教育の現場でコンピュータが使われるとき、コンピュータリテラシーそのものを学ぶ場合と、その他のリテラシーを身につけるための手段としてコンピュータが使われる場合がある。後者の試みには、さまざまなアプローチが試みられてはいるが、分野が多岐にわたるだけに、その方向性を見極めるのは難しい。 ●MEETが模索する教育環境 国立大学法人東京大学のMEETによる公開授業のデモンストレーションを見学してきた。MEETはMicrosoft chair of Educational Environment and Technologyを意味する。日本語では「マイクロソフト先進教育環境寄附研究部門」とされている。ナレッジワーカーを育成するための先進的な教育環境を開発、評価するためのもので、マイクロソフトが予算面での支援をしながら、2006年から2008年までの3年間にわたって研究を進めているという。 この日、公開されたのは放送番組映像データベースを活用した教育支援ソフトウェア「MEET Video Explorer」を使った授業デモンストレーションで、学生1人1人がレノボ提供によるタブレットPC、「ThinkPad X60 Tablet」を与えられ、過去の放送番組を検索しながら与えられたテーマにしたがって考えをまとめ、発表するというものだ。 2006年から東大は、NHKと、番組データベースであるNHKアーカイブスの高等教育現場での利用に関する共同研究を続けているが、今回の講義でも、この番組データベースが活用されている。 NHKアーカイブそのものは膨大な量のニュースと番組を保存しているが、著作権などの関係で、全国のライブラリ施設に直接赴いて見ることができるのはたったの6,000本だ。また、今回の公開授業でも、「NHKスペシャル」、「電子立国日本の自叙伝」、「プロジェクトX」、「あの日あの時」など31番組623クリップが使われたに過ぎない。 NHKは番組データをMPEG-4ファイルで保存しているが、このプロジェクトでは、WMVに変換し、Windows Media Serverで、オンデマンドストリーミングしている。各クリップは、何分何秒目にどのような内容が収録されているかがメタデータとして記録され、それをMicrosoft SQL Serverで管理しているということだ。また、クライアントとなるPCとして、レノボのThinkPad X60 Tabletでは、Windows Vistaが使われ、.NET Framework 3.0を使ったGUIのアプリケーションが稼働している。 「MEET Video Explorer」と名付けられたこのアプリケーションは、キーワードなどで映像クリップを探し出すことができる。また、キーワードで関連クリップを関連づける。学生は、1枚のプレゼンテーションスライド上にアイディアをまとめ、関連資料として映像クリップをそこに貼り付けることができ、それを完成させてプレゼンテーションに使う。 番組のメタデータ化は、2名がフルタイムで約1週間かかって完成させたという。将来的にはWiki的なアプローチでメタデータを付加していくような試みも考えているそうだ。 ●インターネットは玉石混淆 デモ授業中の学生には、自由に話しかけてよいとのことだったので、男子学生にちょっと話を聞いてみた。ちょっと見たところでは、あまりにもコンテンツが限定的で、YouTube的なアプローチの方がずっと有用だと感じられたからだ。 答えてくれた男子学生は、YouTubeを知っていて、ほとんど毎日楽しんでいるということだった。だが、インターネット経由で得られる情報は玉石混淆で、あふれるような情報の中から、正しいもの、確かなものを探し出すのが大変だということを彼はよくわかっている。そして、そのためのスキルを誰もが持っているわけではないということも。そういう意味で、今回の映像ライブラリのような、ある視点で管理されたコンテンツは貴重だとコメントしてくれた。いわゆるWeb2.0的なアプローチ上にある集合知の考え方は、それはそれですばらしいと認めた上で、それが唯一の方法ではないというのが彼の意見だ。 このプロジェクトを担当する東大情報学環助教授、山内祐平氏によれば、学生が与えられたテーマをよく把握しないで図書館に行くと、何も調べられずに帰ってきてしまうといったケースを例に挙げ、事前の準備をする段階として、一定の権威に基づく管理下にある閉じた空間としての映像ライブラリを使っているのだという。 また、山内助教授は、教育の現場で、こうした映像を使うにあたっては、現状では、個々の教師が、著作権法35条の学校その他の教育機関における複製等を独自に解釈して行なっているにすぎず、今後は、何らかの基準や方向性を持たなければならないという。つまり、今回のプロジェクトは、過去の放送映像を教育の現場で使う前例として、一気に未来を拓くための突破口になれればいいというのが山内助教授の胸の内だ。 東大は、このプロジェクトのために、NHKから提供を受けた番組に対して、さまざまなメタデータを付加していく。そして、それは、最終的に社会に対して還元される。つまり、誰もがインターネットを使って、データベースを検索し、ストリーミングで過去の放送映像を見る世の中を目指すわけだ。そのために、まずは、比較的そうしたことがやりやすい教育の現場からというのが本音らしい。 ●誰も知らない未来を手に入れるために 吟味されたカリキュラムの元で、権威のある教材を使い、厳選された資料だけをあさりながら学問を究めるというのは、ある意味で温室のような環境だ。でも、そうした環境をきちんと提供できないのなら、学校はいらない。情報は世の中に溢れかえっているわけで、それを取捨選択しながら自分の興味に忠実に何かを究めていくことは、誰にでも許された自由だ。そういう意味では、学校という現場は、とても不自由なところでもある。 その一方で、子ども(大学生を子どもといっていいのかどうかは別として)ほど大人な存在はない。学生は学生なりに、現実社会を横目で見ながら自分を高めるために勉強をする。教育現場という温室の中にいることをきちんと理解して、その特権を最大限に生かすしたたかさを持ちながらだ。かつて、モラトリアムと呼ばれた学生時代だが、こうした環境の中から頭ひとつ飛び出して、突拍子もないことを考えて実行に移すラディカルな人材が生まれるのだろう。与えられるのは過去の厳選であり、未来は誰も与えてくれない。
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(2007年2月16日)
[Reported by 山田祥平]
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