元麻布春男の週刊PCホットライン

もう一つのIntelの選択“医療”




●Digital Health Group初の基調講演

Digital Health Groupの事業部長として登場したBurns副社長。IDFでの基調講演は1年ぶり
 IDF初日の午後、ルイス・バーンズ副社長は、新設のDigital Health Groupの事業部長としては初となるキーノートスピーチを行なった。

 今年の1月に新設されたDigital Health Groupは、病院医療、家庭医療の双方を含む医療分野向けに、Intelアーキテクチャのプラットホーム製品を研究/開発/販売する事業部である。これまでIntelは医療分野など、特定の業種向けにバーチカルな事業展開を行なったことがほとんどないことから違和感を感じる向きも多いかもしれない。が、この1月に行われた機構改革で、Intelは従来のプロセッサ、チップセット、マザーボードといった自社製品のカテゴリ分けによる事業展開から、利用法を中心とする事業展開に大きく舵を切った。Digital Health Groupは、その象徴的な事業部、と考えることもできるし、コンシューマーや企業といった一般的な分類には収まりきれない部分を持つ業種をフォローするものとも考えられる。

 とはいえ、PC分野がそうであるように、Intelが自社ブランドで医療向け最終製品を販売するということは考えにくい。やはり最終製品の販売より、それを構成するビルディングブロックの提供を想定しているようだ。最も可能性が高いのは、医療分野向けのIT製品(病院用に最適化されたサーバーシステム、それと連動するクライアント機器等)で、いきなりIntelがMRI装置や断層撮影装置などの医療機器を手がける、ということはなさそうだが、医療機器にIntel製のビルディングブロックを組み込むことで、医療システム全体のネットワーク化、IT化を目指す、ということは大いに考えられる。

 Burns氏のキーノートは、現在世界規模で急速に高齢化が進みつつあること、それに伴い医療費負担が驚くべき割合で上昇していることから始まった。すでに米国でGDPの15%が医療費に費やされており、このままでいくと10年後には25%にも上ると見込まれている。そのような高額の医療費負担などできるハズもなく、コスト削減は急務である。

 その一方で、米国の医療現場で使われている機器の多くは'90年代の初期、つまりIT革命以前のもの。それぞれがバラバラの仕様、データフォーマットで動いており、データの共有やネットワーク化はあまり進んでいない。これが医療従事者の負担を増し、結果として医療事故の要因の1つになっている。医療事故は、死という最も望まれない結末につながる可能性があるにもかかわらずである。

●迫力を感じた講演内容

 IntelがDigital Health Groupを立ち上げた理由は、これらの問題解決にIT技術が役立つ、潜在的に大きなビジネスチャンスがあると考えたからだ。急速に発達しつつある無線技術、Wi-Fi、Bluetooth、WiMAX、RFIDといった技術と、コンピュータを組み合わせることで、医療従事者の負担を減らし、患者により良い医療を提供し、なおかつ医療費負担を減らすことが可能になる。たとえば患者をRFID等で識別することで、投薬を忘れたり、間違った薬を与えたり、といった医療事故を減らすことができるだろう。

 無線技術を用いたセンサーネットワークとコンピュータがあれば、体温、血圧、脈拍、呼吸数、脳波といった患者の状態をリアルタイムでモニタすると同時に、それをデータベース化することができる。これは患者の容態変化をいち早く知るだけでなく、薬の効果や副作用を監視し、データベース化することが可能になることも意味する。これにより、特定の患者にどの薬をどれくらい投与するべきか、ということを統計的に決定できるようになる。

 特定患者のデータ蓄積は、新薬の開発促進にもつながる。その結果、これまでより早いペースで薬の認可ができるようになるかもしれない。そうすれば、画期的な新薬開発のニュースを聞きながら、まだ臨床試験中のため利用できないで死んでいく、といった悲劇を少しでも減らすことが可能になる。

 さらにデータの標準化とネットワーク化が行なわれれば、旅行先で体調を崩し病院に行った場合も、現地の医者はかかりつけの医者と同じように、その患者が生まれてからの病歴、現在服用中の薬、過去に副作用のあった薬の一覧、といったデータを即座に知ることが可能になる。究極的には、人が生まれた瞬間から、一生のうちでどのような病気のリスクが高いか、どのような予防策が有効か、病気になった場合に有効な薬はなにか、といったことが分かるようになるかもしれない。

 こうした医療のIT化は、病院だけのものではない。家庭においても、健康状態をモニタしておくことは病気の予防に役立つし、ガンの早期発見にもつながる。年老いた両親がちゃんと薬を服用しているかを確認したり、徘徊老人の保護にも貢献するだろう。わが国でも携帯電話のGPSシステムや電気ポットを利用した「みまもりほっとライン」などの実用例も生まれているが、本格的な普及はまだこれからだ。

無線技術を含む各種センサーによるリアルタイムモニタのデモを行なうBurns副社長 Hartwell博士に医学研究の現場におけるIT技術の活用について聞くBurns副社長

 また、医療研究の現場におけるIT技術について、Fred Hutchinson癌センターのLee Hartwell博士(2001年ノーベル医学賞受賞者)を壇上に招き、たんぱく質解析やDNA解析など、もはやIT技術抜きには語れないようになっている状況も取り上げられた。

 もちろん、だからといって明日にでもIntelのロゴがついた医療機器がそこらじゅうで使われるようになるわけではない。キーノートでは、IT技術を応用した医療機器のプロトタイプがいくつか紹介されたが、それはまだ研究開発段階であり、実用化にはもうしばらく時間がかかるものと思われる。Intelにしても、Digital Health Groupを立ち上げて日は浅く、事業部としての規模も決して大きくないのは間違いないところだ(事業部ごとの従業員数等を公開しないのはIntelのポリシーである)。ひょっとすると最初の製品は、パッと見たところ一般向けに売られているPC/サーバーとあまり変わらない製品になるかもしれない。

 今回のキーノートに迫力を感じた大きな理由の1つは、前回も述べたように、Burns副社長自身が、介護を必要とする19歳の娘さんを持つ父親である、という事実だ。氏はこの19年間、米国の医療システムの最も優れた部分と、最も改善を要する点を、身をもって体験してきたという。その体験がDigital Health Groupの業務に役立っていることは間違いないし、氏の情熱はキーノートスピーチからも伝わってきた。

 医療分野はIntelにとって未知の分野であり、事業化は簡単には進まないかもしれない。規格の標準化、データフォーマットの標準化1つをとっても、標準化が当たり前のIT業界とは進め方が著しく異なるハズだ。Digital Health Groupの第1号製品が何になるか、いつごろになるのかは分からないが、期待して待ちたい、そんな気がしてくるキーノートだった。

開発中の医療機関向け端末の一例 開発中の医療機器プロトタイプの一例。右側にならぶペグ(小さな棒)を左側に移す作業をどれくらいの時間で処理できるかで、パーキンソン病の進行状況のモニタ等を行う。パーデュー・ペグボードと呼ばれるテストそのものは'50年代からある古いものだが、毎日の結果を容易にデータベース化できる

□IDF Fall 2005のホームページ(英文)
http://www.intel.com/idf/us/fall2005/
□関連記事
【1月18日】Intelのドラスティックな組織再編の背景
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0118/kaigai148.htm

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(2005年8月26日)

[Reported by 元麻布春男]


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