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ページランクのイデオロギー




 TVやラジオは、潔い文化だ。はかない文化といってもいいかもしれない。どんなに優れた番組であっても、放送時間が終われば消えてしまう。それをたまたま見た人が、どんなに褒め称えようが、見なかった人は、想像するしかない。これをもって、批評がなりたたず、だから、放送は文化にはなれきれないとする論調もあるくらいだ。

●リンク元が多ければ重要度が高い

 博士論文のテーマを探していたスタンフォード大学院コンピュータサイエンス学部時代のラリー・ペイジは次第にWebの世界に魅了されるようになった。セルゲイ・ブリンといっしょにGoogleを創設したあのラリー・ペイジだ。

 ペイジが最初に興味を持ったのは、Webの持つ数学性だったという。彼は、過去に引用された回数が多い学術論文は、論文としての価値が高く認められているということに目をつけ、それをアルゴリズムとして構築し、Web検索に応用した。それがGoogleのコンセプトであり、今なお、PageRank(TM)として、Googleの人気の秘密の1つに掲げられている。ページとペイジをかけたイキなネーミングだ。

 『そのアルゴリズムはペイジの名をとって「ページランク」と呼ばれたが、特定のサイトに入るリンクの数と、リンクしたサイトのそれぞれに入るリンクの数の、その両方を考慮に入れる。これは学術論文の引用の度数計算の方法を手本にしており、予想通りに機能した』(『ザ・サーチ グーグルが世界を変えた』ジョン・バッテル著、中谷和男訳2005年日経BP社)

 ペイジは、たくさんのページからリンクされているページは重要度が高く、さらに、重要なページからのリンクは高いランクを与え、そうでないページにはペナルティを課することで、より優れた検索結果を出そうとした。

 今のBlogであれば、トラックバックをたどることで、リンクを逆にたどることができるが、当時のWebはそうではなかった。そのような混沌とした状況の中でページは無尽蔵に増え続けてもいた。それに臆することもなく、まさにかたっぱしからサイトをクロールしていったペイジらの発想と行動には脱帽する。

 書籍は絶版になることはあるかもしれないが、図書館などで比較的容易に手にとって参照することができる。また、新聞や雑誌も同様だ。

 Webページは、いつ消えるかもしれないという宿命を持つが、重要なページは消えにくく、さらにはGoogleのような検索サイトがキャッシュを蓄えている。だから、紙媒体同様に参照は容易だ。

●放送は一流の文化になれるのか

 冒頭で挙げた、「批評がなりたたず、だから、放送は文化にはなれきれない」というのはノンフィクション作家の吉岡忍氏のコメントだ。

 吉岡氏は「TV関係者は常に引け目を感じている」と指摘、「自分たちは文化として一流じゃないんじゃないかといつも心の中で思っているように見える」という。だが、その一方で、「影響力の強さを優越感としても持っている」とする。「ないことはないが批評というものがきわめて成立しにくいのが放送であり、文化というものは批評がなければ本物にはなれない。でも、アーカイブが実現できれば、放送は文化になれる」というのが氏の意見だ。

 このコメントは、NHKが放送記念日特集として3月20日と21日に二夜連続で放映した特別番組におけるものだ。具体的には二夜目の「徹底討論・テレビは誰のものか」で発言している。

 ぼくは、この番組を録画して保存しているので、こうして引用するために、HDDの中から引っ張り出して再生することができるが、この記事を読んで番組に興味を持った読者がいたとしても、それを視聴するのは難しいだろう。放送を残しておくためには、今のところ、自分で録画しておくしかないのだ。録画したファイルが手元にあるにもかかわらず、それをビデオとしてここで引用することができないのがもどかしい。

 ちなみに、放送法の第5条によれば、

 「放送事業者は、当該放送番組の放送後3箇月間(前条第1項の規定による訂正又は取消しの放送の請求があつた放送について、その請求に係る事実が3箇月を超えて継続する場合は、6箇月を超えない範囲内において当該事実が継続する期間)は、政令で定めるところにより、放送番組の内容を放送後において審議機関又は同条の規定による訂正若しくは取消しの放送の関係者が視聴その他の方法により確認することができるように放送番組を保存しなければならない」

とされている。たかだか半年保存すればそれでよいわけだ。前述の番組では、NHK放送総局長、原田豊彦氏が、NHKには、番組だけで45万本、ニュース映像125万項目が保存されていると報告している。埼玉県川口市にあるNHKアーカイブスでは、番組公開ライブラリーを無料で利用できるが、そこで検索、視聴できるのはその中の約5千本に過ぎず、誰かがどこかで話題にしたあの番組を見たいという願いはかないそうにない。

 原田氏はこのアーカイブを国民の貴重な財産としながらも、インターネットなどを経由してオンデマンドで一般公開できない理由の1つとして、現状では放送法による制約を挙げる。

 これは、厳密には、『放送法第9条第2項第2号に規定する「附帯業務」の解釈指針(日本放送協会のインターネット利用に関するガイドライン)』 を読むとわかる。NHKがインターネットを利用するにあたっては、『放送番組ごとにホームページを作成することとし、二次利用、番組関連情報のいずれについても、当該放送番組の終了後(シリーズものの放送番組については、当該シリーズの終了後)1週間程度とする』となっている。だからこそ、NHKのサイトを今見ても、3月に放送されたこの特別番組の討論内容を読むことすらできない。

 あとで参照できないから批評が成立せず、だから放送は一流の文化にはなれないとする吉岡氏の意見にも納得できるというものだ。

●法律は放送局を守っているのか、いじめているのか

 放送局は、番組を送りっぱなしにする一方で、制作したコンテンツの二次利用にはそこそこ熱心だ。連続ドラマやドキュメンタリーなど、売れそうなものは、放送後しばらくするとDVDになって発売される。現行放送法によれば、放送とは『公衆によつて直接受信されることを目的とする無線通信の送信をいう』のであって、無線通信が使われなければ、結局何をやってもいいということか。

 ちなみに、放送法の他には、電気通信役務利用放送法といった法律もあるし、電波を使わない放送に関しては有線テレビジョン放送法というのがあって、こちらにも多くのシバリがある。

 リンク元をたどろうにも、それができず、文化になれない現在の放送事業。紙と違って、「かつて」を絶対に再現できない点が、コンテンツを運んだら消えてしまう電波のはかなさだ。ラリー・ペイジが、この問題を解決するとしたら、どんな方法を採るのだろう。こんなに法律にいじめられ、そして文化になれないまで言われても、なお、離れられない放送事業。ぼくらの想像すらできないものすごい魅力があるのだろうか。

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【1月8日】【CES】Google ラリー・ペイジ氏基調講演レポート
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0108/ces11.htm

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(2006年4月28日)

[Reported by 山田祥平]


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