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SPF2006前日レポート ARC Internationalと東芝が戦略的提携
5月15日(現地時間)発表 今年もSpring Processor Forumの時期がやってきたが、SPF開幕前日にあたる5月15日(米国時間)、ARC Internationalと東芝の戦略的提携が発表になった。会場ではARC InternationalのCEOであるCarl Schlachte氏のほか、東芝セミコンダクターの村尾豊氏も登場し、力の入った発表会であった。 ●ARCの狙いと展開
ARCアーキテクチャといっても馴染みが薄いと思われるので、まずはここから説明したい。ARCは、カスタマイズ可能なCPUコアのソリューションを提供するベンダーである。組み込み向けCPUの場合、程度の差はあれども多少の構成変更は可能である。 たとえばARMならばFPUを追加する/しない、SIMD演算を追加する/しない、といったオプションを選ぶことが出来るし、これはMIPSやPowerPCなどでも可能である。そこから一歩踏み込むと、一部のPowerPC製品やMIPS32ではユーザーロジックを命令セットに組み込める(実行パイプラインは別だが、デコードやスケジューリングに関してユーザーロジックを統合できる)ものもある。 更に進むと、Xilinxの「Blaze」シリーズとかAlteraの「Nios」シリーズのように、FPGAの上で動作するCPUマクロとでも言うべきものもあり、これはかなり細かく構成変更が可能だ。 そして、ARCは更にその先にあるものだ。たとえばPowerPCやMIPSの場合、ユーザーロジックはいじれても、メインとなるALUやLoad/Storeユニットは変更ができず、せいぜい動作クロックを変更できる程度だ。BlazeやNiosはもうちょっといじれるが、これらは特定のハードウェア(たとえばBlazeはXilinxのFPGA上でしか動作しない)に依存するし、いくつかの構成オプションが用意され、ここから目的にあった構成を選ぶ程度の自由度しかない。 対してARCの場合、パイプライン段数をいくつにするかとか、ALUにどんな機能を追加するかとか、さまざまオプションが提供されており、しかもユーザーがこれを自由に構成できる。またターゲットを選ばないので、たとえば初期段階はFPGA上で動かし、デバッグが済んだらこれをASICに持っていくといった事も可能である。 もっとも、自由度が高いというのは、十分なスキルを持たないベンダーには却って重荷となることもある。結果、今まではあまり普及してこなかった。実際、国内では採用事例が5社に満たないという時期が長く続いていた。が、最近やっと広くARCのメリットが認知されるようになったのか、今では120社もの採用事例があるほどで、これから本格的に採用例が増えていくというところである。 このARCの最大の売り物が、「ARChitect」と呼ばれるコンフィギュレーションツールである。これはGUIベースのツールで、必要なパラメータを入力してやるだけで、RTLはもとよりドキュメントやテスト/デバッグ用スクリプトまでまとめて出力してくれる。実際、会場ではARChitectを使って目の前でCPUコアを生成、その出力をFPGAにダウンロードして動作させるというデモが行なわれた。
さてこのARCと東芝の提携であるが、大きくまとめると、 ・東芝は自社の「Media embedded Processor(MeP)」向けにARCがパテントを持つARChitectのライセンスを購入
という事になっている。ARCはこれにより、巨大な顧客を新たに確保したことになる上、今後のバージョンの共同開発が可能になることで、リソース面でのメリットも出来たわけだ。ARCはこうしたカスタムCPUのマーケットではかなりメジャーなプレーヤーではある。競合メーカーとして有名なのはTensilica(http://www.tensilica.co.jp/)で、この2社がこれまではカスタムCPUのマーケットを二分してきたわけだが、後述のMePの他、さまざまなベンダーがカスタムCPUのマーケットを狙っている。 確実にリードを稼ぐためにはARChitectの性能強化や新機能/新IPの提供は欠かせないが、これはARC 1社では非常に難しい。ここで東芝と共同開発を行なうことにより、人員/資金的なアドバンテージを得られることとなる。また副次的効果として、日本では採用事例が少ないARCが東芝という後ろ盾を得たことで、マーケットに入りやすくなることも期待できる。 ●東芝の思惑 一方、東芝の思惑はどこにあるのかを村尾氏のプレゼンテーションを元に少し説明していきたい。マーケット全体のトレンドとしてシステムLSIが大きな比重を占めているのは疑う余地もなく、実際上位にはシステムLSIを製造するメーカーが並んでいる。
東芝内部の比重をみても、依然としてシステムLSIの比重は高く、より強化してゆく必要がある。さて、そのシステムLSIのマーケット向けにここ数年東芝が力を入れているのがMePである。 これは、マルチメディア系など処理の重いところに、アプリケーションプロセッサ的に利用するコアであって、単体ではなくMIPSやARMなどのコアと併用する形で利用するのが一般的である。現在はMeP-cというメインストリーム向けに加え、MeP-hというハイパフォーマンス向け、更に近いうちに低価格版のMep-eシリーズも追加される予定だ。 問題はこの膨大なラインナップだ。従来は東芝社内での利用がメインだったので、開発ツールなどはそれほど充実していなくても何とかなってしまっていた。ところが、この先システムLSIの売上を拡充してゆく上では、どうしても外販を視野に入れなければならない。 だが、外販するとなると、それなりの開発環境を用意する必要がある。クライアントとしても、ちょっと構成を変えるたびに東芝に作業を依頼していたらTAT(Turn Around Time)が長すぎるし柔軟な開発は難しい。東芝としても手離れが悪すぎ、売上が伸びてもコストが掛かりすぎて、システムLSIの商売自体に旨味がなくなる。 だからといって、今から開発ツールを作り始めても、それなりに使えるものが出来るまでにはかなりの時間がかかる。というのは、単に開発ツールを提供してもだめで、それがほかのツールとも連動しなければならないからだ。 今回発表会にはCadenceのJan Willis氏も登場し、ARChitectと同社のツールの連携を語ったが、こうしたものが揃って初めてツールが役に立つのであって、これは一朝一夕には実現できるものではない。だからといって、東芝で全てを作れるかというとこれも無茶な話である。そこで、ARChitectをMeP向けに展開する、という話が出てくるわけだ。要するに時間を金で買うというソリューションである。 加えて言えば、MePは国内でこそ広く知られるようになってきたが、海外ではまだまだ知名度が低い。そこで、ARChitectで利用出来るという形で浸透を図りたいという思惑があるようだ。 ●今後の展開 今回の発表を聞きながら思い出したのは、昨年の松下のUniPhierの発表である。UniPhierもやはり外販を考える中で、まずはアーキテクチャを知ってもらうという目的で発表を行なったわけだが、実際に外販を始めようとすると、やはり開発ツールの問題は避けて通れない。 UniPhierとMePは、目的とする部分はかなり似通っていると思うが、実装の方向性が大きく異なるので、この発想をそのまま応用するわけにはいかないにしても、やはり何か考える必要があるだろう。これは松下だけではなく、富士通やNECマイクロエレクトロニクスも同様で、それぞれ独自のアプリケーションプロセッサを持ち、その外販を目論んでいる。当然これらにもやはり開発の問題はつきまとうわけで、東芝のこの動きをどう判断するのか、興味深いところだ。 ちなみに、今回はあくまでも提携の発表であって、今すぐARChitectでMePをハンドリングできるというわけでは無い。一応年末までには何らかの形で出したいという話であり、本格的にこの環境での利用が可能になるのは来年以降となるだろう。 これからのトレンドはカスタマイズなのかもしれない、と実感させてくれる発表会であった。 以下は余談だが、最近のARC Internationalのメンバーを見ていると、MIPS Technology関係者が非常に多いのがちょっと面白い。Schlachte氏はSandCraftだし、SoC Sales & Marketing SVPのDerek Mayer氏はMIPS Technology社の出身である。ARC Internationalの日本オフィスにもMIPS Technology出身の方が居られるし、Worldwide Corporate MarketingのDirectorは以前、MIPS32 Release2のレポートを書いた時にミーティングのアレンジをしてくれた担当者だったりする。 □Spring Processor Forum 2006のホームページ (2006年5月17日) [Reported by 大原雄介]
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