大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

2010年に1,000万台出荷を目指すソニー・VAIOの新戦略
~VAIO再定義の意味と新方針を石田本部長に聞く




 ソニーが、VAIOの意味を再定義した。新たな定義は、Visual Audio Intelligence Organizer。これまでのVAIOを進化させ、Intelligence(知性)を持ったコンピュータへと新たな一歩を踏み出すことを狙う。また、海外戦略の加速、VAIOワールドの広がりとともに、2010年度には、VAIO事業だけで年商1兆円、1,000万台規模の事業に拡大させる方針を示す。ソニー VAIO事業本部・石田佳久本部長に、VAIOが目指す新たな世界、そして、1兆円の事業規模に向けた新戦略を聞いた。

●VAIOの再定義はIntelligenceを軸に考えた

ソニー VAIO事業本部・石田佳久本部長

--7月16日の会見で、VAIOの定義を、従来の「Video Audio Integrated Operation」から、「Visual Audio Intelligence Organizer」へと変更しましたね。これは、なにを意味しますか?

石田 コンピュータ自身がインテリジェンスを持ち、心地よい体験をさせてくれる。そんな環境を実現するエンジン(ハード)と、アプリケーション(ソフト)が、ようやく揃ってきた。それを前提として、ハードとソフト、そしてネットワークの進化によって、VAIOが新たな次元に入ることを示したのが、今回の新たな定義となります。事業をやっている上で、PCユーザーが、VAIOに対して、高い要求レベルを持っていることをヒシヒシと感じます。一般的なPCにはないプレミアムを感じて、VAIOをご購入いただくケースが多い。そうしたなかで、本当に顧客を満足させるものを提供するにはどうするか。その回答を、今回の新たな定義のなかに込めました。

--再定義は、いつ頃から考えていたのですか。

石田 かなり前からやりたいと考えていましたよ。時期でいうと、1年程前でしょうか。'96年にVAIO事業を開始し、それからしばらくはソニーが新たなPCというものをリードしてきた自負がある。だが、5年もすると、各社が追いつき始め、ソニーが市場をリードしているとはいえなくなってきた。そこで、ソニーは、2004年5月に、「VAIO 第2章」という言葉を用いて、「DO VAIO(バイオする)」をキーワードに、新たなVAIOの提案を行なってきた。だが、この提案があまり浸透しなかったという反省がある。ですから、VAIOを新たな定義のもとで、次の次元へと進化させなくてはならないと考えていた。

--「VAIO第3章」でも良かったと(笑)。

石田 いや、それは考えませんでしたね。「第3章」というよりも、「VAIOを再定義した」といった方が、新しい段階に入った印象が強いでしょう。

--VAIOの新定義は、今後10年ぐらい先まで維持することを想定していますか。

石田 いや、そんなには持ちませんよ。せめて5年ぐらいじゃないでしょうか。これまでの定義も10年もったという感じはしないですよ。その点では、もう少し早く、再定義に乗り出す必要があったかもしれません。「VAIO 第2章」を振り返ると、そのかけ声は良かったし、新たな挑戦をしていくという点での方向性も良かった。また、全世界の店頭で、共通イメージによって展開するといった成果などもあった。だが、そこで目指している実態がなかなか伝わらなかったともいえる。「DO VAIO」という言葉も、日本語で「バイオする」と言うと、なんとなくわかるが、海外のなかには、その意味が通じにくい国もあった。それをもう一度、VAIOを再定義することで、VAIOの目指す方向性はこうなんだ、ということをしっかりと打ち出すことが必要だったわけです。

--新定義では、Audio以外の3つの言葉を変えましたね。どこに石田本部長の思い入れがありますか。

石田 「Intelligence」ですね。この言葉を先に考えましたし、ここに、VAIOの進化のすべてが込められているといっていもいい。

--あとの言葉は、後づけだと(笑)。

石田 まぁ、そう思ってもらっても構いません(笑)。Intelligenceの実現には、ハードの進化もあるが、むしろ、ソフトの進化の方が大きい。社内に蓄積されてきたさまざまなソフト技術や製品は、Intelligenceを実現する上で、大きな意味を持っています。例えば、「Giga Pocket Digital」や「VAIO Media Plus」、「Vaio Movie Story」、「Click to Disc」といった、VAIOに標準付属しているソフトは、VAIOが目指すIntelligenceを実現する重要な要素となっています。

--逆に、「Audio」だけ変えなかった意味はありますか。

石田 いいのが無かっただけで(笑)。「Audio」は、「Audio」でいいじゃないですか。VAIOにとって、重要な要素であることに代わりはないのですから(笑)。

VAIOを「Visual Audio Intelligence Organizer」に再定義 “感じるコンピューター”を訴求

●VAIO事業1兆円を実現する鍵はなにか?

--経営方針説明会では、2010年にVAIO事業で1兆円を目標にする計画が打ち出されました。この具体的なプランについてお聞かせください。

石田 2010年に、VAIO事業が1兆円の売上高を達成した時には、約1,000万台の出荷規模が想定されます。この規模をやっていかないと、PC事業を健全な形で成り立たせるのは難しい。PC事業は、どうしても規模感が必要になる。ですから1,000万台というのは、VAIO事業を維持するためには、最低限の領域といえます。

--東芝が1,000万台を突破し、富士通も王手をかけるところにきていますね。2007年度のVAIOの出荷実績は520万台。2008年度におけるVAIOの出荷計画は680万台。2010年度に1,000万台という数字は、かなり意欲的な目標といます。ソニーは、どうやって、1,000万台規模に引き上げますか。

石田 北米や欧州、日本といった先進国での成長率は鈍化していますから、ここでは、数値的な成長よりは、利益率を重視していきたい。ユーセージモデルを提案し、これで引っ張っていく。一方で、成長という点では、新興国市場が鍵となります。現在でも、新興国市場は前年比300~400%の成長率を見せていますからね。いま、VAIOを販売する地域を徐々に拡大しています。2005年にはロシア、2006年にはインドネシア、トルコ、ブラジル、2007年にはウクライナ、ルーマニア、ポーランド、フィリピン、カザフスタンの5カ国で新たに販売を開始し、現在、48カ国でVAIOを販売しています。今年度もアジアを中心に4カ国での販売を開始します。

--新興国市場では、やはり価格戦略が軸になりますか。

石田 それは考えていません。まずは富裕層に対する訴求から開始します。VAIOは、常に新しいソリューションを提供することができるPCですから、海外においても、その施策を展開していきます。とはいえ、新興国の場合は、まだソリューションというよりも、PCそのものの魅力について注目されていますから、10年前にVAIOが、日本で提案したような、機能の魅力や、デザインの魅力、他社のPCとは違うというような点を訴えていくことが先になります。年内には、ほとんどの製品シリーズに、Blu-ray Discドライブを搭載する計画ですし、HDMIについても標準的に搭載していくことになる。日本市場向けには、一部の低価格モデルを除いて、地デジチューナを搭載することになる。ただ、日本をはじめとする先進国ならば、ハイデフィニションや、Blu-ray搭載といったメリットを訴えてもすぐに響くが、新興国市場ではそこまで求められていない場合もある。また、13型の液晶を搭載したモデルで、いくらハイビジョンだと訴えてもあまり意味がない。

 そうしたエリアごとの市場性や、仕様の特性を捉えた上で、見せ方を変えた訴求していくことも考えていきたい。

--マイクロソフトは、Windows Vistaに地デジチューナ対応機能を搭載することを発表していますが、ソニーは、これを搭載したPCの販売計画は明らかにしていませんね。

石田 機能を検証してみると、ソニーの立場からは、「Intelligence」を実現するところにまで到達していないと判断しました。VAIOに搭載している「Giga Pocket Digital」や、「VAIO Media plus」で実現している、豊富なTV録画機能や、家中の写真や映像、音楽を、自由に操れるという環境が、マイクロソフトの対応のなかでは実現できていない。まだまだソニーが、Intelligenceがあるものとして位置づけるには、進化が必要です。ですから、今回は、VAIOへの搭載を見送っています。むしろ、しばらくは、Giga Pocket Digitalや、VAIO Media Plusの良さを訴求し、認知を高めることに、力を注ぎたいと考えています。話は変わりますが、DLNAは、VAIOにとって標準的なものとなっています。このメリットを知っていただくためには、DLNAの機能そのものを訴求するよりも、VAIO Media Plusの利便性を訴求した方がわかりやすい。これもソフトの認知度を高めたいと考えている理由の1つとなっています。

7月16日の会見。CMキャラクターの森泉さん、松下奈緒さんも登場 コンシューマ向けモデルにはソニー独自のソフトを搭載

--売上高1兆円で、その時の出荷台数が1,000万台。単純計算では1台あたり10万円となります。この平均単価は、これまでのVAIOの流れを考えると、考えられない単価ですね。

石田 そういう計算が出てくるので、1,000万台という数字はあまり言いたくなかったのですが(笑)、これは、VAIOを低価格化していくというものではありません。さまざまなプラットフォーム製品が登場するなかで、そうした流れに準拠した製品を、ソニーも投入してくことになります。それを考えた場合に、単純計算で1台10万円ということになるのです。

--つまり、MIDやUMPC、ネットブックといった製品の登場が見込まれると。

石田 それぞれがどう区分けされているのがよくわからないので(笑)、明確にはお話しはできませんが、そうしたことも視野に入れているのは確かです。Centrino Atomプラットフォームを活用した製品は、2009年度には避けては通れないのではないでしょうか。

--ここ数年、VAIO事業は、過去最高の売上高、利益を更新し続けていますが、これは2010年まで継続することになりますか。

石田 売上高という点では、それを継続していくことになります。しかし、利益となると難しいかもしれませんね。新たなプラットフォームの製品が出てくると、どうしても利益が確保しにくくなりますから。

●エクステンションラインの拡充にも取り組む

--VAIOの課題としては、ビジネス分野への取り組みがあります。この進捗はどう自己評価していますか。

新しいビジネス向けモデル「VAIO type BZ」

石田 満足はしていません。ソニーの力をもってすれば、もっと売れるはずですし、なんでもっと出来ないんだ、と社内に号令をかけています。ただ、ビジネス分野は、リレーションビジネスが前提となっていますし、販売、サービス網が構築された市場ですから、なかなか食い込みにくく、難しいことは理解している。その中で、ソニーがこの分野に本気で取り組んでいく姿勢は少しずつ浸透してきたのではないか、とは思っています。2006年にビジネス向けPCとして、type Gを投入した時も、他社に先行してワイド液晶を採用していたソニーが、あえて4:3の液晶を採用してまで、この製品を作った。企業ユーザーが求めているものはなにか、ということを真剣に検討した結果です。あれから2年を経過し、もう4:3にこだわることもなくなってきた。ですから、ソニーが得意とするワイド液晶を採用した製品を、このほど追加しました。ただ、反省しなくてはならないのは、コンシューマ分野では、ソニーが先行するものが多く、それが市場の高い評価につながっているのに対して、ビジネス分野においては、すべてが後追いになっている。ここでも、ソニーが先行できるものを提案しない限り、存在感を発揮することはできないでしょう。製品そのもの、営業、マーケティング体制も、まだまだ強化していかなくてはならない市場です。もちろん、諦めるつめもりはありませんよ。

--最近、VAIOブランドの周辺機器群が増加していますね。これはますます広がっていくのですか。

石田 いま、VAIOには、エクステンションラインという形で、テレビサイドPCのTP1、デジタルチューナのDT1、ホームサーバーのHS1、デジタルフォトフレームのCP1、Wi-FiオーディオのWA1という製品があります。こうした製品によって、「TVにつないで楽しむにもVAIO」、「BDを楽しむのにもVAIO」、「ホームネットワークで利便性を高めるのもVAIO」という提案ができる。Intelligenceという観点から、満足してもらえるものを提供するという点では、エクステンションラインの充実も不可欠になる。こうした製品群は、もっと広げていきたいと考えています。特に、1つの単独の製品としては認知しもらうことが難しい、あるいは、新たな提案の製品であるため、ブレイクする時期に来ていないといった製品を、VAIOエクステンションラインとして用意したい。ソニーという会社の枠組みのなかで、あるいは既存のビジネススタイルのなかでは伸びにくいといった製品も、このなかで提供していきたいですね。一部には他の事業部の製品と重複するものも出てくるでしょうが、市場が本格的に立ち上がってきたら、それを本業とする事業部に返せばいいと思っているんです。この分野は、そうした考え方で取り組んでいきます。VAIOの再定義のなかで重要な要素となる「Intelligence」は、エクステンションラインを含めた形で提案していくことになります。

□ソニーのホームページ
http://www.sony.co.jp/
□VAIO Experienceのサイト
http://www.vaio.sony.co.jp/Products/Concept/Experience/
□関連記事
【7月17日】ソニー、'96年以来の「VAIO」ブランドを再定義
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0717/sony.htm

バックナンバー

(2008年8月12日)

[Text by 大河原克行]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp ご質問に対して、個別にご回答はいたしません

Copyright (c) 2008 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.