●告知せずに1,000台を10日で完売
日本ヒューレット・パッカード(日本HP)が、6月2日にコンシューマ向けPCの「Pavilion(パビリオン)」シリーズを国内市場に再投入してから、約1カ月が経過した。 まずは、ノートPCの「HP Pavilion Notebook PC」として、14型ワイドと15.4型ワイド液晶を搭載した2機種のみを投入。しかも、Webによる直販のみという慎重なスタートだが、1,000台限定で用意したキャンペーンモデルは、積極的な告知を行なわなかったにも関わらず、また、実際に製品を触れる場所が皆無であったにも関わらず、わずか10日間で完売。好調な滑り出しを見せた。 果たして、日本HPは、これからこの市場に対して、どれほどの本気ぶりで取り組んでいくのだろうか。 ●過去の市場撤退の苦い経験 日本HPは、コンシューマ市場に参入していたものの、そこから撤退した経緯がある。 旧日本HPではPavilionブランドで、旧コンパックでは「Presario(プレサリオ)」ブランドで、それぞれコンシューマ向けPCを発売。とくに、Presarioでは、キヤノンMJ(当時はキヤノン販売)とタッグを組んで、日本市場向けの製品企画を行なうなど、外資系PCメーカーとしては異例ともいえる力の入れようだった。 だが、結果として、いずれのブランドも日本には定着しなかった。 販売網が構築できなかったこと、確固たるブランドイメージが確立できなかったこと、サービス網が整わなかったこと、そして、国産メーカーに比べて、日本のユーザーが手に入れたいと考える仕様ではなかったというように、いくつもの要因が絡んだ。 また、米国本社がビジネスPCとコンシューマ向け製品の事業ラインを統合し、日本市場に受け入れられるようなコンシューマ向けPCの市場投入が事実上難しくなったという要素も、一時撤退の理由として見逃せない。大量生産を背景にした価格競争力を生かした製品投入はできるものの、日本固有の要求やデザインの採用などは不可能となるため、日本での競争力は大幅に減退する。日本法人がコンシューマPC事業の継続を断念せざるを得ないという判断を下したのは当然といえば当然だった。 さらに、2002年にコンシューマ市場からの撤退を決定した際には、市場在庫が膨れ上がり、これを赤字覚悟で処分しなければならないという事態にも追い込まれ、経営的にも大きなダメージを受ける結果になった。 つまり、コンシューマ事業の撤退時には、かなり「痛い目」にあっているのである。
日本HP パーソナルシステム事業統括マーケティング本部長 岡隆史執行役員は、「収益が確保できる仕組みが確立できること、日本で受け入れられる製品が出揃うこと、そして、この市場で勝算が見込めるという条件が整うまでは、コンシューマ市場への再参入はしないと決めていた」と語る。 裏を返せば、今回のコンシューマ市場への再参入は、これらの条件が整ったと解釈することができる。 「時代が来るのを待っていた。今ならば行ける、と判断した」――岡執行役員は言い切る。 ●コンシューマ市場再参入を決定したいくつかの要素 岡執行役員は、コンシューマ市場再参入に至った要因を次のように語る。 第1点目には、個人ユーザーの購入比率が上昇してきた点である。 ここ数年、日本HPは個人向けPCと銘打った製品は投入していなかったものの、Web販売の15%が個人ユーザーによるものだという。
日本HP パーソナルシステムズ事業統括モバイルビジネス本部 山下淳一本部長は、「デスクトップでは約1割が個人ユーザー、ノートPCでは15~20%が個人ユーザー。全体でも、2005年の段階では10%を切っていた個人ユーザー比率が、5ポイント程度上昇した計算になる」と補足する。 つまり、すでにWeb販売の15%程度のユーザーが、個人向けPCを購入するベースとして存在することになるのだ。 2つめには、米国本社から日本のユーザーにも受け入れられる製品が投入されはじめてきた、と判断したことだ。それは機能面、価格。そして、デザイン面からのバランスでの判断だという。 Windowsを立ち上げなくてもDVDの閲覧などができるQuickPlay機能や、本体に内蔵可能なリモコンのHPモバイルリモートコントローラも、そうしたコンシューマ向け機能の1つだ。
「国産メーカーが投入しているようなエンターテイメントPCという領域で考えれば、機能的に劣るのは承知している。だが、インターネットを手軽に使いたいといった個人ユーザーには最適の製品だといえる」と岡執行役員は語る。 今回のHP Pavilion Notebook PCの投入にあわせて、日本HPでは「生活エンジンPC」というキャッチフレーズを用意した。これは日本独自に設定したものであり、米国本社ではこの言葉は使われていない。 いわば、日本におけるHP Pavilion Notebook PCの狙いを明確化したキーワードと位置付けられるものだ。 では、生活エンジンPCとは何か。それを山下本部長は次のように説明する。 「かつてのコンシューマPCは、数多くのアプリケーションソフトを搭載することが売れ筋の条件だった。だが、いまやそれはインターネットで代替されている。つまり、コンシューマPCに求められる要素が、ソフトを快適に利用することから、インターネットを快適に利用することに変化している。PCの機能そのものをアピールするよりも、インターネットを生活のなかで快適に利用できることをアピールできる製品として、生活エンジンPCという言葉を使った。エンジンという言葉には、生活の中心になる、生活の原動力になるという意味を込めた」。 日本のコンシューマユーザーがインターネットを利用するのに最適なバランスを持ったPCが、HP Pavilion Notebook PCだというわけだ。 ●なぜ、Web販売に限定するのか 3つめのポイントは、Web販売の仕組みが日本に定着してきたという市場の変化だ。 かつて、大量の販売店在庫の処理で苦い経験を持つ同社にとって、見込み生産/販売店在庫が前提となるコンシューマ市場への再参入条件として、いかに販売ルートにおける在庫マネジメントを徹底できるかが重要な課題となっていた。 だが、ここ数年のインターネット販売の浸透によって、販売店ルートを経由しなくても、Webだけでの事業展開が成り立つようになってきた。実際、同社のPC販売のうち、約50%がWeb直販「HP Directplus」を通じたものとなっている。 こうした市場変化と実績を背景に、まずは在庫コントロールが行ないやすいWeb直販だけに限定してスタートしたのである。いわば、最大の難関であった店頭在庫/見込み生産問題を、Web直販方式に限定することで、完全に回避する形で市場参入を果たせたともいえる。 ただし、一方では納期の問題が出てくるのも事実。現在、HP Pavilion Notebook PCは、中国の2カ所のODMを利用してCTO対応の形で生産しているが、やはり納品までは数週間が必要。6月2日から発売した限定モデルについても、6月下旬から出荷が始まったばかりだ。 「店頭に在庫を抱えて、他社の製品の動きを見ながらどんどん価格を引き下げていくというやり方はしなくて済む。これは健全なビジネスをする上で、大変重要な要素」と岡執行役員は語るが、一方で中国生産というタイムラグをどう解決するかが今後の鍵だといえる。 ●成果を推し量るのは7月以降 わずか10日間で1,000台の限定モデルを完売し、その後もCTOモデルの引き合いが続くなど、滑り出しは順調といえるが、岡執行役員は「6月の動きだけで評価をするのは時期尚早」と語る。 というのも、7月以降からは、定期的な広告展開や、パブリックスペースなどを利用した製品展示などを行ない、いよいよ本格的な展開を開始することになるからだ。 「まだ正式な購入者プロフィールを把握しているわけではないが」と山下本部長は前置きしながらも、「6月に購入していただいたのは、PCに対する経験値が高く、当社製品に対しても高い認知を持っている方々が中心のはず。年齢層も30~40代がメインと考えられる。だが、7月以降は、積極的な広告展開や、細かなキャンペーンモデルの展開を開始するなど、より広いユーザー層へのアピールを図る。本当の意味で市場に受け入れられるかどうかは、これからが重要」と続ける。 確かに、500台ずつが用意された2モデルの限定製品は、実際に製品が触れる場所がないにも関わらず、購入したユーザーたちである。久しぶりのPavilionブランド製品の投入だけに、よほどHPに対する信頼感がなければ購入はしないだろう。 その点からも、山下本部長が言うように、広い層に踏み出すこれからが本番であるのは間違いない。 ●日本HPはどれほど本気なのか では、その本番に向けて、日本HPはどれほど本気なのだろうか。 岡執行役員は、「今年よりも来年、そして再来年と、コンシューマPCビジネスを拡大していくのは間違いない」と断言する。 現在、国内コンシューマPC市場における日本HPのシェアは、わずか0.4%といわれる。ビジネスPC分野では国内4位にまで引き上げてきたのに比べると、その差は歴然だ。 「市場全体の約4割の構成比を占めるコンシューマPC市場に、まったく手をつけていないというのでは、今後の日本における成長が限定される。コンシューマPC市場における本格展開は、日本におけるPCビジネスを拡大させるためにも必要不可欠」と岡執行役員は語る。 同社では、今後3年間でコンシューマ市場における市場シェアを最低でも5%。できれば10%にまで引き上げたいと目論む。 では、それに向けてどんな手を打つのか。 当然、気になるのはデスクトップPCの投入である。これは2007年にも製品投入が行なわれる予定だという。今後半年間はノートPCに限定した形で事業を推進し、地盤づくりを行なった上で、デスクトップPCを投入するというシナリオだ。当然、デスクトップ投入までの間には、ノートPCのラインアップ強化も行なわれる。現在の2モデルは、万人受けするメインストリームともいえる製品群だが、今後は、モバイル系などの製品ラインアップや高機能モデルなどの追加も考えられる。 「米国では、数多くの製品ラインアップを用意している。その中から、日本の市場に合った製品をチョイスして投入することになる」(岡執行役員)。 現行のIntel CPU搭載製品だけでなく、米国では発売済みのAMD CPU搭載PCも、今後、国内市場に投入されることになりそうだ。 また、地上デジタル放送対応モデルなど、日本向けの仕様にもどう対応していくかも注目される。 これに関しては、「現時点では、デスクトップ向け液晶ディスプレイに地デジチューナを搭載していくといった形でのCTO対応がいいと考えている」(岡執行役員)という。
一方、米国では、Presarioの製品ラインも用意しているが、「Presarioは、Pavilionに比べて廉価版との位置付けとなっており、日本のコンシューマユーザーに適しているとは判断しがたい」と、当面、国内投入する計画はないようだ。 同様にラインアップという意味では、米国で発売している大画面のプラズマTV、液晶TV、リアプロTVといったデジタル家電製品群があるが、これに関しても、「日本の市場においては勝算がない。日本市場に投入することは、現時点ではまったく考えていない」という。 コンシューマビジネスは、当面、ノートPCおよび2007年にも投入するデスクトップPCでの事業が中心となりそうである。 ●どこに特徴を見いだすか 日本HPは、今回の製品投入を皮切りにコンシューマ市場への本格再参入を宣言した。 だが、焦ってシェアを拡大するという考えはあまりないようだ。 2007年には、ラインアップの強化とともに、販売店ルートへの進出も視野に入ってくるようだが、これに関しても、かつての経験をもとに慎重な姿勢を崩さない。 また、価格訴求に関しても、Presarioシリーズを日本市場に投入しないとことかもわかるように、最低価格を前面に打ち出すのではなく、機能と価格のバランスを追求し、そのなかで低価格性を打ち出す考えだ。 低価格戦略のレノボやデル、エンターテイメント性やモバイル性を明確に打ち出す国産ベンダーに比べて、日本HPのPavilionは、まだ、そのポジションが明確とはいえない。最初のメッセージである「バランスPC」では訴求力が弱いといわざるを得ないのも事実だ。 Pavilionは、どんな特徴を訴求し、コンシューマPC市場におけるポジションを獲得するのだろうか。これから、その取り組みが始まることになるだろう。
□日本HPのホームページ (2006年7月10日) [Text by 大河原克行]
【PC Watchホームページ】
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