率直に言ってAppleは、自らの市場シェアが決して高くないことを自覚している。それは紛れもない事実であるし、Jobs CEOのキーノートスピーチの前に流された、AppleのTV CMをなぞった自虐的なビデオでも明らかだ。そこではJobs CEOの名前を騙るMr. PCが、Microsoftに降参するという寸劇が演じられる。 もちろん、これが真意であるハズはない。 Appleは単に生き延びるだけでなく、市場シェアの低い現状に甘んじようともしていない。逆に、市場シェアを高めるための方策を練っている。それが端的に現れているのがクロスプラットフォーム戦略なのだと思う。 今回のキーノートでは3つのクロスプラットフォーム環境が紹介された。ゲームのマルチプラットフォームの1つとしてのMac、MacとWindowsの両方をサポートして久しいiTunes、そしてWindows版の提供が発表されたWebブラウザのSafariだ。 ●ゲームプラットフォームの地位を目指す
今回のキーノートで披露されたid Softwareの「id Tech 5」は、Macを含めたマルチプラットフォームのゲームエンジンであり、Macに最新のゲームタイトルを呼び込む可能性を持つ。また開発元のid Software(というよりスピーチを行った同社CTOのJohn Carmack氏)は、Direct3Dへの傾斜が強まるPCゲーム業界にあって、今も熱心なOpenGLの信奉者であり、OpenGLをプライマリなローレベル3DグラフィックスAPIとするMacを支持しやすい立場にある。 どうしてApple(あるいはJobs氏)がこれほどゲームに熱心なのかは分からないが、PCで出来ていたことが、Macでは出来ないというのは、Macのシェアを向上させるのにマイナスにこそなれ、決してプラスに働かないのは事実だろう。ひょっとするとJobs氏の記憶には、歴史に残るそうそうたるゲームタイトルを生み出したApple IIと、その周辺にあったカウンターカルチャー的な雰囲気が刻まれているのかもしれない。 しかし、そうだからといってEAのような大手が、Macにも他のプラットフォームと同じタイミングで新作を提供するというのは不思議に思われる。いくら米国におけるMacのシェアが上昇基調にあるといっても、市場シェアは10%にも及ばない。 しかも、一口にMacといっても、その3Dグラフィックス性能はピンキリである。比較的新しいIntel Macに限っても、モバイル向けチップセットの内蔵グラフィックスから、PCI Expressに対応したNVIDIAのワークステーション向けグラフィックスカードまで幅広い。 さらに悪いことに、現時点におけるMacのラインナップにおいてコンシューマー向けとされるモデルは、ノート型、デスクトップ型を問わず、すべてチップセット内蔵グラフィックスを用いている。その性能が日常の利用に不足はないとしても、シリアスなゲーマー、特にid Softwareの最新ゲームエンジンを心待ちにするようなユーザーには全く相手にされないレベルであることは明白だ。にもかかわらず、コンシューマーMacには、グラフィックス性能をアップグレードするのに必要な拡張スロットが存在しないのである。
これではid Softwareが最新のゲームエンジンをリリースしようと、せっかくEAが最新のゲームタイトルを提供しようと、それを楽しむためのプラットフォームがない。この状況にもかかわらず、EAがゲームタイトルの同時リリースをコミットしたということは、ひょっとすると今後発表される新しいMacの中には、3Dゲームを楽しめるようなスペックのもの(特にPCI Express x16スロットを備えたもの)が存在するのではないか、と筆者は勝手に考えている。いずれにしても、Windowsユーザーの取り込みを行なうのであれば、このあたりに手をつけることは不可避だろうし、とりあえずIntelプラットフォームへの移行を完了したAppleは、クロスプラットフォーム戦略を完成させるためにも、Macのハードウェアラインナップの拡大を図るのではないだろうか。 ●SafariをWindowsとiPhoneに搭載
しかしLeopardで採用される新しいFinderを見て、やられた、と思ったのは筆者だけではないだろう。WindowsでiTunesを使っていたユーザーは、知らず知らずのうちにLeopardの使い方(の少なくとも一部)を学習させられていたのである。まぁ、それは大げさにしても、WindowsでiTunesを使っているユーザーにとってLeopardの敷居が低くなることは間違いない。 そしてWindows版Safariの提供である。多くの人にとってWebブラウザはもっとも使用頻度の高いアプリケーションの1つだ。そのアプリケーションがWindowsとMacで共通になれば、プラットフォームを移行する敷居はまた低くなる。操作性など使い勝手の面も無視できないが、Webアプリケーション実行環境の統一という狙いも大きいに違いない。 現状において、ネットバンキングやショッピングサイトなど、明示的、非明示的であるを問わず、圧倒的なブラウザシェアを持つInternet Explorerにしか対応しないサイトは少なくない。Windows版のリリースでWebブラウザとしてのシェアが高まれば、Safariで利用可能なサイトも増えるものと期待できる。 このSafariのもう1つのプラットフォームが、間もなく米国での販売が始まるiPhoneだ。全世界的な売れ行きは予想しにくい部分があるものの、少なくとも米国でのヒットはかなり確実なのではないかと思われる。そのiPhoneとMac、Windowsに共通したアプリケーション実行環境となれば、多くの開発者がSafariに魅力を感じるだろう。それはiPhoneの売り上げを後押しするだけでなく、Macにとっても追い風になるハズだ。 逆にサードパーティがiPhone向けのソフトウェアを提供するチャンスは、実質的にこのWebアプリケーション環境に限定されることになった。いわゆるSDKを用いたネイティブアプリケーションの開発環境は提供されないわけだが、ベースバンド部をハックされるリスクを考えれば、それは難しかっただろう。ネイティブアプリケーションの開発環境を提供するために、ベースバンドレイヤとOS Xを実行するアプリケーションレイヤを分離すると、竹に木を接いだような操作性のものになってしまったかもしれない。 それでもネイティブアプリケーションを開発する方法が提供されずWebに限定されたことで、サードパーティがiPhone用のソフトウェア単体でビジネスにするのは相当に困難になったのではないだろうか。サービスとの連動による課金、Mac用アプリケーションとの連携など、知恵を絞る必要がありそうだ。
●Boot Campとサードパーティ製仮想環境の立ち位置
今回のキーノートでJobs CEOは、BootCampを最も高性能で、最も完全なWindowsとの互換性を提供する方法で、それを補完するのがParallelsやVMwareのソリューションであり、これらのソフトウェアにAppleは満足している、と述べている。 以下は筆者の理解だが、AppleにとってBoot CampやParallels、VMwareの仮想環境は、あくまでもWindowsユーザーをMac環境に移行させるためのものであり、既存のMacユーザーにWindowsを使ってもらうためのものではないのだと思う。したがって、Mac上の仮想環境におけるWindowsの標準サポートを自らが行ない、少しでもWindowsの使い勝手を良くしよう、という方向性ではないのだ。両方使えば、Macの良さが分かるハズ、それくらいにAppleはMacに自信を持っているのだと思う。
もしAppleがMac上に仮想環境を構築する日が来るとしたら、それは何らかの理由で同時に複数のMac OSインスタンスを実行する必要が生じた時だろう。あるいは、クロスプラットフォーム戦略がうまくいかず、いよいよ追いつめられた時かもしれないが、それはまだ考えてもいないことに違いない。
□関連記事 (2007年6月13日) [Reported by 元麻布春男]
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