Apple ComputerがPowerPCに代わってIntel製のx86プロセッサを使う。そんなスクープ記事を半信半疑で読んでいた人も多いのではないだろうか。しかし、その噂もだんだんと真実へと近づき、WWDC(World Wide Developers Conference)の基調講演でスティーブ・ジョブズ氏が「噂は真実だ」と話したことで肯定された。 それどころか、5年前にMac OS Xへの移行を開始した時点から、Intelアーキテクチャへの移行を強く意識していたという。これはおそらく真実だろう。Mac OS Xの前身であるNEXTSTEPには「NEXTSTEP for Intel Processor」というパッケージがあったし、AppleがNeXTを買収したあともWindows上で動作するWebObjectsを販売していたり、テストでIntel版のMac OS Xをビルドして研究していたとの話もあった。 ただ、もっとも大きな理由は消費電力に違いない。PowerPCにはなくて、x86にはあるもの。それは省電力を強く意識したプロセッサだ。この噂が出始めたとき、Appleは来年後半から移行を開始し、来年末までにPowerMacも移行するとのリークがあった。このスケジュールは、Intelの省電力プロセッサがリリースされるスケジュールとも重なっており、情報の確度が高いことを感じさせた。 では実際にこの大転換は成功するだろうか。 成功するかどうかはわからない。しかし、今回の変更はAppleにとって必要不可欠なものだったと見られる。しかもアーキテクチャ変更は用意周到に計画され、急に転換した一夜漬けの戦略ではないと伺える部分も多い。 ●Intelが目指すMeromな世界 来年の後半、Intelはアーキテクチャの大きな変革を行なおうとしている。かつてはデスクトップPC向けプロセッサをモバイルPC向けにアレンジしていたIntelは現在、モバイルPC向けに専用設計のプロセッサを提供している。しかし、来年後半に登場するMeromはモバイルPC向けを意識した省電力設計ながら、デスクトップPC向けの派生製品もリリースされるプロセッサとなる。つまり、モバイルPCを基礎にデスクトップPCでも使えるスケーラビリティを有するわけだ。 詳しくは後藤氏のコラムに詳しいため、ここでは詳細は触れないが、Conroeと呼ばれるデスクトップPC向けプロセッサは、Meromと基礎部分のアーキテクチャが共通と見られている。つまり消費電力あたりのパワーを、その時点での半導体製造技術に合わせて最適化した実効効率重視のアーキテクチャとなるわけだ。 Intelは徐々にではあるが、Pentium 4のNetBurstアーキテクチャに代表されるオレゴンの設計チームが作った作品をフェードアウトさせ、イスラエルのデザインチームが作った作品を主流製品へと置き換えていく。 面白いもので、開発チームの色というのは確実に製品へと反映されている。オレゴンチームが作ったPentium Pro以降の作品を見ると、16bit性能を切り捨てて32bitへと急進したり、効率が悪くともクロック周波数が向上しやすいよう極端に振ったアーキテクチャ(NetBurst)にしてみたりとかなり大胆なアプローチを好んでいるように見える。 対するイスラエルの設計チームは、幻のプロセッサTimna、そしてBaniasに見られるように、全体のバランス感覚に優れ、極端に尖ったアーキテクチャではなく、細かな実装面で優れた面を発揮しているように見える。細かな実装面での配慮は、独自のツール群にあるようだが、いずれにせよイスラエルチームは、消費電力とパフォーマンスの折り合いをどのように付けるのか、細かい実装の工夫が勝負の分かれ目となる今後のプロセッサのメインストリームを担うにふさわしいだろう。 ●符合するロードマップ MacintoshのIntelアーキテクチャ移行スケジュールとIntelの省電力プロセッサス ケジュールが重なっていると話したのは、このイスラエルチームが設計するMerom系 アーキテクチャの登場時期と重なるという意味である。 Meromは来年第3四半期~第4四半期、Conroeは来年第4四半期の登場が見込まれる。 来年登場すると見られる最初のIntel inside Macのスケジュールとは合わないが、 Appleのジョブズ氏が言う消費電力あたりのパフォーマンスに優れた製品が、 Merom/Conroeを示していることは明らかだろう。 今後、PC用プロセッサの能力はスイッチング速度よりも発熱の度合いによって上限 が決まってくるようになると考えられる。ジョブズ氏がその点を重視しているなら、 最重要視しているのはMeromを用いたPowerBookになると思われる。 しかし最初のIntel inside Macは2006年の6月。まずはこの時期にYonahベースのMac miniを発売するはずだ。iMacに関してはYonahではなくデスクトップ用のPentium Dか その後継、あるいはConroeのリリースに合わせての出荷となるかも知れない。加えて 開発者をターゲットにConroeの登場前に、PowerMacを投入するだろう。だが、クリ エーター向けの高性能デスクトップ機PowerMacが最終ターゲットにしているのは、 Conroeのマルチプロセッサ版ではないだろうか。クリエーター向けワークステーショ ンという位置づけのPowerMacの場合、現行機と同じならばローエンドモデルを除き基 本はマルチプロセッサになると考えられるからだ。 ジョブズ氏がインテルプラットフォームへの移行完了で目標にしている2年後。 Appleのプロセッサ移行は、ほぼオレゴンアーキテクチャからイスラエルアーキテク チャへ移行するインテルの転換と同期しながら進むことになる。 ●周到な準備 今回のIntelプラットフォームへの移行に関して、ジョブズ氏は5年もの間、継続的に取り組んできたことだとしている。ジョブズ氏がPowerPCに関して、あまり良い心証を持っていなかったことは、Apple関係者の間ではよく知られていたため、このこと自身はさほど不思議とは思わない。 MacintoshをPowerPCベースに移行させたのがジョブズ氏ではなく、同氏をAppleから追放したジョン・スカリー氏の施策だったというのも、PowerPCの継続に消極的になっていた理由かもしれない。消費電力あたりのパフォーマンスが直接的な移行の引き金になってはいるが、それだけならば5年も前から準備を進めてはいなかっただろう。 ジョブズ氏がスカリー時代の技術をことごとく否定して現在に至っていることを考えれば、PowerPCから別のプロセッサへと移行することにためらいはないだろう。何より開発コストを圧縮できる。2.3%のシェアしかないMac向けにシステムチップとマザーボードを設計しなければならないことを考えれば、x86へと移行するメリットは計り知れない。圧縮した分のコストを、Appleの得意な分野に投資して差別化することも可能だ。 そもそもMac OS Xは、異なるプロセッサのコードを1つのアプリケーションパッケージに収める仕組みを生まれながらに持っていた。NEXTSTEP for Intel Processorのリリース時に、その仕組み(FATバイナリ)を組み込んでいたからだ。 Mac OS Xの実行ファイルとして見えるアイコンは、実は「.app」という拡張子の付いたフォルダで、その中に実行バイナリやbitマップ、ユーザーインターフェイス定義ファイルなどが収められているが、実行バイナリが収まるフォルダはプロセッサのアーキテクチャごとに分けられている。 このほか、開発環境やクラスライブラリ、APIなども、プロセッサの実装に依存しないように配慮し続けてきたのだろう。基調講演ではMathematicaをIntelプラットフォームで動かすため、変更が必要だったコードがたったの12行だったと紹介されたそうだ。 MathematicaがVMX(AltiVec)を積極的に利用しているアプリケーションであることを考えると、何らかの方法でVMXをSSEに変換する仕組みも既に備えているのだろう。ダイナミックコードトランスレータのRosettaも、一朝一夕で組み込めるものではない。 開発環境も含めて、これだけの準備が進んでいるところを見ると、やはり用意周到に準備を進め、どのタイミングで切り替えるのが最適なのかをずっと待ちかまえていたと考えるのが妥当だ。そう考えれば、来年、Tigerの世代でいきなりIntelへの移行を行なえるという急なスケジュールも理解できる。 と、このように考えていくと、Mac miniをPCユーザーに対して強くアピールしたのも、Intelプラットフォームへの移行を見据えた大デモンストレーションだったようにも思えてくる。 ●残る疑問 もっとも、互換性のないプロセッサへの変更という大きな転換を行なうのだ。まだまだ隠し球があってしかるべしだろう。Appleは同じことを以前、680x0からPowerPCへの変更という形で行なっているが、そのころと今ではかなり状況が異なる。 Appleは移行初期段階で、MacユーザーがIntelプラットフォームへと移行して良かったと思わせる成果を製品として出す必要がある。加えていくつかの疑問に対して、明確な回答を用意しておかなければならない。 たとえばVMXは一部アプリケーションの速度向上に大きく寄与していたが、同等もしくはそれ以上の性能をIntelのプロセッサから引き出せるのだろうか。現行の命令セットでは、VMXと同等のパフォーマンスとすることは難しいかもしれない。もし引き出せるとするならば、IntelはMeromの世代でSSEのさらなる強化を実施するか、あるいはSSEの処理パイプラインを強化するなどの施策があるのかもしれない。 ではPowerPCコードのエミュレーション速度はどうだろう。PowerPCをサポートするハイパフォーマンスなエミュレーション環境と言えば、真っ先に思いつくのはトランジッティブの開発したQuickTransitだ。僕自身はエミュレーションのデモを見たことはないが、昨年9月の発表によると20%程度のパフォーマンスロスで異なるプロセッサのエミュレーションが行なえるとしている。 Appleの発表ではPowerPC互換を実現するRosettaは、ダイナミックなトランスレータとのこと。RosettaとQuickTransitの関係は不明だが、QuickTransitと同じようなリアルタイムのトランスレーションと最適化の仕組みがあれば、QuickTransitと同程度のパフォーマンスは期待できるかも知れない。 またIntelプラットフォームのMacintosh上でWindowsはインストールできるのだろうか。おそらくIntel版MacintoshはEFI起動のハードウェアになる。Mac OS Xを動かす上で、レガシーのPC用BIOSは不要だからだ。しかしAppleが組み込むファームウェアがWindowsのブートを意図的に禁止しない限り、EFI対応版のWindows(すなわちLonghorn)は動作するかも知れない。 もちろんIntel Virtualization Technology(VT)を用いれば、間違いなくWindowsが、それもかなり高速に動作することだろう。ちまたのショップでは、MacintoshにVT対応仮想マシンソフトウェアをインストールし、Mac OS X上でWindowsが利用できるようにセットアップしてから販売するところも出てくるかもしれない。 ●Intelへの移行は危険な賭か Intelプラットフォームへの移行は危険な賭だと評価する者もいるが、個人的には今、PowerPCプラットフォームから足を抜かなければ、Macintoshは今よりもさらに失速するだろうと思っている。賭ではなく、移行せざるを得ないギリギリのタイミングだ。 折しもPCの出荷台数でノートPCがデスクトップPCを上回ったというニュースが出たが、モバイルコンピュータ向けに最適化されたプロセッサがロードマップ中にないPowerPCプラットフォームでは、今後、どんどん厳しくなっていくのは目に見えている。そうした意味でも、Intelにとっても大きな転換となるMeromというタイミングはまさに絶妙と言える。 Intelばかりに需要が集まるのは危険と指摘する向きもあるだろうが、AppleがIntelプラットフォームに移動することによるプロセッサ業界への直接的なインパクトはさほど大きくない。IBMのPowerPC事業において、もっとも大きな顧客は任天堂。その次がプリンタベンダー、そして3番目がAppleだ。Intel側にとっても、2.3%のシェアしか持たないAppleへの出荷が、直接的に利益の押し上げ要因になることはない。 個人的にはいくつか主要なアプリケーションがネイティブ化されるのであれば、Intel版Macを入手してみたいと思う。Macをしばらく使ってみて思ったが、Tiger標準のアプリケーションが使いやすいため、購入しなければならないソフトウェアはさほど多くない。また無償で入手可能な開発環境でリコンパイルが可能なため、オンラインソフトの多くはすぐにIntel版が出回るだろう。 VTをうまく利用していれば、WindowsとMac OS Xを動的にスイッチしながら使うことができる。LonghornとLeopardを比べながら使うのも一興だ。理屈はともかく、個人的な興味をそそられる。もちろん、進化のスピードが極端に落ちてしまったWinodwsに刺激を与え、再び競争心を取り戻す刺激剤にもなってくれるかもしれない。 加えてノートPCにも、新しい風を送り込んでくれることを期待したい。近年のApple製品は、トータルのユーザー体験を非常に大切にした製品が多い。パッケージを開け、セットアップをして利用を開始するまでに、ユーザーがどのような体験をするのか。日常的に製品を使っていて、高い満足度が得られるか。そうした体験を上質に演出している。 低コスト化に伴う細かな部分の質の低下をPCに感じる昨今、Appleがプロセッサアーキテクチャの変更を行なってまで採用したいと考えた省電力プロセッサで、果たしてどのような製品を作るのか。それは今のPC業界にも良い刺激になるだろう。
□関連記事 (2005年6月8日) [Text by 本田雅一]
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