笠原一輝のユビキタス情報局

コンテンツホルダーはViivにコンテンツを配信するか



Viivのロゴ、来年の第1四半期にはこのロゴがついたPCが市場に登場することになる

 今回のIntel Developer Forumで、筆者にとって一番の話題は、“East Fork”ことViiv(ヴィーブ)テクノロジーの正式発表だった。

 Viivテクノロジ(以下Viiv)の基本的な仕組みは次の通りだ。

 最初にIntelはOEMベンダに働きかけてViivに基づいたPC(仮にViivプラットフォームと呼んでおこう)を出してもらう。そして次の段階として、コンテンツホルダーに働きかけViiv向けのコンテンツサービスを展開してもらう。そしてそれらをユーザーに購入してもらうことで、OEMベンダはコンシューマ向けPCの売り上げ向上を、コンテンツホルダーは新しいビジネスチャンスを、IntelはCPUの打ち上げ上昇を果たす、というわけだ。

 前回は、OEMベンダーの側から見た受け止め方についてレポートしたが、このレポートでは、コンテンツという側面からViivについて考えていきたい。

●ViivのコンテンツサービスはMCEのAPIを利用して提供される

 そもそも、Viivにおけるコンテンツサービスとはどのようなものになるのかを紹介しておく必要があるだろう。

 ViivプラットフォームのOSはWindows XP MCEになる。なぜ、Windows XP MCEになるのかと言うと、Viivのコンテンツサービス用のアプリケーションは、MicrosoftがWindows XP MCE向けに提供しているAPIとSDKなどを利用して作成されるからだ。

 Windows XP MCEの10フィートUIであるMedia Centerは、XMLを利用して書かれており、そこにアプリケーションの形で追加する場合には、やはりXMLを利用してアプリケーションを作る必要がある。MicrosoftはMCEで利用可能なAPIを公開しており、アプリケーションベンダはそのAPIを利用して手軽に10フィートUIのアプリケーションを作成し、Media Centerに追加できる。

 Intelはコンテンツサービスを提供する企業(コンテンツプロバイダ)に対して、このMCEのAPIとSDKを利用したアプリケーションを作成するように指示している。Windows XP MCEにはオンラインスポットライトというコンテンツサービスの仕組みを提供しているが、Viiv向けのコンテンツサービスもそうしたものと同じような仕組みで提供されることになる。

●過去10年にわたり音楽業界と摩擦を繰り返してきたIT産業

 だが、こうしたハードウェア、ソフトウェアの両方のプラットフォームを用意したからといって、コンテンツホルダーがすぐそれに乗ってくれるか、と言えばそれは別の話になる。

 なぜなら、コンテンツホルダーはなんらかのビジネスモデルをすでに構築しているからだ。典型的な例で言えばハリウッドは、投資家から資本を募り映画を作成する。それを映画館で公開し、その後DVDなどに配信するというビジネスモデルを構築し、それなりにうまくいっている。そこに、IntelやMicrosoftといった企業に代表されるIT産業がViivを武器にして割り込むことができるかということなのだ。

 それは可能とも言えるし、難しいとも言える。実は、IT産業にはそれをやろうとして、成功したとも言えるし失敗したとも言える格好の例がある。それは音楽配信ビジネスだ。過去10年間、IT産業は音楽産業との摩擦を繰り広げてきた。古くはNapstar裁判の例もあるし、日本でもCCCDを巡る論争があった。

 IT産業の側から見れば、CCCDのような仕組みを導入してまでCDというパッケージセールスという古いビジネスモデルにこだわらずとも、ネット配信などに移行してしまえばいいのに、と考えたくもなる。

 だが、音楽レーベルの側にしてみれば、今CDというパッケージセールスのビジネスモデルでうまくいっているのに、なぜネット配信などという儲かる保証のないビジネスモデルへ移行しなければいけないのか理解できない、という認識のミスマッチが音楽配信ビジネスの立ち上がりに大きな時間がかかる要因となった。

 だが、今そうした風向きは確実に変わりつつある。その理由はiTunes Music Storeの成功だ。iTunes Music Storeという成功例がでてきたことで、ネット配信は儲かるのだ、ということを音楽業界が理解することができたのだ。これが音楽業界が、ネット配信に向かって舵を切り出した大きな要因だと思うのだ。

●利益を生み出すビジネスだとわかればコンテンツホルダーは振り向くとIntel

 では、映像産業ではどうなのだろう。4月に日本で行なわれたIntel Developer Forumにおいて、Intelのデジタルホーム事業を引っ張るドナルド・マクドナルド氏(副社長兼デジタルホーム事業本部ジェネラルマネージャ)と話をする機会があったのだが、そのときマクドナルド氏は「重要なことは新しいビジネスモデルが、コンテンツホルダーにとって儲かるものであるかということだ。そうなれば彼らは雪崩を打ってネット配信に向かうことになるだろう」と筆者に説明してくれた。

 つまり、ハリウッドとしても、仮にネット配信が利益を生むビジネスモデルであるとわかれば、現在のような映画館で公開、しかる後にDVDで配信という現在のビジネスモデルを変えてくれるだろう、というのがマクドナルド氏が言いたいことだろう。

 その認識は全く正しいと思う。実際、Intelはハリウッドの有名俳優兼プロデューサーのモーガン・フリーマン氏(ディープインパクトやミリオンダラーベイビーなどに出演している俳優)が運営するレベレーションズ・エンターテイメントが立ち上げたClickStarというインターネット配信の企業に出資している。ClickStarは、映画が封切りされると同時に、ネット配信を行なうことなどを目的にした企業で、ユーザーにとっては映画館で封切られたばかりの映画をリビングでも楽しむことができるようになるというメリットがある。

 これが実現されると、これまで子供が小さくて映画館には行けなかったという若い夫婦など、これまで映画館が取りこぼしてきた新しい需要を掘り起こせる可能性がある。つまり、コンテンツホルダーにとって新しいビジネスチャンスであり、新しいビジネスモデルを作り上げることができる可能性がある。

 また、以前も述べたが、HDコンテンツ向けの次世代DVDの規格は分裂状態にある。両陣営とも言い分はあるのだと思うが、エンドユーザーにとっても、コンテンツを提供するコンテンツホルダーにとってもよくない状況だ。そうした中で、第3の選択肢としてネット配信が浮上してくる可能性は十分にある。もっとも、米国においては、今のところはブロードバンドの普及率は日本や韓国などに比べて低い状態で、その問題が解決されない限りは難しい。だからIntelは盛んに長距離ブロードバンド通信が可能なWiMAXの普及を訴えるのだが。

●米国以外の複雑なコンテンツビジネスに対応できるのかという懸念

 コンテンツホルダーが儲かると思えば新しいビジネスモデルへと移行するはずだというマクドナルド氏の認識は、全くその通りだと筆者は述べた。実際、企業はより利潤を生むマーケットに移動していく、というのは資本主義では当たり前の認識だと思う。

 だが、それはあくまで米国においては、という話だ。というのは、コンテンツビジネスの仕組みは、各国で異なっており、米国で成功したからといって、それが他の国に当てはまる訳ではない。ここにIntelのViiv戦略の危うさがある。

 例えば、日本だ。まず知っておくべきことととして、米国と日本ではコンテンツ流通のやり方が全く異なっているということだ。米国では、コンテンツはハリウッドで作られ、まず映画館で上映される。次にDVDで配信され、衛星放送、そして最後に地上波放送という順序をたどる。重要なことはコンテンツはハリウッドで制作されていることで、映画館やTVといった媒体から独立している、ということだ。ハリウッド側は映画よりも儲かるなら、喜んでネット配信に乗り出すという事実だ。だから、モーガン・フリーマンの例がでてくる。

 これに対して日本では、多くのコンテンツはTV局やその資本を元に制作会社が制作し、まずTVで放送される。次いで、DVDでの配信、BS/CSといった衛星放送での再放送、そして最後に映画に作り直されて映画館で上映される。重要なことは、日本ではコンテンツのほとんどはTV局の資本をもとにつくられているという事実だ。このため、プライオリティは必ずTVにある。

 現在のところネット配信されている映像コンテンツのほとんどはTVで一度放送された後で再配信されているというコンテンツだ。問題は、ユーザーがTVで一度放送済みの再配信されたコンテンツに対してお金を払ってくれるのかどうかだ。実際、地上波放送の再配信が多い、衛星放送(BS/CS放送)のほとんどは赤字であると言われており、そうした状況からみれば、仮に地上波放送で放送済みのコンテンツをネットで再配信したとしても、それでユーザーがメリットと感じてくれるかは疑問だ。そしてユーザーがメリットを感じない、ということはコンテンツホルダーのネット配信というビジネスも成り立たない、ということになる。

 このように、米国以外の地域では、その地域特有の事情を抱えており、米国のような言ってみれば“資本の論理”が通用するかというと、そうではないと言える。

 もっとも、Intelもそれは認識はしているようだ。その何よりの証拠は、Viivのマーケティングキャンペーンは、当初は8カ国(米国、カナダ、日本、イギリス、フランス、ドイツ、韓国、中国の大都市)のみで行われることになる。成熟市場のみをねらったともいえるが、むしろ各国のコンテンツビジネスに合わせてていくという作業があまりに膨大で、当初はこの8カ国に絞った、と考える方が妥当ではないかと思う。

●デジタルホームの"鶏"となるViivのPC

 このように、Viivプラットフォーム向けのコンテンツに関しては、先行きが非常に不透明なところがあると筆者は考えている。

 ただ、何度もこの連載で取り上げているが、それは常に“鶏と卵”の典型例なのだ。今回のViivが目指しているのは、エコシステムの構築だ。そして、こうしたエコシステムの構築では、必ず“鶏が先か、卵が先か”という議論から逃れられない。今回の例でいえば、コンテンツがあるからプラットフォームを作るのか、それがプラットフォームがあるからコンテンツを作るのか、という議論になる。

 だから、Intelがまずはプラットフォームを構築することを目指そう、という姿勢は正しいと筆者は思う。そうして、どんどんとプラットフォームが増えていけば、そこにコンテンツを供給しようと考えるコンテンツホルダーは必ず現れるはずだ。

 むろん、iTunes Music Storeが日本で開始されるまでにどれだけかかったかを見ても、その壁は決して低くないが、ぜひIntelは、諦めることなくコンテンツホルダーに働きかけを続けて欲しいと思う。

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【8月26日】【笠原】ついに発表されたEast Forkこと“Viivテクノロジ”
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0826/ubiq122.htm
【1月8日】【笠原】同床異夢のWintelと家電陣営
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0108/ubiq91.htm

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(2005年8月26日)

[Reported by 笠原一輝]


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