第311回

F1を変えるCPUパワー



 先週末、三重県・鈴鹿サーキットで行なわれたFormula 1 日本グランプリが開催された。昨年、かつてCompaqがサポートし、CompaqとHPの合併後はHPブランドでのスポンサードを受けてきたウィリアムズ(Williams)チームの取材をしたが、今年もまた、同チームを中心にコンピュータ技術とF1の関係について、昨年とは異なる切り口で取材した。

●足かけ6年で200倍に変化したウィリアムズのコンピュータ

Williams FW27
 F1に詳しい読者ならばご存知だろうが、ウィリアムズは現在では数少ない個人オーナーの所有するF1チームである。派手なデザインに包まれたファクトリーを作るよりも、その資金を技術的な目的に投資する、良い意味で地味なチームだ。そのウィリアムズが成功を収めてきた背景には、オーナーであるフランク・ウィリアムズ氏が、ビジネスよりもF1でレースをすること自身に集中してきたからとも言える。

 そのウィリアムズチームが、HPとのパートナーシップが始まった2000年シーズン以降、テクニカルな面でもっとも重視してきたのが、コンピュータ技術の車体設計への応用である。コンピュータを車体設計に利用するのは、今や当たり前の事ではあるが、足かけ6年に及ぶ時間の中で処理能力が向上し、レーシングカーの能力そのものを左右する存在になって来ている事は、あまり知られていない事実かもしれない。

 たとえばトヨタF1チーム(TMG)会長の富田努氏によると、現在のF1の能力はタイヤを除けば90%が空力によって決まるのだという。エンジンのパワーを最大限に引き出すには、空力によるダウンフォースの確保が不可欠だが、さまざまな車体レギュレーションによる制限の中でもっともチーム間の差が出やすいのが空力設計だからだ。

ウィリアムズチームのピット
 ウィリアムズに話を戻すと、チームは今年初期の段階で空力に問題を抱えていた。ウィリアムズは60%スケールの風洞実験施設を2つ保有しているが、これを実際の車体設計に活かす段階でミスを犯し、FW27の初期段階では正しい設計が出来ていなかったのだという。今年シーズン初期のパフォーマンス不足は、風洞の使い方の問題だったというわけだ。

 その後、7月までにチームはグランプリを戦いながら、限られた走行テストの中で新しい空力パッケージを完成させ、7月のフランスグランプリでは空力設計の70%を全く新しいものに置き換えた。

 これだけ大規模な改修となると、モノコックの再開発まで伴うが、ウィリアムズではこれを実車テストを含めたった2カ月で達成した。その助けとなったのが、コンピュータの能力向上とその上で走るシミュレーションコードの精度アップだ。

 ウィリアムズが使う車体設計用スーパーコンピュータは、2000年にはAlpha PWSだったものが毎年性能アップ。今年はHP Cluster Platform 4000(AMDのOpteronを採用するクラスタパッケージソリューション)へとグレードアップし、300ノードのクラスタシステムが稼働している。他にもXeonプロセッサを用いたProLiant DL145なども利用している。

 その間のパフォーマンスアップは200倍にも達する。

●流体シミュレーションがF1を変えた

FW27の新しいフロントウィング
 コンピュータの進歩によって空力設計が革命的に変化した。それが上記のようなスピード開発、改善につながっている。コンピュータによる流体解析技術「CFD」を応用すれば、個々の空力パーツが及ぼす影響を計算で求めることができる。

 しかし以前はパフォーマンス面での問題から、CFDの精度や演算規模を限定せざるを得ず、大まかな方向性の確認ぐらいにしか利用できなかった。ところが、HPがウィリアムズとの協業を始めての約5年で、CFDの演算規模は35倍にも達し、新空力パーツを導入した場合の影響について、ほとんどをコンピュータ上で把握可能になったのだ。しかもコードの実行速度は6倍、3日かかっていた解析は半日にまで速度が上がっている。

 たとえば今回の日本グランプリ。FW27はフロントウィングのエンドプレートからサブウィングのようなものが伸びた新デザインとなったが、このコンセプトを思いついたのは9月初旬。それから設計を始め、CFDによりシミュレーションと実車テストを行ない、今回、実際のレースに投入された。

トヨタTF105
 こうした短期間での空力パーツの更新は、かつてのF1では見られなかったもので、ここ数年、資金力が豊富なチームやコンピュータ企業のサポートを受けることができているチームを中心に行なわれているもの。

 パフォーマンスが高いほど、より深い流体シミュレーションを短時間に行なえる。試行錯誤が何度も行なえるほど、ベストの設計を引き出せるのは自明だ。言い換えれば、計算能力の違いがパフォーマンスの違いにもつながる。

 トヨタF1チームのスポークスパーソンによると、TMGがCFDに利用しているクラスタにはItanium 2が1,000個も利用されているとか。同チームはIntelからスポンサーを受けている。トヨタは昨年から、シーズン途中に何度も空力パッケージを入れ替えるなど、飛び抜けて短い開発期間が話題になっていた。その背景にあったのがサーバパフォーマンスにあったことは想像に難くない。

●テレメトリの進化が戦略を変える

ピーター・ウィンザー氏
 今回の取材では、F1ジャーナリストのピーター・ウィンザー氏にも話を伺う機会があったが、同氏は今後の注目技術としてGPSシステムの進化を挙げていた。「GPSはWRCのラリーカーにも導入されているが、小型化によってF1マシンにも導入されるようになった。現在は50cm程度の精度だが、将来的には5cm程度にまで高めることができるだろう」とウィンザー氏。

 現在は車体の位置を把握するために利用されているが、誤差範囲5cmまで精度が高まると、走行ラインのより詳細な分析が可能になる他、観客向けに新しい情報を提示することで新しいF1観戦の手法を提供できるかもしれないという。

 F1アナリストの川井一仁氏にF1のGPSシステムについて尋ねたところ「10年ぐらい前からGPSを搭載するF1マシンはあったが、この精度を上げることでセッティングなどに役立てようという動きはある。ピーターは5cmと話したようだが、各サーキットに鉄塔を建てて計測用の電波を出すようにすれば、1cm誤差まで精度を高められると聞いている。ただしコストの問題から実現していない」と話す。

 現在はピット側から車体の調整やコントロールを行なうことは禁止されているが、1cmまで精度が高まれば、ピットからのリモコン操作でもF1マシンを走らせることができるだろうと川井氏は話す。ただし「1cm単位の走行ラインデータがオープンになると、他チームに知られたくない情報まで把握できる可能性がある。レースを運営する側は観客サービスとして歓迎するかも知れないが、F1チームは抵抗するだろう。そこまで詳細なデータは出せない」と、観客向けのデータ公開の可能性には否定的な意見だ。

 もっとも、過去を振り返るとF1カーへの中継用カメラの搭載、アクセル開度やブレーキ踏力、走行速度の公開など、様々な情報がテレビ放送用に公開されるようになった。興行としてのF1を考えれば、GPSが我々F1を楽しむ側にとっても興味深い技術になる可能性もありそうだ。

□ウィリアムズのホームページ(英文)
http://bmw.williamsf1.com/
□日本HPのホームページ
http://welcome.hp.com/country/jp/ja/welcome.html
□鈴鹿日本GPのホームページ
http://www.suzukacircuit.co.jp/f1/
□関連記事
【2004年10月9日】Williams F1をサポートするIT技術
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/1009/hp.htm

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(2005年10月11日)

[Text by 本田雅一]


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