後藤貴子の 米国ハイテク事情

Betamaxスタンダードを残したGrokster判決
〜P2P裁判がデジタルコピーに与える影響





●Grokster判決で“技術革新に打撃”論が噴出

 P2Pソフト配布企業Groksterほかの、映画会社に対する著作権侵害裁判での敗訴が、米国で大きな波紋を呼んでいる。なぜなら、この米最高裁判決は、“P2Pがダメ”というだけでなく、“録音/録画に関係するあらゆる製品がダメ”という先例になる可能性があるからだ。

 HDDレコーダもiTunesのようなソフトも、みんな著作権侵害に問われるようになる、小さな企業なら訴訟費用負担に押しつぶされてしまう、あるいはそういうリスクを恐れて技術革新がストップしてしまうかも−−ネットやハイテク業界にはそんな悲観論があふれた。

 たかだか1社か2社のP2P企業の浮沈を超えて話が大きくなるのは、この裁判では、録音/録画製品全体を21年間守ってきた“Betamaxスタンダード”が、デジタル時代になって初めて真っ向から問われたからだ。

 Betamaxスタンダードとは、米国でビデオデッキBetamaxを製造/販売していたソニーが映画会社から訴えられた裁判で、'84年に最高裁が出した判決の骨子。簡単に言うとそれは、“コピー機が違法コピーに使われても、そのコピー機が合法コピーにも十分使える製品であれば、メーカー/ベンダーに責任はない”というもの(もう少し詳しい判決要旨は後述)。つまり、録音/録画製品が違法コピー“専用”でない限り、製造/販売は合法ということだ。

 米国の裁判では過去の判例は強力な影響力を持つ。そのためBetamax勝訴以来、あらゆる録音/録画ハードやソフトの正当性が認められ、さまざまな製品の発売がスムーズになった。今回の最高裁判事の一人Breyer判事の意見書を引用すればBetamax判決は、「VCR、タイプライター、テープレコーダ、コピー機、コンピュータ、カセットプレーヤー、CDバーナー、DVDレコーダ、mp3プレーヤー、インターネットサーチエンジン、P2Pソフトへのシェルター」となった。

 Grokster裁判でも、地裁/高裁の下級裁はBetamax判決に照らし、Groksterを無罪とした。そこで映画会社MGMらは、Betamaxスタンダードを見直せと最高裁に上告した。Betamaxスタンダードが覆されれば、これまでの逆で、多くのテクノロジーから法の庇護シェルターがはずれてしまう。Betamaxスタンダードが支持されれば、今後も継続して守られる。だから裁判は注目されていた。

 結果は、どうだったのか。

 今回、最高裁は下級裁判決を破棄し差し戻しした(判決文.PDF)。だが、その理由付けを見ると、Betamaxスタンダードはそのまま残し、今回のケースはBetamaxケースとは条件が違う、Betamax判決を参照したのは下級審の誤りだ、とした。どう違うかというと、ソニーには著作権侵害を意図的に促進した証拠がないが、Grokster(とMorpheusソフトの配布者StreamCast。ここでは話を簡潔にするためにStreamCastに関して述べられたことも、“Grokster”で代表させておく)にはある。だから、Betamax判決を盾にして、著作権侵害促進の証拠を無視してはいけない、というものだった。

 つまり、やりすぎたP2P企業は負けたけれども、Betamaxスタンダードは一応、守られた。それなのに技術革新がストップすると騒がれているのはなぜか。

 それは、結果的にソフト会社が負け、コンテンツ側が勝ったことで、これまではメーカーは“原則的に白”だったのが、“黒になる場合もある”と変わったからだ。ある製品や企業が黒か白かが結局、裁判所の判断次第になってしまったというわけだ。

 そのため、勢いづいたコンテンツ側からの訴訟が増える恐れが出てきた。テクノロジー企業は、製品差し止めを受けたり、多額の和解金を払わされたり、たとえ最終的に勝訴しても実質的なビジネスへのダメージにあえぐことになるかもしれない。あるいはそういう事態を恐れて、初めからある技術の開発をあきらめなければならないかもしれない。そんな懸念が出てくるわけだ。

 例えば法律学者のLarry Lessig氏はBusinessWeek誌のインタビューで「技術革新者は金をマーケティングや新技術にでなく法律家に注ぐことになる」と言っている。また、テクノロジー企業の団体Computer & Communications Industry Association(CCIA)も、「最高裁は自らのBetamaxスタンダードの意義を泥で汚した。以前は、古くさいビジネスモデルより新技術のほうに好意的だった法廷が、訴訟やコンテンツ権主張者の側にバランスを傾けてしまった」(リリースより引用)と痛烈に今判決を批判している。

●“グレー”になったわけではない

 でも、裁判所がどっち側につくかわからなくて状況がまるきりグレーになってしまったとか、裁判所がコンテンツ側についたとか見るのは誤りだろう。というのは、裁判所は掟に縛られていて、変わることができないからだ。

 Betamax判決もGroksterの下級裁判決/最高裁判決も、あらゆる裁判の判断と法律はすべて米国憲法から発している。憲法は法律家の法律だ。

 そして、フランス革命勃発の2年前に書かれたこの条文の第1条には、議会には、特許権と著作権を(一定期間)保障する権限がある、ただしそれはサイエンスや(有用な)アートの進歩を促進させるためだ、と書かれている。

「第8節 連邦議会は次の権限を有する。……(8)著作者および発明者に、一定期間それぞれの著作および発明に対し独占的権利を保障することによって、学術と有用な技芸の進歩を促進すること。(The Congress shall have power...... To promote the progress of science and useful arts, by securing for limited times to authors and inventors the exclusive right to their respective writings and discoveries;)」(訳は米国大使館訳をもとに後藤が作成)

 つまり、優れた学術(science)や技芸(arts)が公共に提供され世の中が進歩することに役立つなら、そのインセンティブとして発明者や著作者らに独占権を与えてよい、というわけだ。逆に言えば、学術や技芸を広める妨げになるなら独占権は与えてはいけない、ということになる。ここで言っている独占権は特許権や著作権のことだが、乱暴なのを覚悟して言えば、要はこれは、発明者や著作者の利益を守るということだろう。

 だから、その精神をBetamaxやGroksterで争われたことに当てはめると、“新しいテクノロジーが出てきて人々の役に立つかもしれないときには、そのメーカーの利益が守られるべし、でもそれによって世の中から素晴らしいコンテンツがなくなることになってはいけない”。逆も真で、“素晴らしいコンテンツを広めるなら、映画会社の利益は守られるべし、でもそれによって役立つテクノロジーを損なってはいけない”という掟があることになる。

 そういう目で見ると、Betamax判決のときからずっと、基本は変わらない。裁判官はこの掟を破れない。たとえ掟があいまいでも、それを使って天秤(バランス)を保つのが彼らの任務(まさに司法のシンボルそのままに)なのだ。判決要旨や裁判官の意見書にもそれは表れている。

 ということは、白黒の基準はそのままだから、テクノロジー対コンテンツの戦いがグレーになってしまったとはいえないだろう。ただし、議会を動かせば掟は変えられる。

●Betamax、Grokster判決に表れる憲法の掟

 では実際に、どんな判決や意見に、“権益より学術/技芸の促進優先”の掟が現れているか、少し細かく見ていこう。

■Betamax最高裁判決

 Betamax裁判では、映画会社が、Betamaxが著作権侵害に使われているからメーカーのソニーに二次的に法的責任があると訴えた。それに対する判決の要点はこうだ。

(1)Betamaxユーザの主な録画用途はTV番組をあとで見るための「タイムシフティング」である。このような非商業的なホームユースの録画はフェアユースであって著作権侵害ではない。また、タイムシフティングが著作権者に損害を将来与える見込みだという証拠はなく、逆に将来は相当数の著作権者がタイムシフティングに反対しなくなる見込みがある。だからBetamaxは「相当の非侵害使用の能力(capable of substantial noninfringing uses)」があるといえる。

(2)仮にこうしたホームユース録画が著作権侵害だったとしても、ソニーに法的責任はない。ソニーの広告は著作権侵害ができると明白な表現をしていなかった。また製品の販売以外、違法コピーしたユーザーと直接関わったこともない。製品を販売するときに、違法コピーに使うことも可能だとの推定的知識をもっていても、それだけで侵害に寄与したとはいえない。

(3)特許法では、「商業的大量生産品の販売は、合法的で異論の出ない目的に広く使用されているなら、あるいは単に相当の非侵害使用の能力があるなら、寄与侵害を構成しない」。著作権法と特許法は違うが、寄与侵害に関してはこの考えを当てはめられる。よってソニーは合法違法両方の用途のあるコピー機器を販売しただけなので二次責任なし。

 特にユニークなのは(1)だ。この当時はまだ、TVの家庭での録画自体が著作権侵害だと映画会社に訴えられていた。それに対して裁判所が初めてはっきりと、ホーム録画は侵害ではないと判断した(厳密に言うと、無料放送の録画だけが判断された)。

 しかも、ビデオデッキに「相当の(substantial)」非侵害使用の「能力がある(capable)」と判断したときは、当時実際に録画されていたテープや番組の数がどうかで判断せず(それで言うなら著作権者の同意を得ての録画は少なかった)、将来に新市場を作る見込みなどの“商業的重要性”までの含みを持たせて判断した。今から見ると、これは世界中の人々のライフスタイルを大きく変えた、革新的な判断だ。だが、そのときでさえも、裁判官の判断の基準は先に書いた掟を離れていなかったように見える。

 当時の最高裁の判決文(多数派意見書)には、こんな表現がある。

 タイムシフティングというホーム録画の目的は、「TV番組へのアクセスを増やすという公共の利益、つまり公共放送を通じて情報への最大限のアクセスを提供するという憲法修正第一条のポリシーに合致する利益に奉仕する」。「被上告人(映画会社)にビデオデッキ販売差し止めと機器販売に関するロイヤリティ徴収の資格ありとした高裁の判決は、もしこれが肯定されれば、被上告人の法定独占権の範囲を拡大し、著作保護の対象でない商業物にまでコントロールをかけることになる。そのような著作権の特権拡張は、議会によって授与された許可範囲を超える」。

 要は、“ホーム録画と録画機は公共の利益になるのか→なる”、“映画会社の言い分を聞いてホーム録画をやめさせることは芸術を広めることになるのか→ならない”ということなのだ。つまり、ビデオデッキという将来役立ちそうな新技術を妨げるから、今回は著作権者の権益を守らないよ、という判断だったということができる。

 ではGroksterを無罪とした高裁判決と、それを破棄した最高裁判決の場合はどうか。

■Grokster下級裁判決

(1)Groksterソフトでは、著作権者の同意を得たファイルや著作権のないファイルも多く交換されていた。つまり商業的にかなりの非侵害的使用が可能である。(つまり中立的製品である。)

(2)Groksterは中央サーバーを置くモデルをとっておらず、ユーザーの個々の実際の侵害行為を知っていたわけではない。Groksterは最初にソフトを配布した以外、ユーザーに関与していない。また、Groksterは用途のモニタリングやコントロールなどをする権利や能力も義務もなかった。(つまり販売する以外、違法コピーに関わっていない。)

(3)よってBetamax判決に照らし、侵害/非侵害両用できる製品を配布しただけのGroksterに責任なし。

■Grokster最高裁判決

(1)高裁はBetamax判決を、“相当の非侵害使用の能力がある製品なら、いつでもけしてメーカーに二次的責任が問われない”と読み取った。それは誤りだ。今回の場合のように、責任が問われる場合がある。製品の、侵害使用と非侵害使用の程度が問題だという議論もある。しかし今回は、Betamax判決に立ち戻って程度を問題にすることはしない。

(2)Groksterは、個々の侵害の詳細は知らなくても、ほとんどの交換ファイルが著作権侵害であることは知っていた。そして知っているという以上に、自らの利益のために、侵害的使用を誘導/奨励する意図が明白な表現や行動があった。Groksterはまた、フィルターツールを開発するなどの、侵害を減らす努力もしなかった。

(3)つまりGroksterは、単にユーザの著作権侵害の推定的知識をもって製品配布していただけにとどまらない。よってGroksterには著作権侵害ユーザーに対する二次的責任が問われる。

 “Groksterは行きすぎて芸術を広められないようにしてしまったか→した”というわけだ。

●意見書に見える、新テクノロジーへの期待

 でもここのポイントはやはり(1)だ。実は、Groksterケースが最高裁に上告されたとき、どの程度の合法コピーができる製品なら、Betamaxスタンダードでいう違法合法両用可能な製品に当てはまるのかが問題になっていた。

 Betamaxスタンダードでは、「相当の非侵害使用の能力」がある製品はOK、ない製品はダメと言いながら、上に書いたように、“数だけじゃない、将来が見込めるといった、「商業的に重要な非侵害使用」の能力も入るんだ”として、実際にはかなり、テクノロジー側が有利な論を展開しやすい状況を作っていた。そこで、映画会社は、Groksterの製品は侵害使用が割合からも数からも圧倒的で非侵害は少しだ、と主張。それに対し、Grokster側は、これまでデビューできなかったアーチストの音楽が人気になるなど、「商業的に重要」なものもある、と反論。双方が、スタンダードを修正するなり解釈を示すなりして、もっとはっきりさせろと迫っていた。しかし、最高裁は程度問題には踏み込まない、と突っぱねたのだ。

 なぜスタンダードに手を加えなかったのか。

 1つには裁判所自身が、“法廷は新技術の判断にそぐわない”と思っているからだろう。詳しい引用はしないが、この意識はさまざまな判決や意見書の中に出てくる。

 意見書の中などで、裁判官らは“新技術についての判断を法にどう適用するかは議会に希望”といったことをよく言っている。裁判官ら自身、時代遅れのマニュアルを与えられて困っているのだ。裁判の増加を恐れる米国のテクノロジー産業はおそらく今後、唯一、憲法や法律を変えられる議会へのロビー活動に邁進することになると思われる。(むろん、コンテンツ産業も応戦するだろう。)

 もう1つは、早い話、最高裁内部で意見が割れたからだろう。

 米国の裁判システムの面白いことの1つなのだが、判決(『判決要旨』と本文である『裁判所の意見書』で構成)の後ろには、マイナー意見書が付く。最高裁は判事9人で構成しているので、多数派意見が判決本文となるのだが、それと論の異なる少数派意見も、判事の名前入りで公開されるのだ。内部の対立意見までわかれば、次に裁判に関わる人たちには大いに参考になる。次にはそれが多数派意見になる可能性もある。なかなか公平な、気持ちのいいシステムだ。

 さて、それを見ると、今回の場合、判事らが3対3対3に分かれてしまったことがわかる。もちろん判決結果としては全員一致でGrokster敗訴だ。しかし、『裁判所の意見』は程度に触れなかったのに対し、2つめのGinsburg判事グループは、Groksterソフトには「相当の非侵害使用」や「商業的に重要な非侵害使用」の証拠が不十分と言い、また3つめのBreyer判事グループは、いやGroksterの非侵害使用は十分、Betamaxのときの状況に匹敵すると言っている。

 Breyer判事は、P2Pソフトの合法的使用に新しい市場ができつつあるとして、こう言う。

 「ホームビデオレンタル産業がVCR向けに発展したように、P2Pソフト向けに発展する、今は予見できないほかの非侵害的使用があるかもしれない。しかしそのような使用の、今予見できる発達だけでも、これに推定10%の非侵害ファイルをあわせれば、ソニースタンダードに適合するに十分だ。もちろんGroksterは、こうした他の非侵害的使用を発展させたくはないかもしれない。しかしソニースタンダードは、この世界のGrokster−−少なくとも今日の判決によって法的責任が問われやすくなる−−を保護するのでなく、技術発展をより一般的に保護しようとするものだ」。

 一見、テクノロジー企業へのエールかとも取れるような意見。しかし、そんな意見も、そしてそれに対立するかに見えるGinsburg判事の意見も、すべては「学術や有用な技芸の進歩を促進」すべしという掟から発されているのだ。

 その時々の裁判の結果だけを見ると、グレーだとも、どちらかに傾きすぎとも見える。だが裁判官に与えられた掟の側から見ると、基本は建国時に明示された文ただ1つ。ルールは意外と明快、となれば、誰もが、自分の納得のいくプレイのしようもあるだろう。

□Grokster裁判判決文(英文、PDF)
http://a257.g.akamaitech.net/7/257/2422/27jun20051200/www.supremecourtus.gov/opinions/04pdf/04-480.pdf
□Larry Lessig氏BusinessWeek誌のインタビュー(英文)
http://www.businessweek.com/technology/content/jun2005/tc20050629_2928_tc057.htm
□CCIAのニュースリリース(英文)
http://www.ccianet.org/modules.php?op=modload&name=News&file=article&sid=590&mode=thread&order=0&thold=0
□関連記事
【6月28日】米最高裁、P2P企業のGroksterらに著作権侵害の責任追求を認める逆転判決(INTERNET)
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2005/06/28/8171.html

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(2005年7月11日)

[Text by 後藤貴子]


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