■後藤弘茂のWeekly海外ニュース■Intelのドラスティックな組織再編の背景 |
●ついに本当になったIntelの医療分野への進出
2年ほど前に、某誌に連載していたコラムで「Intelが医療分野に進出」というジョーク記事を書いた。その時点では、ゴトウ本人は、まったくジョークのつもりで書いたのだが、Intelという企業の底知れない(笑)ところは、ジョークがジョークにならない点。ついにIntelは、医療分野への本格進出と、そのための事業部門「Digital Health Group」設立を発表した。
ちなみに、そのコラムの内容は「Intelが医療に得意のナノテクを応用し、『IMA(Intel Medical Architecture)』(命名は塩田紳二氏)と名付けたアーキテクチャを推進。そのうち、Intelがメディカルカンパニーになってしまう」、「医療用ナノロボット『Nanotium(ナノティアム)』で体内から患部を治療。Nanotiumを注入された人には『Intel Inside』シールが貼られ、起床時には脳内で“ピポパポ”のメロディが鳴るようになる」という大ヨタだったのだが、この調子で行くと、もしかするとヨタがヨタじゃなくなってしまうかもしれない。
Intel Andrew S. Grove会長 |
実際には、Intelはすでに過去5年間、医療分野にそれなりに取り組んできていた。Intelは'98年10月27日に「Internet Health Day」というカンファレンスを開催、Andrew S. Grove(アンディ・グローブ)会長の肝いりで、インターネット上での医療サービスの開拓に取り組んで行くことを明らかにしている。
それからも、Intel Developer Forum(IDF)で医療関係の研究結果を発表したり、ガン研究所と共同で診断用装置の開発を始めたりと、次々にこの分野での取り組みを発表してきた。
それでも、これまでの活動は、主に研究部門が中心になったものだった。しかし、今回の事業グループ設立は、本格的にビジネス展開へと進むことを意味している。Intelの医療分野への取り組みは、新しいステップに踏み出したというわけだ。
Intelはわりと食い散らかしの多い会社で、新分野に参入してもすぐに撤退というパターンを繰り返している。本業以外の部分には、なかなかビジネスを広げられない企業だ。しかし、今回、新しい事業グループの柱として医療を立てたということは、医療市場についてだけは、食い散らかしパターンの再現はしないという、メッセージなのかもしれない。
Intelが医療分野に関心を示し始めたのは、よく知られている通り、Intelを率いていたGrove氏が前立腺ガンから生還('95年)してからだ。もっとも、Grove氏が自分の延命を考えたというのではなく、病気になって、医療に関心を持ち始めたら、そこにビジネスチャンスが広がっていることに気がついたという話らしい。
企業の大立者が、病に倒れたり歳を取ったことで医療分野に関心を持つというのは、じつは珍しいパターンではない。例えば、SGIとNetscape Communicationsを創立したJim Clark(ジム・クラーク)氏は、3番目のチャレンジとして医療分野を選択、インターネットヘルスケア企業「Healthion」を'96年に設立した。しかし、Intelほどの図体の企業が、本気でこの方向へ向けて舵を切るというのは、珍しいケースだ。
●マーケットドリブンの組織再編
すでに笠原氏がレポートしている通り、Intelは医療分野参入だけではなく、社内の各事業部門の完全な再編成も発表した。ポイントは、従来は製品系列単位で切り分けられていた事業を、マーケット単位で切り直した点。つまり、マーケットオリエンテッドな体制に、企業全体を組み替えたというわけだ。
具体的には、次のようになる。これまでは下の4グループで、プラットフォーム毎に異なる製品系列を扱い、異なるマーケット戦略を立てていた。
・Desktop Platform Group (デスクトップPC)
・Mobile Platform Group (ノートPC)
・Enterprise Platform Group (サーバー&ワークステーション)
・Intel Communications Group (通信機器)
それが、今後は下のような切り分けになる。
・Mobility Group (ノートPC、ハンドヘルド、通信機器)
・Digital Enterprise Group (ビジネス向けコンピュータ&通信機器)
・Digital Home Group (デジタルホーム、家電)
・Digital Health Group (医療分野)
・Channel Products Group (チャネルマーケット)
・Sales and Marketing Group (セールス&マーケティング)
単純に見ると、お荷物と言われていたコミュニケーション系事業を解体分配し、医療市場とチャネル市場向けの部門を設立、セールス&マーケティングを分離しただけに見えるが、おそらくそうではない。組織変更の意図は、マーケット主体の組織に組み替えることで、ややもすれば動きが鈍いIntelという企業の体質を変え、マーケットに柔軟に対応できるようにすることだと推測される。
Intelは、これまでも製品計画やマーケティングを、従来の製品主体のものから、ユーセージモデル主体のマーケットドリブンなスタイルへと切り替えつつあった。今回の組織変更は、組織の大枠を組み替えることで、そうした方向性をより押し進めるものと考えられる。
また、このことはイコール、Intelの経営陣が、現在の組織のあり方に不安を覚えていることも示唆している。Intelは、主軸となるPC向けCPUでは過去2年の間に製品戦略を何度も変更、路線決定で揺れている様を露呈してしまった。
鳴り物入りでスタートした通信関連製品は、いまひとつうまくビジネスになっていない。また、サーバー製品ではIA-64が不振の状態で、この市場にAMDが足がかりを作るのを許してしまった。この状態を打破するには、組織をより柔軟な対応ができるように組み替えるしかないと、経営陣が考えたとしてもおかしくない。
社内体制を、製品系列単位からマーケット単位に切り替えるというのは、じつは、企業ではよくあるパターンのひとつだ。社員にとってみると、同じことをやってるのに、事業部が変わったりして、いい迷惑だが、経営者にとってみると、こうでもしないと図体の大きな会社は路線変更できないと考えるわけだ。
ちなみに、コンピュータ業界には、この手のドラスティックな組織変更を頻繁に繰り返す企業も少なくない。Microsoftが好例で、同社は大路線転換をする時には、ほぼ必ず、組織を大きく組み替え、目標にフォーカスするように作り直す。絶えず、組織が変貌しつつある“動”の企業だ。それが功を奏しているかどうかはさておき、この手の組織組み替えは、別段珍しい話ではない。
それでも、今回のIntelの組織再編が大きな意味を持つのは、Intelという企業は、そうした大規模な組織変更をあまり行なわない、どちらかというと“静”の企業だったからだ。これまでにもIntelは組織変更は行なっているが、今回のように抜本的な再編は、それほど多くはない。そのIntelが、ここまで抜本的な組織再編を行なうからには、よほどの気構えがあるということだ。そして、これが、Intelの次期トップである、Paul S. Otellini(ポール・オッテリーニ)氏(President, Chief Operating Officer)の望む組織であることは間違いがなさそうだ。
●Gelsinger氏がビジネス最前線に復帰
Intel Patrick P. Gelsinger CTO |
Intelの事業グループ再編成で、非常に興味深いのは各部門のトップ人事と、製品戦略の行方だ。まず、CPU的に面白いのは、IntelのPatrick P. Gelsinger(パット・P・ゲルシンガー)氏(CTO & Senior Vice President)が久々に最前線に復帰したこと。
Gelsinger氏は元々IA-32系CPUのアーキテクトで、そこからデスクトップ製品のトップに抜擢され、P6アーキテクチャ(Pentium Pro/II/III)以降のIntelの躍進を指揮した。ところが、その後、Gelsinger氏は事業部門からは外され、CTOとして研究開発部門を統括していた。元々アーキテクトなのだから適任と言えば適任だが、最前線からは退いた格好だった。
だが、今回の再編で、Gelsinger氏はDigital Enterprise Groupを率いることになり、再び戦場に戻ってきた。ちなみに、Intelでは昨年5月に、EPG(Enterprise Platforms Group)トップのMike Fister氏(Senior Vice President, General Manager, Enterprise Platforms Group)が辞任。エンタープライズ部門では、大物幹部が不在に近い状態になっていた。
Gelsinger氏は、現在は熱心な「スレッドレベル並列性(TLP:Thread-Level Parallelism)」推進論者。Hyper-Threading、マルチコア、そして次はメニイコアを追求する路線の擁護者だ。彼が、このポジションに座るということは、大枠ではIntelのTLP追求路線が加速されることを意味するかもしれない。
ちなみに、Gelsinger氏が担当していた研究部門「Corporate Technology Group」は、Justin Rattner(ジャスティン・ラトナー)氏が担当する。Rattner氏も、メニイコア論者なので、この路線はIntelの中では健在だと思われる。
製品戦略面から見て面白いのは、モバイルとハンドヘルドが同じグループに再編されたことだ。Intelは、現在、新しい製品系列としてローパワープロセッサを開発している。これは、現在のモバイル系CPUよりも、さらに低消費電力を目標として、携帯機器への組み込みを狙った、新しいCPUだ。新しいMobility Groupは、コンピューティングデバイス向けCPUとして、Pentium M系だけでなく、この新しいローパワープロセッサも扱うことになる。両CPUの領域がクロスオーバーしてくる可能性もあるかもしれない。
□関連記事
【1月18日】【笠原】Intel、大幅な組織再編と人事異動を発表
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0118/intel.htm
【2004年5月17日】【元麻布】IA-64派のMike Fister氏が辞任
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0517/hot320.htm
【2003年12月18日】Intelの通信事業統合と人事
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/1218/hot294.htm
(2005年1月18日)
[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]