後藤貴子の 米国ハイテク事情

ブロードキャストフラグ敗退。コピーフリーになった米DTV




●日本とすごく違う状況になった米国の地上波DTV

 米国の地上波デジタルTV(DTV)が当面ずっとコピーフリーで行くことになった。違法コピー防止策「ブロードキャストフラグ」が、裁判所の判決により無効になったからだ。

 今現在、米国の地上波DTVには何のコピー防止もかかっていない。この7月から出荷するAV機器を全部「フラグ対応」にして防止するはずだったのだが、それがとりあえず消えてしまった。むろん、コピーした番組をネットに上げれば放送局などに訴えられるだろうが、アンテナから地上波DTVを受信する場合、個人でのデジタルコピーはし放題がしばらく続くことになる。B-CASカードやコピーワンスで固められた日本の地上波DTVとは方向が180度違うものとなった。

 フラグは日本のB-CASやコピーワンスよりも消費者に優しいルールに見えたのだが、それでも消費者団体などに訴えられ、負けた。フラグを設定する権利が政府にはないと、根本から足をすくわれたのだ。規制を嫌う米国の風土と活発な市民運動に、政府が負けた格好だ。いったい今後の米国のDTVはどうなるのだろう。

 まず、何が起きたのか、裁判への経緯を振り返ってみよう。

●ブロードキャストフラグ:標的は大量ネット配信

 2003年11月に米政府のFCC(連邦通信委員会)がルールを発表したブロードキャストフラグは、正確に言うとコピー防止でさえない。音楽で言うとかつてのNapsterによるファイル共有のような、デジタルコンテンツのネットへの「無差別再配信」、「大量再配信」だけを防止する方策だ。

 フラグのルールでは、放送局は、無差別再配信不可の番組の電波信号にはフラグを立て、OKの番組はフラグを寝かせるようにする。そして今年7月1日以降出荷される、DTV放送を受信できる機器(TVチューナ付きPCを含む)は全部、FCCが認可した技術でフラグの有無を認識し、フラグ有りならフラグ対応以外のデバイス(既存のPC等)にはデジタル出力できないようにする(解像度を落とす場合は除く)という仕組みだ。

 つまりホームネットワークのフラグ対応機器間ならコピーも移動も自由。解像度を落とす場合も自由。また、6月までに出荷するDTVやDVR(デジタルビデオレコーダ)は放置、アナログ出力も放置という、日本から見るといい加減といってもいい方策だった。

 しかもFCCは、インターネットを通じても限定少数への配信ならOKという姿勢も明らかにしていた。昨年8月、FCCは米国最大のDVRメーカーTiVoのTiVoGuardという技術をフラグ対応と認めた。TiVoは加入サービス式のDVRで、TiVoGuardを使うと同じサービスアカウント(料金が同一のクレジットカードに請求される)のDVR最大約10台に、録画したDTV番組の転送ができる。MPAA(全米映画協会)などは、これはTV番組をローカル市場を超えて流通させることになり、TV放送のビジネスモデルと著作権の上から問題があると反対していたのだが、反対は通らなかった。ごく限定された形だがネット配信も認められていたわけだ。

 なお、同様に中間認可を受けた技術には、Windows Media DRMや、ソニーのMagic Gate、IntelなどのDTCPなどが含まれていた。

●告訴:FCCに権限無し

 このような“優しい”ルールだったのにもかかわらず、ALA(米図書館協会)などの図書館関係団体、Public Knowledgeなどの言論団体、Consumers Unionなどの消費者団体はブロードキャストフラグに異を唱えた。それぞれの理由は、非営利教育機関は遠隔教育のためにデジタルコンテンツをネット配信する権利が認められているのに、フラグはそれを侵害する(図書館関係団体)、消費者が家庭でコンテンツをどう使うかに制限が課されるべきでない(言論団体)、フラグ対応強制でAV機器の互換性が悪くなる(消費者団体)などだ。そして、彼らは共にFCCを訴えた。この訴えの根拠がふるっていた。それは、

(1)FCCの権限は'34年通信法とその改正条項により規定されているが、その法に照らすと、法を定める議会からの委任なしにFCCがフラグを採用する権限はない。なぜなら法は、FCCが家電等の設計に強制をかけること、著作権ポリシーを採用することを認めていない

(2)仮に権限があったとしても、そのやり方は恣意的で気まぐれなので違法である。FCCはフラグのルール作成時に、コンテンツの無差別配信がコンテンツ企業に損害を与えるという証拠を提示していない。仮に証拠があっても、フラグはその問題を解決しない

というものだ。

 現地時間5月6日、米連邦控訴裁は訴えを認め、FCCがフラグ対応デバイスの強制によって放送電波受信後の消費者の行為を規制するのは、FCCに認められた権限の範囲を超えていると断じた。

 この判決で、DVR、DTVを作る家電業界やPC業界はフラグ対応のデッドラインが消えて一息つくことになった。逆に米放送業界、コンテンツ業界は、地上波DTVのコピー防止策を練り直さねばならなくなった。CATV、衛星放送はとりあえず無関係だ。

●なぜFCCが負けたのか

 なぜ米国ではこんな経緯となったのか。裁判に関して思い当たるのは、原告団体や世論の性格や力が日本と違うことだ。

 まず、この判決で目を引くのは原告団体の多さと強さだ。図書館関係の団体5つ、ネット上の市民権に関して非常に活動が活発なPublic Knowledge(以下PK)とElectronic Frontier Foundation(EFF)、やはり活発な消費者団体Consumer Federation of AmericaとConsumers Unionの合計9団体が原告団となっている。

 日本にはPKやEFFほどの言論団体はないし、B-CASなどの問題について日本の主婦や公立図書館司書の団体が大きく動くこともない。動いたとしてもすぐに告訴にはいかないだろう。ところが米国では2003年11月のフラグルール発表後、2004年1月末にはもう上記9団体が一致団結で告訴だ。ファイティングスピリッツがまるで違う。

 というより、おそらくは法廷に戦いを持ち込めるだけの財力がある点も違うのだ。PKによれば、この裁判で原告団体は、過去にもFCC関係の案件を扱ってきたワシントンDCの一流弁護士事務所を雇った。フラグを覆すのにFCCの権限を問うところから攻めるなどという戦法をとれるのは、やはり弁護士の知恵のおかげだろう。

 ポイントは、今回の原告団体だけが浮いた存在なのではないということだ。米国の公益団体・市民団体は一般に、日本の団体よりお金にも人手にも恵まれているように見える。というのも、米国では、自分が賛同する団体へのボランティアや寄付が、中流以上の人々にとっての大事な社交活動になっている感がある。日本のムラ社会で、皆がなんとなく祭りの準備に参加したり寄付したりするのと同じような感じだろうか。その結果、日本だと一部の人が手弁当で頑張るという世界だが、米国ではこうした団体がすぐ組織化し、常任スタッフを置いたり資金集めのイベントを開いたりと展開していく。

 また、政治的問題に関しても日本と比べ、人々との“近さ”が違う感じがある。例えば米国では選挙のたびごとに、問題ごとに是非を決める直接投票「プロポジション」が数多くあり、誰もが自分はどう決断するかが問われる。バッジやリストバンドなどで自分の意見をアピールする人も多い。つまり、日本だと個人も団体もできるだけノンポリでいようとするのに対し、米国では市民団体がごく自然に、政治に関わるようになる。こうした、もの言い、よく動く団体と人々の頂点に、今回の原告団体と告訴があるのだろう。

 もう1つ勝訴に結びついたと思われるのは、連邦政府の規制を嫌う一般的な風潮だ。自分たちが代表を送る議会や、せいぜい州政府ならまだいいが、連邦政府はできるだけ小さくなっていてほしい、という感覚だ。また保守派は特に、政府が米国企業の自由競争を阻むのを嫌う。だから原告側もFCCの権限逸脱を告訴理由に打ち出し、世論、および、一般に地裁より保守的と言われる控訴裁を味方につけるよう図ったと思われる。報道によれば、控訴裁判事の一人は審理中にも「FCCは次は洗濯機を規制するつもりか」と不信感を表したという。思惑は十分成功したようだ。

 もちろん、消費者に加え、家電・PCメーカーも、フラグ対応を進めながらも規制には反対だった。だから、この裁判に関してFCCの味方は、放送業界とMPAA(全米映画協会)などのコンテンツ業界しかなかったわけだ。またついでながら、FCCの前トップ、パウエル氏は長らく手腕を疑問視されていて、トップ交替があった。そんなこともFCCの戦うパワーに多少は関係したかもしれない。

●ケーブルのコピー防止も今後は問題に?

 ところで現在、米国の7〜8割の視聴者はケーブルや衛星放送経由で地上波DTVチャンネルを見ており、ケーブルや衛星放送はコピー防止をかけている。しかしこちらのコピー防止は言論団体などから問題視されたことはない。

 これについてPKの広報担当Art Brodsky氏は、「CATVは自前のケーブルを使い加入者を募っており、無料の公共電波を使う地上波放送とは意味が違う」と述べた。「ケーブルに再配信された地上波DTVチャンネルとアンテナ受信の地上波DTVでコピー防止が違うのは問題にならないのか」と聞くと、「確かに興味深い。今後は問題視されるようになるかもしれない。ただ、再配信が始まったのは2002年でまだ数年しかたっていないので、今までに問題になったことはない。それに今のところ多くの人はアナログで録画しているので実害も発生していない」と答えた。PKのような団体にとっては「公共の電波がプロテクトされる」ことは深刻だが、私企業と加入者間のことはあまり考えたことがなかったようだ。

●今後は議会に焦点。でもプロテクトには疑問符が

 さて、今後、米国のDTVはどうなるだろうか。

 判決後の原告団体のリリースの中でEFFの顧問弁護士は、「勝者は消費者と革新的な企業だ。もし議会がこの分野で法制化を試みることがあっても、ハリウッドに自分のTVを壊されたくないと叫ぶ、さまざまな消費者や技術者の声を議会は聞くことになるだろう」とコメントした。

 このコメントのとおり、今後の地上波DTVのコピー防止対策は議会に焦点が移ると見られている。FCCによる上告もあるだろうが、まず敗訴の原因となった'34年通信法の廃止でFCCの権限拡大を図ったり、ほかの防止策をとれる法案の提案/通過などを図るわけだ。でも議員はより消費者=有権者に近いところにいるから、すんなりとはいかないだろう。議会が「消費者や技術者の声を聞くことになる」とEFFの弁護士が示唆しているのもそういうことだ。

 となれば、今後かなりの期間、米国の地上波DTVはコピー防止(ネットへの無差別再配信防止)がないまま行くかもしれない。

●放送業界、映画業界はしぶとく生きる?

 ではもしコピー防止がないままなら、インターネットに米国のDTV番組やDTVで再放映された映画があふれることになるのだろうか。音楽業界が打撃を受けたように米国の放送業界や映画業界はメタメタになるのだろうか。

 コンテンツがあふれる可能性は技術的にはないわけではない。今はあまり普及していない米国のブロードバンドも、5〜6年後には普及しているかもしれず、技術進歩でPeer-to-Peerの手順も今よりやさしくなっているかもしれない。たとえフラグがあっても、前述したようにゆるいプロテクトなので、すぐに意味がなくなるかもしれない。

 だがそれでも、番組の違法コピーがあふれるとは限らない。あふれない可能性の1つに、MPAAが言うような、地上波DTVからまともな番組が消えるというシナリオがある。

 MPAAは判決後のコメントで、「フラグがないと、番組プロバイダは高画質デジタル番組を地上波に流すリスクが大きすぎると判断し、ケーブルや衛星放送など、よりセキュアな配信システムに限定するかもしれない」、「一部消費者の高画質デジタル番組へのアクセスが阻害され、DTVデバイドを作り出すかもしれない」と脅してみせた。つまり、地上波DTVではネットに再配信される価値のありそうなHDTV番組を流せなくなる、そしてケーブルや衛星放送に加入している人はそちらのチャンネルでHDTVを見れるが、地上波チャンネルしかない貧困家庭はHDTVが見れなくなるという(このシナリオの真実味はともかく、ここからわかるのは、映画業界は違法コピーの危険を避けるから損をしないということだ)。

 しかしほとんど逆の理由でDTVの違法コピーがネットにあふれたりしない可能性もある。

 まず、地上波DTVから見るに値する番組が消えるということはないのではないか。地上波チャンネルが自分の存在価値がなくなるようなことをするはずがない。人々が見たがる番組を作ることにかけて長いキャリアがある地上波放送局のことだ、ケーブルなどに対抗する番組構成を頑張るだろう。確かに地上波放送局に映画の再放映権が売られることは減るかもしれないが、もうすでに人気映画の再放映はケーブルや衛星の有料チャンネルの独占になっている。今でさえTVの目玉は映画ではなく、受動的に見る傾向が強いバラエティ、長くてネットからのダウンロードに適しにくい連続ドラマ、時事性の強いニュースなどだ。つまりネットへのコンテンツの違法流通をそんなに気にしなくてよいものばかりに思われる。

 また、たとえ連続ドラマやスポーツ中継などがTVでの放映後にネットに横流しされても、初回放送時に視聴率が稼げてスポンサーがついていれば、地上波放送局が壊滅的に打撃を受けることはないだろう。放送業界はコンテンツを売って成り立っていた音楽業界とはビジネスモデルが違う。もちろんDVDなどの2次収入は減るから番組制作会社などは地上波放送局に嫌気するかもしれないが、そこは交渉次第という気もする。また、iTunesのビデオ版のような、安くて合法的なコンテンツ流通が成功する可能性も大いにある。

 将来に対する想像はともかくとして、米国では7月になっても何の混乱もなくDTVやDVRの出荷が進むのは確かだ。デバイスが値上がる要素もなくなった。それは結局DTVの普及を早めるかもしれない。

 '98年にFCCが米国の地上波放送局に無理矢理DTV放送を始めさせた目的は、アナログ放送をやめて電波帯域を通信用に割り振りたかったこと、それに、日本のハイビジョン主導だった次世代放送規格を米国主導に変えたかったことにあるとも言われている。だとすれば、日本がDTV化に向かったことで1つの目的は達成した。残りの目的のほうも、日本のような誰も移行したがらないDTVよりは、スムーズに達成できるのかもしれない。

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【2004年4月28日】【後藤】“北風より太陽”によって米国でデジタルコンテンツとPCが栄える?
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【2003年12月26日】【後藤】なぜか日本よりゆるいアメリカのデジタルTVコピー規制
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/1226/high36.htm
【2003年3月20日】【後藤】DRMで攻防するPC&家電業界とハリウッド
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0320/high32.htm

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(2005年5月17日)

[Text by 後藤貴子]


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