第312回

今こそPC業界は次世代光ディスク情勢を静観すべき



 今週は“モバイル”とは何ら関係のない話だが、次世代光ディスク動向に関して取り上げたい。一昨年より対立している青紫レーザーダイオードを用いた2つの規格、Blu-ray DiscとHD DVD。物理的な構造の違いから技術的な統合が難しい両規格は、今年5月に規格統一の目が消えてからというのも分裂は必至と言われてきた。実際、先日行なわれたCEATEC 2005でも、両規格をサポートする業界団体が、それぞれにブースを出展している。

 だが、その両規格も今週あるいは来週ぐらいに、事実上の統一という結果を出せる可能性が高くなっている。HD DVD側にコンテンツ提供を約束し、HD DVDのプロモーションでも中心的役割を担ってきたワーナーブラザースの親会社であるタイムワーナーは、BD支持へと大きく傾き、ワーナーブラザースに対してHD DVDとBDの両方をサポートする事を迫っているからだ。

●CEATEC前の不可解な動き

 実はこの話。つまりワーナーのBD支持を巡る動向は、もう1カ月以上前から進行しており、業界内ではすっかり定説となっている。翻意の主な理由は、タイムワーナーの大株主が、HD DVDのみにコミットする事で企業利益を損なう事があってはならないとのクレームを付けたからだという。

CEATEC 2005で公開された東芝のHD DVDプレーヤー

 ところが、こうした水面下の動きがある中、その話を知っているハズのMicrosoftとIntelが、HD DVDの支持を表明したのは記憶に新しい。さらに遡ると、両社の発表の直前にはHD DVDへコンテンツを供給すると発表していた米大手映画スタジオのパラマウントピクチャーズがBDでのコンテンツパッケージ発売を発表していた。PCプラットフォームの牽引役でもある両社がHD DVDを支持する事で、BD側へと流れ始めた潮流を今一度引き戻そうという意図があったように感じられる。

 ではなぜ両社はHD DVDを支持したのだろうか? 表向きの理由として、もっとも大きな理由として挙げられているのが、PC環境との親和性の高さやマネージドコピー(セキュアな状態のままHDDに複製を取り、DTCP/IPでのネットワーク配信も可能にする運用規定)のサポートだった。

 しかしPC環境との親和性には具体的な根拠がない。マネージドコピーにしても、著作権保護の枠組みを決めるAACS LAの中で討議されているもので、同じ技術はBDでももちろん実装が可能だ。結局のところ明確な理由はない。

 ただしMicrosoftに関して言えば、次世代ゲーム機でのソニーとの戦いを優位に運びたいという意図はあるだろう。BDが業界標準として定着すれば、BD-ROMドライブやBD-ROMの認知、出荷量が増え、当初は高価なBDドライブを搭載するPlaystation 3のコスト低減も時間を追うごとに順調に進む。また、高解像度の映画やドラマがPS3で楽しめるというのも、Xbox 360に対するアドバンテージともなり得る。

 加えてHD DVDが採用するインタラクティブ仕様のiHDは、.NETフレームワークとの親和性が高く、Microsoftの技術を用いたネットワークコンテンツのプラットフォーム、開発ツールを最大限に活かすことが可能だ。MicrosoftにはHD DVDを支持する明確な理由がある。

 しかし、Intelが積極的にどちらか一方の規格を支持する理由は全くない。Intelは光ディスクに関連する技術を持たず、コンテンツも持たず、エンドユーザー向けの製品も持たない。そもそも“サポート”といっても、何をサポートするのか。

 CEATECの基調講演に来日したIntel デジタルホーム事業本部副社長のドン・マクドナルド氏にその点について質問したところ、BDのサポートを行なう可能性もあるとした上で「規格統一は消費者のためだ。消費者にとって最も良い1つの規格に統一されるべきである。Intelは規格統一に向けてのイニシアティブを執ることで、業界を正しい方向に導くことができる」と話したが、ではなぜHD DVDが消費者利益につながると判断したのか、門外漢とも言えるIntelが業界を導く正しい判断基準を持っているのかなどについての明確な理由は示さないまま、話題を変えてしまった。

●静観すべき時

CEATEC 2005で基調講演するIntel デジタルホーム事業本部副社長 ドン・マクドナルド氏

 だがIntelは今、次世代光ディスクに関して干渉すべきではなかったと後悔しているのかもしれない。BDアソシエーションはロサンゼルスにおいて、先週から今週にかけて10日間の日程でBDアソシエーションの総会を開催している。

 これと並行し、BDアソシエーションの主要なメンバーは、ワーナーのBDアソシエーション加盟についての具体的な交渉を行なっているようだ。以下は推測も含むが、BDアソシエーションの幹事企業としてワーナーを迎える、具体的な条件面でのツメを今週中に行ない、来週早々(あるいは週内)にも、何らかの発表が行なわれる可能性が高い(もちろん先送りになる可能性も否定はできないが)。

 マクドナルド氏は「家電業界は、これまで時間をかけて自分たちで統一を図る事ができなかった」とも話していた。だからこそ自分たちが声を挙げたのだという事なのだろうが、それにしてはタイミングが合いすぎている。話し合いでの統一は行なえなかったが、まさに事実上の統一に向けて動こうとしている時期に、その動きを察知できたであろうIntelがHD DVDサポート支持を表明したのは実に間が悪い。あるいは穿った見方をすれば、両陣営の対立を煽っているように見えなくもない。

 一方の規格を支持して統一を推進したいという意図があったのなら、(受け入れられなかったかも知れないが)もっと早い段階から関与すべきだった。そして、微妙な時期である、今このときは状況の成り行きを静観すべきだ。

 BDアソシエーション関係者は「IntelはPCプラットフォームの牽引役として冷静な対応を取る企業だと捉えていたが、何ら正しい情報を持たないまま関与してきた事は残念。DellやHPは、PCの最終製品ではビジネスを行なっていないIntelの口出しに激怒している。我々のIntelに対する見方も変わった」と話した。

 おそらくIntelは、ここまで大きな反響があるとは予想していなかったのだろう。マクドナルド氏にしてみれば、ViivにおけるMicrosoftとの協業関係を意識し、Microsoftに同調しただけなのかもしれない。

 Microsoftでは、上席副社長のウィル・ポール氏がWindows Mediaやデジタルホーム関連の指揮を執っており、その下でWindowsデジタルメディア事業部担当コーポレート副社長であるアミア・マジディメー氏が、表面的には両規格を平等に扱うと表明しつつHD DVDの後押しを行ない、そしてとうとうCEATEC前の声明発表へと至った。

 その経緯については非常に複雑であるため、ここでは詳しくは触れない。しかしOSベンダーでもあるMicrosoftが、(独禁法違反のリスクを冒してまで)強くHD DVDにコミットするメリットが本当にあったのかと言えば、(PS3の事を考慮した上でも)ないと思う。そもそも、判断を行なうための基準、データ、戦略の設定そのものが間違っていたとしか思えない。PC業界はこの問題に対して中立であるべきなのだ。

 だがMicrosoftは少々、この問題に首を突っ込みすぎた。HD DVDを標準として仕立て上げるため、これまで多くの時間と人と経費を使ってきた上、他の事業にも影響をきたし始めている。

 HD DVDのインタラクティブ仕様iHDのサポートには膨大なソフトウェアの開発が必要となるが、この開発をサポートするため、現在、Microsoft日本法人の組み込み系ソフトウェアの開発リソースは、HD DVDプレーヤ開発にそのほとんどを注ぎ込んでいる。この影響でITRONでのWindowsサービスのサポート、あるいは車載コンピュータ向けOSの開発資源が大きく削られ、進捗に大きな影響が出始めているという。

 これらの事業はMicrosoft日本法人において、さまざまな意味で重要なものだったハズだ。他人の土俵へと上がって勝負をするために犠牲にする問題ではないだろう。ここ数年、日本の産業界との結びつきを重視してきたMicrosoft日本法人が、その成果を挙げつつある中でのこうした状況は残念でならない。

□関連記事
【10月5日】【CEATEC】米Intel、ドン・マクドナルド副社長 講演レポート
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/1005/ceatec03.htm
【10月5日】CEATEC JAPAN 2005【HD DVD基調講演】(AV)
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20051005/ceatec09.htm
【10月5日】CEATEC JAPAN 2005【Blu-ray基調講演】(AV)
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20051005/ceatec10.htm
【9月30日】BDA、MS/IntelのHD DVD支持理由が不正確と指摘(AV)
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20050930/bda.htm
【9月27日】MicrosoftとIntelがHD DVD支持を表明(AV)
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20050927/hddvd.htm

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(2005年10月18日)

[Text by 本田雅一]


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