笠原一輝のユビキタス情報局

HDCP/HDMI対応ビデオカードの登場で進む
PCの次世代DVD/デジタル放送対応




Sapphire Technologiesが搭載したHDMI出力搭載GPU。HDMI出力の他、Sビデオ出力、アナログRGB出力(15ピン)が用意されている。搭載GPUはATIのRadeon X1600 Pro。4月には出荷の見通しであるという

 CeBITの会場において、Sapphire TechnologiesがHDMI出力を搭載したビデオカードを展示した。すでに日本のPCベンダの中にはHDMI出力を搭載したデスクトップPCを出荷しているベンダが何社かあるが、単品のビデオカードとして展示されたのは今回が初めてだ。

 すでに、GPUベンダのATI Technologies、NVIDIAの両者は、同社のOEMとなるボードベンダに対してリファレンスデザインを渡しており、今後そうした製品がPCパーツとして流通する可能性が高い。それが実現すると、エンドユーザーレベルでPCにHDMI出力を搭載させるということが可能になる可能性がある。

 だが、すでにPCの出力はDVIによりデジタル化されており、なぜそれをHDMIに置き換える必要があるのかという疑問を感じるユーザーも少なくないだろう。その背景には、次世代DVDや日本のデジタル放送への対応を含めてPCにおけるコンテンツの管理をより厳格にしなければならないという事情がある。

 そうしたPCにおけるHDMI、そしてHDMIにおいてコンテンツ保護技術として利用されているHDCPの現状についてレポートしていきたい。

●HDコンテンツのデジタル出力にはHDMIないしはHDCP対応が必要に

 PCは今、特徴だった自由度を失わせる方向に向かいつつある。PCのアーキテクチャはよく知られているとおりオープンアーキテクチャで、その仕様は誰に対しても公開されており、誰でも対応する製品を作ることができるという特徴がある。

 だが、コンテンツホルダーから見れば、その自由なオープンアーキテクチャという存在は憎むべき対象であるらしい。PCは、彼らの持つコンテンツを盗み、インターネットに無制限に流通させることことも可能な存在だと、コンテンツホルダーの目に映っている。筆者個人の考え方としては、それはユーザーの使い方の問題であり、そういう違法な手段を行なっているユーザーを捕まえて罰すればよいだけだと思う(以前、この連載でも包丁の例で説明した)。だが、コンテンツホルダーはそうは考えていない。彼らにとってはそういう機能を持っているPCこそが忌むべき存在であり、それを封じ込めようというのが彼らの基本的なスタンスだ。

 その是非に関してはここでは置いておくとしても、PC業界、家電業界とハリウッドの長い交渉の結果、とりあえず次世代DVDではPC、家電に限らずデジタル出力、アナログ出力の両方にコンテンツ保護の機能を実装しようということになった(それを利用するかどうかはコンテンツホルダー側の選択に依存する)。特にデジタル出力に関しては、厳しくコンテンツ保護が求められており、HDCP(High-bandwidth Digital Content Protection)と呼ばれるビデオ出力のコンテンツ保護、それを利用した出力ポートであるデジタル出力HDMI(High-Definition Multimedia Interface)などの実装が求められている。

 また、日本でもデジタル放送が2003年12月から始まっているが、ARIB(アライブ、社団法人 電波産業会)の運用規定により、デジタル放送のコンテンツをデジタル出力する場合には、やはりHDCPなどによるコンテンツ保護の実装が規定されている(ちなみに、D端子やSビデオなどのアナログ出力の場合には、CGMS-Aのコピーガードをかけることで認められている)。従って、PCベンダが液晶テレビなどに接続する、デジタル放送対応PCをリリースしたい場合、D端子などのアナログ出力だけに限るか、HDMI出力ないしはHDCPに対応したDVI端子が必要になる。

●出力コンテンツの保護に2つの選択肢

 まずは、HDMIとHDCPについて復習しておこう。HDMIは日立製作所、松下電器、Philips、Silicon Image、ソニー、トムソン、東芝の7社により提唱された仕様で、1本のケーブルでビデオとオーディオ、さらには機器制御のコマンドを送れるような仕様になっている。例えば、これまでであれば、HDDレコーダとテレビを接続する場合、ビデオ出力、オーディオ出力、さらに機器によってはテレビ側のリモコンでHDDレコーダなどを操作するためAVマウスを接続するなど、実に多数のケーブルを接続しないと使うことができなかった。しかし、HDMIではそれらがすべて1本で済んでしまうという特徴がある。

 HDMIでは、ソースと呼ばれる出力側(HDDレコーダやPCなど)にHDMIのトランスミッタが内蔵されており、このトランスミッタでビデオとオーディオがパケット化され3本のTMDSチャネルを利用して、シンクと呼ばれる入力側(テレビやディスプレイなど)のHDMIトランスミッタに送られてビデオとオーディオに復号化されて送られる仕様になっている。この時送信されるビデオのフォーマットは、AV機器などで利用されているYUV形式だけでなく、PCで一般的なRGB形式も利用することができるようになっている。

 HDMIで採用されているコンテンツ保護の仕組みがHDCPだ。HDCPを実装することで、ビデオ出力などからコンテンツがデジタル的にコピーされてしまうことを防ぐことができる。HDCPの仕組みは以下の図のようになっている。HDCPでは出力側、入力側双方に一意の“Device Private Keys”がトランスミッタなどに封じ込められている。この“Device Private Keys”(DPK)はHDCPの仕様を定めているDigital Content Protection LLC.から供給されており、HDCPの仕様を満たさない限りベンダに対しては供給されない仕様になっている。それぞれの機器がDPKを交換し、認証しあうことで、初めて出力側から入力側へとコンテンツが渡される仕組みだ。

図1 HDMIの仕組み

 なお、HDCPそのものは、HDMIだけでなく、既存のDVI端子でも利用することで可能で、コンテンツ保護という観点では、HDMI+HDCP、DVI+HDCPという2つの選択肢があることになる。実際、市場にはDVI端子でもHDCPをサポートしているテレビやディスプレイなども販売されており、オーディオケーブルの一体化や機器制御の信号が必要ないのであればDVI+HDCPという選択肢もある。

図2 HDCPの仕組み

●外部トランスミッタを利用してHDMI、HDCPを実装

 それでは、実際のPCにおける、HDMIおよびHDCPの実装を見ていこう。まず必ず必要になるのは、HDCPの実装だ。

 前述のように、HDCPの実装にはDPKを出力側、入力側それぞれに封じ込める必要がある。PCの場合は、2つの可能性が考えられる。

(1)GPU内部のトランスミッタにDPKを封じ込める
(2)DPKを封じ込めてある外部チップをトランスミッタとして利用する

 実は、ATI Technologies、NVIDIAのどちらのGPUベンダも、最新世代のGPU(Radeon X1K、GeForce 6/7シリーズ)ではすでにGPU内部のトランスミッタにDPKを封じ込めることが可能になっているという。だが、どちらのベンダも今のところDPKを封じ込めたGPUは出荷していない。理由は単純にコストの問題だ。Digital Content Protection LLC.からDPKを受け取る場合、出荷数に見合ったライセンス料を支払う必要がある。仮に製造時に封じ込めるとしても、現時点ではどれだけ需要があるかわからないだけに、それがあまり売れなければGPUベンダとしては無駄なコストを払うことになる。そこで、現時点ではほとんどソリューションでシリコンイメージなどが提供するDPKが封じ込められた外部トランスミッタを利用して、HDCPの実装が行なわれている。

【図3】PCのビデオカードにおけるHDCPの実装

Sapphire Technologiesのカードにも、Silicon Imageの外部トランスミッタが搭載されていた

 外部トランスミッタを利用するもう1つのメリットは、そうした外部トランスミッタには、オーディオのデータを入力するする機能が搭載されていることだ。すでに述べたように、HDMIではオーディオとビデオが3つのTMDSチャネルの上をパケットとして流れていくため、ビデオカード上のトランスミッタにオーディオのデータを入力する必要があるのだ。PCの場合、オーディオの処理はマザーボード上に搭載しているHD Audioコーデックなどにより処理されるため、このデータを何らかの形で、ビデオカード上にあるトランスミッタに入力する必要があるのだ。シリコンイメージの外部トランスミッタはそうした機能を標準で搭載している。

 NVIDIA、ATIの両社がOEMベンダに提供しているHDMIのデザインガイドでも、外部チップを利用したものが提供されていると、関係者は指摘する。実際、NVIDIAのGeForce 6200 TCを搭載してHDMI出力を実装している、ソニーのVAIO type Xでは、シリコンイメージの外部トランスミッタが採用されている。このほか、日本ではシャープのPC-TX100KはDVI-HDCP出力を、日立製作所のPrius Deck P シリーズでもHDMI出力が実装されているが、こちらにはGPUにはIntel 915GV/945Gという内蔵GPUが利用されており、やはり外部トランスミッタによるHDCPおよびHDMIの機能が実装されているという。

●対応するにはWindows XP SP2とCOPPに対応した再生ソフトウェアが必要

 PCがHDCPに対応するために、ソフトウェアの側も対応しておく必要がある。具体的には、アプリケーションがメモリ空間でビデオをデコードして、データとしてGPUに送り、出力するまでもやはりコンテンツ保護を実現しておく必要がある(実際にそれが可能であるかという議論は別として…)。

 Windows XPでは、マイクロソフトが提供するCOPP(Certified Output Protection Protocol)と呼ばれる仕組みが利用される。COPPでは、アプリケーションソフトウェアとGPUが、HDCPのDPKのようなキーのやりとりを行ない、GPUがHDCPに対応するなど保護された出力を備えているのかを確認する。まずはGPUとキーのやりとりを行ないHDCPに対応しているかを確認し、GPUがディスプレイとDPKのやりとりを行ないHDCPに対応しているかを確認していき、最終的にすべての準備が整った段階でアプリケーションソフトウェアはGPUへのデコードしたビデオデータの出力を開始する。

 従って、アプリケーションやOSがCOPPに対応していない場合、このスキームが利用できないので、出力を行なうことができない。COPPを利用するには、Windows XPのServicePack2以降が必要で、アプリケーションとしてはWindows Media Player 10およびエメラルド世代のメディアセンター(Update Rollup2)がこれに該当する。前出のtype Xの場合、デジタル放送の受信ソフトウェアであるStation TV for VAIOがこのCOPPに対応しており、HDCPを利用してコンテンツ保護が行なわれている。サードパーティの対応も進んでおり、次世代DVDが再生できる再生プレーヤーは、すでにこのCOPPに対応済みであるという。

図4 COPPの仕組み

●オーディオコントローラの違いを吸収しビデオとオーディオの同期の実現が課題

 だが、PCにおけるHDMIの実装には依然として残された課題もある。具体的には、ビデオとオーディオの同期問題だ。すでに述べたように、HDMIではオーディオとビデオをパケット化し1つのケーブルで行なう。この時にオーディオのデータとビデオのデータを同期する必要があるのだが、PCの場合、ビデオとオーディオは別のコントローラでそれぞれ処理されるため、それぞれをHDMIトランスミッタ内で同期させる必要がある。というのも、HDMIの仕様では±2msの遅延しか認められていないためで、これが実現されていないと外部機関によるHDMIの認証にパスしないのだ。

 Sapphire Technologiesが展示したHDMI出力搭載ビデオカードでは、オーディオデータはS/PDIFのケーブルで入力する仕様になっている。困ったことに、PCではオーディオコントローラは1種類だけでなく、実に多種多様だ。つまりトランスミッタ側で、オーディオコントローラに合わせてパラメータを調整してあげる必要があり、これを正しく行なえないと先ほど述べたビデオとオーディオのディレイを±2msに押さえることができなくなる。あるPCベンダの関係者は、設計段階でこれに苦しめられたらしく、パラメータを調整して同期させるのは「職人芸だ」と言っていたほどだ。そうした中で、こうした単体で販売されるビデオカードと、多種多様なオーディオコントローラの組合せで、本当に±2msのディレイに押さえられるのかどうかは依然として課題として残る。

 実際、NVIDIAのPatrick Beaulieu氏(Product Marketing Manager, PureVideo Technology)は「確かにその問題は残ることは事実だが、ドライバの改良などでなんとか吸収したいと考えている」と述べ、GPUのドライバ側でオーディオコントローラの違いを吸収していきたいと説明している。例えば、GPU側でオーディオコントローラ別にプロファイルを用意し、それによりトランスミッタのパラメータを変えるなどの実装は可能だろう。従って、将来的には解決されることになると思われる。

●HDCP対応ビデオカードで高まるデジタル放送対応単品チューナカードの可能性

 以上のように、HDMIに対応したビデオカードが登場することで、次世代DVDにはそのままでは対応できなかったようなPCであっても、ビデオカードを変えることで対応させることが可能になる可能性はある。

 また、日本のPCユーザーにとって重要なことは、このHDCPに対応したHDMIやDVI出力を備えるビデオカードが出回ることで、日本のデジタル放送(ISDB-T)に対応した単品のテレビチューナカードの市販が可能になる可能性があることだ。この連載でも何度か説明してきたように、日本のデジタル放送をPCに実装する場合、COPP-HDCPによる出力の保護が必要になっている。このため、現時点では出力が内蔵ディスプレイにしかできない液晶一体型のPCか、HDCPに対応したビデオカードを搭載したメーカー製PCでしかデジタル放送のチューナは搭載することができなかった。

 しかし、HDCPに対応したHDMIやDVI端子を搭載するビデオカードが市販されれば、その問題はクリアされたことになり、TVチューナカードベンダが、デジタル放送に対応したチューナカードを販売する条件が整うことになり、そうしたことにチャレンジするベンダが登場するのではないだろうか。

 ただし、これまでのところTVチューナカード単体に対してB-CASカードが発行された例はなく、どうなるのかは今のところ分からない。本当に単体のデジタル放送チューナカードが登場するかどうかは、依然として不透明であることを付け加えておきたい。

□関連記事
【3月7日】Sapphire、初のHDMI搭載ビデオカード「Radeon X1600 Pro HDMI」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0307/sapphire.htm
【1月9日】【笠原】HD DVD-ROMとHDMIという2つの初に挑戦したQosmio
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0109/ubiq143.htm
【2005年10月21日】シャープ、地デジ録画対応の「AVセンターパソコン」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/1021/sharp.htm
【2005年3月9日】見えてきた“ARIB要件”を満たすデジタルTV実装PC
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0309/ubiq105.htm
【2005年2月10日】【笠原】迫りくるコンシューマPCの“2006年問題”
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0210/ubiq97.htm

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(2006年3月10日)

[Reported by 笠原一輝]


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