第343回
1周年を迎えたLenovo、
変わらぬところ、変わったこと



 IBMからLenovoへ。IBM PC事業の売却は大きな話題を呼んだが、そのLenovoも活動を始めて1年が経過した。その間、ノートPCに関しては「ThinkPad」シリーズに「X41 Tablet」を、さらにZ、T、X、Rの各シリーズに新型を投入。第3世代ThinkPadとしてラインナップを一新したことは記憶に新しい。

 以前、この連載でもインタビューをお届けしたレノボ・ジャパン取締役副社長 研究開発担当の内藤在正氏は「当初、さまざまな方面から心配されていた“ThinkPadがThinkPadではなくなるのでは”との不安を払拭できたと思う」と話した。

 そして2006年、LenovoブランドでのPC製品も展開。「Lenovo 3000」シリーズという低価格PCをThinkCentre、ThinkPadとは別ラインで展開している。ThinkPadの生みの親でもある内藤氏は今後、Lenovoの製品開発をどのように舵を取っていくのだろうか?

ThinkPad R60。ThinkPad全シリーズ第3世代への移行を完了 Lenovo 3000 C100 Notebook

 その答えは、第3世代ThinkPadを発表した際と何も変わっていない。同氏の考える“ThinkPadの価値”を変えないこと。それこそがコンセプトの中心と言える。

●改めて“変わらない”ことを強調

 内藤氏は新生Lenovo発足1周年を迎えて、元IBM大和事業所の開発技術者が以前にも増してモチベーションを高めていることを強調した。「ノートPCの製品開発に関する責任と権限は、完全に日本の事業所に委譲されている」と、以前よりも自由度はむしろ上がっているという。

 加えてこの1年、継続的に日本でのノートPC開発に投資を行ない、新卒、中途ともに開発技術者の新規採用や試験設備などの投資を継続的に行なっているという。こうした積極的な姿勢や、実際に市場に投入されたThinkPadシリーズの品質などから「1年前に経営陣が話していたThinkPadは変わらないというメッセージは本当だった」と、社内の士気も上がっているという。

 「組織が小さくなることで、自分が行なった仕事の成果がより明確に実感できることも、活力が増している原因」と内藤氏は話す。

 また、第3世代ThinkPadはPCI Expressやデュアルコアプロセッサなど基礎となるアーキテクチャを一新した製品基盤だが、これは同時にLenovoが今後のThinkPadシリーズをどのようにしていくのか、その所信表明とも言えるイベントだったと言える。

 そのコンセプトに関しては、当時の内藤氏へのインタビューを参照していただきたいが、それは今後も変わることはないと改めて強調した。なぜなら顧客がモバイルPCの品質を求めているからだ。

 「モバイルコンピューティングが企業の中で定着し、ビジネスの様子はずいぶん変化した。どんな場所でもオフィスと同様に仕事ができる環境を得られるようになり、みんなが“よく働ける”環境ができている」

 「たとえば米国人の場合、早い時間に家庭に戻らなければならない社会環境があり、一人当たりの労働時間が短く、それが企業力にも直結している面があった。しかし、そんな環境でもモバイルコンピューティングにより夕食後に仕事ができてしまう。今の米国人ビジネスマンは夕食後も夜12時、朝は7時ぐらいから仕事をしている。これが良いことかどうかはともかく、遅くまで会社にいる日本人がもっともよく働くという構図は崩れてきている」

 「こうしたモバイルコンピューティングによる明らかな変化が、顧客の生産性向上、競争力向上、ビジネスのスピードアップにつながっていると評価されている。そしてこれらの価値こそ、これまでThinkPadが届けようとしてきたものだ。この考え方は今後も全く変わらない」(内藤氏)

 こう話し、今後の技術動向に関して

・CPUとグラフィックの性能向上
・メモリサイズが4GB以上に
・ノートPCのHDDは200GB以上になり、セキュリティ機能も拡充
・青紫レーザーダイオードを用いる大容量光ディスクドライブの搭載
・MIMO技術を応用した無線LAN速度の向上(300~600Mbps)
・携帯電話通信アダプタの内蔵、および無線LANとの連続的な切り替えとローミング
・同時に複数OSが動作し、監視する仕組みなどを使った高度で頑強なセキュリティ
・VoIP機能のノートPCへの統合
・Windows Vistaとともに起こるPCユーザーインターフェイスの変革
・標準バッテリで8時間以上の駆動が当たり前に

といった展望を話した。

●ThinkPadを生み出すための“判断基準”

 さて昨今、PCを従来よりもさらに“パーソナル化”するための手法として、Ultra Mobile PCといったコンセプトが、一部メーカーからだけではなく、IntelやMicrosoftからも提案されるようになってきた。内藤氏はこの分野について、どのように考えているのだろう。

 「技術者として興味があるし、個人的にも小型コンピュータは好きだ。私も日本人ですよ。もし、小型コンピュータが従来の製品が担う役割を置き換えることができるなら、(多少性能が落ちたとしても)10~20万円といった価格で通用するでしょう。しかし、現在のように通常のPCを補う補完的デバイスとなると、10万円を切る価格帯でなければ価値を創出できないのでは。挑戦したい気持ちはあるが、顧客が小型であることにどこまで価値を認めてくれるのか。顧客が求める価値と小型化のバランスを考えた上で、今後も製品を作っていきたい」

重量約1.16kgのThinkPad X60s

 一方でB5サイズのXシリーズなど、一般的な軽量ノートPCに関しては“もっと軽く”というビジネスユーザーからの声は高まっているという。実際、ThinkPadを軽量化しようとすれば、さまざまな部分での軽量化が可能だろう。しかし、ThinkPadを生み出す“判断基準”は変えないと主張する。モバイル市場では軽量、丈夫、長時間駆動をコンセプトにした松下電器の「Let'snote」シリーズが人気だ。

 「Let'snoteシリーズは確かに軽い。松下電器製に限らず、他社に比べてThinkPadシリーズが技術的に劣っているのであれば問題だと思う」

 「しかしパーツごとに実物をばらして比較すると、それぞれの重さに理由がある。その重さの理由を削り、軽量化してしまうとThinkPad本来の魅力を失ってしまう。たとえばキーボード。ThinkPadのキーボードは他社に比べるとずっと重い。キーボードの面積やキー数を減らしていないためだ。この使いやすさを失わないことを優先したい。こうして1つ1つを勘案していくと、実は最軽量と言われる製品とも技術的な差違はない。同様に薄くフラットなデザインとするには、固く丈夫な材質を使わなければならない。技術の問題ではなく、製品企画の違いだ」(内藤氏)

 こうしたThinkPadを構築するための判断基準は、第3世代ThinkPadの企画をまとめる上でも、重要なファクターとなったことは言うまでもないだろう。デュアルコアプロセッサとWindows Vista時代に必要となるグラフィックパワーを支えるための熱対策に関しても同じことが言える。

 「ファンレス化を望む声もある。確かにファンレス化すれば軽量にはなるが、ファンレスを前提にするとCPUはTDPで5Wでなければならない。ところが5WのCPUというのは、ロードマップがすでに破れつつある。ファンレスでプラットフォーム全体を構築してしまうと、そのプラットフォームの寿命が短くなるため、私としては選ばなかった」

 とはいえ、軽量化と省電力のためなら、ある程度、設計ポリシーに偏りがあったとしてもいい、という判断を下すユーザーもいるはずだ。たとえば異なった基準で作る別の軽量シリーズがあってもいい。

 「軽量で省電力なPCを作るために、ある程度割り切るという判断は、ある一面では間違いではない。過去数年において、3Dグラフィック機能がモバイルPCに不要という意見も正しかった。今まではパフォーマンスを犠牲にし、その分、サイズや重さに魅力を見いだすモバイルPCが生きていく市場スペースがあったと思う」

 「しかし今後、より強固なセキュリティや新しいユーザーインターフェイスを実現するには、今までのアーキテクチャでは追いつけない。従来的なPCの使い方を続けるのであれば、そういう制限があってもかまわないだろう。しかし新しいコンピューティングの世界へと行けるプラットフォームにこそ、将来の可能性があると自分は判断した(内藤氏)」

●Lenovo 3000のコンセプト

Lenovo 3000シリーズのラインナップ

 一方、3月にIBMではなく自社のブランドで展開するLenovo 3000の発表を行なった。今後は、12.1型ワイド液晶パネルを採用したより小型の「Lenovo 3000 V100」シリーズも投入される。この製品に関して内藤氏は「Lenovo 3000はThinkPadシリーズほどの頑丈さはないかもしれない。同じように試験を行ない、きちんと壊れないように設計しているが、ThinkPadに比べれば素材や構造の面でコストを優先した選択肢を選んでいる」と話す。

 しかしその中身、つまり電気的な設計やBIOSなどについては、ThinkPad開発のノウハウがそのまま適用されており、積極的に持ち歩いて筐体をいじめるような使い方をしない限り性能や信頼性は変わらないという。

 企業向けの販売においても、ThinkPadシリーズを扱ってきた1,100社のパートナーが、ThinkPadと同じように販売/ソリューション提供/サポートを行なっている。この点、価格は安いがODM調達の低価格ノートPCとは違う、というのだ。

 だが筆者はLenovoにとってLenovo 3000はもっと異なる部分で意味のある製品になっているように見える。従来、IBM時代から今までを通じ、ThinkPadにはコスト最優先というモデルが主力機に存在しなかった。もちろん、時代の流れとともにThinkPad Rシリーズといった低価格の選択肢も現れはしたが、それでもキーボードや全体のデザインポリシーは、明らかにThinkPadシリーズそのものと言える。

 このためコスト優先の大量導入案件などで、額面上の金額だけを比較されると商談において厳しい局面も少なくなかったという。かといってThinkPadシリーズを極端に低い金額では出せない。それはブランドとしての価値を下げることにも繋がりかねないからだ。

 Lenovo 3000が登場したことで、初期導入コスト最優先の顧客にぶつけるThinkPadとは別のブランドが生まれたことが、レノボ・ジャパンにとって追い風となる可能性がある。

□レノボ・ジャパンのホームページ
http://www.lenovo.com/jp/ja/
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http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0529/gyokai162.htm
【3月6日】レノボ、“Lenovo”ブランドPCを国内に投入
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【2月2日】【本田】レノボ、内藤在正氏インタビュー
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0202/mobile323.htm

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(2006年5月30日)

[Text by 本田雅一]


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