して始まったものだったのだという。そこから始まったストーリーは、いまやIntelやMicrosoftを巻き込んでPC業界全体のトレンドになりつつある。

 今回編集部と筆者はEee PCの開発をスタート時から統括してきたS.Y.Shian氏にお話を伺う機会を得た。その模様は別途インタビュー記事となっているが、こちらのレポートでは、ASUSがどのようにしてコストを下げ、初代Eee PCを実現したのか、その誕生の経緯とその秘密に少し迫ってみたい。

●OLPCなどの取り組みに影響を受けたASUSが199ドルPCを目指して始めたEee PC

 Shian氏によれば、ASUSTeK Computer(以下ASUS)がEee PCの開発を開始したのは2007年の2月だという。「同じ時期に米国のマサチューセツ工科大学などが低価格のノートPCという取り組みを行なっていました。私の上司はそうした動きにヒントを得て、199ドルのノートPCを作りたい、と言った。それがこのプロジェクトの始まりだった」(Shian氏)。

 やはりASUSとしても、OLPC(One Laptop per Child )のような米国のNGOや大学などのデジタルディバイドの解消を目指す組みに影響を受けて、Eee PCのような製品を取り組みだしたのだという。

 これについては若干解説が必要だろう。当時、米国のメディアを中心にOLPCのような取り組みが注目を集めていた。ITが世界を変えてしまうような技術であるのであれば、それを先進国のユーザーだけに独占させると、すでに存在している先進国と発展途上国の格差がさらに大きくなることになりかねない。そう考えた大学やNGOなどがそうした取り組みを行なうことを相次いで発表したのだ。実際OLPCでは100ドルという価格をターゲットにノートPCを作り(結局のところ100ドルは実現できていない模様だが)、それを発展途上国のユーザーに提供する計画だった。

 OLPCのような取り組みがNPO(非営利法人)の形をとっており、どちらかと言えば慈善事業の趣が強いのに対して、ASUSは同じ目的(つまり低価格のノートPCを発展途上国のユーザーに提供しようということ)をビジネスとして取り組んでみよう、と考えた訳だ。

 以下は、あくまで筆者個人の意見だが、我々の生きてる社会が資本主義社会である以上、ある一定以上の成功を収めようと考えるのであれば、やはり企業の形をとって利潤をあげることを目指した方が、結果的にユーザーによいものを提供できる可能性が高いのではないか。筆者もOLPCなどの目指すところは立派だと思うし、その行動が与えた影響は大きいと思うのだが、結局のところ目的である発展途上国のユーザーにも買えるノートPCということを実現できればよいのであって、その形が非営利のNPOであろうと、営利の企業であろうと問題ではないと思う。

 Shian氏によれば、ASUSも当初は199ドルという価格を目指したが、結局のところ、それは難しかったようで、初代のモデルで実現できたのは299ドルだった。「それでも初代モデルがリリースされた時の低価格なノートPCの価格が600〜700ドルレンジだったことを考えれば、299ドルという価格は大きなインパクトを与えることができた」(Shian氏)との通り、市場に大旋風を巻き起こしたのは読者も知っての通りだ。

●AMDが低価格を提示したと聞いてIntelがより低価格をオファー、激しい机の下の攻防

 199ドルの目標が結局のところ299ドルになってしまったわけだが、低価格ノートPCを目指して開発を始めたASUSが最初にぶち当たった壁はやはりBOM(Bill Of Material、部材コスト)の問題だった。「PCメーカーは自社でコンポーネントを作っていない。CPU、チップセット、液晶、ストレージ、メモリなどといった部材は外部のサプライヤーから購入してくる必要がある。そこで我々はまずAMDとGeodeの価格をもっと下げることができないか交渉した」(Shian氏)と、まずASUSは当時Geodeという低価格なx86プロセッサを出していたAMDに交渉を持ちかけたのだという。

 Shian氏によれば、AMDは非常に意欲的な価格と、このプロジェクトに対するサポートを約束してくれたそうで、AMDの採用にかなり傾いたのだという。しかし、ASUSとしてIntelとの関係もあり、Intelにもこの話を持ちかけた。当初はあまり色よい返事はもらえなかったそうだが、「AMDが意欲的な価格を出してくれていると伝えると、彼らは考えを変えたようだ」(Shian氏)と、その後Intelもより意欲的な価格とサポートを約束してくれ、逆転でIntelに決まったのだという。

 実は、こうした駆け引きはPCメーカーがIntelとAMDに対してよく使う手だ。実際、公式なインタビューなどで語られることはほとんどないが、日本のナショナルブランドのPCベンダも、IntelとAMDを天秤にかけ、よりよい条件を引き出そうとするのは日常茶飯事だ。

 実際、昨年、あるナショナルブランドのPCベンダがAMDを採用するとなった時には、その当時のIntelのセールスのトップが急遽来日し、もう一度考え直してもらえないかとわざわざ交渉にきたこともあったぐらいだ。それぐらい、IntelとAMDは激しい駆け引きをやっているということの裏返しであり、我々からは見えない机の下では実に厳しい競争が行なわれているのだ。エンドユーザーにしてみれば、そうした競争が行なわれることは大歓迎であり、つくづく競争は大事だと思わされる話だ。

 なお、さらにAMDが巻き返さなかったのかなどには特に言及は無かったのだが、仮にAMDがそこであきらめたのだとすれば、AMDもまさかここまでEee PCが発展するとは思わなかったのだろう。もっともAMDがそう思ったのも無理はない、Intelも、当初はEee PCにあまり興味を示していなくて、AMDが低価格を提示したときいたらそれに対抗したのだから、おそらくIntelだってその重要性にはその時点では気が付いていなかった可能性が高い、とは言えるだろう。

●できるだけ低価格を実現するために固定コストの液晶とストレージに試行錯誤

 その他にも、299ドルを実現するためにASUSを苦しめた部材はある。それが液晶パネル、ストレージ、そしてソフトウェアだ。

 初代Eee PCを設計するにあたり、Shian氏は液晶パネルベンダと話をしたという。その時に目をつけたのが、ここ数年で急速に市場をのばしているデジタルフォトフレームとカーナビゲーションに利用されている7型のパネルだった。これらのパネルはそうした民生機で多数利用されているため製造コストが下がってきており、設計時点でも非常に安価になっていたのだという。ただし、これらのパネルはいくつかの問題があった。「フォトレフームやカーナビなどどちらかと言えば色づかいや明るさがビジュアルよりに調節されていたため、PCでテキスト入力などをするには鮮明すぎる設定になっていた、それを調整するのは苦労した」(Shian氏)という点だ。それらをパネルベンダーと話し合って調節し、PC用として利用したのだという。

 もう1つはストレージのコストだ。HDDのコストを考える上で重要なのは、HDDの価格は一定以上には絶対に下がらないという点だ。「HDDのコストはたとえ容量を下げたとしても、ある一定以上には絶対にさがらない。例えば、2.5インチの場合、どんなに容量を下げても40ドルのレンジ以下にはならない」(Shian氏)との通りで、HDDを採用することはそれ以下にはコストダウンできないことを意味している。これに対して、メモリなどの半導体の場合には、ムーアの法則に従って18〜24カ月でトランジスタが倍になるので、時間が経てば同じ容量でもコストが下がっていくことになる。つまり、たとえ最初の出荷時には若干コストが高くても、生産を続けるうちにコストが下がっていく、というメリットがあるのだ。

 こうした判断で、Eee PCではストレージにSSDが採用されたのだという。SSDであれば、現状では容量が1年で倍になっているので、1年経てばコストは半分になるということが計算にあったのだろう。もちろんSSDを採用することは「モビリティという観点を考えれば、持ち運ぶ時の安全性や消費電力の問題もある」(Shian氏)という点も考慮されたのは言うまでもない。

●当初は興味を示さなかったMicrosoftもEee PC出荷後にASUSに再び現れる

 そして、PCの部材(厳密には部材とは言えないかもしれないが)の中でCPUの次に大きな割合を占めているOSについても、当然検討課題にあがったのだという。前回も触れたとおり、一般的なPCのBOMに占めるOSの割合に関しては、決して低くない。だったらそれを削っていきたいと考えてもなんら不思議はない。

 しかし、ここで問題になるのは、MicrosoftにはIntelにとってのAMDのような存在がないことだ。だから、IntelとAMDを天秤にかけるような駆け引きはMicrosoftには通用しないことになる。では、どうするか、やはり誰もが思いつくのは、Windowsに対抗するものとしての“Linux”の存在だ。

 Shian氏によれば当初Microsoftにもこのプロジェクトについて説明しにいったのだという。だが、Microsoftにしてみれば当たり前のことだが、これまでみんなに同じ価格で売っていたものをASUSにだけ安く売って欲しいと言われても拒否するしかないだろう。Microsoftを弁護するわけではないが、Microsoftの側にもそうできない事情もある。1つには米国において独占禁止法の絡みで特定のベンダだけを特別扱いすることができないのだ。仮にWindowsを安く提供するのであれば、ASUSだけではなく、他のベンダに対してもその値段で売らざるを得なくなるのだ。もちろんそのことはMicrosoftの収益に直結することになる訳で、おいそれとは“いいですよ”とは言えないのだ。そこで、ASUSはLinuxの搭載に踏み切った。Shian氏はそういう言い方をしなかったが、それはもちろんMicrosoftに対してプレッシャーをかけるためだったのは言うまでもないだろう。

 その結果はどうなったのかと言えば「我々が製品を出荷した後、非常によい反応が顧客からあるのを見たMicrosoftが、今度は向こうから我々のところにやってきて、ぜひ一緒にやらせて欲しいということになった」(Shian氏)との通り、MicrosoftはEee PCの反響を見て、ULCPC版Windows XPという特別プログラムの計画を携えてASUSの元へやってきたのだという。すでに述べたとおり、MicrosoftはASUSだけにそのプログラムを適用することができないので、結局そのULCPC用Windows XPは他のベンダにも提供されることになる。

 ASUSにとっても、Microsoftのこの動きは大歓迎だったのだという。「我々はハードウェアベンダであってソフトウェアベンダではない。ソフトウェアのリソースは限られており、自社でユーザーインターフェイスやドライバなどを開発しなければならないLinuxをサポートし続けることは難しいと考えていた」(Shian氏)との通り、おそらくASUSだけではなくこれは多くのベンダの本音だろう。結局のところPC業界は、完全に水平分業の世界であって、ハードウェアベンダが自社でソフトウェアを作ると、高コストになってしまい、結局それを製品のコストに転嫁しなければならなくなってしまう。

 MicrosoftがOSを開発し、それを適正な価格で提供してくれるなら、自社で開発するよりもずっと安く上がるのだ。問題はネットブックなどにとってその値段が適正かどうか、ということだけであり、ネットブックのBOMにマッチする価格なら、喜んでWindowsにしたい、それがASUSなどのPCベンダの本音であり、結局どのベンダもネットブックからLinuxのラインナップを減らしていることを見れば明らかだろう。

●コストだけでなくリアルなユーザーニーズを考えた製品に仕上げたという自負

 最後に、今回のインタビューで筆者にとって最も印象的だった台詞について触れておきたい。それはインタビューの途中で、Shian氏が「我々はEee PCをネットブックとは呼んでいない」と言った台詞だ。どういうことかと聞いてみると、「そもそも我々はこのEee PCを設計する時に、一般的なPCのようにスペックではなくユーザーの使い方がどうなのか、ということを考えながら製品を作っていった。これだけのCPUパワーがあれば、DVDやオーディオの再生は大丈夫だろう、とかOfficeアプリケーションは使えるだろう、などを考えながら製品を作っていった」とShian氏は述べた。

 よく知られているように、初代Eee PCのCPUはDothanベースのプロセッサを630MHzで動作させていたのだが、Shian氏によれば実際にIntelから提供されたCPUは、900MHzで動作するSKUだったのだという。つまり、Steelyの開発コードネームで知られるMcCaslinプラットフォーム用のA110と同等のものだったようだ。しかし、Shian氏によれば、これをASUSの側で630MHzに落として利用していたのだという。「ユーザーの利用形態を具体的に考えて、630MHzでも充分な処理能力だと判断した。静粛性、消費電力、性能などあらゆる事から考慮し、これで充分だと判断した」(Shian氏)と、Intelから630MHzに落として欲しいと言われたのではなく、ASUSが主体的にこうした設計にしたのだと明らかにした。

 このように、ASUSはEee PCという製品を、単なる安価な製品というだけでなく、実際にユーザーのニーズを考え、それにマッチする製品として仕上げたんだ、そして他社のネットブックは後追いなんだ、という自負があるからこそ、「Eee PCをネットブックとは呼んでいない」という台詞が出てくるのだろう。

 その“エンジニアとして矜持”が非常に心地よかったということに触れて、この記事のまとめとしたい。

□ネットブック/UMPCリンク集
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/link/umpc.htm
□関連記事
【9月26日】【笠原】ネットブックが、あんなに安い理由
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0926/ubiq228.htm
【9月29日】【特別企画】台湾ネットブック開発者インタビュー ASUSTeK編
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0929/netbook04.htm

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(2008年9月30日)

[Reported by 笠原一輝]


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