笠原一輝のユビキタス情報局

難航するVistaの国内デジタル放送対応



 「日本のデジタル放送の状況は非常に複雑だ」と、MicrosoftのBernhard Kotzenberg氏(Windows eHome Division, Lead Program Manager)は、Media Centerを米国以外のデジタル放送への対応を説明する技術トラックにおいて、まずは日本のデジタル放送の複雑な状況を嘆いた。

 Kotzenberg氏にそう嘆かれても仕方のないほどに、日本のデジタル放送の仕組みは実に複雑な状況だ。Microsoftに限らず、さまざまな会社がデジタル放送のPCへの実装に取り組んできたが、そのたびに壁にぶち当たってきた。ようやく2005年の5月にリリースされた富士通のPCを皮切りに、大手OEMベンダのPCに続々と採用されてきたが、未だにホワイトボックスなどに搭載するのは難しい状況だ。

 そうした状況を打破する意味でも、MicrosoftはWindows Vistaに搭載されるMedia Centerにおいて、デジタル放送の機能を実装すべく作業を続けている。しかし、以前の記事でも述べたように、その取り組みはとてもWindows Vistaのリリースには間に合いそうもない状況なのだ。

●Microsoftが計画するデジタル放送実装

 Kotzenberg氏はWindows Vista世代のMedia Centerにおける、デジタル放送の実装について、以下のような仕組みを採用すると明らかにした。ポイントは2つある。

(1)PBDAと呼ばれる新しいドライバモデルを導入する
(2)コンテンツの保護にはWindows Media DRMを導入する

 MicrosoftはWindows Vista世代で、BDA(Broadcast Driver Architecture)と呼ばれる新しいドライバモデルを定義しているが、デジタル放送用には、これにコンテンツ保護のスキームを導入したPBDA(Protected Broadcast Driver Architecture)と呼ばれる仕組みを導入する。特に日本ではTVチューナ自体がPCの中に入る形で提供されることになるので、PBDA-KS(Protected Broadcast Driver Architecture Kernel Streaming)と呼ばれるものが利用される

 このPBDAーKSを利用すると、受信したコンテンツのCAフラグ(コピーワンス、コピーネバーかコピーフリー)に応じて、Windows Media DRMを利用してコンテンツを保護をかけてHDDに格納することが可能になる。Microsoftとしては、こうした仕組みをWindows Vistaに導入することで、日本の放送機器の仕様を決めているARIBの運用規定をクリアしたいと考えているのだ。

Windows Vistaで導入される新しいTVチューナのドライバモデル

●ARIBという日本固有の壁

 では、こうした仕組みをクリアにすることで、Windows Vistaがリリースされれば、すぐにMedia Centerにおいてデジタル放送の実装が可能になるのだろうか。

 実際にはそうではない。OEMベンダの関係者によれば、MicrosoftはOEMベンダに対して「デジタル放送の実装はVistaのリリースには間に合わない」と説明しているとのことで、Microsoftも2007年中と述べるだけで、実際にいつになるのかあまり明確に説明されていないと指摘する。

 技術的には可能な状況でありながら、どうしてVistaのリリースには間に合わないのだろうか? そこには、“ARIBの運用規定”という微妙な問題が絡んでいる。そもそも、ARIB(アライブ)とは、社団法人電波産業会の英語略称で、電波利用に関するさまざまな調整を行なう総務省指定の公益法人だ。

 ARIBにはデジタル放送の規格であるSTDから始まる標準規格とTRから始まる運用規定の2つの決まりがある。このうち、DRMに関する仕様を決めているのは、運用規定(TR)の方であり、デジタル放送の場合TR-B14(地上波)とTR-B15(BS/CS)という2つの運用規定が定義されている。

 ARIBの運用規定とはどういうものなのだろう。ある機器ベンダのエンジニアは運用規定について「憲法のようなもの」と指摘する。運用規定で規定されているのは、こういったルールで運用しましょう、こういうことにはなっちゃダメよ、ということであって、実際にどのようなスペックのものを採用したらよいかという具体的な仕様が多く規定されているわけではないという。例えば、コピーワンスの運用の場合、同じものが何秒以上同時に存在してはいけない、などの“ルール”は規定されているが、それをどのようにして実現するかはメーカー側の“解釈”に任されているのだ。

Microsoftが説明する日本のデジタル放送の状況

TR-14、TR-15の2つを満たす実装を07年にリリースする予定であるという

●運用規定の解釈が問題

 逆に言えば、解釈は機器ベンダ側に任されている、というよりは、機器ベンダの責任でARIBの運用規定を守る必要がある。つまり、何か(具体的にはコンテンツを抜かれてしまうなどの事態が発生することだが)起きた場合には、メーカーが自分の責任で対処する必要があるのだ。

 そして、もう1つのハードルとして、B-CASカードの発行問題がある。日本のデジタル放送では、B-CAS社からB-CASカードの発行をしてもらう必要があるが、そのためには、ARIBの運用規定を必ず満たしていることをメーカー自身が保証し、かつARIBやB-CAS社などの関係者にそれは満たしていると納得してもらう必要があるのだ。

 すでに述べたように、ARIBの運用規定は、あくまで運用規定であって、どこまでやれば皆が納得してもらえる仕様になるのかは誰にもはっきりしたことが言えないのだ。ある国内メーカーのエンジニアは「実際ARIBの運用規定をどのように実装するかがベンダの腕の見せ所」というなど、こればっかりは経験が物を言う世界になってしまっている。

 MicrosoftはすでにARIBのメンバーとなっているが、これまでTVの規格を決める分科会などにはほとんど出席することができなかったという。これは考えてみれば当たり前の話で、そもそもMicrosoftの立場は最終製品をリリースする機器ベンダにソフトウェアを提供するというものだ。TVの実装そのものは機器ベンダ(この場合はPCベンダ)が行なうわけで、これまではその部分をMicrosoft自身が担当する必要はなかった。

 だが、Media Centerへの実装に関しては、Microsoft自身がある程度の責任を持ってやる必要がある。だが、Microsoft自身にはARIBでの活動経験も少なく、B-CAS社をはじめとして関係者との調整もほとんど経験がなかった。MicrosoftのKotzenberg氏が「日本ではフォーマルな認証プロセスが用意されておらず、どうしたらいいか困ってしまうことがある」と正直に述べていたが、この発言はそうした事情の裏返しだと言える。

●調布テクノロジーセンターに専門チームを設立

 だが、嘆いてばかりでは前に進まないのは事実で、Microsoftもすでに手を打ってきている。調布のテクノロジーセンターに、日本のデジタル放送に対応する専門のチームを2005年に設け、ここには国内の機器ベンダでTV作りに参加したエンジニアなどを招聘したことがあげられる。日本では、運用規定という解釈次第の曖昧な規定しかなく、大丈夫かどうかは関係者との調整次第という現状であるだけに、日本に開発拠点を持ち、そこに経験者を当てるというアプローチは非常に理になかったものだろう。

 問題は、その問題が片付いて、B-CASカードを発行してもらえる時期がいつになるのか、ということだ。すでに述べたように、OEMベンダの関係者によれば、Microsoftはデジタル放送の実装は2007年1月のWindows Vistaのリリースに間に合わないとだけ説明しているという。Microsoftの関係者がこの問題を解決すべく努力を続けていることは事実だが、それでもいつになるのかはMicrosoft自身も見えていない、どうやらそういう状況であるようだ。

 また、それとは別の課題もある。Microsoftの最初の実装仕様は、ムーブに対応していないという。Kotzenberg氏によれば「まずはデジタル放送の実装にフォーカスする。その次のステップとして光学メディアやポータブルデバイスへの出力に対応したい」と述べ、最初の仕様はムーブには対応していないことを明らかにした。PCベンダのデジタル放送の実装でも、最初の実装ではムーブに対応していないものが多かったが、それと同じようにまずはデジタル放送の実装で実績を作り、次いで光学メディアへのムーブに対応したいということだろう。

Microsoftの日本におけるデジタル放送実装の取り組み。調布に設置されたテクノロジーセンターがこの問題を解決するために、ARIBなどとの折衝を行なっているという

□WinHEC 2006のホームページ(英文)
http://www.microsoft.com/whdc/winhec/
□関連記事
【2005年3月9日】【笠原】見えてきた“ARIB要件”を満たすデジタルTV実装PC
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0309/ubiq105.htm
【2005年5月31日】【笠原】FMV-DESKPOWER TX開発陣インタビュー
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0531/ubiq112.htm

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(2006年5月25日)

[Reported by 笠原一輝]


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