第350回
W-ZERO3シリーズ、ヒットの背景とこれから



W-ZERO3[es]

 ウィルコムのW-ZERO3 [es](以下es)が市場で大人気だ。W-ZERO3ユーザーからのフィードバックを元に短期間で開発されたesは、基本通信機能を考慮せずにハードウェアを構築できる、無線内蔵型のW-SIMが持つ特徴を最大限に活かした製品とも言える。

 DDIポケット時代の「テガッキー」、「Feel H"(フィールエッジ)」をはじめ、特徴的な一連のコンシューマ向け製品の仕掛け人とも言えるウィルコム常務執行役員営業統括担当兼コンシューマ営業本部長、土橋匡氏によると、W-ZERO3シリーズは同社がデータ通信をアプリケーションの中心に置いて以来のユーザーからの声が生み出したヒット作だという。



●H"INからの継続的な取り組みがW-SIMへ

 話を伺った土橋氏と会うのは、実に5年ぶりのことだ。当時、サービスが開始されていた「Air H"(エアエッジ)」と「H"IN(エッジイン)」(CF版PHS通信カードも“H"IN”と呼ばれたが、ここではPC内蔵モジュール型H"のこと)について話を訊いた。

 話があちこちに弾んだため、ここでは一連の内容をそのまま伝えるのではなく、特徴的なコメントを取り上げながら、要約や解説を加えながら話を進めたい。

 土橋氏によると、5年前のAir H"時代と、今回のW-ZERO3シリーズのヒットは、決して切り離せない1本のストーリーだという。

 5年前はKDDの中でDDIポケットのPHS事業が携帯電話のIDO(後のAU)と競合し、PHS業界内でのシェアで圧倒的なトップでありながら赤字が続いていたDDIポケットは、生き残りに向けてKDDI側の移行もあって、データ通信技術で独自性を打ち出さざるを得なかった。

 そのため社内にプロジェクトチームを作り、データ通信中心のユーザー向けサービスや端末などの企画、開発を続けたのである。その成果がAir H"だったり、H"INだったりしたわけだ。この活動が、W-ZERO3へと繋がっていく。

 「他社とコラボレーションすることで、自分たちだけではないアプリケーションをカバーできる。W-ZERO3はPDAが得意なシャープと、定額データ通信の我々とで何ができるかを考えました。しかし、その前段階としてH"INでユーザーからのフィードバックを得ていたことが大きい」と土橋氏は振り返る。

H"INモジュールを内蔵した
「Let'snote CF-A2R4H2」

 “小型PCがワイヤレス通信機能を持ったら、PCもPHSも使われるフィールドが広がるに違いない”と始まったH"INは、それなりの評価は得た。実際に使ってみると、なるほど便利なものである。しかしいくつかの反省点もあった。

 まずエンドユーザーが通信モジュールを簡単に乗り換えられない。H"IN登場後、128Kbpsパケット通信への移行が話題になるなど、PHSによるデータ通信は発展を迎える前夜だった。しかし過去の製品にまで振り返ってH"INをアップグレードはできない。加えてエンドユーザーが、後から通信機能を追加する、あるいは通信用モジュールを持っているユーザーが購入時に手持ちのモジュールを用いて通信する、そんなニーズも浮かび上がってくる。

 ある意味、それはCFカード型のH"INでカバーできる領域だが、CFカードではサイズも大きく設計自由度も低い。ドライバなどの問題もある。では無線通信部までSIMカード化したらどうか? PHSなら小型化できる。

●“とりあえずやってみる”チャレンジ精神の旺盛さがウィルコムのいいところ

 「うちはとりあえず“やってみよう”となると、すぐに試してそれを展示会に出して反応を見る。W-SIMの原型も、とりあえずCFカード型のH"INをPDAに差し込み、電話機能を実現させるといった、実に実験的な手法で試作し、それをそのまま展示会に出した」というのだから、なんとも自由な社風ではないか。「そういうチャレンジ精神の旺盛さがウィルコムのいいところですよ」(土橋氏)

 W-SIMはW-ZERO3が生まれるために不可欠なモジュールだ。一般的なSIMカードは利用者のアカウント情報と少数のアドレス情報などを持つだけでだが、W-SIMにはPHSの通信機能をほとんど含んでいる。しかも将来をにらんで標準化されているため、PHSパケット網が高速化された場合でも、発展していける可能性を持っている。現時点では4xパケットの128Kbpsまでしか対応しないが、将来は8x以上のサポートも可能だろう。その際、W-SIMを交換するだけで、対応機器は新しい規格で通信が可能になる。

 加えてW-SIMは、無線通信に関する機能をほぼすべて担当するため、これに対応した機器の側はPHS部分に関してブラックボックスで開発できる。たとえばW-SIMを入れない状態のW-ZERO3は、ごく普通のWindows Mobile上で動作するPDAである。ハードウェアベンダー(この場合はシャープ)は、端末機器の認定などの問題を考えることなく、得意とする分野(シャープの場合はPDA)の機器を開発すればいい。

 土橋氏によると、およそ6カ月もあればW-ZERO3のような機器を開発できるのだとか。実際、esに関してもW-ZERO3でのユーザーの反応を見ながら改良を加えているところが多くあるという。1~2年の期間が必要となる一般の端末開発から考えると、圧倒的に短時間で済むため、ユーザーの声を製品に反映させやすく、最新のトレンドに沿った製品としやすい。

●W-ZERO3ヒットの自己分析

「京ぽん2」こと「WX310K」

 自分たちで欲しい、便利だろうと思うサービスや製品を、提供できるインフラの範囲内で自由闊達にビジネスを進めてきたウィルコムだからこそ、W-ZERO3のような製品、W-SIMのような規格ができたという土橋氏だが、では京ぽん(この名称は京セラが商標登録しているのだとか)、京ぽん2、W-ZERO3といった製品がヒットした理由を、どのように自己分析しているのだろうか。

 W-ZERO3や京ぽんシリーズなどは、元々「ブログの流行に対してフルブラウザや、より文字入力のしやすい端末を……と考えて企画したもの(土橋氏)」だという。これらのヒットの影には、ブログやmixiなどのSNSの流行があり、いつでもどこでもアクセスしたい、書き込みたいブロガー層に、可能な限り簡単かつ安価に商品を届けようというコンセプトがあった。

 加えて個人情報保護法が施行された後、ノートPCの携帯を禁止する企業が増加したことも、W-ZERO3シリーズには有利に働いた。京ぽんよりもPCに近い機能を搭載したW-ZERO3を発売し、さらに機能を高めてPC的な作業をしやすい新モデルを追加。さらに京ぽんとW-ZERO3の間を埋めるesを発売。いずれもPCをコミュニケーションの手段として必要としながら、しかしPCを持ち歩くことを許されていないエンドユーザーが積極的に購入したと土橋氏は分析した。

 また、W-ZERO3全体を通して女性ユーザーが予想以上に多かったようだ。メールだけでなく、SNSやブログを操るためのプライベートなコミュニケーションツールとして、PCでは重すぎ、携帯電話では画面の見やすさや操作感が劣る。

 今後のテーマは企業向けソリューションの開発だ。W-ZERO3がヒットするまで、日本のPDA市場は縮小が続いた。現在、ウィルコムのネットワークとユーザー各社のネットワークをセキュアに結ぶためのVPNサービスをメニューに揃えているが、ユーザーが持つ既存のVPNインフラにアクセスするためのクライアントソフトウェアは整備が遅れている。また端末自身のセキュリティ機能整備、たとえば指紋認証やデータ暗号化の機能も必要になってくると思われる。

 しかし、その前段階として「現在、整備を進めているところ」という企業向けのソリューションメニューを数多く持てるようになれば、ノートPCに代わる新しいモバイル端末として、さらなる市場開拓の可能性がありそうだ。

●他社との協業をさらに

 土橋氏はさらに別の切り口から、PDAが得意なシャープとの協業が生んだ新しい端末開発の形が成功を呼び込めたとも話した。ここ数年、停滞期が続いていたPDA市場において、シャープは撤退も視野に入れざるを得ない状況に追い込まれていた。W-ZERO3は背水の陣だったのである。

 同様に子どものための電話となれば子ども向け製品を多く手がける企業が得意なのは明白だ。バンダイとの協業も、携帯電話開発のノウハウを持たないバンダイとウィルコムが、W-SIMという規格を用いることで協業できた。

 このように“W-SIM”を通信のためのエンジンとして用い、他ベンダーとの間で新しいアプリケーション開発を行なうことを、今後も続けていくという。隅から隅まで、あらゆる家電製品の中に、W-SIMを入れていくのが目標だ。

 そうした協業の数が増えれば増えるほどW-SIMのコストは下がり、他製品に通信機能を組み込みやすくなる。また、ある程度トラフィックが想定される用途(たとえばシロモノ家電の稼働レポートを定期的に自動発信するなど)ならば、あらかじめ通信費用を製品価格に組み込んでおくこともできる。

 さらに総務省が2年後を目標に取り組んでいる、販売奨励金の廃止が実施されれば、さらに思い切った製品の開発も可能になるだろう。

 土橋氏は正確な数字に関して口を濁すが、流通側からの情報によると、たとえばesに関してはW-SIMなしでの購入価格には販売奨励金が一切含まれていないという。言い換えれば、W-SIMを用いた開発スタイルならば、esぐらいの機能を持つ端末を4万円以下で発売できるわけだ。対して現在の携帯電話は、一般的な機種でも5万円程度と言われている。

 「ハッキリした数字は私からは言えない。しかしウィルコムとしては、現段階で販売奨励金を増やしていくくらいならば、それを通話料金、通信料金として顧客に反映していきたい」と土橋氏。

 販売奨励金の禁止が実行され、製品コストが直接的に端末販売価格に反映されるようになれば、そうしたウィルコムの姿勢も、エンドユーザーに再評価されるのではないだろうか。

□関連記事
【7月4日】ウィルコム、デュアルキーボード/2.8型VGA液晶搭載「W-ZERO3[es]」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0704/willcom.htm
【2005年10月20日】ウィルコム、VGA液晶搭載のモバイル端末「W-ZERO3」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/1020/willcom.htm

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(2006年8月7日)

[Text by 本田雅一]


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