大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

なぜ、マイクロソフトを選んだのか
~入社1カ月を迎えた樋口泰行COOに聞く




マイクロソフト株式会社 代表執行役兼COO 樋口泰行氏

 3月5日付けで、マイクロソフトの代表執行役兼COO(最高執行責任者)に就任した樋口泰行氏。就任からちょうど1カ月が経過した。なぜ樋口氏はマイクロソフト入りを決めたのか、そして、マイクロソフトにどんな影響を与えるのか。樋口氏に直撃インタビューを試みた。



--就任から1カ月を経過しました。マイクロソフトはどんな会社だと感じましたか。

樋口 これまで移籍した会社は、入社第1日目から、「さぁ、やってください」ということが多かった。しかし、マイクロソフトには、「オンボーディングプロセス」という仕組みがあり、会社を理解するための時間が設けられている。主要なマネージャーと、1対1で話し合う場が作られ、組織の構造や活動内容、ファンクションのレクチャーを受けることができる。また、米国本社のキーとなる人とパイプを作る作業にも時間をさける。これは、ありがたいと思っています。すでに、社内だけで30人ほどの人と面談しました。社外には、まだ5社ほどしかご挨拶できていませんので、これから150カ所ぐらいにはお邪魔したいとは思っています。

 外から見ていたマイクロソフトと、中に入ってみた感じでは、それほど差がありませんでしたね。いい意味でのベンチャー的な雰囲気がありますし、とにかく俊敏な会社です。プロ意識が強く、前向きで、能力の高い社員が多い。私が過去に在籍した会社のなかでは、アップルに近い雰囲気を感じました。マイクロソフトも、もともとはコンシューマからスタートした会社ですし、伸び伸びとした雰囲気がある。日本の代表的企業の場合は、周りがなんでもやってくれる文化がありますから、そこに在籍していた私自身、ちょっと筋肉が衰えているかもしれない(笑)。マイクロソフトはハイスピードで動く会社ですから、この流れに乗れるように、頭の筋肉を鍛えなくてはならないですね(笑)。

--樋口COOから見て、いまのマイクロソフトの課題とはなんでしょうか。

樋口 私の担当領域は法人向けビジネスとなりますが、この分野は、米国本社や欧州の法人の実績と比較すると、日本法人が遅れている。その背景には、日本固有のメインフレームを中心としたレガシーの世界が、根強く存在していることが挙げられる。しかし、その一方で、脱メインフレームといった動きや、ダウンサイジングに対する動きが顕在化しており、オープン化、標準化、さらにはコスト効率の高いものに対する要求が高まっている。つまり、マイクロソフトに対する期待が高まっているのです。

 この潮流をしっかりと捉えて、法人ビジネスに向けた「基本動作」といったものを、早急に確立しなくてはならない。コンシューマビジネスはロータッチビジネスであるのに対して、法人向けビジネスはハイタッチビジネスとなる。そのためには、マイクロソフトが、顔が見える会社、信頼される会社にならなくてはいけない。マイクロソフトは、PCやWindowsというイメージが強いですから、システムの堅牢性や、セキュリティの問題をかなりクリアしているにも関わらず、脆弱だというイメージを持ってい顧客がいる。

 それを払拭するには、やはり顔が見えるマイクロソフトになっていかなくてはならない。営業や、それをサポートする技術者、製品担当者やソリューションのスペシャリスト、ITサポートといったマイクロソフトのすべての社員を、パートナーやエンドユーザーに認めていただかなくては成り立たない。そこを強化していく必要性を感じています。

 また、マイクロソフトの営業担当者のマインドを、もう少し法人向けビジネスの領域へ持っていく必要がありますね。さらに、中堅・中小企業向けのDynamicsの普及戦略を加速しなくてはならないですし、検証体制などのインフラを強化していくことも必要。イノベーションセンターはその取り組みの1つです。これも、今後は、いかに活用していくかといった部分に力を注ぎたい。

--樋口COOが自ら先頭に立って、顧客の元に出向く考えですか。

樋口 日本HPをはじめ、日本IBM、富士通、NECといった企業は、システムインテグレーションの最後の最後まで面倒を見る仕組みが出来上がっている。だが、マイクロソフトもこれを目指すのかというとそうではない。ベンダーやSIerといったパートナーと手を組んでやっていくというのが基本になりますから、なんでもかんでも私が出ていけばいいというわけではない。

 日本HPの社長時代には、トラブルが発生すると、とにかく私が飛んでいって、徹夜をしてでも、あれこれ指示を出すといったこともありました。まぁ、私がいってもなにもできないんですが(笑)、これからも、マイクロソフト製品に問題があれば、私が真っ先に飛んでいくことになります。しかし、システム全体の責任を持つと言う意味ではパートナーとの連携が必要になる。エンドユーザーに対するアプローチは必要ですが、パートナーとの二頭立て体制が前提です。とはいえ、いつでも前面に出ていける体制は作っていますよ(笑)。

--日本人が経営トップの一角となったメリットはなんでしょうか。

樋口 パートナーやユーザーにとってみれば、日本人にしか理解できないような、ややこしい問題も話すことができるようになるかもしれませんね(笑)。なかには、「樋口さん、また、次の会社に行ってしまうんじゃないの」と冗談を言われますが(笑)、米国本社に勤務することはまったく考えていませんから、長期的な話もできる。以前からお付き合いのあったパートナーの方々も少なくないですし、歓迎してもらっていますよ。

--ちなみに、マイクロソフトにはいつまでいるつもりですか(笑)

樋口 いや、これまでも、いつまでに何をやるなんて決めていませんでしたからね(笑)。ただ、体力的な消耗が激しい会社であることは間違いないでしょうね(笑)

--ビル・ゲイツ氏やスティーブ・バルマー氏といった米マイクロソフトのトップもハードワーカーですね。樋口COOにも、似たところがありますね。

樋口 いや、足下にも及びませんよ。ただ、バルマーに話をすれば、私の考え方や、やろうとしていることは、わかってくれるんじゃないか、というのはありますよ。異文化を理解すること、現場に対する理解の仕方、顧客の理解の仕方も似ている。私が目指しているところとも似ている気がします。だから、悪い情報もどんどんあげていきたい。

--今回のマイクロソフト入りは、IT業界に復帰したいという気持ちからですか、それともマイクロソフトという会社に魅力を感じたからですか。

樋口 いまから6年ほど前までは、スキルとか、ナレッジという点でのキャリア形成を目指していました。「心技体」という言葉でいえば、技と体を強みとして、キャリア形成をしていった。しかし、ここ数年は、自分の身を置く場所で、どういう人たちと仕事をするのか、そちらの方が大きな要素になった。スティーブ・バルマーCEOやケビン・ターナーCOOといった米Microsoftの経営トップに直接会って、その経営に対する考え方で強い感銘を受けた。企業や人というのは、成功するとどうしても慢心が出るものだが、マイクロソフトは、常に変化や進化に対する危機感を持った会社であり、経営はこうあるべきというものを実践している会社だと感じました。それが、マイクロソフトへの入社を決定した大きな理由です。

--それは、感銘できる人がいれば、ダイエーのような小売業界でも良かったのですか。

樋口 いや、コモディティの小売業は、もういいかなという感じです(笑)。ただ、スペシャリティの小売業には興味がありましたね。

--ダイエーは、樋口COOにとって、力が発揮できない企業だと判断したわけですか。

樋口 一般論となりますが、アドバンテージマトリクスのなかで、コモディティな小売業は、差別化できにくい業種であるといえます。需要と供給のバランスだけに左右される産業においては、企業の差別化策はゼロではないが、1~2%程度の差別化にしかならない。それで、収益が決まってしまうんです。小売業の差別化策には、生鮮3品やデリカといったものがありますが、この差別化だけで、他社との差を2~3倍つけるのは難しい。近くに店があるのに、何kmも離れたところから、たくさんのお客がやってきてくれるということは考えにくい。どうしても、近い店の方で買ってしまいますよね。だが、もちろん差別化していないわけではない。従業員を見ると、その差別化に向けて、無茶苦茶なほどにがんばっている。私の疑問は、そのがんばりが成功を許さない世界というのは、どうなのかと。経営層からそれを見ているのは、本当に辛いんですよ。自分の注ぐエネルギーに対して、どれだけの結果が出るのか。その点では、IT業界の魅力の方が大きい。もともとは、メーカー出身なので、製品で差別化できるという方が性格に合っているのかもしれませんね。

--就任会見では、樋口COOと同じハーバード大学のMBAを取得している日本法人社長のダレン・ヒューストン氏を、「共通言語が使える人物」という言い方をしました。これは、何を指したのですか。

樋口 ビジネススクールの卒業生や、コンサルティング会社の出身者には、学校や会社を問わず、使っている言語や、頭の中の整理の仕方がある。つまり、ビジネスの本質を理解するための最短の考え方や、課題の整理の仕方などの、いわゆるフレームワークに共通したものがある。これを指して、共通言語という言い方をしました。ビジネススクールでは、ビジネスケーススタディを1日3ケースずつぐらい学びますから、年間で500ケースもの会社の事例を学ぶ。完全に覚えているかは別にして(笑)、あらゆる会社の問題点やその解決手法が、頭のスコープのなかには入っている。財務的な観点、経営や人事、マーケティング、開発、技術などの観点からの解決策を知っていますから、もし、自分が経験したことがない問題が発生しても、これらのケースから、問題解決を探ることができる。こうした共通のフレームワークを持った仲間が同じ会社にいるのは、私にとってはメリットだといえます。

--日本HPの時には、HP、コンパック、DEC、タンデムという会社の「統合」がテーマでした。ダイエーは「再生」。マイクロソフトでのテーマはなんですか?

樋口 日本HPでは、同じサイズの会社が一緒になるという状況のなかにありました。そうなると、自分のやり方が否定されたり、無くなるということが必ず出てくる。社内では、これに対する反発が強かった。しかも、それが妥当性を持った議論ではない場合が多い。例えば、旅費精算システム1つをとっても、善し悪しで判断するのではなく、こっちの方が慣れているからという理由でこだわるというように、判断基準を狂わす要素が蔓延していた。この時の、経営トップに求められたのは、そうしたしがらみやバイアスを超越して、客観的な判断を下すこと。つまり、適切な決断力が求められたのです。私は、幸いにも、日本HP(旧コンパック)での経験が短いので、客観的な判断を下せる立場にいたともいえます。

 一方、ダイエーでは、時間との戦い。早く手を施さないと死んでしまう、という救急患者のようなものですから。時間的なプレッシャーが強い。しかも、大きく方向転換をし、文化自体までも変えないといけない。これはいい経験になりました。

 そして、マイクロソフトでは、すでに方向性は出来ていますから、あとは「アクセルを踏む」というのが私の仕事です。これまでとは違った。頭や筋肉の使い方になるでしょうね。

 まず求められているのはビジネスの拡大ということ。とくに、法人市場におけるマイクロソフトへの期待値が高いことを感じますから、それにしっかりと応える。Windows Vista、Officeといった主力事業も成長させていく。そして、PLAN-Jを日本に根づいたものにしていく。ここに、私の役割があります。

--PLAN-Jに樋口カラーが加わることになりますか。

樋口 PLAN-Jは、日本法人が「ワン・マイクロソフト」として、しっかりと顔を見せて、日本市場に根付いたビジネスをやっていくこと。そして、その実現手段の1つとして、官公庁、教育機関、パートナーなどと積極的なコラボレーションを行なっていくという方向性が明確に打ち出されています。マイクロソフトが、日本市場において、法人向けビジネスをさらに加速させるのであれば、これまで以上に尊敬される会社にならなくてはいけない。信頼性があり、一緒に仕事ができる会社、社員個人のパフォーマンスを発揮できる会社にならなくてはならない。私の役割は、PLAN-Jで目指しているものを、より深くやっていくことにある。そこに、自分の経験が役に立つと思っています。

--ダイエーでの異業種の経験は、樋口COOにとってメリットでしたか。そして、その経験がIT産業にどう影響しますか。

樋口 ダイエーの話は、打席に立っていたら、変化球がきて、それを打ってしまったという感じですね(笑)。でも、日本の代表的な企業のなかでの経験は、成長という意味ではいいボールだったかなと思っています。まぁ、本当にプラスだったか、マイナスだったかは、あとになってからでないとわからないと思いますけどね。マイクロソフトの法人向けビジネスにおいては、今後、大手企業のトップと話すことも増えるでしょう。ダイエーの経験談を聞いてみたいという人もいるでしょうから(笑)、以前よりも大手企業には受け入れられやすいんじゃないでしょうか。マイクロソフトの経営トップとしては高齢ですけど(笑)、法人向けビジネスの対象の1つとなる大手企業のトップと比べると、まだ若いぐらいです。企業のビジネスディシジョンメーカーと親和性を持った話ができる点も強みになるはずですよ。

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【3月5日】マイクロソフトの代表執行役兼COOに樋口泰行氏が就任
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0305/ms.htm
【2005年4月14日】日本HP、樋口泰行社長が5月末で退任
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0414/hp.htm
【2003年4月8日】日本HP、高柳代表取締役社長が退任
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0408/hp.htm

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(2007年4月5日)

[Text by 大河原克行]


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