4月に開催されたIntel Developers Forum Chinaは、ウルトラモバイルPC(UMPC)に期待する読者にとって印象的な情報が公開されたイベントだった。IntelはUMPC、あるいはスマートフォンといった小型フォームファクタに対して、本気で低消費電力x86プラットフォームを展開していく。 Intelはこの分野にスポット参戦するのではなく、数年先までのロードマップを持って取り組んでいることは、この連載の中でも何度か紹介した。UMPCは数年のうちに間違いなく大幅な改善が期待できるだろうし、x86スマートフォンも現実のものとなるだろう。 しかし、“超小型”となると常に問題になるのが、その上に載せるソフトウェアである。コードネーム“Origami”で、UMPCに取り組む意欲を見せたMicrosoftは、この分野に対してどんな価値を提供できると考えているのだろうか? WinHEC 2007の技術トラックから情報を拾ってみた。 ●Microsoftの考えるUMPCとは
記事の本題に入る前に、MicrosoftにとってのUMPCとは何か? を彼ら自身の講演の中から拾っておき、理解を深めておきたい。MicrosoftにとってのUMPCの定義とは以下のようなものだ。 ・フル機能のWindowsと100%の互換性があるPC ずっと前からバイオUシリーズが存在している日本では、なんだそんなことでいいのか? といった内容かもしれないが、もちろん、上記はMicrosoftの考えるUMPC像であって、ユーザーが求めているUMPCの姿とは異なる。 Microsoft自身もそれはわかっていて、今年(2007年)以降のUMPCのハードウェアトレンドについて表形式でまとめていた。LEDバックライト装備のより高解像度な液晶パネルや、内蔵WANカード、WiMAX対応、1.5ポンド(約680g)以下の重量、3セルあたり3~4時間のバッテリ持続時間、SSD(ソリッドステートディスク)への移行、カメラやGPS、生体認証への対応など、近年、流行している(あるいは流行の兆しを見せている)デバイスは、なんでも盛り込んだといった表である。
すでに第1世代のUMPCユーザーからはいくつかのフィードバックをもらっているとのことで、3セルあたり4時間以上の駆動時間や700g以下の重量、アプリケーション起動のシンプルな操作性、ホールドスイッチの装備、ハードウェアボリュームボタン、無線機能の制御ボタン、低価格化などが挙げられていた。 いずれも、わざわざここで取り上げるほどのことではないが、上記の内容は少なくともMicrosoftも認識しているということである。しかし、Microsoftはハードウェアベンダーではない。テクニカルセッションでは「ハードウェアを差別化する要素はたくさんある」とUMPC開発を促していた。PCよりも携帯電話など個人が携帯する機器の方が、数の上で市場の潜在力もあると力説する。 ではMicrosoftは、UMPCを推進する立場として、どのような手駒を持っているのだろうか? ●あくまでも通常のVista SKUにこだわる? しかしテクニカルセッションでは、Microsoft自身がUMPCやx86ベースのスマートフォン向けにVistaを最適化する、あるいはUMPC向けに別のユーザーインターフェイス、シェルなどを提供するといった方針は示さなかった。
一方でVistaがすでにUMPC向けに多くの機能を搭載していると主張している。 WindowsがPCアーキテクチャ向けOSとして、もっとも多くのハードウェア/ソフトウェアのサポートを受け、エンドユーザーもWindowsに慣れ親しんでいるという事実は、確かにMicrosoftの主張する通りだろう。10万を超えるWindowsアプリケーションがそのまま走ることも、確かに重要ではあろう。 しかし、だからといって現在のVistaがUMPCに適しているという主張は、やや的を外している。確かに“すぐに使える”という意味では、Linuxベースで独自のシステムを構築するよりも有望だが、現時点ではUMPCでの実用性を考慮して構築されたOSが存在しないという方が正しいのではないだろうか。 たとえば電源管理ユーザーインターフェイスの変更やモビリティセンターの実装、タッチパネルや文字認識機能の搭載、Windows HotStart(システム起動時に特定のソフトウェアが起動する機能)、ネットワークへの接続性やWindows Meeting Spaceの装備、プレゼンテーション機能や同期センターなどを「高いモビリティを持つVistaの特徴」としている。それぞれの機能は否定しないが、それがUMPCに最適な理由というにはあまりにも説得力がない。 以前のOrigamiの際には、Windows XP Tablet PC Editionにプラスαでユーザーインターフェイスを追加することで、超小型のPCを扱いやすくするための方策を模索している様子があったが、そうしたUMPC向けの特別な開発は行なうつもりがないようだ。 あくまでも既存のVistaに用意されている各SKUから選んでUMPCに導入してもらい、実際のUMPC向けに最適化したアプリケーションの実装は、別途行なうという思想である。もちろん、この方法がベストとMicrosoftが考える理由もわからないではない。 小型になるほど、製品ごとに異なるユーザーインターフェイス要素が与えられ、それぞれの操作に応じて専用のソフトウェアを走らせるといった方が機器ごとの特色は出しやすいだろう。加えてMicrosoft自身がユーザーインターフェイスに関して決めごとを作りすぎることで、小型PC向けのユーザーインターフェイスが進歩する妨げになる可能性もある。 ただ、それでもMicrosoftには、いくつかの宿題が残るはずだ。現在のSKUで今後のUMPCをカバーしていくのは厳しい。 ●“PCにWindowsは不可欠”という過信
たとえば宿題の1つには、必須インストール容量や必要メモリ量などがある。これらは時間が解決する問題でもあるが、そもそも必要のないモジュールや機能まで、まるまる抱えればいいという考え方そのものがUMPCと馴染まない。 Microsoftはセッションで、今後は1.8インチハードディスクがSSDに置き換わると示唆しているが、価格面を考えるとUMPCに採用できるSSDは最大でも32GB(それも高価ではあるが)だ。その貴重な容量の半分をOSが占めることになる。 加えてSSDを標準的なデバイスとして定義するなら、スワップファイルの扱いやスワップを最小限に抑えるメモリ管理などフラッシュメモリに負荷をかける処理に関して最適化を図る必要もあろう(これは通常のモバイルPCにも言えることだろう)。 Windowsがそのまま動作することが重要な一方、不要なサービスや機能を切り離してディスク上から消去したりなど、機能は削らずにユーザーや環境に合わせてシステムを簡単にコンパクト化するためのカスタマイズ機能も必要ではないだろうか。Vistaのためにインストールされるファイルの多くは、実際には使われないことも多いのだから。 こうした、おそらくきちんと取り組もうと思えばできることをやらず、フル機能のWindowsが必要だからの一点張りでは、UMPC向けにカスタマイズされたSKUを用意しないことに理解を得られにくいだろう。もちろん、Windowsが必要なPCベンダーにとってみれば、どちらにしても必要なのだからWindowsベースで開発はするだろうが、決してそれが望ましいわけではない。 こうしたことは「PCにはWindowsが必要不可欠である」という過信から来ているのではないかと個人的には考えている。 単純にハードウェアを小さくしただけでは、UMPCが幅広いユーザーに使ってもらえるものにはならないということは、もちろんMicrosoftも認識している。WinHECはハードウェア開発者向けカンファレンスのため、ソフトウェア開発に関しては軽く触れられている程度だが、画面サイズの違いや、キーボード/マウス無しでのオペレーションの必要性、独自ハードウェアボタンによるナビゲーション、タッチスクリーンに最適化したフルスクリーンの画面デザイン、キーボード以外からの入力への対応、さらには省電力を意識したプログラミングやサスペンド/レジュームの時間、ユーザーシナリオに即したワークフローを意識することなど、アプリケーションソフトウェアをUMPC向けに作っていかなければならないとしている。 しかし、UMPC向けに最適化したソフトウェアを用意し、さらにUMPC向けのフロントエンドとなるシェルを独自開発していかなければならないなら、なぜ、決して小さなリソースしか持たないハードウェア向けに適しているとは言い難いVistaを使う必要があるのか。“まずはWindowsありき”の発想でスタートしているところに疑問を持たざるを得ない。 世界中にはWindowsでの開発に慣れたプログラマが多数いる。たとえフルサイズのWindows PC向けソフトウェアを実際にはUMPCで動かさなかったとしても、周辺ハードウェアやネットワークサービスへの対応という意味でも、Windowsであることは望ましいだろう。少なくとも特定業種向けにカスタムの端末を作るならば、Windowsの方が楽にアプリケーションを実装できる。 ただ、コンシューマ向けのパーソナルな端末として、本当にMicrosoftが考えている方向が正しいのかどうか。Microsoftには今一度、自問をしてほしいものだ。 □関連記事 (2007年5月18日) [Text by 本田雅一]
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