笠原一輝のユビキタス情報局

FMV-DESKPOWER TX開発陣インタビュー
〜“デジタル放送をPCへ”を実現した一体型PC




 富士通からデジタル放送をHDクオリティで楽しめるPC“FMV-DESKPOWER TX”が発売された。そのレビューは、すでに別の記事でお伝えした通りだ。PCにおけるデジタル放送受信機能に関しては、いくつかの課題があると、本連載でも度々ふれてきた。

 そうした課題をクリアしてきたのが、FMV-DESKPOWER TXだが、その開発にあたり、苦労した点などを、実際に製品を担当したエンジニアにお話を伺ってきた。

●リビングのエンターテインメントセンターになりうる“32型液晶”を搭載

FMV-DESKPOWER TX

 レビュー記事の中でも指摘したが、筆者が思うにFMV-DESKPOWER TX(以下本製品)の特徴は大きく言って2つある。冒頭でも述べた、“デジタル放送をHD解像度で楽しむことができる”ことが1つ。そしてもう1つが32型液晶という、ディスプレイ一体型PCとしては過去最大の大きさのディスプレイを内蔵していることだ。

 この液晶は、シャープの亀山工場で生産されたパネルが採用されているという。シャープの亀山工場と言えば、言わずとしれた液晶テレビの代名詞といってよいアクオスシリーズの生産工場として知られており、本製品にもその高いクオリティが受け継がれていると言ってよい。

 気になるのは、どうして32型という大きさになったのかということだ。なぜなら、NECが本製品のリリース直前に発表した26型液晶搭載の「VALUESTAR W」を除くと、それまで液晶一体型PCで最大のものと言えば、富士通がTXの前のシリーズとしてリリースしてきた23型モデルだったからだ。そこから、いきなり32型へジャンプしたのは、単に液晶ディスプレイの大きさがあがった以上の意味を持っている。

 なぜなら、23型までのサイズだと、リビングの中心に置く、という用途は考えにくい。書斎や自室で使うというのが中心ではないだろうか。

 だが、32型という大きさだと事情は異なる。リビングに堂々と置けるサイズであるし、書斎や自室に置くというのは、日本の住宅事情を考えれば、あまり想像できない。つまり、32型液晶を採用したことで、本製品はリビングセンターを必然的にねらわなければいけない製品となっている。

●もはやリビングにPCが置かれていても不思議ではない時代に

 だが、これまで、日本のメーカーはあまりリビングに置くPC、というソリューションを積極的にねらってきたという節は無かった。PCメーカーの幹部にしても、リビングをねらうということに対して消極的な姿勢を見せることが多かった。

富士通株式会社 パーソナルビジネス本部パーソナルシステム事業部 第四技術部 部長 山口 剛氏

 だが、富士通 パーソナルビジネス本部 パーソナルシステム事業部 第四技術部 山口 剛氏は、そうした状況は変わりつつあると指摘する。「ここ5、6年でPCを巡る環境は大きく変わってきました。AV機能がPCへ統合され、PCは書斎を出て、リビングへ入っていけるようになってきています。PCのデザインもそれに合わせて徐々にリビングに馴染むような製品へと変わってきました」と、AV機能を統合してきたことや、デザインをリビング向けとしてきたことにより、PCがリビングに入る障害が無くなってきたというのだ。

 確かにここ数年コンシューマPCのデザインは大幅に改善され、リビングを置いても違和感がないものも増えた。それでも、これまでリビングには家電を置く、というのが当たり前なユーザーにしてみれば、なぜPCをリビングに置かなければならないのだ、と感じるのではないだろうか。

 「PCの家電に対するメリットは、2つあります。1つはプログラマビリティにより、家電では実現できないような機能を実現でき、機能追加もできること。もう1つのメリットは複数の機能が1つの箱に統合されていることで、配線も家電製品を複数繋げることに比べれば、より簡単に行なえます」(山口氏)との通り、確かにPCであることのメリットもある。

●PCはリビングにおいてデジタルメディアのハブになる

 ただ、それでもPCをリビングに置くことに抵抗感を持つ人は少なくない。富士通としても、家電のすべてをPCに置き換えるということは考えていない、と山口氏は言う。「現在コンテンツはアナログ中心からデジタル中心へと置き換わっています。そうした時に、PCが果たせる役目は小さくありません。むろん、家電には家電のよいところがあり、それらが共存している、というのが理想の姿です。PCは家電も含めたメディアハブになっていくと考えています」(山口氏)との通り、デジタル家電などを相互に接続し、それらをまとめる役目としてのPC、という姿を考えているというのだ。

 実際、業界はその取り組みとしてDLNA(Digital Living Alliance Network)を結成しており、富士通もFMV-DESKPOWERシリーズにDLNAのクライアントやサーバーとなる“MyMedia”を搭載している。

富士通株式会社 パーソナルビジネス本部 パーソナルシステム事業部 第四技術部 プロジェクト課長 廣末庸治氏

 このため、デジタル家電などを接続することを意識してか、本製品にはD端子入力が用意されており、HDDレコーダなどを接続して、HD解像度のコンテンツを本製品のディスプレイに映し出すことができる。「ケーブルテレビ会社が用意した外付けチューナでデジタル放送を見ているユーザーにとって、HD解像度が入力できるD端子は必須機能です。このような用途の場合、SD解像度のS端子だけではつらいだろう、ということで、前のモデルから実装しています」(富士通 パーソナルビジネス本部 パーソナルシステム事業部 第四技術部 プロジェクト課長 廣末庸治氏)。

 確かに、E3で発表された次世代ゲーム機もHDコンテンツを前提に話が進んでおり、HD解像度対応の入力端子は必須だろう。ただ、今後のことを考えると、HDMIのようなデジタル入力も用意してもらえるとありがたいと言える。実際、HD DVDやBlu-rayのような次世代メディアではHDMIが必須となる可能性は高い。「HDMIに関しては、今後の課題として検討していきたい」(廣末氏)とのことなので、期待したいところだ。


●ユニークなやり方でインスタント機能の起動時間を短縮

 また、FMV-DESKPOWER TXでは、テレビとして利用されることを意識した機能が実装されている。それが、「インスタントTV」機能と「インスタントMyMedia」機能だ。PC側の電源が入っていなくても、テレビを視聴したり、DVDやHDD上のコンテンツを見ることが可能になっている。

 前者の機能は、最近の一体型PCやノートPCなどではよく実装されている機能で、PCを立ち上げなくても、テレビ視聴や、録画が可能だ。特徴的なのは、この手の機能によく利用されるLinuxではなく、Microsoftが組み込み向けに提供している“Windows Embedded”を利用していること。

 Windows Embeddedを採用した理由は、フル機能のWindows XPと同じアプリケーションのコードが使えるため、インスタント機能の利用時でも、フルのWindows XPを利用しているような感覚で利用できるためという。

 「インスタントを使っている時にも、通常機能と同じ感覚で利用したいという意見がお客様から多く寄せられました。そこで、Windows Embeddedを採用してそれを実現しています」(廣末氏)

 また、これは開発上の理由だが、Windowsにすることで、デバイスドライバが1つで済むため、LinuxのようにLinux用のドライバを開発したり、動作検証をする手間が省け、コスト削減にもつながるという理由もある。

 とはいえ、インスタント機能にWindows Embeddedを利用するにはそれなりの苦労もあった。Windows Embeddedは、組込用とはいえ、OSそのもののカーネルはWindowsをベースにしている。このため、サスペンドやハイバネーションからの復帰の場合、デバイスドライバの再認識が必要なため、どうしても時間がかかってしまうという。しかし、“インスタント”と名乗る以上、通常のWindowsのような復帰時間がかかってしまってはお話にならない。

 そこで、「この製品では、電源OFFの際に、次回起動のための準備をするという、ややトリッキーなことを行なって起動時間を早めています」(廣末氏)とのことで、何らかの処理をサスペンドやハイバネーションに入る前に行なうという。廣末氏は、具体的な作業については言及しなかったが、おそらく電源を切る前にデバイスドライバなどの再認証作業を行ない。その状態でサスペンドなりハイバネーションをするといった方法がとられているのではないだろうか。

●デジタル放送の実装に向けてハードウェア環境が整ってきた

 デジタル放送受信機能、特にPCとしては初と言ってよいHD解像度での受信を可能にしたことについては「やはり2011年にアナログ停波というスケジュールが見えていたことが大きい。アナログ放送はいつまでも続けられないというのはすでにわかっているから、どこかのタイミングでデジタルへ移行しなければならないと考えていた。これまでは、PCでデジタル放送受信をする環境が整っていなかったが、ディスプレイが大型化し、セキュアLSIもでてきたことで、ハードウェア的な環境が整った」(山口氏)といった理由が大きいという。

 そこで、問題になってくるのが、筆者もこの連載で何度か指摘してきたように、デジタル放送受信機は、ARIB(アライブ、社団法人 電波産業界)が規定する仕様を満たす必要があることだ。

 特にデジタル放送では、コンテンツがデジタルのまま流されるので、オリジナルのクオリティの録画データが、そのままインターネットなどに流されてしまうという危険性と常に隣合わせだ。そこで、ARIBでは「ARIB TR-B14」、「ARIB STD-B25」という2つの規格により受信したコンテンツの保護について定めている。PCでこの規格を満たすには2つの課題がある。1つは出力の問題で、デジタル出力やRGB出力時には受信機(この場合はPC)とディスプレイ間でスクランブルをかける必要があること、もう1つがユーザーがアクセス可能なバス(例えばPCIやPCI Expressなどのことを意味している)上をデータが流れる場合、そこもスクランブルをかけてデータが取り出せないようにすることだ。

●機器ベンダの責任においてARIBの規定を満たしていく

 本製品の場合、ディスプレイ一体型PCであり、そもそもディスプレイ出力がないため、出力の問題に関しては特に気にする必要がない。だが、当然ながらユーザーアクセス可能なバスとしてPCIバスやPCI Expressは備えており、これらを流れるデータを何らかの形で保護する必要がある。

 本製品では、富士通が開発したセキュアLSIとよばれるセキュリティチップが採用されている。このチップがボード上に搭載されていることで、PCIバスに関してのセキュリティを確保している。

富士通株式会社 パーソナルシステム事業部第四技術部 プロジェクト課長 牛若恵一氏

 ただし、このセキュアLSIがどのような動作をしているかについては、「セキュリティレベルに関することなので、どのような暗号化を行なっているかなどに関しては非公開です」(富士通 パーソナルシステム事業部第四技術部 プロジェクト課長 牛若恵一氏)とのとおり、特に発表されていない。

 実はARIBの仕様ではユーザーアクセス可能なバスに対してどのような暗号化をしなければならないか、というような規定はない。ただ、運用規定とよばれるガイドラインの中で、56bitの暗号化が望ましい、と指摘しているだけで、その実装は機器ベンダの判断に任されている。

 ちなみに、56bitの暗号化が十分かどうかに関しては議論が分かれるところだが、HD DVDやBlu-rayのコンテンツ保護技術であるAACSでは、ユーザーがアクセス可能なバスには128bit AESによる暗号化が必須という方向性で話しが進んでいるという。それに比べると、56bitの暗号化はややゆるやかな仕様にも思える。

富士通株式会社 パーソナルビジネス本部 ユビキタスクライアント事業部 プロジェクト部長 松村秀一氏

 この点について、「機器ベンダとしては、ARIBが示す運用規定を元に、その運用規定を満たす技術を開発をする、今回それが富士通が開発したセキュアLSIであり、そこに機器ベンダとしての力量の差がでてくる」(富士通 パーソナルビジネス本部 ユビキタスクライアント事業部 プロジェクト部長 松村秀一氏)と説明する。

 以前業界関係者から「実はARIBの規定では、メモリ空間でのコンテンツ保護に関しては完全にしなければならないという規定はない」という指摘を受けたことがある。残念ながら筆者はARIBの資料に直接アクセスできるわけではないので、確認のしようがないのだが、複数の関係者に聞いてみたところ、確かにその点は“グレーゾーン”であるという。

 今回の製品に採用された富士通のセキュアLSIは、メモリ空間までも監視し、そこからもデータを抜き出すことができないようにしている。ある意味オーバースペックとも言えるが、そこは逆に言えば“コンテンツを保護する”という本来の目的を富士通なりに真剣に考えた結果、ということではないだろうか。

●今後はPCだからこそできる“デジタル放送”に関するアプリケーションの提案を

 今回富士通がFMV-DESKPOWER TXを出したことで、いよいよPCにおけるデジタル放送受信も本格的なスタートを迎えた。今は、ディスプレイ一体型の本製品だけだが、今後HDCPに対応したGPUなどが出回るようになれば、分離型ディスプレイでもデジタル放送受信機能を備えたPCというのが実現可能になるだろう。

 そうした中で、デジタル放送が、PCにとって魅力的なアプリケーションとなっていくか、これに関しては今後も議論を続けていく必要がある。富士通の山口氏は「これまでのアナログ放送とは異なるソリューションを提案していく必要がある。デジタル放送ではコンテンツがPCにデジタルの形で入ってくる。そうした時に、家電ではできない何かがあるはずだ。例えば、今後HDD容量の増大でHDDに格納していくコンテンツは飛躍的に増えるだろう。そうした時に、コンテンツの中にあるキーワードでユーザーが見たいコンテンツを発見したりなど、これまでなかったサービスなども実現していかなければならない」と指摘する。

 今回本製品に搭載されたデジタル放送受信機能は第一歩にすぎないのかもしれない。今後どのような発展をしていくのか、それは日本のコンシューマPC市場の浮沈にも関わる重要なテーマだといっていいだろう。

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【4月29日】【Hothot】富士通 FMV-DESKPOWER TXレビュー
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0429/hotrev262.htm
【3月9日】【笠原】見えてきた“ARIB要件”を満たすデジタルTV実装PC
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0309/ubiq105.htm

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(2005年5月31日)

[Reported by 笠原一輝]


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