●ゲームコンソールにオープンなソフトウェア開発を持ち込む Microsoftのゲーム向けプログラミングフレームワーク「XNA Framework」と、それをベースにしたゲーム開発キット「XNA Game Studio」の戦略のポイントは、ゲーム開発のオープン化にある。 オープンなPCとは異なり、ゲームコンソールは閉じたプログラミングの世界だった。ゲームプラットフォームでは契約デベロッパしかソフトウェア開発ができないためだ。例外もあるが、基本的にゲームコンソールの正規なOS上の開発には、厳しい制約がつけられている。契約の敷居は高く、アマチュアプログラマには手が届きにくい。 Microsoftは、XNAの枠組みの中でここに風穴を開けた。それが、Microsoftが提供するゲーム向けプログラミングキット『XNA Game Studio』だ。Visual Studio 2005を拡張したC#によるゲーム開発環境で、アマチュアでもXbox 360とWindows向けのゲームを開発することができる。やっかいで高額な契約は必要ない。ネイティブコードレベルでXbox 360ハードにアクセスできる契約デベロッパと同等の環境ではないが、.NET Frameworkを拡張したXNA FrameworkからXbox 360ハードにアクセスできる。
GDCでのMicrosoftによると、2006年末にリリースして以来、XNA Game Studioは80万コピーがダウンロードされ、400近い大学で採用されたという。XNA Game Studio自体もバージョン2.0になり、ネットワーク機能が充実した。欧米では、かなりの規模のゲーム開発コミュニティが育ち、ゲームも次々に作られた。昨年(2007年)8月にはゲーム開発コンテスト「Dream-Build-Play(ドリーム ビルド プレイ)」が開催され、そこから、最優秀ゲームがMicrosoftのオンラインゲームソフト配信サービスであるXbox LIVE Arcadeで配信されるという流れもできている。 しかし、一般のアマチュアプログラマにとって、Xbox LIVE Arcadeでゲーム配信することは、手間とコストがかかり過ぎるため現実的ではなかった。結局、XNA Game Studioでゲームを比較的自由に簡単に作ることができても、それをXbox 360に供給する口は、ほとんど閉められたままだった。ゲーム開発は開かれたが、それをプレイしてもらうルートが開かれない、いびつな状況だった。 ●ゲーム配布をオープン化する第2ステップ そこで、Microsoftは今回、ゲーム開発コミュニティのゲームを配信するための仕組み「Xbox LIVE Community Games」を提供することをアナウンスした。これは、XNA Game Studioで開発したゲームをXbox LIVEに投稿し、全Xbox LIVEユーザーにダウンロードしてもらえるようにするシステムだ。これが動き始めると、アマチュアクリエイターが簡単にゲームを開発できるだけでなく、簡単にゲームを配布できるようになる。Microsoftは2008年中に、このサービスをスタートするという。 Microsoftが、これまでコミュニティゲームのXbox LIVEでの配信に慎重だったのは、セキュリティや倫理を考えてのことだった。Microsoftの田代昭博氏(XNAグループマネージャ)は、XNA Game Studio発表当時「(自由な配信は)セキュリティなどを考えると難しい。自由に提供できる場を設けると、無法地帯になってしまいかねない」と語っていた。 PCのように自由にソフトウェアを配信できるようにすると、PCと同じセキュリティ上の問題がXbox 360にも発生してしまう。また、XNA Game Studioでのゲーム開発には、従来のゲームタイトル開発の際に課せられる「TCR(Technical Certification Requirements)」の厳格な縛りがない。そのため、性的あるいは過度に暴力的なゲームを作ることもできる。 GDCでは、こうした問題を解決するために、ゲーム作者の自己申告による暴力性などのレイティングを、コミュニティの中でレビュアーが相互に審査する仕組みを設けた。契約ゲームタイトルの場合はMicrosoftがTCRを審査するが、コミュニティゲームは民主的に審査して配信できる仕組みを作る。 これで、XNA Game Studioは、ようやく開発と配布の両輪が揃った、本来の環境になったと言えそうだ。 ●欧米では大きな意味を持つMicrosoftの戦略 MicrosoftのXNA Game Studioとゲーム開発オープン化戦略は、日本だとあまりピンと来ないかもしれない。しかし、欧米では、それなりの鍵となる戦略だ。 まず、欧米は、日本と較べてホリデープログラマの人口が圧倒的に多い。そうしたプログラマコミュニティにとって、XNA Game Studioは魅力的に映る。そして“マイファーストゲームデベロップメント”がXNA Game Studio上だったアマチュアプログラマにとって、馴染みのあるゲーミングプラットフォームはMicrosoftのものになる。Microsoftは、自社ゲームプラットフォームの、将来のプログラマ層を育てていることになる。 ちなみに、3DグラフィックスツールのSOFTIMAGEもこの戦略にちゃっかり乗っている。同社は、XNA Game Studio 向けに無料の「SOFTIMAGE | XSI 6 Mod Tool」を提供している。彼らの狙いも同じで、将来のプロがSOFTIMAGEを選択するように誘導している。 日本から見ると、参加者のほとんどがゲーム開発のプロであるGDCで、アマチュアとの垣根を低くする戦略を発表するのはどうかと思うかもしれない。しかし、米国ではそれも当てはまらない。プロとアマチュアの垣根があいまいで、プロも独立心が強いからだ。例えば、企業内のプロのゲームクリエイターが、XNA Game Studioでビジネスをするために、独立するといった展開もありえる。 MicrosoftはGDCのキーノートで、ゲームクリエイタの神様の一人であり、「ポピュラス」や「テーマパーク」「ダンジョンキーパー」の作者であるPeter Molyneux(ピーター・モリニュー)氏を登壇させた。そして、XNA Game Studioでスタートした個人クリエイターが、将来のMolyneuxになる可能性があると強調した。これが、Microsoftの描く、ゲーム制作の民主化構想だ。
●Webの手軽さをゲームに持ち込むコンセプト Microsoftのこうしたプレゼンテーションからは、同社が自社の戦略のポイントをよく理解していることが伺える。Microsoftの過去の必勝方程式に乗っているだけでなく、Webの成長の構図もなぞっている。Webでは、誰もが簡単にコンテンツやサービスを提供できるから、草の根から盛り上がり、ここまで巨大なWebが育った。 もっとも、Microsoftは最初はWebの特性を理解しておらず、インターネット興隆期には、危うくその波に乗り遅れそうになった。その時に、Microsoftのインターネット戦略の立案のきっかけを作り、Webの成長の波にMicrosoftを載せることを成功させた人物が、Xbox 360開発の指揮を取ったJ. Allard氏(J・アラード)氏(Microsoft, Corporate Vice President, Design and Development, Entertainment and Devices Division)だった。Allard氏は、Xbox 360を発売する前から、XNAの発想の原点が、Webの図式をゲームに持ち込むことにあることを、次のように強調していた。 「インターネットの偉大な点は、標準とシンプルなツールがあるおかげで、誰でも簡単に利用できたことだ。人はただインターネットに行って自分を表現すればいい。ドットコム現象は、アイデアを現実にする、非常にローコストな手段だった」 「今のゲーム業界の問題は、作るのにカネがかかることだ。今、Webではあるレベルのツールがあれば、簡単にWeb雑誌を創刊できる。Webによって、出版は劇的に簡単になった。でも、ゲームを作り始めるのはまだ簡単ではない。私がXNAを考え始めてから、10年越しの夢として考えているのはまさにそのことだ。XNAでWebのように簡単にゲームを作れるようにする。コンピュータを知らなくても、誰でも簡単にゲームが作れるようにすればベストアイデアが勝つようになる。それがこの業界のイノベーションをドライブするだろう」 アイデアを簡単にゲームに仕立て、それを配布する道が開かれたゲームプラットフォーム。資金力や人海戦術に寄らずに、アイデアで勝負ができる世界。それが、Microsoftの描く、XNAによるゲーム開発のオープン化の構想の究極像だ。Allard氏の構想が実現できれば、Xbox 360には最もコンテンツリッチなゲームプラットフォームになる道が開ける。Webの上で、プロもアマも境目なく、アイデア次第でコンテンツを成功させることができるように、XNAの上でプロもアマもゲームを作ることができる。この構想が本当に実現するのなら、MicrosoftはXNAの下でXboxファミリ(360とその後継マシン)を花開かせることができる可能性が高い。
●構想にぶれのないMicrosoftのXbox/XNA戦略 Allard氏からインタビューで上の説明を聞いたのは、4年前のGDCだった。Microsoftは4年かけて、Allard氏の構想を、ある程度まで実現した。ここで重要なポイントの1つは、Microsoftがこの構想を唱え始めたのが4年前にさかのぼる点だ。次々にMicrosoftや関連企業が明らかにする戦略は、ほとんどが、この時に聞いた構想に沿っている。 例えば、Allard氏は次のようにも語っていた。「ゲーム業界では、ツールやゲームエンジンのライセンスはとても値が高く、それが開発のハードルになっている。しかし、もしXNA互換ツールがタダだったら? プリプロダクションの間、無料だったら? どうなるだろう。あなたと私が仕事を辞めて、2、3カ月間ゲーム設計に取り組んで、プロトタイプを作ってそれをActivisionやナムコやEAといったパブリッシャーに持ち込むことができる」。これは、現在、SOFTIMAGEが提供しているアプローチそのものだ。 このように、Microsoftは、4年以上前にAllard氏の頭の中で産まれた構想を、ぶれずに進めている。短期的な付け焼き刃の施策ではなく、大きな構想の中で一手一手を進めているように見える。ハード設計からコミュニティ形成まで、全てに一貫性があり、Xboxチーム全体で進めている。これが、PS3構想全体が揺れているソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)や、古い体質の会社を改革しつつWii構想を実現しなければならなかった任天堂との違いだ。 とはいえ、Microsoftのこの戦略が、短期的にXbox 360を買ってもらう助けになるわけではない。また、家電であるゲームコンソールは、セキュリティなどのために完全にオープン化することができない。Microsoftはゲームコンソールの閉じた部分も残しながら、XNA Frameworkに乗る部分だけをオープンにするという、やや矛盾のある戦略を取らなければならない。プログラマがアクセスできるレベルにも、階層がある。 さらに、Allard氏が示したビジョンの中には、まだ到達には遠い部分も多く残されている。例えば、Allard氏は次のように語った。「ゲーム業界を変えたゲーム『Myst』のマジックはハイパーカード(Macintosh用の手軽に使えるハイパーテキストソフトウェア)にあった。ハイパーカードは大変簡単なプログラミングツールだ。そして、素晴らしいアイデアを持った2人の人間がMystとなるゲームのストーリーボードを描き、その世界の概観の最初の15分をハイパーカードで作ってみた。“クリック、クリック、クリック、クリック”、彼らは全然プログラミングなんかで悩まなかった。プログラムの書き方もよく知らない2人の男が、素晴らしいゲームを作れることをMystで実証して見せた」。まだ、Microsoftはここまで手軽なオーサリングツールは提供できていない。 つまり、Microsoftはゲーム開発を改革する大きな構想を数年前に立て、それに沿ってXbox 360やXNAを段階的に推進しつつある。そのため、戦略の軸は定まっており、ブレが少ない。しかし、構想自体が大きく、目標とする地点が遠いため、まだ、Microsoftは時間が必要だ。そして、戦略の土台としてXboxファミリハードの普及を促したいが、それは、現時点では100点満点までは行っていない。 □関連記事 (2008年2月29日) [Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]
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