●伝統的ゲーム機からの脱却が今回のテーマ 来週(11月11日)登場する、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)の「PLAYSTATION 3(PS3)」。1年先行するMicrosoftの「Xbox 360」と、若干ずれる任天堂の「Wii」と合わせて、3社の“次世代機”が年末までに揃うことになる。構図だけを見ると、PlayStation 2、Xbox、GAMECUBE、Dreamcastで争った2000年前後のゲーム機戦争のリバイバルだ。しかし、今回のゲーム機戦争の中身は、前サイクルとは大きく異なっている。 ○各社とも“脱・伝統的ゲーム機”を強く指向している そして、その結果として今後の展開は、これまでとは違った方向へと向かい始めると推測される。 ○ネットワーク経由のサービスへと比重が移る○ゲームとゲーム機のビジネスモデルが変わり始める ○5年サイクルのハードウェアの刷新サイクルが終わる(?) 面白いのは、今回、3社とも伝統的なゲームコンソールからの脱却を目指している点だ。その意味では、足並みが揃ったと言えるかもしれない。Wiiがゲーム機であることを強調する任天堂は違うと思うかも知れないが、任天堂にしてもゲームコンソールの“伝統的な使われ方(ユーセージ)”から脱しようとしている。従来のゲームコンソールの枠にはまっている限り、これ以上のゲーム人口やユーセージ、市場の拡大があり得ないからだ。そして、拡大しない限り、袋小路にはまって衰退してしまう可能性が高いため、3社とも脱・伝統的ゲームコンソールに必死になっている。
●同列に比較ができなくなった次世代ゲーム機 しかし、目標は同じでも、どうやって伝統的なゲームコンソールの枠を脱するかの方法は、3社で大きく異なっている。3社が、まったく異なるベクトルに向かっていると言ってもいい。その結果、3社のハードやソフト、サービスの作り方は、大きく分かれた。つまり、次世代ゲームコンソールの、スペックやサービスなどに見える違いは、こうしたベクトルの違いから来ている。 今回のゲーム機戦争の難しさはここにある。 前回までは、同じトラック(市場/方向性)のスタートラインに並んだ各選手(ゲーム機)の肉体的な能力(スペック)を比較して語ればよかった。その当時は、各社の戦略に大きな違いがあると見られていたが、今回と比べると、実は大差がなかった。基本的には同じベクトルを向いており、そのため、単純にハードウェアを比較することで、ゲーム機を十分に語ることができた。 ところが、今回は、それでは意味をなさない。そもそも各選手(ゲーム機)が同じトラック(市場/方向性)を走るつもりがないからだ。例えば、任天堂は最初から違うトラックを走るし、MicrosoftとSCEは最初は同じトラックでスタートするものの途中からはコース(方向性)が分かれる。そして、各社が向かうその先は、伝統的ゲームコンソールのトラックからはみ出した場所となる。伝統的ゲームから、ゲームと定義される範囲や、ゲーム機が使われる範囲が広がると言い換えてもいい。 そのため、今世代では比較しなければならない要素も、選手(ゲーム機)の肉体的な能力(ハードウェアスペック)だけに留まらない。体調(開発環境)や支援態勢(サーバー/サービス)、成長性(将来ビジョン)まで広げる必要がある。ハードウェアスペックはもちろん最重要だが、従来と比べると、相対的に比重が小さくなっている。また、ハードの差異は、その背景にある戦略を反映しているため、それだけでは理解しにくい。 つまり、3ゲームコンソールの何が違うのかを理解するには、まず、3社が何をやろうとしているのかを理解する必要がある。 ●包括的なデジタルエンターテイメントを再定義しようとするSCE もっとも簡単に整理すると、3社の違いは次のようになる。
SCEが目指しているのは何か。それは、PS3を最終的にエンターテイメントコンピュータへと進化させることだ。 ここで言うエンターテイメントとは、ゲームやムービー、音楽といった、明瞭に娯楽にカテゴライズされるものにとどまらない。SCEのビジョンの中では、コミュニケーションや検索だってエンターテイメントとして捉えられているようだ。膨大なコンピューティングパワーによって、ゲーム以外の要素もエンターテイメントに変えて行くイメージだ。人間が余暇を楽しむためのアクティビティを包括できるプラットフォームを作ろうとしていると考えられる。 その意味では、SCEが行なっているのは『エンターテイメントを再定義しようとしている』ことと言っていいかもしれない。 そのために、PS3ではコンピューティングパフォーマンスを重視した。レガシーソフトウェア資産を持つPCではできない、ラディカルなCPUアーキテクチャを採り、現状では最高性能(単精度浮動小数点演算)のCPUを作った。ソフトウェアモデルも、HypervisorとOS、そしてライブラリの多くも本体側に持つ、一般的なコンピュータのスタイルに変えた。さらに、ネットワーク上でのリアルタイム性の強い分散コンピューティングを可能にする仕組みを組み入れた。 つまり、PCとは異なる新しいコンピュータを目指した野心的なプロジェクトだ。もちろん、そのパフォーマンスはゲームコンソールとしても強力な武器となる。ゲーム機も、やっていることはコンピュータであり、SCEは特にコンピューティングパフォーマンスが今後のゲームのカギになると考えている。だから、高性能のゲームコンソールとしてPS3を普及させ、それによってゲーム以外のソフトウェアやサービスが育つ土台を作ろうとしている。 ●ゲーム自体の定義を広げる任天堂
任天堂の目的はゲーム人口の拡大にある。 ゲームという軸は大きくはブレさせずに、ゲームから離れてしまった旧ユーザーや、従来ゲームをしなかった新ユーザーを開拓しようとしている。前者に対しては、まず、旧世代ゲーム機のエミュレータとコンテンツを提供する。後者に対しては、従来とは毛色の違うタイプのゲーム開発を促そうとしている。後者は、ニンテンドーDSが知能テストライクな『脳トレ(脳を鍛える大人のDSトレーニング)』で、従来ゲームをしなかった新ユーザー層を開拓した成功体験をベースにしている。従来はゲームではなかった要素もゲームに取り込んで、ゲーム人口を広げるイメージだ。 その意味では、任天堂の方向は『ゲーム自体の定義を広げようとしている』と言い換えてもいいだろう。 Wiiでは、PS3のようにコンピューティングのパラダイム自体を変えることは考慮していないから、コンピューティングパフォーマンスは追求しない。むしろ、ゲーム人口を拡大するために、できる限り電源を入れてもらえるように、ハードウェア自体は、静音化、小型化、省電力化を追求した。また、ベースとなるハードウェアアーキテクチャは前世代を継承することで、開発者がスキルを継続して使えるようにして開発負担を軽減する。その一方で、ユーザーインターフェイスとなるコントローラをラディカルに変革することで、デベロッパに発想の転換を迫る。 ネットワークはゲームの遊び方を広げる要素であるとともに、旧世代ゲーム機のコンテンツサービス「バーチャルコンソール」のための土台でもある。一見、ネットワークを使った多機能化に向かっているように見えるWiiだが、その目的はあくまでもユーザーをWiiに触らせることにあり、PS3のようなコンピュータ指向とは異なる。 ●ゲームのプログラミングモデルを再定義するMicrosoft
Microsoftの戦略は他の2社と比べると一見、ストレートに見える。従来通りのゲーム機としてXbox 360を押し出しているように見えるからだ。しかし、よく見ると実態は全く違う。MicrosoftがXbox 360で狙うのは、WindowsやWindows MobileといったMicrosoftのプラットフォームを全て連携させた包括的なプログラミングワールドを確立することだ。Xboxは、Microsoftの中でも比較的孤立した存在だったが、Xbox 360はMicrosoftの.NET構想の中にしっかり組み込まれている。 Microsoftの戦略がわかりにくいのは、ポイントがゲームプログラミングフレームワーク「XNA」にあるからだ。MicrosoftはXNAの中で、XNA Buildでコンテンツビルドを容易にし、次に「.NET (Compact) Framework」をXbox 360に載せつつある。すると、.NET Frameworkのランタイム「Common Language Runtime(CLR)」の上で、C#のマネージドコードがXbox 360で動くようになる。簡単に言えば、Windows PCやWindows MobileデバイスといったMicrosoftの他のプラットフォームとシームレスに、同じ(マネージドコードの)プログラムが走り、同じサービスが提供できるようになる。さらに、サービスサイドはクロスプラットフォームのゲーミングオンラインインフラ「Live Anywhere」がつなぐ。 こうしたMicrosoftの動きは『ゲームのプログラミングモデルを再定義しようとしている』と言ってよさそうだ。 MicrosoftのXNA戦略は地味に見えるが、じつははとても野心的だ。極端な言い方をすれば、Xbox 360の上でWindowsが走るのと、ある意味(マネージドコードだけなら)同義になるからだ。プログラミングコミュニティが、従来とは比較にならないほど広がる可能性があり、ゲーム開発が容易になることで、アイデア一発のゲームも作り易くなる。もちろん、ゲーム以外のコンテンツも作りやすくなる。また、Microsoftのさじ加減ひとつで、Xbox 360をより汎用端末的なシステムに化けさせることもできる。PS3がコンピュータとして成功し始めたら、Microsoftもそうした対抗手段を取る可能性がある。
背後にこうした構想を持つMicrosoftは、ソフトウェアにとってフレンドリなハードを求めたフシがある。Cellのようにプログラミングの複雑性を増すアプローチは、Microsoft的な発想からは出て来ない。性能は追求するものの、それによってプログラミングの複雑性を増大させ、Microsoftのプラットフォームに統合しにくくなる要素は避けた。CPUは対称型のマルチコアで、メモリは共有型、CPUの命令セットは異なるものの、大枠は従来のコンピューティングの型からはみ出さない。また、OSやライブラリのかなりは本体側に持つ、PS3やPSP、PCと同様のソフトウェアスタイルになった。 ●3社の性格の違いがますます浮き彫りになった この他にも3ゲームコンソールの戦略の違いは多々あるが、根本的な違いはこうした指向性の違いにあると考えられる。そして、当然のことだが、こうした基本戦略には、3社の土台と強みが色濃く反映されている。 Microsoftの本質は「ソフトウェアツールとOS」の会社であり、Xbox 360ではその性格がぐっと強まった。OS/ライブラリとツールでハードをできるだけラップ(覆う)して、プログラミングコミュニティを確立し、エコシステム(生態系)を作り上げることで勝とうという戦略だ。もちろん、PCのOSを握り、サーバーOSのある程度、そして、一部だが組み込みOSも占めているというプラットフォームの利点を活かす。 任天堂は「玩具とゲーム」の会社であり、Wiiではその本質に立ち戻った雰囲気だ。GAMECUBEでは迷いがあった任天堂は、DS以降は本来の強みを生かす方向へと向かっている。ゲームの枠を広げて、ゲームプレイヤーのコミュニティを拡大することで、自社ゲーム機とハードを普及させようという戦略だ。もちろん、その背景には、最強のゲームパブリッシャ/クリエイターという任天堂の強みがある。 SCEは母体であるソニーの「家電メーカー」としての血筋を受け継いでいる。まず、ハードとして魅力のあるものを作ることが基本にあり、それによってソフトウェア開発を喚起するようなイメージだ。もっとも、SCE自体はPLAYSTATIONで経験を積んだ結果、ソフトウェアの会社としての性質も持ち始めており、PS3ではそうした色彩も強くなっている。SCEの背景には、優れた家電を作ってプロモートするのがうまいというソニーの特質がある。 また、地理的な違いも3社の方向に影響していることが考えられる。任天堂とSCEは、ゲーム機市場が過去数年で縮小した日本に本社がある。一方、Microsoftはゲーム機市場が過去数年で急拡大した米国を土台にしている。つまり、PS3/WiiとXbox 360では、足下の市場の状況が大きく異なる。 伝統的なゲーム市場に限界があることがはっきりと見えた日本からの発想となるPS3とWiiが、それぞれ伝統的なゲーム機のユーセージモデルから抜けだそうとするのは、自然な流れだ。一方、ゲームコンソールの市場が、少なくとも今年頭までは順調だった米国から出たXbox 360が、今のゲームの土台を他のプラットフォームと連携させようと考えるのも自然だ。 今回の次世代ゲーム機戦争、その勝者は、自らが選んだアプローチで、伝統的ゲーム機の枠から抜けだしたベンダーということになりそうだ。 □関連記事 (2006年11月2日) [Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]
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