第394回
IDFに感じるIntelの自信、課題、そして不安



 今年から米国での開催が1回だけになったIntel Developers Forum 2007が終了した。最終日はいつもの通り、Intelの技術革新に向けての取り組みがテーマ。マルチコア世代に向けたプログラミングに関連した話題を取り上げたほか、バーチャルリアリティ技術を応用した“3D Internet”の提案を行なった。いずれも基調講演の記事が掲載されているので、すでに内容を把握している読者も少なくないことだろう。

 さて、今回のIDFを少し振り返って復習してみたい。

 今回のIDFは、新たに判明した事実というのは、実はあまり多くない。ウルトラモバイルの分野で、Melowの次のプラットフォームが待機電力1/10になることや、NehalemがQuick Pathというインターコネクト技術を用いること、USBに新しいバージョンが登場することなど、いくつかのトピックはあったものの、ニュースの多いIDFとは言えなかったように思う。

 しかし、Intelが自信に充ち満ちていることを実感したIDFだった。だが、一方ではPC業界全体をどちらの方向に導こうとしているのか、新しいビジョンに向けての方向性は感じられなかった。

●好調な製造面を基盤にした自信の深さ

ポール・オッテリーニ社長兼CEOが抱える45nmで製造されたNehalemのウェハ

 今回のIDFでもっとも強く感じたのは、Intelの自信の深さだ。Pentium 4世代のコアがアーキテクチャ、製造プロセスの両面で立ち行かなくなり、セールス面でも製品力の面でも苦しんでいた時期とは全く違う。45nm世代におけるIntelは、かつての黄金期を思わせる王道をひた走りそうだ。

 その理由はいくつかある。

 まずMeromファミリの製品がサーバーからモバイルまで、すべての市場において成功したことで、ライバルからの圧力が相対的に減ったこと。一時は“つなぎ”でもなんでも、新しい製品を投入しないと、特にサーバーやハイエンドデスクトップの分野では厳しい戦いだったが、現在はAthlon 64 X2などから受けた強いプレッシャーはない。

 次に45nmプロセスが、相当に調子が良いこと。複数の関係者は、IDFが始まる前から45nmプロセスの歩留まりが、予想以上に高まってきていると話した。歩留まりのレベルはすでに65nm世代が量産を開始した頃を超えており、Core 2ラインを45nm世代に総取っ替えしても良さそうな勢いだという。

好調な45nmの立ち上がりと性能への自信が、Intelの戦略を力強いものにしている Intelは45nmの製造拠点を2008年には4カ所に増やす。その延長線にあり、すでにテスト生産を行なっている32nm技術へも力強く進んでいくだろう

 このように営業面でのライバルからのプレッシャーが少なく、製造面でも障害がない時期には、自分のペースで、自分の好きな時に製品をリリースしていける。

 Penrynファミリの製品はExtremeラインとXeonラインから導入されるが、このような高価格/高付加価値のラインには、多少前倒しでも製品を導入できる可能性があった。しかし十分にこなれた歩留まりの中、高付加価値ラインからPenrynファミリをデビューさせることで、高い利益率を確保しながら新しいアーキテクチャへと移行できてしまう。

 Core 2 DuoのMeromファミリからPenrynファミリへのスイッチも、現状、Meromファミリが強い競争力を保っているため、ギリギリまで切り替えを遅らせることが可能だ。たとえ1カ月でも投入を遅くできれば、その間、高付加価値ラインに投入したPenrynファミリの製品から高いマージンを引き出し続けることができる。

 こうした状況下でのIntelというのは、本当に強い。本来ならAMDが追い上げてIntelのお尻に火を点けなければ、次期製品への開発が遅れたり、開発方針が保守的になりすぎて後退するものだ。ところが、優位な状況になれば、そこで得た利益を(自分が持っている製品そのものを駆逐するため)次の製品の強化へと投資するのがIntelの常套手段である。

 もちろん、かつて予想以上のリーク電流の大きさに躓いたように、予測できない事態に陥る可能性はある。しかし製造面での好調さが続きそうなことを考えると、当面は製品の改良はロードマップ通りに粛々と進むだろう。

●当面の課題はWiMAXの普及

 一方、当面の課題になりそうなのがWiMAXの普及だ。IntelはノートPC、モバイルPCだけでなく、UMPC、MID(Mobile Internet Device:スマートフォンのような小型インターネットデバイス)へとIntelアーキテクチャを展開する上で、WiMAXの搭載を戦略の基礎に据えている。広帯域のインターネットアクセスを、いつでもどこでも利用できることが、Intelアーキテクチャの適応範囲を広げていく上で重要と考えているからだ。

左から現行の無線LAN mini card、Echo Peak世代の小型無線LAN mini card、それにWiMAX機能を含むフル機能のEcho Peak

 Intelは来年(2008年)のモバイルプラットフォーム“Montevina”(モンテヴィーナ)にモバイルWiMAXを組み込んでおり、かつての無線LANと同様にノートPCに、ほぼ“自動的に”WiMAXを搭載させることを狙っている。Intelの主張では、無線LANとほぼ同じ電力消費で、WiMAXに接続できるという。

 もっとも、実際にモバイルWiMAXを搭載するかどうかは、OEMベンダー次第。インフラが整う見込みもないのに、全製品にWiMAXを組み込むベンダーはいない。無線LANの場合は、先にある程度の無線LANインフラが存在し、ユーザー自身が簡単に無線LANアクセスポイントを設置できたため、Centrinoの展開から一気に無線LANが普及した。しかし、まずは通信キャリアがインフラ整備をしなければユーザーが使いたくとも使えないWiMAXの場合、Centrinoと同じ戦略は使えない。

 日本ではIDFと時を同じくして、WiMAXへの投資を行なうKDDIにIntelが投資を行なうことや、共同で設立するWiMAX準備会社の免許申請という発表が行なわれた。IDFではこの発表を受け、“アジアで起きつつあるWiMAXへと向かうトレンド”の一部として、Intelがこのニュースを引用していた。

WiMAXはIntelのモバイル戦略、プラットフォーム拡大戦略を進める上で、もっとも大きな課題。現地ではKDDIと共同でWiMAX事業を立ち上げていくニュースが大きく取り上げられた

 海の向こうでは日本での投資の実態はわからない。うがった見方をすれば、極東での出来事を引き合いに投資を呼び込み、WiMAXインフラ整備への道筋を付けようと躍起になっているようにも感じる。

 ご存じのようにまだ日本での事例は免許申請の段階であり、果たしてどの程度の規模の投資が、どのようなペースで行なわれるのか、Intelの投資比率がどのぐらいになるのかなど、まだまだ未知数な部分が大きい。しかし、相当に力を入れてくることは間違いないだろう。なぜなら、WiMAXの成功こそが、Intelアーキテクチャの基盤拡大に不可欠だとIntel自身が確信しているからだ。極東での1つの成功事例が北米、そしてワールドワイドでのWiMAXへの投資の呼び水になれば、Intelとしても投資のしがいがあるというものだ。

 既存のノートPC市場に加えて、まだ市場として存在していないに近いUMPC、MIDへと力を入れるIntel戦略の根幹にあるWiMAXの普及は、本業の好調維持と同じぐらいに大きなテーマ、課題と言えるだろう。

携帯デバイス向けに特化したアーキテクチャのSilverthorneを起点に、従来はx86が適用されていない分野への進出を狙う

 もしWiMAXの成功、そしてそれに続くUMPC、MIDの成功があれば、その先には車載PCや家電製品への展開など、現在ではまだ視野に入っていない分野にもIntelアーキテクチャが拡がっていく可能性も見えてくる。

x86の小型デバイスへの進出は、モバイルブロードバンドインターネットが基礎になっている。この図はFlashの各バージョンが実装された年を示したもの。x86上にはARMに2年先行している Intelアーキテクチャ搭載のMID普及を目指すIntel。そのためにも必要なのはWiMAXのインフラ

●3D Internetは本当に高い可能性を備えているか

ラトナー氏はインターネットの体験レベルを各種の切り口すべてでリッチにした3D Internetに、コミュニケーションの未来があると説く

 一方、筆者には理解しがたかったテーマもある。それは冒頭でも述べた、Intelシニアフェローのジャスティン・ラトナー氏が語った3D Internetについてである。引き合いに出しているオンラインゲーム「セカンドライフ」の、さらにその先に新しいコミュニケーションが見えてきたというのだが、本当にそうだろうか。

 筆者には3D Internetが、サーバー、ネットワーク、クライアントのすべてに、今よりも遙かに大きなパフォーマンスを必要としていることが、Intelにとって都合の良いことだとしか聞こえなかった。

 セカンドライフについては、とある一般ビジネス誌の特集に参加したとき、さまざまな情報を集め、取材も行なったことがある。グラフィックス技術が稚拙だったり、構築されている世界が荒削りだったり、あるいはユーザー自身で作ることができる仮想世界の創作活動に使うツールが貧弱という点は、将来的に改善はするだろう。

 しかし、それらが改善され、フォトリアリスティックな世界をコンピュータディスプレイの中に生み出せたとして、果たして仮想的な現実を生み出せるだろうか。リアルそうに見えるよう工夫することと、本当にリアルと同じ振る舞い、反応をシミュレーションすることは全く次元が異なる。

 グラフィックスや特定の動きのみがリアルになったところで、あらゆるインタラクティブな操作に対して、本当に理にかなった反応をしなければ不気味に感じるだけだ。非現実を当たり前、是として、リアル世界とは別の仮想現実を作ろうというのならば話は別だが、下手に現実味を出そうとしても不気味さが増す一方ではないだろうか。

 百歩譲って3D Internetの世界が構築されるとして、グラフィックスや物理シミュレーションなどのテクニックに偏りすぎている傾向も感じられた。アウトプットとしてのグラフィックスやアニメーションの質にコンピュータの演算能力を活かすというビジョンはあっても、インプット側に仮想現実と人間の間を近付けようという技術を、ラトナー氏はほとんど語っていない。

3D Internet世代の入力デバイスに関しては、ほとんど触れることが無かった。3Dマウスを手にするラトナー氏

 ごく簡単に3Dマウスなどのデバイスを紹介したが、簡単に切り上げてしまったのは、そこにブレークスルーが存在しないからだろう。コンピュータと人間の間を取り持つデバイスがキーボードとマウスだけという状況は、ここ数十年、全く変わっていない。仮想現実の技術をコモディティにしていくには、出力側以上に入力側のブレークスルーが必要と思っているのは、筆者だけではないはずだ。

 何よりIntelとして、コンピューティングの将来ビジョンを披露する、年に1回だけとなった米国でのIDF最終日の基調講演に、このテーマが選ばれたということに、ロングレンジでの成長ビジョンの枯渇を感じる。願わくは、この予感が杞憂であって欲しいものだ。


□Intelのホームページ(英文)
http://www.intel.com/
□IDFのホームページ(英文)
http://www.intel.com/idf/
□関連記事
【9月21日】【IDF】2009年投入のMoorestownで待機時消費電力が1/10へ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0921/idf06.htm
【9月20日】【IDF】ポール・オッテリーニCEO基調講演
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0920/idf03.htm
【9月19日】KDDIとIntelら、モバイルWiMAX推進に向けた新会社を設立
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0919/kddi.htm

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(2007年9月25日)

[Text by 本田雅一]


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