ニュースでも取り上げられているが、ライブドアが山手線管内で公衆無線LANサービス「D-cubic」を開始すると発表した。ライブドアの公衆無線LANサービスは業界内では以前から噂されていたものだが、今回の発表でいよいよ料金やサービスのインフラ、それに将来像などが明らかになった。 詳細は関連記事に任せたいが、月額525円という価格にも、もちろんインパクトはある。しかし、やはり大量のアクセスポイントを電柱の上に取り付け、PHSのように面的にサービスエリアを展開する事で何が変化していくのかが興味深い。この秋までには、都内にホットスポットならぬホットエリアが生まれることになる。
●ビジョンよりも実践
しかしライブドアのこれまでの戦略を見ればわかるとおり、他社が実践してうまくいっているモデルに対して集中的に経営資源を投入するというやり方を実践している。それはポータルサイトとしてのライブドアのページを見ればよくわかるはずだ。ライブドア独自のサービスがないばかりでなく、各サービスのユーザーインターフェイスやデザインまで、他で成功したモデルを持ち込んでいる。 ある記者会見での事だが、“サービス内容だけでなく、見た目のデザインまでライバルに似ている。ライブドアのオリジナリティは何なのか”との質問が出た。ライブドアの堀江社長は「サービスにしろデザインにしろ、すでに成功しているモデルがあるのなら、それをマネする方が効率的だ。必ずしもそこで独自性を出す必要はない」と応じていた。 各所の発言や今回の発表会、発表会後にぶら下がって話を聞いてみたりといった場で感じていたのだが、堀江氏は技術的な背景をバックボーンに将来のビジョンを語るタイプではないようだ(どちらかといえば技術音痴な部分も見受けられる)。しかしインターネットによって変化してきた、あるいは今後変化しようとしているビジネスのルールに対しては敏感にそれを感じ取っているように見える。 だからこそ他の誰かがやった成功モデルを、素早く自社の戦略に組み込めてしまうのだろう。今回の公衆無線LANサービスも、驚くほど“ライブドアならでは”の具体的な戦略はない。そしてもちろん、お手本となるモデルが存在する。それはYahoo! BBだ。 堀江氏は発表会で「3年前に孫さんがADSLを安価に提供し、日本全体に世界でも類を見ないブロードバンドインターネットが広まった。今回は、それをモバイル環境で提供する」と話している。僕が今回のサービスについて話を聞いたのは先週の事だが、そのときに感じたのも、やはり“Yahoo! BBと同じ事を無線でやるのか”というものだった。 ADSLを安価に普及させたYahoo! BBだが、その営業戦略、ユーザーサポートなどは、いろいろな意味で物議を醸した。また本当にビジネスとして成り立つのか、といった疑問もあった。しかし結果論かもしれないが、Yahoo! BBのお金の使い方は正解だったとも言える。彼らはビジネスを軌道に乗せた上、日本のインターネットビジネスを変える事にも成功している。 現在、ライブドアには現金がある。その現金を何に利用するかといった時、インフラとしてきちんと残る公共性の高いサービスに注目し、ADSLを無線LANに置き換えてやろうとしたわけだ。ソフトバンクグループの方は、Yahoo! BBを軌道に乗せた後、常識的な節度ある会社へと変化しているように思う。
しかしライブドアには、そうした守りの姿勢がない。だからこそ、今回のような“やんちゃ”とも見える手法が取れたのかもしれない。ビジョンよりも実践、理論よりも実装。ライブドアの姿勢は、ある意味では正論、正攻法だとも言える。 ●“無線LANが当たり前”になることの副次効果
一部にはサービスエリア内のADSLユーザーなどが、既存契約をやめてD-cubicを使い始めるのでは、といった既存ブロードバンドサービスとの競合を指摘する。実際、指向性アンテナを窓際に置けば、十分にインターネットアクセスの足回りとして利用できそうだ。 しかし短期的には上記のようなケースが出てくるにしても、足下ばかり見ていては本質を見失う。 Yahoo! BBは、“引こうと思えば全国どこでも安価なブロードバンドインターネットが使える”という新しい常識を作り、それに他の接続業者も追随した事で、ブロードバンドを前提にしたさまざまなサービスやアプリケーションを生み出した。ライブドアのD-cubicに期待するのも同じ部分だ。 発表会ではパワードコム社長兼CEOの中根滋氏が出席し、企業向けサービスでの活用を行ないたいと型通りのコメントを寄せつつ、PLC(電力線ネットワーク)を用いて無線LANサービスを補完するようなソリューションを提案したいと話した。
D-cubicは電柱に屋外用無線LANアクセスポイントを配置するが、屋内となると窓際以外ではうまく使えないケースが多くなると見られる。地下街などのカバーをどのように行なうかも考えなければならないだろう。しかし、そのような場合にもパワードコムならばPLCを通じてのサービスが可能というわけだ。もちろん、当たり前に使うようになるには、PLCが十分に普及する必要があるが、数年といったレンジではサービスの幅を拡げる効果が期待できる。
ではどんな事が起きるのか。といっても、簡単に素晴らしい成功確実な事例など思いつくものではない(そんな能力があるなら、とっくに起業していただろう)。おそらくライブドアも、全く新しいビジネスにつながるアプリケーションを具体的に想定しているわけではないだろう。 誰にとっても便利なインフラをとにかく作る。初期投資は7億円、将来的には100億円を超える投資でワイヤレスでインターネットにつながる基盤を作り上げる。そこで何か新しい事を、きっといろいろな企業や個人がするに違いない。とにかくインフラが残る事業を、手元の現金でやってみることで次に繋げていこうという実践的なやり方は、さまざまな副次的効果を生むはずだ。 また無謀にも思える無線LANの面展開だが、通常のホットスポットサービスが、無線LANを設置する店舗にコミッションを支払い、引き込み回線の負担も行なっているケースが多い事を考えると、光ファイバーがすでに走っている電柱にアクセスポイントを置いておくというのは、意外に効率の良い方法という見方もある。
さらに定額・広帯域というネットワークサービスのトレンドを考えれば、カバーエリアの広いWANサービスはむしろ効率が悪い。有限の割り当て帯域の中で、定額・広帯域を実現するには、カバーエリアを小さくするに限る。エリアが狭いが故の優位性というのは、たとえばPHSなどとも共通する長所だろう。 ●モバイル機器のあり方も変化する
しかし実際の利用形態としては、PDAのような小型端末よりもパソコンを開いて使うことが多かったのではないだろうか。最近はたとえばYahoo! BBモバイルが駐車場サービスのタイムズに入り始めるなど、屋外での設置例も増えてはいるが、それも屋外で徒歩のユーザーが小型端末を使うのではなく、車で移動する営業マンなどが駐車スペースでインターネットに繋ぐために使われている。 これはおそらく“限られた場所でしか利用できないサービス”という宿命をホットスポットが背負っているからだ。カバーエリアがスポットからエリアになると、液晶パネルを開いてノートPCで腰を据えてインターネットを使うといった用途よりも、もっと気軽に携帯電話のネットワークサービスを利用するのと同じような感覚で利用するケースが増えてくると思われる。 すっかり一時の熱が冷めているPDA業界だが、あるいは無線LANの面展開がPDAにはプラスに作用するかもしれない。また“いったい何に使うの?”と実用面を疑問視される事も多いミニノートPCなども、その利用価値が現在よりも高まるはずだ。“いったい何に使うの?”と“どこでも何にでも使えそうだね”というのでは、天と地ほどの違いがある。 そしてもちろん、携帯電話型の端末への応用もずっと先には見えてくる(今までは入り口さえ見えなかったのだから大きな違いだ)。 材料も徐々にだが揃いつつある。 先週、アセロスコミュニケーションは、組み込み機器向けの無線LANチップ「AR6001X」と「AR6001G」を発表した。前者はIEEE 802.11a/g対応、後者は802.11g対応で、いずれもRFモジュールやRISCプロセッサを含むワンチップの無線LANソリューションである。BGAパッケージの他、ダイをフリップチップに実装するように直接基板へと取り付けるCSP(Chip Scale Package)でも提供される。 このチップは小型機器での無線LANを大きく進化させる潜在力を持っているようだ。内蔵RISCプロセッサで802.11プロトコルを完全に処理するため、モバイル機器内蔵プロセッサで802.11を利用する際の負荷を軽減できる。 またデジタル部では従来よりも積極的に細かなクロックゲーティングを行なったり、アナログ部も状態に合わせて電圧を昇降させることで、従来比1/2~1/3の省電力を実現しているという。さらにVoIPで利用する際には、APSD(Automatic Power Save Delivery)を用いることで、従来比1/6まで消費電力を下げる事ができる。 APSDとはVoIPのようなストリームデータを扱うプロトコルで、有効な省電力のスキームであり、802.11eのオプション規格として設定されている手法だ。通常、ランダムに通信が発生するケースでは、端末は常に受信データをモニタしていなければならない。しかし、APSDではアップストリームを発信すると、それに呼応してダウンストリームのパケットが発生する仕組みになっている。こうすることで、間欠運転で通信を行なうことで省電力化を図る。 技術的背景はさておき、AR6001シリーズのような組込用無線LAN機器の性能、省電力性が進化していけば、将来的には無線LANを常にオンにしていてもバッテリに対するインパクトがほとんどない、という状態にまで持ち込めるだろう。 屋外での無線LANインフラが整い、さらに無線LAN技術自身も小型デバイスでも利用しやすいものに変化していくとすれば、端末がノートPC中心からさまざまな形態へと多様化していくのは自明だろう。
具体的なアプリケーションがスグに思いつかなかったとしても、想像するだけでワクワクしてこないだろうか?
□関連記事 (2005年6月16日) [Text by 本田雅一]
【PC Watchホームページ】
|
|