PLAYSTATION 3(PS3)にとって、ビデオプレーヤーとして優れた性能と機能を備えることは、ゲーム機としての優秀性を示すのと同じぐらい重要だ。 “DVDはPlaystation 2によって普及した”というのは、よく言われる話だが、実際、日本市場においてはPlaystation 2の普及がDVDの普及を促進したのは確かだ。北米市場ではPlaystation 2発売前、すでにDVD市場が立ち上がってきていたが、日本市場ではPlaystation 2前と後でDVDの扱い(出荷タイトル数や流通での扱いなど)が大きく変化。売り上げも急伸した。 しかしBlu-ray Disc(BD)プレーヤー機能の実装は、そのときよりもハードルがずっと高い。Playstation 2時のDVDは、リリース時にある程度は市場が形成され、規格争いもない中、既存フォーマットとしてDVDビデオをサポートした。ところが、PS3はゲーム機としての成功はもちろん、BDの“立ち上げ”を牽引する役割までも負わされてしまった。 2005年、久夛良木氏はあるイベント会場で「PS2までは好き勝手に自分のやりたいことをできたけど、PS3ではソニーグループ内はもちろん、他業界からの期待にも応じなければならない」と漏らしたことがあった。 PS3がBDプレーヤーとしても、BDビデオというフォーマットの能力を活かせるだけの実力を備えていなければならないというのは大きなプレッシャーだ。もちろん、ハードウェアとしての能力は十分に高い。しかし、その上に乗せるソフトウェアの出来、不出来によって、プレーヤーとしての質は大きく変わってしまう。 オーディオ編でも登場いただいた縣氏、村田氏に加え、PS3用ソフトウェアの開発支援ライブラリや開発者サポート、各種プレーヤーやPS2エミュレータの開発などを統括している開発研究本部ソフトウェアプラットフォーム開発部 部長の豊禎治氏、BD-ROM再生機能を実装するため、映画スタジオなどコンテンツベンダーとソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)との技術的な窓口を勤めたコンピュータ事業グループ ネットワークシステム開発部の高橋邦明氏を交えて、ビデオプレーヤーとしてのPS3について取材した。
●開発のゴールが見えなかったBDプレーヤー機能 PS3は比較的早い段階からBDドライブを搭載することが決定していたが、しかし、BDドライブを搭載すると発表した当日も「BDビデオ再生に関しては未定」と公式には話していた。とはいえ、高コストなBDドライブを搭載するのだから、ソフトウェア再生が可能な実力があるならば、BDプレーヤー機能を搭載しないのはおかしい。 「BD-ROMを用いたビデオパッケージの仕様(BDMVおよびBD-J)が決まるのが遅かったため、細かなプレーヤー機能の実装は後回しになっていましたが、ビデオデコードやオーディオデコードもソフトウェアで処理するため、その部分はかなり以前から開発を行なっていました。開発スタートからは既に2年以上が経過しています。なにしろH.264のデコードが重いため、これを最適化しなければならず開発にはかなりの時間がかかりました」 もっとも、ストリーム処理が得意なプロセッサであるSPEが7個も内蔵されたCellを搭載しているPS3だけに、デコードそのものはさほど難しいとは思えない。H.264には並行処理が行なえない演算処理があるため、汎用プロセッサでのソフトウェアデコードが重いのは確かだが、どんな点に苦労したのか。 「確かにCellはストリーム処理に向いたプロセッサですが、入念な最適化は必要です。デコード自体はすぐに行なえるようになり、すぐに映像も出せました。それも、最初からリアルタイムデコードが可能で、その点ではSACD再生ほど深刻ではありませんでした」 「しかし、当時はBD-ROMの仕様がどのようになるか全く見えなかったため、40Mbpsのビデオ転送帯域をフルに使って、フルHDのH.264映像を同時に2ストリーム再生できるかといった、かなり高い目標で開発を進めていたんです。BDでは映像ストリームを同時に2系統扱えますから、最大ではフルHDのストリームを2本並行してデコードしなければなりません。しかも開発用マシンは最終製品よりも低いクロック周波数でしか動いていなかったという事情もあります」 では現時点では、フルHDのH.264映像ストリームは、どの程度の負荷で動作しているのだろうか。実はSACD再生時のデコード処理で必要だったSPE5個分の能力よりもずっと低い、SPE3個分の負荷で処理が可能なのだという。このあたりは、用意周到に準備を重ねてきただけのことはある。 しかし、再生できることと、高画質/高品質なプレーヤーであることは違う。執筆時点でのファームウェアに含まれるBDプレーヤー、DVDプレーヤーには、いくつかの改善すべき点も見られた。それらが今後、どのように改善されるかについても聞いてみた。 ●YUV処理対応は12月7日版に追加 PS3のBDプレーヤー、DVDプレーヤーは、内部でのピクセル処理をRGB各16bit階調で行なっている(出力はディスプレイ側の色深度に依存)。実は初期出荷版のファームウェアだった1.00ではRGB各8bitだったのだが、出荷も近づいた時期に久夛良木健社長兼CEOが参加した最終仕様のレビューにおいて、仕様改善を指示され、急遽、16bit化され、発売日の11月11日に配布された1.10にて16bit対応したのだ。 しかし、これでもまだ十分ではない。BDやDVDの映像はRGBではなくYCrCb(輝度と赤色度、青色度で表現する色空間)でピクセル情報が収められている。YCrCbからRGBへの変換関数を通すとRGB値にすることも可能だが、その場合、若干の変換誤差が発生するほか、RGBの各値にアンダーフロー、オーバーフローが出るため、これを丸めることで色再現域が削られる。 ディスプレイは、どの方式も最終的にRGBで表示されるためコンピュータディスプレイではロスはほとんどないが、TVやシアター向けプロジェクタの場合はその限りではない。TVやシアター向けプロジェクタは、YCrCbの色空間を前提に設計されており、入力信号に対する映像処理をYCrCbに対して行なうプロセッサを搭載している。このため、RGB入力されたデータも、いったんYCrCbに変換されてから映像プロセッサを通り、ディスプレイデバイスに入力する際にさらにRGBに変換される。 当然、ここでも演算誤差が発生するため、処理全体を通すと大きな差が出てしまうのだ。 この差は、雪景色や白いドレス、雲のテクスチャなど明るい部分や、暗部階調の部分で判別できる。たとえば、現在発売されているBDタイトルだと「南極物語」の氷の色や階調、「アンダーワールド2 エボリューション」の暗い背景の描き分けなどが、BD専用プレーヤーであるパナソニックの「DMP-BD10」とPS3の間では違いが出る。 ではなぜPS3では内部処理を当初、RGBで行なうことにしたのか。実はグラフィックチップのRSXは、内部的に2つの色空間を同時に持つことができない。仕様を決めていく当初、クロスメディアバー(XMB)を、BDやDVDの画像にオーバーレイ表示させることも考えていたため、RGBで設計されたXMBと重ね合わせることを考慮して、プレーヤー側もRGBにしたのだと“推測”される。 結局、BDプレーヤーとDVDプレーヤーはXMBとはオーバーレイされない仕様になったのだが、いずれにしろ内部処理の手法を変えない限り、ハイライトやシャドウに近い輝度領域での階調性喪失や色の変化といった問題を解決できない。 こうしたことを考慮して、久夛良木氏は発売日にRGB16bit処理へと変更したバージョンを配布すると共に、同時にYCrCbで内部演算を行なう新しいソフトウェアの提供をなるべく早く提供するよう指示した。 実際にその映像を確認してみたが、確実にRGB処理による問題は解決していた。筆者が見たバージョンでは、必ずYCrCb処理を行なうものだったが、12月7日に配布される正式版では、XMBの設定によってRGB処理かYCrCb処理(YUV処理)かを選択可能になる。両方の処理を切り替えながら、映像がどのように違うのかを比べることもできるだろう。 ●現時点では実装されていないハイビジョンI/P処理の今後 もう1つの問題はハイビジョン映像のI/P処理。PS3では現在のところ、I/P変換(インターレスからプログレッシブへの変換)はSD映像に対してしか行なっていない。 パッケージ販売されているBDソフトは、現在のところすべて1080p収録のため、I/P変換を行なわなくとも1080p、1080i双方で正しく情報をディスプレイに伝えることができるが、問題はハイビジョン放送を録画したBD-RE/-Rの再生だ。 前々回の記事では放送波の録画も1080pで出力されると書いていたが、間にビデオスケーラを挟んでおり筆者の勘違いだった。実際には1080iの放送波はI/P変換されず、そのままのフォーマットで出力される。 これはPS3側の問題ではないのだが、TVやシアター向けプロジェクタの中には、ハイビジョン対応I/P変換回路を搭載していないものも少なくない。こうした製品に外部入力の1080i信号を入れると、縦方向の解像度が下がって見える(奇数と偶数の走査線が持つ情報を同時表示できないため)。1080p入力対応の最新モデルの中にも、同じ問題を抱えているものがあるため、1080p出力が可能なPS3には、ぜひともハイビジョン対応I/P変換も搭載して欲しいものだ。
これに対して村田氏は「現時点ではDVDの画質向上に対するリクエストがあるため、YCrCb処理に対応した後は、優先的にDVD再生機能の改善に取り組んでいる。その後、ハイビジョン放送録画の再生ニーズに対する対応をどうするかを検討していきたい」と話した。 ハイビジョンのI/P処理で問題となるのは、おそらくメモリ容量だろう。Cell側で行なうにしろ、RSX側のシェーダプログラムで行なうにしろ、それぞれが持つ256MBのローカルメモリでは、正攻法で処理するのは厳しいと想像される。 しかし、関係者は一様に「CellとRSXで処理を分散させることで、パフォーマンス的にもメモリ的にも、解決できる可能性はあるので取り組んでいきたい」と、工夫の余地があることを示唆した。 ●“高画質”なアップスケーリングフィルタを開発へ 一方、DVD再生はHDMI出力でのみ許可されているコンテンツ保護のかかった映像に対するアップスケーリング処理(720Pや1080i/pなどへの拡大出力処理)が、PS3に実装されていないことに対する不満が多いようだ。 しかし、それ以前のI/P変換などに関しては、現時点でもきちんと対応している。
「I/P変換に関しては、放送局向け機器の研究開発を行なっている部署で、NVIDIAのシェーダ言語を用いた高画質化を研究しているチームがありました。そこでのノウハウや研究成果を持ち込んで、RSXに移植しています。NVIDIAのGPUとRSXは似たアーキテクチャですが、全く同じではないため移植は必要ですが、ほぼそのまま成果をPS3で活用できます。Cell側でノイズリダクションなどの処理を行なった後、RSXに映像を引き渡してI/P処理を行なわせています(縣氏)」 この仕組みはBDプレーヤーでBDAV(放送録画のフォーマット)の480iソースを表示する際も同じ。2-3プルダウンされた映画の逆変換はもちろん、ビデオソースに対する動き適応型のI/P変換も処理される。ただし、ビデオソースに対するI/P変換は、おおむねうまく動作するものの、一部には変換ミスと思しき部分も見受けられた。 「I/P変換は現時点でも、きちんと画素単位でI/Pパターンを検出しながらI/P処理を行なう高度な処理を行なっていますから、幅広いソースに対しての正確な変換が可能だと自負しています。まだ最適化の余地はあるため、パフォーマンスが向上すれば、ソニー社内に持っているさらに高度なI/Pのアルゴリズムを実装でき、どこまでできるかを検討しながらアップデートに盛り込みます。今後、開発が進むに従って、I/P変換の精度は高まっていくでしょう(高橋氏)」 また、前々回にも指摘したノイズリダクション処理に関しては「基本的にレコーダで録画したMPEGノイズが多めなソースに対して最適化した(村田氏)」とのことで、市販のパッケージDVDを再生する場合には、ディテールの喪失などが感じられる。この点はSCE側でも認識しており、記録フォーマット(DVD-VideoかDVD-VRなのかなど)とメディアID(ROMなのか記録型なのか)を突き合わせ、ノイズリダクション処理のデフォルト値を変更するなどして対処する。 最後にアップスケーリング処理だが、BDプレーヤーよりもメモリ容量には余裕があるとはいえ、1080pまでの高品質なアップスケーリングには、(メモリ容量面で)かなりの難しさが伴うはずだ。 「アップスケーリングに関しては、もちろん高い優先順位の検討課題として上がっています。アップデートの時期に関しては明言できませんが、やるからにはマルチタップ(複数フィールド、周辺画素にわたる複数画素を参照すること)での高品質なアップスケーリングフィルタにしなければ意味がありません。CellとRSXは、それぞれに得手、不得手がありますから、両者で負荷分散をさせながら、最適なアップスケーリング処理を行なうよう研究開発を進めているところです(村田氏)」 「ソフトウェアで処理できるのが、PS3でのビデオ再生の一番の長所ですから、ソフトウェアで可能な手法であれば、何でもやりますよ。せっかくCellという素材があるのですから、それを活かして通常のDVDプレーヤーにはできないことを実現させます(豊氏)」 さらにアップスケール処理では、演算の中でオリジナルの映像信号にはない中途半端な輝度情報の画素も出てくる。これをHDMI 1.3のDeep Color(8bitを超える色深度を扱う機能)に活かすとのことだ。 ●1.5倍速再生の滑らかさを体感して欲しい 前々回のコラムでも述べたが、PS3のビデオ再生では、特にDTSの音質が顕著に(誰もがハッキリ認識できる程度に)向上することがわかっている。HDMIはリンク速度が遅い方が音質が良くなるため、HD出力となるBDよりも、480p出力となるDVD再生時のDTS音声でそのことがわかる(ただしPS3側でデコードし、マルチチャンネルのリニアPCMでAVアンプに送出する時のみ。なお、Dolby Digital(AC-3)再生時には、多少の変化はあるものの、顕著な向上はない)。 ただ、この件に関してはSCE側でも理由はよくわかっていないのだとか。 「AVアンプ側のDTSデコードが、どの程度の精度で処理しているのかを知らないのですが、我々はDTSから提供されたソースコードを、忠実にCell上で実装しただけで、特に変わったことはしていません。アルゴリズムはリファレンスコードそのままです。しかし、可能な限り高精度に演算していますから、演算誤差の違いによる音質の違いかもしれません(縣氏)」 SACD再生でもそうだったが、Cellの演算能力が一般的な民生用AV機器に搭載される信号処理プロセッサよりも高いことが、結果としてデジタルメディア再生に良い影響を、さまざまなところで及ぼしていることがわかってきた。 そしてビデオプレーヤーとしてのPS3に関しては、プロセッサ能力の高さが品質だけでなく、操作性などにも良い影響を出している。操作レスポンスの良さやBDプレーヤー内でのメニュー操作表示の高速性などは、専用BDプレーヤーよりもずっといい。加えて縣氏は「ぜひともBDプレーヤーの1.5倍速再生を試して欲しい。Cellの能力の高さが、一番分かり易い」と話す。 Cellでのビデオデコード速度には十分なマージンがあり、1.5倍速再生では、すべてのフレームをデコードした上で、毎秒60フレームの中に挿入して再生させる。このため1080/60pでディスプレイに接続している場合には、1.5倍速再生がひじょうに滑らかに行なわれる。もちろん、音声の1.5倍速再生も行なわれる。これは実際に試してみるとよくわかるはずだ。 また、一部ディスプレイが対応を始めている1080/24pモード(2-3変換不要のため、映画再生時の動きが滑らかになる)に関しても「対応します」と明言した。
□関連記事 (2006年11月30日) [Text by 本田雅一]
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