第323回

レノボ、内藤在正氏インタビュー
〜新世代のThinkPad X60/T60を語る



レノボ・ジャパン 内藤在正副社長
 日本IBMが同社のノートPC、ThinkPadシリーズの大きなアーキテクチャ変更を行なったのは2000年5月だった。ACアダプタやドッキングステーションの仕組み、内部の制御コントローラ、電源スイッチやボリュームボタンを配した共通デザインのキーボードなど、シリーズ間の互換性(周辺機器だけでなく、操作感を含めた道具としての統一感)を徹底的に高め、その基本的な考え方は現在まで引き継がれてきた。

 時は流れレノボとなり、今回実に5年9カ月ぶりに投入されるXシリーズ、Tシリーズは、2000年からの流れをいったん断ち切り、全く新しいThinkPadアーキテクチャの上で構築された初の主力モデルである(新アーキテクチャの一部はすでにZシリーズで披露されていた)。それは中国企業となって初の本格的なモデルチェンジであり、同社製PCの今後を占う意味でも重要な製品となるだろう。

 ThinkPadシリーズ開発の功績を評価されIBMフェローにも就任した経験があり、現在はレノボ・ジャパン取締役副社長で研究開発をとりまとめる内藤在正氏に、新アーキテクチャとなった新しいThinkPadのコンセプト、そしてこれからのThinkPadについて話を伺った。

●まっさらから設計した新世代機

新世代となるThinkPad X60
−今回の製品はレノボとして初めての大規模なアーキテクチャ更新という意味でも、そして2000年に描いたThinkPadシリーズ全体のアーキテクチャを一新するという意味でも、重要な製品になるでしょう。どのような点に配慮して、アーキテクチャを描いたのでしょう。

 「2000年当時、我々はThinkPadシリーズ全体を統廃合し、1つの考え方でまとめるという意味で“クリーンシート”というキーワードを使っていました。まっさらの大きな用紙に、必要とされる機種や周辺機器、それにさまざまな技術要素を並べて全体の整合性を取ったわけです。でば“ダーティシート”はあるのか、という話になります。我々はワールドワイドで製品を出荷していますから、世界各国の異なるニーズに対応していかなければならず、過去の周辺機器にしてもインターフェイスポートにしても、機能にしても、技術的な連続性を維持する必要があります。普段のモデルチェンジは、そうした制約の中で行なわれているため、どうしても要求仕様が膨らんで大きくなってしまいます」

 「今回の製品プロジェクトは“クリーンシート2”と呼んでいますが、そうした技術的な連続性を重視せず、現時点で使う事が可能な最新の技術とノウハウを用い、どのようなノートPCを作れるだろうかと検討を重ねて生まれてきたものです」

−具体的に“クリーンシート2”で目指したものは何でしょう。

 「現時点で顧客に対して長期的に価値を提供していくために必要な要素は、まさしくパフォーマンスだと考えています。パフォーマンスを上昇させることで、ユーザーは新しい価値を手にすることが可能です」

−正しい、正しくないという議論はともかく、近年、特に日本のモバイルPCユーザーは、トップエンドのパフォーマンスを求めない傾向が強くなってきています。パフォーマンスよりもフォームファクタや重量に、より注目が集まるようになってきました。

 「確かに、もう今以上のパフォーマンスは不要だろうという意見はあるでしょう。ある意味では正しいかもしれませんが、別の切り口では大間違いです。アプリケーションの実行速度は十分なものになってきましたが、アプリケーションを走らせるプラットフォームを支えるために、プロセッサパフォーマンスが必要になってきました」

−たとえばどのような点でしょう。

 「自然言語処理や3Dグラフィックスを用いた新世代のユーザーインターフェイス、あるいはインターネットからのさまざまな脅威に対して自動的にプロテクトしてくれるハード/ソフトを含めた大がかりな仕組みなどが必要になってくると思います。そうしたプラットフォーム技術を下支えするには、基礎体力が必要なのです」

−つまり新世代のパフォーマンスを、ユーザーにとってより自然で使いやすく、意識せずに最適な状態で使えるようなインテリジェンスを持たせるために使うという事でしょうか。

 「少しでもハイパフォーマンスな製品を求めるというのは、作り手側にたいへん複雑な作業を求めますが、ハイパフォーマンスな製品は人々のコンピューティングをシンプルにします。処理速度を高めることで、より多くの魅力をPCから引き出すことが可能になります」

−たしかにワールドワイドではパフォーマンスへのニーズがまだまだ強いようですが、一方、日本ではLet'snote Lightシリーズのような、パフォーマンスよりも携帯性やバッテリ持続時間を重視した製品への注目も、インテルのCentrinoプログラム以降は年々増しています。今後、モバイル市場はもっとパフォーマンス指向が強まるとお考えですか。

 「そうなるでしょう。いや、そうならざるを得ないと思います。現在のPCはウィルスチェックに代表されるように、バックグラウンドタスクが大幅に増加しています。ところが、増加したバックグラウンドタスクの中でも良好なパフォーマンスを引き出そうとすると、消費電力が増え、筐体サイズもそれに伴って大きくなり、発熱で快適性が損なわれ、バッテリももちません。モバイルPCに求められるニーズに対して、回路デザインの面でプロセッサが追いついていなかったとも言えるでしょう」

 「しかし、Intel Core Duoに代表されるデュアルコアプロセッサが増えてくれば、徐々にノートPCを取り囲む環境も変わってくるでしょう。これまではパフォーマンス指向に向かいたくとも、消費電力などハードウェア側の制約があり、ソフトウェアにしろハードウェアにしろ、パフォーマンスを活用する方向に開発がドライブしていきませんでした。しかし条件が整ってきた事で、ハードウェアはもちろん、それを活用するソフトウェアの開発にも拍車がかかってくると思います。我々としては従来のフォームファクタや使い勝手、快適性を維持しながら、パフォーマンスを向上させていくことができます」

−ハードウェア/ソフトウェアは、どのような方向への進化が見込まれるでしょう。

 「ビジネス向けPCの領域では、個人の生産性向上ツールとして、まだまだ進化する余地があるでしょう。これまでモバイルPCは、オフィスの外で仕事をする人たちが主に活用してきました。しかし、オフィスの中でPCを道具として活用している人たちは、デスクトップ上で活用しているPCのパフォーマンスを“場所”という制約から切り離し、どこでも作業を行なえるようになります」

 「レノボとしてはコンシューマPCでのビジネスを行なっていませんが、一方で消費者向けにはライフスタイルに溶け込んだ製品の機能やアプリケーションの提案が可能だと思います。ビジネスツールとしてのPCではなく、一般コンシューマの生活を豊かにするツールとして、どのようなPCが求められているのか。そうしたコンセンサスが、そろそろ消費者とメーカーの双方にできあがってくるでしょう。たとえばTVを見られるPCが数多くありますが、これは既存のアプリケーションをPCに追加しただけで、コンピュータを活用した新しい価値の創造を行なっているわけではありません。どのように消費者の生活と一体化したデザインをPCの中に盛り込んでいくのか。消費者と業界が一緒に考えていくことになるでしょうね」


●ThinkPadのコンセプトを変える理由はない

−実際に発表された新ThinkPadは、細かな変更点を見ていくと、なるほどかなり手の込んだものになっているとは感じました。しかし、一方でパッと見には従来機との大きな差異は感じられません。“キープコンセプト”が、今回のコンセプトとも言えそうですが、製品コンセプト自身に変更を加える必要性は感じませんでしたか

 「コンセプトを変えない理由は、ThinkPadのコンセプトから何かを外す理由がないからです。我々は“ブランド”をユーザーからの信頼だと捉えています。では信頼とは何でしょう。お客様がある製品を購入し、とても満足した。では次に新しく購入するときも、同じメーカーの製品を買おう。これはそのブランドで味わった良い体験を、再び新しい製品でも味わいたいと思うからです。従ってThinkPadのコンセプトを変える理由はありません。もちろん、ユーザーからは日々フィードバックが入りますから、それらに対して応える部分は応えなければなりません。しかし、基本的にはThinkPadの基本コンセプトを押さえた上で、新しい機能や性能を加えていく方向です」

−フルモデルチェンジでは、ある意味での斬新さも求められるのではないでしょうか。

 「今年は赤がいい、来年は青だと流行を追って方向性を変化させる製品も確かにあります。しかし、ThinkPadには必要ありません。我々の顧客にはそうしたニーズがないからです」

 「目新しさがビジネス的に必要になるのは、店に製品が並んでいて、どれにしようかと悩んで購入する製品です。こうした性格の製品は確かにありますし、悪い事ではありません。ですが、目新しさを求める顧客は、次の製品を選ぶ時に以前の“目新しかった”ものを評価してくれません。別の目新しさがあれば、そちらを選ぶでしょう。ThinkPadは、お客様が覚えてくれた操作や機能を変更しません。一度実装したら、すべてのThinkPadで維持しなければならない。そうした意味で、製品のコンセプトや方向性が全く異なると言えます」

−“変わらない事”はThinkPadシリーズが維持してきたもっとも基本的な価値だと思いますが、しかし“変えない事”を実践するには大変な勇気が必要だと思います。ある意味、圧倒的な“自信”がなければ出来ないことですよね。たとえば、これまでのThinkPadは唯一、1モデルを除いて基本的なキーボードレイアウトを変更していません。しかし、変えてしまえば設計の自由度や軽量化、コストといった面で遙かに有利になります。ところが変更しない。

 「自信というのは、自分自身で作れるものではありません。おっしゃるようなキーボードのレイアウトやタッチにしても、“これはいい”と多くの顧客が繰り返しほめていただけるので、我々自身も自信を持つことができるのです」

−今回の新製品では、チップセットのピン数増加、ピン配置密度の高まりなどに対して、内部基板へのストレスを大幅に減らす方向で設計をしたとの事でした。しかし、たとえば厚みへのこだわり、あるいはフラットな天板をあきらめるといった−−これらはあくまでも例ですが−−ThinkPadデザインのアイデンティティの一部分に関して、制限を解くことで改善する手法もあったのではないでしょうか。どこまでも変わり続けない事での弊害はありませんか。

 「我々はThinkPadの薄さや小ささ、軽さなどについて、何かの制限を設けているわけではありません。持ち運ぶパソコンは軽く、そして小さくというニーズがあります。しかし同時に、低コストで高性能も求められています。さまざまな要素をバランスさえたポイントがどこかを、常に見極めて製品の開発を行なっているのです。我々が顧客に届けたい携帯性、丈夫さ、バッテリ、パフォーマンス。これらをどこに持っていくのかは、製品カテゴリによっても異なるでしょう」

−ThinkPadが生まれ、すでに13年近くが経過し、初期の製品、たとえばThinkPad 700シリーズとT60は、細かなところで大きく変化しています。常に新しい要素や技術を追い求めてきて、これだけ世の中が変わっているのに、ふと俯瞰してみると大まかな製品イメージは全く変化していません。これからの10年、果たしてThinkPadはどうなっていくのでしょう。

 「最初の製品から現在の製品まで、なんとなく製品を見ているだけでは、同じものに見えますよね。しかし、よく見ると大きな違いがそこにはある。これから10年後、ThinkPadを見れば、やはりあまり変わっていないと感じることでしょう。我々はThinkPadを“変化”させようとは思っていません。基本のコンセプトや使い勝手は同じで、その中身は最新の技術へと更新されていく。我々はThinkPadを変化させるのではなく、進化させてきました。そしてその方針は、今後も変わる事はありません」

ThinkPad 700C ThinkPad T60(15型モデル)

□関連記事
【2月1日】レノボ、1.16kgのCore Duo搭載ノート「ThinkPad X60s」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0201/lenovo.htm
【2000年5月11日】IBM、ThinkPad 600後継機など3機種12モデル
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20000511/ibm.htm
【2002年】ThinkPad 10th Anniversary Special
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/link/tp10.htm

バックナンバー

(2006年2月2日)

[Text by 本田雅一]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp ご質問に対して、個別にご回答はいたしません

Copyright (c) 2006 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.