ソニー製のリチウムイオンバッテリの回収が止まらない。デル製ノートPCのバッテリ炎上/回収騒動に端を発した問題は、ノートPC各社を巻き込み、とうとうソニー製ノートPCのバッテリ回収にまで至った。 この間、新聞などでは一貫してバッテリ問題をソニー全体の問題、不適切な事後対応といった視点で報道しているが、問題はそれだけではない。ソニー自身の対応にも問題があったことは言及せねばならないが、この問題を伝える側の知識、スキル、モラルなどの低さも、騒動を大きくした原因のように思える。 ●そもそもリチウムイオンバッテリは燃えるもの この連載の中でもリチウムイオンバッテリに関する取材記事を掲載したことがある。この時、取材先の日本IBM担当者が繰り返し話していたのが「リチウムイオンバッテリは、本来、燃えるもの」という話だ。 無機溶剤を用いるニッケル水素バッテリなどは、液漏れを起こしても、異常加熱をしても、発火することはない。しかしリチウムイオンバッテリでは有機溶剤が用いられているため、比較的容易に発火する。ニッケル水素がセル単体でも販売されているのに対して、リチウムイオンバッテリが、セルと充電制御回路をひとまとめにしたシールドされたパックの形で用いられるのはこのためだ。 ずっと以前(たしか7~8年前だったと思うが)、リチウムイオンバッテリの予備充電を請け負う大阪の業者が、工場内での爆発/炎上事件を起こしたことがあったが(なぜかこの時は、あまり大きな話題になっていない)、これも充電時のリチウムイオンバッテリが高温になっていたのが原因と言われている。 加えてリチウムイオンバッテリに関連しての回収騒ぎは、PC業界に限っても今回が初めてではない。リチウムイオンバッテリがPCに採用された頃から、バッテリ回収は何度も行なわれてきた。 本来、燃えるリチウムイオンバッテリのセルが燃えないよう、バッテリパックの構造、充電管理回路を工夫することで、民生用の製品にも採用可能にしてきたのが過去の経緯だ。たとえば万一の液漏れに対しても、充電回路や安全回路が壊れないようケース内部のセパレータを工夫したり、温度センサーや充電管理用プロセッサのプログラムを改良してきた。 こうしたバッテリパックの開発は、機器ベンダーとバッテリベンダーが共同で行なう場合と、パッケージ化されたバッテリパックを自社製品に(形状などをカスタマイズした上で)組み込む場合とがあるが、いずれにしろメーカー側には充電パックの構造や充電制御回路、セット全体の温度管理やバッテリパック内の充電管理プロセッサとの通信と充電制御プログラムなどがきちんと機能し、安全かどうかを確認して発売しなければならない。 従って、通常はメーカーの責任において、メーカー側が対処すべき問題だ。それでもソニーが批判の対象にさらされているのはなぜなのか? ●規模の大きさと後手に回った対応策が痛手に デルは過去に何度かバッテリ発火の可能性があるとしてバッテリパックの自主回収を行なってきたが、これまでバッテリセルのベンダー名は公表してこなかった。しかし今回は回収発表時に、ソニー製のセルであることを公式に発表している。 これについてデルは「回収対象となるバッテリセルを用いたバッテリパックの数が非常に多く、影響の範囲が広かったため、自主的にセルのベンダー名公表を決めた」と話している。 今回の問題の原因は、すでに何度も報道されているように、特定製造工程で混入する微細な金属粒子が溶融し、バッテリ内部でショートする可能性があるためと言われている(ただし原因の詳細な特定はまだ行なわれていない)。この問題は以前からリチウムイオンバッテリセルで起こってきたもので、そうならないように電流が一定に流れるような回路を入れたり、温度管理をセンサーで厳密に行なうことで回避してきた。 PCベンダーに対してソニーは、前述の金属片が混入したセルであっても、充放電の管理がきちんとなされていれば問題はないとして、PCベンダー各社との協議で説明し、各社は自社ノートPCの設計と照らし合わせ、(アップル以外は)回収は不要との判断を下していた。 そこにロサンゼルス空港の手荷物検査場でレノボのThinkPadが発火する事故が発生し、所有者がテロリストと間違われるという不幸な事故が起こった。筆者が知る限り、ThinkPadシリーズのバッテリは、独自にパックのケース形状を工夫し、定電流回路を組み込むなどの対策が図られた、もっとも安全なバッテリパックの1つ。もちろん、前述したようにソニーが指定していた使用条件にすべて合致する。 にも関わらず発火したのはなぜか? ロサンゼルス空港でThinkPadが発火したのは偶然に過ぎない(バッテリの発火は実用化されて以降、何度も起こっている)。それでもレノボが該当セルを使用したバッテリパックの回収を決めたのは、デルやアップルの事例後にソニーが説明していた安全な条件でも、バッテリセルの発火が(可能性としては)起こり得るという結論が出たためだ。 この結論は、顧客の不安を解消する目的も含め、レノボ自身が判断して発表したものとのことだが、それとは別にソニーも同日にワールドワイドで、(使用しているPCシステムのいかんに関わらず)該当バッテリセルの自主回収をPCベンダーとの協議の上で行なうと発表している。 このように対応が後手、後手に回ったことも、ソニーに対する信頼感を失わせたのは確かだ。しかし、昨今のバッテリ問題に関連した報道のあり方には、少々行き過ぎという印象もある。 ●無用な不安を煽る報道は避けるべき ワールドワイドで該当バッテリセルの自主的な交換が発表されている一方、ヒューレット・パッカードのように、安全が確認されたとの宣言を出しているベンダーもある。ところが、そうした話はあまり強くは報道されていない。 むしろ、今回の金属粒子が従来よりも多く混入した話とは別の案件を結びつけて、ステレオタイプにPCバッテリ全体の危険性、あるいはソニーの技術力といった問題にすり替える傾向が強いのは残念だ。 先週、ある大手新聞では読者アンケートにおいて「携帯やPCの電池が熱くて驚いたことが……」との設問で76%が「ある」と答えた結果を発表していた。実際には通常、使っている上で、手で持って熱いと思う程度では問題が出ることはない。 本来の技術的な原因やその対策、そもそもバッテリがなぜ燃えるのか、バッテリを燃やさないためにはどんな対策がメーカー側、ユーザー側で行なえるのかなどを論じるよりも、ネタとして使われている。他にもPLAYSTATION 3の欧州での出荷が遅れるという発表に絡んで、青紫レーザーダイオードの量産遅れとバッテリ問題を関連付けたり、VAIOシリーズの新製品の紹介でバッテリ問題を枕詞に使うなどは、一般消費者がネタとして扱うならともかく、大手マスコミの煽り方としてはあまりに品がない。 さて、最後に今後もリチウムイオンバッテリが燃える可能性は、ソニー製に限らず、どこ製であったとしてもゼロではない。冒頭でも述べたようにリチウムイオンバッテリは、システムトータルで設計されたものだからだ。それはノートPCだけでなく、すべての製品で等しくある可能性である。 ただし実際に燃える製品が出てくるかどうかは別の話。リチウムイオンバッテリの安全対策は今に始まったものではな、現在は十分な安全対策が施されている。今までも、そしてこれからも改善が続けられていく。無用な心配を煽るだけ批評や皮肉を込めただけの報道は避けて欲しいものだ。
□ソニー製リチウムイオン充電池問題 リンク集 (2006年10月19日) [Text by 本田雅一]
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