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SCEIの社長交代がPS3に与える影響




●SCEAのトップがSCEIの社長に就任した人事

 ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)の顔が変わった。プレステの父である久夛良木健氏が代表取締役社長から代表取締役会長に就任。代わって、SCEIの米国子会社であるSCEA(Computer Entertainment America Inc.)のCEOである平井一夫氏がSCEIの代表取締役社長兼グループCOOに就いた。久夛良木氏はSCEIのグループCEOに留まるが、平井氏が社長となったことで、経営方針にも変化が現れることは確実だろう。

 平井氏はSCEAの顔で、米国で開催されるゲーム関連ショウ「E3(Electronic Entertainment Expo)」の際に行なわれるSCEAのカンファレンスでも主役を務めてきた。米国のゲームメディアでは「Kaz」のニックネームで親しまれている。平井氏が、SCEIの中核に入ったことで、米国市場に責任を持ち米国の大手ゲームパブリッシャとのパイプを持つSCEAの意向が、より本体SCEIに反映されやすくなると推測される。

SCEI代表取締役会長に就任した久夛良木健氏 SCEI代表取締役社長兼グループCOOに就任したSCEAの平井一夫氏

 SCEIの社内政治については、さまざまな報道がされている。特に多いのは、ソニーグループ内での、久夛良木氏とソニー本社のハワード・ストリンガーCEOの確執が背後にある、といった論調だ。そのあたりの真相はわからないが、今回の人事が示しているのは、ソニーグループ内の政治的な力学だけではない。もっと大きなゲーム業界の流れがその背景に見える。むしろ、政治的な力学は、その潮流に対する戦略の結果という色彩が強いように見える。

 背景にあるのは、ゲーム市場と開発における、日本から欧米への重心の移動だ。その結果、欧米市場で成功するための戦略が、SCEIにとって極めて重要になっている。SCEAの戦略がSCEI全体の戦略に反映されやすくなった、今回の人事は、その回答と言えそうだ。

●ゲーム業界の潮流からは納得できる人事

 ゲームにおいて日本はもはや絶対的な中心ではなく、PLAYSTATIONも日本発のゲームを世界に運ぶ日本のゲーム機ではない。そして、今世代ゲーム機の戦いでは、PLAYSTATION 3(PS3)は楽勝できる大本命ではなく、特に欧米では激しい競争にさらされている。ところが、2006年前半までのPS3戦略は、そうした状況に柔軟に対応できていたとは言い難かった。

 最大のポイントはPS3の価格と方向性だ。SCEIはPS3をエンターテイメントコンピュータとして位置付け、そのための、高スペックと高価格を設定した。しかし、コンピュータとしてのアプローチは中途半端のままで、結果、PS3は、“ゲーム機として”は高価格のマシンとなった。こうした路線にもっとも難色を示していたのは、米国の大手ゲームパブリッシャだと言われる。

 ところが、実際のPS3の米国でのローンチでは、海外パブリッシャが有力ゲームを揃え、結果、15タイトルが揃う、成功した立ち上げとなった。力をつけた米国のゲームメーカーが、PS3を支持して支えた格好だ。その背後には、SCEI(またはSCEA)による強力な働きかけがあったと推定される。また、SCEI自身も、PS3の立ち上げに際しては、ゲーム機としてフォーカスした訴求戦略を取った。

 こうして見ると、過去半年の間に、SCEI全体の戦略が、明らかに変わって来たことがわかる。海外市場を睨んだ戦略が強まっている。米国法人のトップをSCEIの社長に据えた今回のSCEIの人事は、こうした流れから見ると、必然に見える。

●欧米へと重心が移ったゲーム産業

 ゲーム業界をグローバルに見ると、ゲームの市場と開発は、明らかに欧米にシフトしつつある。

 市場規模では、日本はマイナーになりつつあり、巨大市場に育った米国と、拡大してきた欧州が大きな割合を占めるようになった。かつては、ゲーム機ビジネスでは、最大市場の日本を押さえることが最重要だったが、今や、日本市場には重心がなくなっている。北米市場とヨーロッパ市場のプライオリティが、非常に高くなっている。

 ゲーム開発においても同様だ。日本勢がゲーム機プラットフォームを押さえ、日本市場が中心だった時代には、ゲーム機向けタイトル開発の中心は日本にあった。日本で作られたゲーム機に、日本で作られたゲームタイトルが載り、全世界でブームを巻き起こしていた。

 しかし、欧米のゲーム機市場の拡大とともに、欧米のゲームデベロッパも力をつけてきた。彼らは、ゲーム機向けタイトルの経験を積み、大型化した市場でのミリオンヒットで潤ってきた。特に、PCグラフィックスやマルチスレッドプログラミングのスキルが必要になった今世代機では、欧米のデベロッパの優位が強くなった。

 つまり、ゲーム機全体で見ると、市場では欧米の比重がますます大きくなり、ゲーム開発では欧米デベロッパの力が急速に増している状況にある。こうした中で、今世代機のゲーム機戦争が始まった。

●大きく状況が異なる今回のゲーム機戦争

 市場と開発の状況が変わった今回のゲーム機戦争は、2000年前後の前回とはかなり趣が違う。前回は、突出した大本命がPlayStation 2(PS2)で、そこに任天堂、セガ、Microsoftがそれぞれ挑むという構図だった。PSで築き上げたPS2の絶対優位に、揺らぐ気配はあまり見えなかった。だから、PS2の時は、SCEIがかなり無理なことをしても、問題は生じなかった。

 ところが、今回の戦いでは、PS3はPS2の時ほどの優位を持っていない。Xbox 360とWiiに両サイドから攻められており、明らかに揺らいでいる。そのため、SCEIはPS3では、あまり無理を言えない状況にあった。

Xbot 360(左)とWii(右)

 まず、1年先行したMicrosoftのXbox 360は、欧米市場ではPS3を脅かすところまで躍進している。Xbox 360は日本での失敗が著しいので、欧米での成功が見えにくいが、PS3にとって脅威となりつつある。Microsoftが適切な手を打ち続け、SCEIがミスをすれば、欧米ではXbox 360が市場の首位を固めてしまう可能性もある。Xbox 360とPS3は、当面は同じユーザー同じ市場を食い合うために、この影響は大きい。

 さらに、経営体制刷新の効果が出てきた任天堂がWiiで迫る。Wii戦略のポイントは、潜在的なゲーム機ユーザーを掘り起こすところにあり、それに成功すれば、ニンテンドーDSと同様の成功を収める可能性がある。

 WiiとPS3は大きく方向が異なるため、必ずしも同じユーザーを食い合うわけではない。しかし、Wiiによってゲーム機市場が拡大すると、相対的にゲーム機ビジネスの中でのSCEIの立場が弱くなってしまう。今、DSの躍進の影でPSPとPS2の力が弱まっているように。

 ゲームデベロッパを惹きつけるという点でも、前回と今回は違う。前回は、コンソールゲームと言えば、日本デベロッパが中心。そして、日本のゲーム会社は、メインの制作ラインの複数をPS2に割き、保険で他のプラットフォームにも制作ラインを割り当てるといった雰囲気だった。PS2以外のプラットフォームで創る理由は、SCEIの独占を抑止したい、プラットフォームベンダーからコミットメントを受け取った、他社が本気を出さない市場なら成功しやすい、といったどちらかと言えば消極的な理由の場合が多かった。

 ところが、今回は違う。まず、日本のゲームメーカーは、このところの携帯ゲーム機への流れの変化で、かなり戸惑っている。日本市場では大型ヒットはDSに集中するようになり、PS2タイトルは本数ベースでは明らかに風下に立っている。ゲームコンソール自体が、携帯機に対して魅力なのかどうか、疑問符がつき始めた。その結果、SCEIが常勝と信じていいのか、不安が広がっていると言われる。

 さらに、海外パブリッシャとデベロッパがコンソールゲームでもパワーを持つようになった。その海外パブリッシャたちは、Xbox 360に対しても主軸のタイトルをどんどん投入している。さらに、最近の米国ゲーム市場の飽和感と日本市場のDSシフトを見て、海外パブリッシャはWiiにも力を注ぎ始めたように見える。海外企業は、日本企業よりビジネスライクでダイナミックに戦略を変えるため、変化が始まったら影響が大きい。

●2レイヤーに分かれていたSCEIのPS3戦略

 成長した海外市場と、海外デベロッパの伸長。そうした局面で、6年前よりはるかに手強くなったMicrosoftと任天堂の挑戦。SCEIは、PS3のローンチでは、そうした緊張した状況を迎えていた。問題は、それに対するSCEIの戦略だった。

 SCEIのPS3戦略は、言ってみれば2階層のものだった。トップレイヤーでは、久夛良木氏がPS3をエンターテイメントコンピュータとするビジョンを語る。その一方、現場レベルではPS3をゲーム機として立ち上げることに注力する。そして、この2つの歯車がどこでリンクして来るのかが、わかりにくい状況にあった。

 PS3をエンターテイメントコンピュータとして育てるには、いくつものハードルがある。PCと同じようにソフトウェアのエコシステム(生態系)を育てなければ、成功できないためだ。人々がPS3の機能性能を活かしたソフトウェアを書き、それがPS3ユーザーに使われるようになり、ビジネスが成り立つようになり、さらにソフトウェアが書かれる。そうしたスパイラルを回す必要がある。

 そのためには、PS3では、非ゲームの汎用アプリのための土台を作らなければならない。汎用アプリを作りやすいOS、非ゲームプログラマがアクセスできるように公開されたハードウェア、開発環境と各種ライブラリ。そうした、汎用OSとアプリの土台のためには、大容量ストレージも必要となる。また、コンピュータとしての使われ方を想定すると、ゲームビジネスだけに依存しないビジネスモデルを打ち立てる必要もあった。

 実際、2006年前半、久夛良木氏はインタビューの中で、Linuxを標準搭載する可能性やゲームに依存しないビジネスモデルの構築を示唆していた。

●コンピュータ路線で決まったPS3ハードの仕様

 PS3のこうした戦略は、PS3ハードのスペックにも影響を与えている。

 まず、Cell Broadband EngineというCPU自体が、この目的に都合がいい。Cellはヘテロジニアスマルチコア構成で、200GFLOPSを超える圧倒的な浮動小数点演算パフォーマンスを達成している。これまでのゲーム機は、優れた性能を持っていても、すぐにPCに追い抜かれた。しかし、PS3の場合は、演算性能だけを見るなら、PC CPUとのギャップが巨大で、すぐにPCが追い抜くことはできない。つまり、コンピュータとしてPCとの違いを打ち出しやすい。

 そのためのトレードオフは、複雑で熟練に手間がかかるプログラミングモデルだ。Cellのようなアーキテクチャの場合、ライブラリで隠蔽して行く方向が一番向いているが、現状ではゲームデベロッパに負担を強いている。

 また、SCEIがPS3にHDDを標準搭載したのも、コンピュータとしての展開を考えたことが主因だと見られる。ネットワークからのダウンロードを格納し、Linuxなど標準的なOSを立ち上げ、その上でプログラムが走れるようにするにはHDDが必要だからだ。HDDの標準搭載は、ゲームコンソールか、コンピュータかという分かれ目となる。

 しかし、HDDの標準搭載はゲームコンソールにとっては難しい。ハードのライフサイクルを通してのコストを上げ、信頼性を低下させるからだ。半導体チップは、微細化と統合化で劇的にコストを下げることができるし、信頼性も高い。ところが、機械部品であるHDDはどこまで行っても一定以下にコストが下がらない上に、どうしても故障が発生する。

 ローンチ時は、半導体などのコストが高いため、HDDコストは目立たない。しかし、PS3を従来のゲーム機と同様にどんどん価格を下げて行くと、あまりコストが下がらないHDDが重荷となってくる。HDDを載せていない他社ゲームコンソールより、必ず数十ドル分、コストがアップしてしまうからだ。実際、Microsoftは、Xboxでこの問題に苦しんで、Xbox 360では標準からHDDを外すという選択をした。

 PS3の価格モデルも同じだ。ゲーム機は通常、本体価格を低く抑えて、台数を普及させる垂直立ち上げモデルを取る。ゲーム機本体を一気に普及させて、ゲーム開発を促す必要があるからだ。ハードが普及する→タイトルが揃う→ハードの普及が加速する、というポジティブスパイラルを回し始めることが重要となる。ゲーム機ベンダーは、自社プラットフォーム向けのタイトル販売と、タイトルに対するライセンスで、ビジネスを回す。また、ハードスペックを固定することで、ゲーム機のライフサイクル全般で製造コストを下げて、ハードビジネスも成り立たせる。

 ところが、PS3をエンターテイメントコンピュータに育てるなら、こうした伝統的なゲーム機のモデルが取りにくい。コンピュータとして使うためにPS3を購入する非ゲームユーザーが出てくると、ゲーム関連の収入が、ハード出荷台数と比例しなくなるからだ。そのため、ハード本体で十分な利益を上げられないと、SCEIのビジネスが成り立たなくなる。つまり、PS3の高価格には、高製造コストだけでなく、PS3をコンピュータとして育てるという戦略上の意味があった。

●高価すぎるゲーム機

 PS3の価格モデルとHDD標準搭載は、このようにSCEIのPS3=コンピュータ戦略と密接に結びついていた。そのため、PS3のこの戦略を成り立たせるためには、PS3をエンターテイメントコンピュータとして位置付け、育てる必要があった。

 しかし、今春に一連のPS3戦略を明瞭にして以来、SCEIの“PS3コンピュータ”路線は止まってしまう。PS3上での非ゲームプログラムについては、あいまいなまま。標準搭載のOSはPS3のゲームOSだけ。ソフトウェア開発コミュニティの育成もなければ、PS3をコンピュータとして位置付けるマーケティングも行なわれない。PS3のコンピュータという側面については、ほぼ手つかず状態でPS3ローンチまで来てしまった。

 現在のSCEIのメッセージでは、PS3は、高パフォーマンスのゲーム機+多少の汎用性という程度に収まっている。Webブラウザやメディアプレーヤーといった要素はあるが、コンピュータ性を明確に打ち出せる程ではない。マーケティング面では、明らかにゲーム機にフォーカスしている。そのため、現状では、PS3は、ほとんどのユーザーにとっては、単に高価格なゲーム機となってしまっている。問題はそこにあった。

 PS3の価格については、以前から抵抗があったと言われていた。特に米国のゲームパブリッシャは、ハード価格が399ドル以上という点には難色を示したと言われる。米大手が、この価格では積極的にタイトルを供給できない、と言っているという話を、当時、業界関係者から何度か聞いた。

 実際、2006年5月のE3の際に行なわれたSCEAのカンファレンスは、そうした情報を裏付けるようだった。他社がPS3ゲームタイトルそのものをアピールする中、米国最大手のElectronic Arts(EA)は、ゲームの基礎技術の開発過程のデモに終始したからだ。カンファレンスに出たあるゲーム開発者は「これだと、EAはPS3にやる気がないとしか思えない」とEAの意図を疑っていた。もちろん、EAが他社を油断させるために、故意にそうしたプレゼンテーションを行なった可能性もあるが、通常は、ローンチ直前のE3ではタイトルをアピールするはずだ。

●米大手パブリッシャの注力で成功した米国でのPS3ローンチ

 ところが、フタを開けたらPS3の米国ローンチでは、EAが主力タイトルであるフットボールゲーム「MADDEN NFL 07」など3本を揃えて来た。米国サードパーティのおかげで、北米では、日本の3倍の15タイトルがローンチ時に揃った。しかも、米国側の開発のタイトルは、ほとんどが、いわゆる売れ筋タイトル。Xbox 360と差別化は薄いものの、初期タイトルとしては申し分のない強力なラインナップは、PS3の米国ローンチを支えた。これは、ローンチタイトルの弱い、日本での立ち上げとは対照的だ。

 米パブリッシャの助けで成功したPS3のローンチ。もし、EAなど米大手がE3時にPS3への態度を保留していたとすれば、PS3ローンチまでの間に姿勢が変わったことになる。「その間に、SCEとEAの間で、何らかの交渉が行なわれた可能性が高い」とあるゲーム業界関係者は語る。米大手パブリッシャとの交渉や譲歩が行なわれたとしたら、それは米国市場を中心に考えたもので、米国マネージメントを中心に行なわれた可能性が高い。その方向が、今回のSCEIの人事として顕在化して来たとも考えることができる。

 もちろん、その背景には、タイトル開発を間に合わせることができる米大手の開発力という、根源的な要素もある。タイトルの大半は、Xbox 360向けも存在する共通タイトルで、ゲームデザイン自体は変更する必要がないとはいえ、間に合わせた開発力は強力だ。開発でも欧米が優位となると、欧米パブリッシャ/デベロッパとつながる欧米マネージメントの重要性が、ますます強くなる。

 PS3戦略が、米国市場の成功を軸に再編されて行くとすると、PS3の性格は変わって行くことになる。それは、ゲームフォーカスだ。

●日米で異なるPS3エンターテイメントコンピュータ戦略への親和度

 もともと、PS3=エンターテイメントコンピュータという点については、日米で温度差があった。

 特に、米国のSCEAはPS3をゲーム機としてフォーカスしており、HDD標準搭載などには消極的だったと言われる。今年(2006年)3月15日に、SCEIが日本で開催した「PS Business Briefing 2006 March」では、久夛良木氏が「我々は、HDDがあることを前提としてPS3を考えている。ある場所とない場所があるというのではなく、全部あるとお考えになってソフトの開発をしていただきたい」と語った。標準搭載という言葉を避けながらも、HDD前提を打ち出した。

 ところが、その直後に米サンノゼで開催されたGDC(Game Developers Conference)で行なわれたSony Computer Entertainment Worldwide StudiosのPhil Harrison氏(President)のキーノートスピーチ「PlayStation 3: Beyond the Box」では、HDDの搭載については触れずじまい。ある米国のゲーム業界関係者は、SCEAに問い合わせたところ「HDDを標準搭載するかどうかは、まだ確定していない」と言われたと語っていた。SCEグループ内部で、HDDに対する足並みが揃っていないことがうかがわれた。

 また、それ以前に市場の背景の違いも存在する。

 家電の国である日本では、ゲーム機をコンピュータに育てるというビジョンは、それなりの現実性を持って受け止められる。リビングを見ても、普及しているのは非PCアーキテクチャが主流であるデジタル家電のHDDレコーダとデジタルTV。PCは普及してはいても、米国ほど必需品として生活に密着しているわけではない。デジタル家電の延長に、よりオープンなプログラマブル機器として、PS3アーキテクチャのエンターテイメントコンピュータがあり得ても不思議はない。

 ところが、PC技術の国である米国では、ゲーム機をコンピュータにという方向性は、なかなか現実的なビジョンとして伝わらない。人々はPCに慣れ親しんでおり、非PCアーキテクチャが成功することが想像しにくいからだ。だから、Xbox 360のようにPCとの連携ソフトウェア層を備えるというアプローチの方が、わかりやすく現実的に見える。

 もし、今回の人事の結果、SCEIの方向が、欧米市場にフォーカスした路線へとシフトして行くとすると、PS3の今後はある程度予想ができる。よりゲームビジネスにフォーカスし、Xbox 360とも徹底的な競争を行なうことになるだろう。そうなると、PS3はより競争的な価格や構成のモデルへと派生し、その一方で、エンターテイメントコンピュータ指向が薄れる可能性がある。コンピュータ化するための投資は、ますます低くなる可能性がある。

●SCEIのトップ人事で変わる? PS3の価格戦略

 欧米市場でのPS3の現状は、まだまだ厳しい。主戦場となる米国のローンチは、タイトルを十分に揃えられたことでスタートは好調だが、まだXbox 360が台数ではずっと先行している。ヨーロッパ市場では、さらにローンチ自体を延期してしまった。そのため、SCEIは、今後、アグレッシブに打てる手をどんどん繰り出して行かないとならない。

 目安は出荷台数で、台数ベースでXbox 360を追い抜くまで、SCEIは安心することができないだろう。また、欧米で戦えるタイトルを、継続して揃えて行く必要もある。ますます、欧米のパブリッシャとの連携を強めることになるだろう。

 本体普及での1つのポイントは価格戦略だ。SCEIのPS3戦略の最大のポイントは価格だった。従来のゲーム機より高価格につけてハードウェア単体のビジネスの利潤を上げる。さらに、コンフィギュレーションを拡張することで、PCライクな価格維持を行なっていく。PCとゲーム機は価格モデルが異なり、PCは同価格帯でスペックを引き上げるが、ゲーム機は同スペックで価格を引き下げる。久夛良木氏はPS3では前者のモデルを取る可能性を示唆していた。

 しかし、Xbox 360はゲーム機的な価格スライドを行なうことは確実だ。そのため、PS3がゲーム機としてXbox 360と競合して行くなら、PS3も同様の価格戦略を取らざるを得なくなる。また、コンピュータとして汎用に使わせる路線が薄れるなら、ゲームビジネスにより依存した本体価格の戦略を取ることもできる。

 対Xbox 360ではモデルの派生の可能性も出てくる。現状ではXbox 360とPS3では価格差がある。米国ではHDD版のボトムの価格で100ドル程PS3の方が高い。さらに、Xbox 360にはHDDレスで廉価な299.99ドルのXbox 360コアシステムがある。そのため、Xbox 360のこのラインナップに対抗するなら、例えば、SCEIがHDDレスの廉価版PS3を出す可能性もある。“PS3コアシステム”だ。PS3をエンターテイメントコンピュータ化する路線を、とりあえず先延ばしにするなら、この選択肢もありうる。PS3はシステムとしてHDDに依存しているように見えないので、ある程度のフラッシュメモリを積めばHDDレスも可能になると推定される。

 一方で、ソフトウェア開発の面では、SCEI主導によるライブラリの整備が、より進む可能性もある。Xbox 360の強みは、整った開発環境とライブラリで、PS3の環境は遠く及ばない。Xbox 360のアプローチは、典型的な欧米ソフトウェア企業のアプローチで、コンピュータ産業側から見れば馴染みやすい。コンピュータ産業の米国がSCEIで力を持つことは、SCEIのソフトウェア開発環境の整備の加速へとつながる可能性もある。

●長期的には問題が発生するかもしれない戦略転換

 しかし、SCEIがこうした戦略転換を行なうと、長期的には問題が発生する可能性がある。それは、ユーザー人口そのものの拡大だ。PS3=コンピュータ戦略の神髄は、PS3をエンターテイメント全般をカバーするマシンに育て、ユーザー層を拡大することにある。それによって、ゲーム市場より大きな市場を開拓し、ビジネスの規模を拡大することがポイントだ。

 その背景には、ゲーム人口が、ある程度限られており、しかも変動しやすいという点がある。日本のゲームコンソール市場の衰退は、それを表しているように見える。欧米でも、どこかの時点で頭打ち現象が起き、ゲーム市場全体の拡大が止まる可能性がある。米国市場では、すでにピークは過ぎたという声も多い。

 もし、ゲームコンソールのユーザーが拡大しないとしたら、その中で複数メーカーが争っても食い合いになるだけだ。各社のビジネスの規模は、独占したとしても市場規模以上にはなりえない。任天堂は、この点を憂慮した結果、ゲーム人口自体を広げる戦略に出た。それがマンマシンインターフェイスを改革するニンテンドーDSとWiiの戦略だ。任天堂はその戦略を実らせつつある。

 そして、PS3=コンピュータ戦略も、同じ方向を目指している。コンピュータとして、より広く使えるようにすることで、ユーザー層を拡大することがポイントだ。アプローチは全く異なるが、ユーザー人口の拡大という目的は一致する。

 問題はここにある。PLAYSTATIONというプラットフォームを、長期的に見た場合は、ゲーム機だけでなくさまざまなエンターテイメントのためのプラットフォームとして育てた方がいい。そうすれば、ゲーム市場という制約に捕らわれなくなるからだ。しかし、短期的には、目前のゲーム市場の戦いに敗れてしまえば、戦略の基礎となるゲーム機としての普及台数という利点を失ってしまう。これは大きなジレンマで、これまでのSCEIは、この板挟みで迷っていたように見える。

 そして、今回のSCEIの人事は、この迷いに対して、目前の戦争に勝つ、という決定を下したように見える。これが、PS3にとって、吉と出るのか凶と出るのか、それはまだわからない。欧米のゲーム市場を征することができたとしても、長期的なユーザー人口の拡大という壁が立ちふさがる可能性があるからだ。

□関連記事
【11月30日】SCEI、新役員人事を発表(GAME)
http://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20061130/scei.htm
【11月17日】【海外】なぜ米国のPS3発売は日本以上に過熱しているのか
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/1117/kaigai319.htm
【9月26日】【海外】コンピュータからゲーム機へと揺り戻したPLAYSTATION 3
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0926/kaigai303.htm

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(2006年12月4日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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