“MADE IN TOKYO”――東京都内で生産されている大手メーカーPCがあることをご存知だろうか。 日本ヒューレット・パッカード(日本HP)は、日本市場向けに出荷するデスクトップPC、ワークステーション、x86サーバーを、東京都昭島市の昭島事業所で生産。ここで生産されたPCやサーバーの筐体に貼付されるステッカーには、「MADE IN TOKYO」の文字が記されている。 外資系メーカーである日本HPは、なぜ、日本でのPC生産にこだわるのだろうか。 実際に、昭島事業所を訪れて、その意図を探ってみた。 ●PC、ワークステーション、x86サーバーを生産 日本HPの昭島事業所は、JR昭島駅から徒歩15分程度の場所にある。都心からでも、約1時間の距離だ。 もともと同事業所は、日本HPが、コンパックとの合併前から、UNIXサーバーの生産拠点として活用していた場所。日本HPは、'99年7月から同拠点で国内生産を開始。その後、合併を経るなかで、東京都あきる野市にあった旧日本DEC(その後コンパックに買収)のPCの生産拠点などを統合し、現在に至っている。 ワークステーション、PCの生産のほかに、6月からは、x86サーバーである「ProLiant」シリーズ4モデルの生産を開始。10月にはさらに7モデルを追加して、年内にはProLiantシリーズの国内出荷量の約40%を、昭島事業所で生産する計画だ。
●一度閉鎖が決定していた昭島事業所 では、なぜ、日本HPは、外資系メーカーであるにも関わらず、国内生産にこだわるのだろうか。 それを裏付ける逸話がある。これを知れば、日本HPの国内生産へのこだわりを知ることができるだろう。 実は、2002年のHPとコンパックとの合併の際に、昭島事業所は、一度閉鎖が決定していた。 全世界の拠点の統廃合が推進されるなかで、中国の生産拠点およびODM(相手先ブランドによる設計製造)を利用すれば、日本国内向けの出荷数量をカバーできるとともに、生産拠点数を削減でき、コスト削減に直結すると考えられていたからだ。 欧米の生産拠点は、従来の生産施設を利用している例があるものの、基本的には、すべて委託での生産へと切り替えられた。つまり、欧米にはHPの直営工場は1つもない。そうした生産拠点の大幅な見直し策を推進している上では、日本の生産拠点を中国へ統廃合するのも当然の流れだといえた。 だが、旧コンパック時代からPC事業を担当し、現在でも、パーソナルシステムズ事業を統括している馬場真副社長を中心に、日本法人は、昭島事業所の閉鎖に強く反対した。 それは、高い品質や、短納期に関して厳しいという、日本ならではの要求仕様があり、これらの日本市場特有の要求に対応するには国内生産が必要だと判断していたからだ。 当初、昭島事業所の存続には懐疑的だった米本社であったが、日本法人の熱意に押され、最終的には存続を決定した。いわば、異例中の異例の措置で残った生産拠点ともいえるのだ。 だが、それでも安心はできない。イレギュラーともいえる存続決定は、裏を返せば、いつでも閉鎖の検討材料の対象にされる可能性が高いのと一緒だからだ。
「つい最近まで、工場がいつ無くなるかわからない、という言葉が事業所内では何度も繰り返されていた」と昭島事業所長であり、パーソナルシステムズ事業統括PSGサプライチェーン本部本部長の宮崎尚人氏は語る。 日本HPが、昭島事業所の存続決定後も、強い危機感を持って、国内生産を維持するための努力を進めてきたのは明らかだ。 「日本の顧客に最適なものを提供するには日本で生産するしかない。そう信じて、日本での生産にこだわり続けてきた。品質、コスト、納期といった点で、中国の生産拠点に負けない実績を維持し続けてきた」 最大の難関となるコスト削減効果でも、物流コスト、在庫コスト、品質コストの大幅な削減に加え、生産拠点のスペースの効率、1人あたりの生産性といった点での改善を図った結果、国内生産を行なった方が、約15%のコスト削減が行なえるという。 この改善施策は毎年効果をあげ、過去3年間で、製造コストは約26%削減、物流コストは約44%削減、在庫コストは80%以上の削減に成功。トータルコストでも40%もの削減を実現した。 「HPはアジア地域で、中国、シンガポール、インド、オーストラリア、日本(昭島)の5カ所に生産拠点を持つが、現時点でも、昭島事業所は、コスト面では他の拠点に負けていない。シンガポール、中国の生産拠点に比べても、約半分のスペース、半分の人員で、同等以上の台数を生産できる」と宮崎所長は胸を張る。 もちろん、品質維持という観点でも、国内生産は威力を発揮している。 「海外生産では、遠距離輸送における故障が大きな問題となっていた。空輸中の振動、衝撃、温湿度変化、結露などのさまざまな要素があるほか、予想を越える問題も発生する。だが、国内生産にしたことで、国内輸送のみで納品が可能となった。生産拠点での検査項目の強化も含めて、初期不良率は半分以下に減少している」という改善ぶりだ。 また、物流面では、受注から5日間での納品を実現。顧客が指定した納期通りの出荷や、完成品在庫や販売店在庫を大幅に削減するといった効果をもたらした。さらに、納期をコミットすることにより、キャンセルや仕様の変更などの発生率が大幅に減少したことも隠れた効果だ。 「出荷日は、受注時点で納品日を事前確定できるため、ユーザーや、パートナーのビジネスに影響を及ぼすことはない。これまで99.99%以上の実績で納期を厳守している」と語る。 日本に生産拠点がある優位性を生かすとともに、日本人が作る、日本ならではの仕組みによって、コスト削減と顧客満足度の向上を図っているわけだ。 ●1台ごとの異なる仕様に対応 では、昭島事業所の仕組みを具体的に見てみよう。 昭島事業所では、ユーザーがネット直販の「HP Directplus」などを通じて発注した仕様にあわせて、1台ずつ仕様が異なるPCを生産できるCTO対応型の生産方式を採用している。見込み生産を排除し、100%受注生産によるものだといっていい。「1モデルで2万通り」(宮崎所長)という組み合わせに対応。中には、企業から同じ仕様のPCを大量に受注するという例もあるが、昭島事業所で生産するPCの89%が、5台以下の生産数量となっている。 受注データをもとに、受注時点で納期を決定。最短で5日間で納品できるようにしている。北海道、沖縄などの遠隔地に関しては、半日から1日程度、前倒しで生産を行なうように指示をするといったことも行なわれている。 受注データにあわせて4階の部品倉庫で、生産に必要となる部品を取り揃える。 部品はVMI方式を採用しており、倉庫内に部品が入っていても生産ラインに投入される直前までは部品メーカーの在庫としている。また隣接する倉庫が保税倉庫となっており、ここでも生産ライン投入直前に税関を通過する仕組みとしている。
なお、部品に関しては、全世界で年間2,500万台という生産規模を生かしたグローバルな調達体制を活用しており、さらに、部品が不足した場合にはアジア地域の生産拠点間で融通しあうといったことも日常的に行なわれている。 生産ラインは、基本インフラ部分は全世界共通としているものの、生産方式やレイアウトについては各拠点ごとにバラバラだ。中国では、その市場性から特定モデルを大量生産するのに適した生産ラインが構築されており、1台ごとに仕様が異なる日本とは対極的な生産方式となっている。 昭島事業所の3階に設置された生産ラインでは、ショートライン方式と呼ばれる約10mのラインに、10人程度の作業員がアセンブリを行なう仕組みをとっている。 すべてをバーコードで管理しており、1台ごとに異なる部品が組み込まれる。違う部品を組み込んだ場合には、バーコードで読みとればアラームを発するという仕組みだ。
現在、生産ラインは4本あり、需要の増減にあわせて作業員を増減するフレキシブルワークフォースを採用。通常100人強、最大時には250人体制で生産。その多くを外注の従業員で対応する。8時間の2シフト制で、昼間と夜間に生産を行なう24時間眠らない工場となっている。
検査ラインでは、約2時間の通電テストやソフトのインストールなどが行なわれ、このあとに企業などの要望にあわせて、特定のソフトのインストールや各種設定を行なうFactory Serviceが行なわれる。
通電テストなどは全量を対象に行なわれるが、一部抜き取り検査も実施している。 抜き取り検査は、ユーザーの使用環境を想定したファンクショナルオーディット(FA)と、梱包状態、製品本体外観などの検査を行なうパックオーディット(PA)がある。FAならば生産量の7%、PAでは生産量の4%(CTOの場合は10%)というように、一定の比率で実施。一定比率に達すると自動的にラインから検査指示がある。
検査が完了すると、梱包を行ない、1階の出荷口に運ばれる。 海外生産を行なっているディスプレイは千葉県原木の倉庫に、プリンタは東京・大井の倉庫に、それぞれ在庫されているが、これを物流会社との協力によって、物流会社の配送拠点で組み合わせて、ユーザーやパートナーに納品する仕組みとしている。
「ディスプレイは、一度、昭島事業所で本体とセットしてから出荷していたが、5月からは物流拠点への直送によって、さらにコスト削減効果をもたらした」(宮崎所長)という。 ●新たな一歩を踏み出す昭島事業所 こうしたなか、昭島事業所は、新たな一歩を踏み出している。 それは、6月から開始したx86サーバー、ProLiantの国内生産である。 10月には11モデルの生産を行ない、年内には同シリーズの全出荷量の40%をカバー。近い将来には、全モデルの生産を行なう計画だ。 もちろん、ここでも、日本のユーザーのために、最高の品質で、最短の納期で納めるという国内生産ならではのメリットは見逃せない。 「従来の仕組みでは、ベースモデルへのオプション追加によるCTOに留まり、すべての顧客の要求に対応しているとはいえなかった。だが、国内生産により、筐体に1つ1つのパーツを組み込むフルCTOに移行することができ、ユーザーの細かな要求にも対応できるようになった」と、日本HP昭島事業所TSGサプライチェーン本部 牧野益巳本部長は語る。
さらに、2005年夏から開始している「Factory Express」に対する評価も高い。 Factory Expressは、「納品後すぐ使えるシステム」の出荷を実現するもので、これも生産拠点を国内に持つ強みを生かしたものだ。 同サービスは、ハイエンドサーバーである「Integrity」シリーズや、ワークステーション、x86サーバー、ストレージ、OS、ソフトウェアなどを、昭島事業所内でラック内に組み込み、動作確認後にユーザーのもとに出荷するというもの。 現地作業によるシステム導入サービスに比べ、短期間に、しかも3分の2程度の料金でできることや、IT担当者の作業が大幅に削減すること、初期不良の回避、無駄な梱包用ダンボールを排出しなくて済むなどのメリットもある。 「システムが納品されれば、電源やネットワーク接続などの動作確認をするだけで、すぐにシステム稼動ができる」(牧野本部長)。
サービスは、サーバー単体セットアップ、組立て、OSインストール、RAIDの構成などを行なう「カスタマイズド・コンフィギュレーション」 から、コンサルティングや運用技術支援までを行なう「コンサルティング」までの5段階が用意されている。
「サービス開始以来、順調に利用率が増加している。とくに、OSの設定やストレージ環境、ネットワーク環境のカスタマイズ、システム構成書を添付する『コンプレックス・コンフィギュレーション』を利用するユーザーが圧倒的に多い」(牧野本部長)という。 こうしたx86サーバーの国内生産、そして、Factory Expressの実績が出始めたことは、全世界のHPの生産拠点のひとつである昭島事業所という立場でみても大きな一歩となる。 それは、生産拠点からソリューション拠点への進化にもつながり、昭島事業所が、より独立した形で日本に対応した製品を生産できる土壌が築かれることにもつながるからだ。 日本HPは、6月からコンシューマ市場へ再参入した。
現時点では、まだノートPCだけであるため、中国のODMを利用した生産となっているが、2007年にも出荷が見込まれているコンシューマ向けデスクトップPCは、昭島事業所で生産されることが濃厚だ。 これも日本の市場にあわせた展開や、短納期での出荷、日本独自のキャンペーン展開を実施できるといったことにつながる。つまり、同社のコンシューマ向けマーケティング戦略にも大きな影響を与えることになるのだ。 そして、こうした動きが加速すれば、かつて日本DECが「Digital HiNote Ultra」を国内生産をしていたように、国内でのノートPC生産という流れにつながっていくかもしれない。 実は、モノづくり品質に高い評価が集まっていたDigital HiNote Ultraの生産経験者は、今でも昭島事業所の中にいるという。 「なぜ、外資系企業が国内生産にこだわるのか、首を傾げる人も多い。だが、日本HPが昭島事業所の国内生産にこだわる理由は、品質、納期、トータルコストといったメリットに加え、日本のユーザーに対する柔軟な対応を行なうという点にもある」と、宮崎所長は語る。 現在、昭島事業所の生産体制は年間65万台強。近い将来には100万台を目指す。 「100万台という生産量を誇ってこそ、名実ともに国内生産の工場と認知される。昭島事業所は、国内生産を維持するためにまだまだ走り続けていく」 次のステージに向けて、外資系メーカーの国内生産への挑戦が続く。
□日本HPのホームページ (2006年8月23日) [Text by 大河原克行]
【PC Watchホームページ】
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