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SCEI 久夛良木社長インタビュー(3)
「PS3でNVIDIAと組んだ理由」




久夛良木健氏
●Cellベースのグラフィックスチップを採用しなかった理由

【Q】 PS3アーキテクチャで、昨年驚いたのはグラフィックスがCellベースのアーキテクチャでなかったことだ。なぜ、CellベースのGPUを作らなかったのか。

【久夛良木氏】 Cellの7個のSPE(Synergistic Processor Element)をグラフィックスに使うことはできる。実際、E3でのデモのいくつかは、グラフィックスプロセッサがない状態で、Cellだけでレンダリングまでのグラフィックスの全てをしている。しかし、そういう使い方は、もったいない。Cellには、もっと他にやることがある。

 Cellを2個載せて、(片方のCellをグラフィックス中心に使う)という案もあったが、コンピュータとしてのCellと、Shaderとしての機能とは重みが違うと考えて、止めた。ShaderはShaderで、徹底的に(グラフィックスに)特化した、あらゆることができるアーキテクチャにしたい。もっとも、例えば、ディスプレースマッピング(をSPEで行なう)といったこともできる。

 これまで(のリアルタイム3Dグラフィックス)は、それらしく見せても、実際に(3Dグラフィックス)空間の中では違う。それでも、今までの解像度ではよかった。今日の時点でも、Xbox 360で出ているゲームはほとんどが、そうした3Dだ。

 しかし、僕らは、きちんと(変成などが3D空間の中で反映される3Dに)したい。そのためには、可能な限り(CPUとGPUでデータを)共有したいという考えがある。だから、今回のアーキテクチャを取った。本来ならGPUとCellの浮動小数点ユニットは、精度からラウンド(丸め)誤差に至るまですべて同じにしたい。今回は、かなり近く、ほとんど一緒になっている。だから、お互い、双方向に(演算結果を)使うことができる。

●フルHDTVのためにeDRAMをやめる

【Q】 グラフィックスメモリはeDRAM(組み込みDRAM)を予想していたが、HDTV 2画面と聞いて、eDRAMにしなかった理由は納得できた。

【久夛良木氏】 本来、GPUにグラフィックスメモリがなくても、Redwood(CellとRSXを接続する高速インターフェイス)とYDRAM(XDR DRAMのコードネーム)で対応もできる。YDRAMはユニファイド(メモリ)になっているから。

 しかし、そうはいっても、(グラフィックスの)定型的な処理やShader(コンピューティング)をする場合に、遠い場所(のメモリにアクセスすること)で、(帯域とサイクルタイムを)ムダにしていいのかという問題がある。せっかくのCellの側の(メモリ帯域)を、定型的なタスクで使う必要はない。ShaderはShaderで、ものすごい量の演算をするから、そちらにもメモリの必要性がある。特に、フルHDTVで、2k×1k(1,920×1,080ドット)をプログレッシブで2画面以上扱いたいとなると、大量のVRAMが必要となる。

 そうなると、eDRAMは無理。eDRAMを使うのは、PS2の時はいい。でも、今回は2画面だけでも足りない。もし、(HDTVをサポートできる量の)eDRAMを200平方mmとか300平方mmとかの石の中に入れたとする。そうしたら、(eDRAMの面積のためにチップに搭載できる)ロジックがぐっと減ってしまい、Shaderの数が減ってしまう。それよりも、フルにロジックに使って、たくさんShaderを載せた方がいい。

●NVIDIAと共有する理想のプロセッサのビジョン

【Q】 そもそも、なぜGPUベンダーの中でNVIDIAと組んだのか。

【久夛良木氏】 これまで、我々は、コンピュータエンタテインメント用のグラフィックスを、東芝さんと一緒に自らやってきた。プロセス技術も含めて、とことんやった。そして、今回、コンピュータそのものをやるためにNVIDIAと組んだ。

 NVIDIAはPCグラフィックスをとことん追求して、Intelがプロセッサがやっていたことまで、Programable Shaderでやろうとしている。NVIDIAがプロセッサとしての機能や性能を追求するのは、デビッド・カーク(David B. Kirk, NVIDIAのChief Scientist)氏を含め、開発者がSGIなどさまざまなコンピュータ企業の出身者だからだ。彼らは、チップの大きさなどは気にせずに、やりたいことを思い切り追求したいという性格がある。時々、やりすぎることもあるが、カルチャーは僕らに似ている。

 NVIDIAのアプローチと僕らのアプローチは、最終的にはフルプログラマブルのプロセッサを、とことん追求しようという点で一致している。ジェンセン(Jen-Hsun Huang、NVIDIAの社長兼CEO)やデビッドとよく話をする機会があるが、その時に出るのが、理想のプロセッサやろうよという話。理想というのは、当然、現在のPC、いや、現在の全てのプロセッサを超えるプロセッサのこと。

 彼らはどんどんその方向に向かっており、その意味では、我々とビジョンを共有している。ロードマップも共有している。また、彼らは、我々のアーキテクチャからも影響を受けている。お互い気心が知れていて、同じことをやりたいと考えているから、NVIDIAと組んだ。

 もうひとつの要素は、ディスプレイが固定ピクセル系(液晶など)に移りつつある点。固定ピクセル系になったら、TVもPCも、すべてが融合する時代になる。だから、すべてを完璧にサポートしたい。

 PSとの下位互換性もそうだし、汚いレガシー(のグラフィックス)から最新のShaderまで全部サポートしたい。解像度はWSXGA以上のものをバシッと出したい。そうした時、我々がスクラッチ(ビルド)で作るより、(NVIDIAから)全部をバンと持ってきた方が早い。

【Q】 Microsoftは、Xbox 360ではATIのGPUがUnified-Shader型アーキテクチャを取った。プログラム性ではUnified-Shaderの方が先進的では。

【久夛良木氏】 ATIのアーキテクチャは、Shaderは共有でVertex ShaderとPixel Shaderが同一(アーキテクチャ)で、一見よく見えるけど、難しいと思う。例えば、頂点処理をした結果をどこに置くのか、それをどうやってShaderに(ピクセル処理のために)再び流すのか。どこかが詰まると、全部ストールしてしまう。絵に描いたものと実際とは違う。現実的な効率性を考えれば、NVIDIAのアプローチの方が優れていると思う。

PLAYSTATION 3
●互換性の維持はハードウェアとソフトウェアの組み合わせで

【Q】 過去のPlayStationとの互換性はハードウェアで実現するのか。

【久夛良木氏】 ハードウェアとソフトウェアのコンビネーションで取る。(ソフトウェアだけで)やろうと思えばどうにでもなるが、どれだけ完璧に近い互換性に追い込むかが大事。

 ソフトを開発している人は意外な、想像できないことをやってしまう。例えば、プログラムとして論理的でないけど、たまたま動いたといった。動いているけど、でもそれは全く別の理由で動いてたというようなケースがある。我々のテストもくぐり抜けて、「何だこのコードは!」みたいコードが通ってしまう場合がある。

 我々は、そうしたコードに対する互換性も取らなくてはいけない。しかし、論理じゃないから、(ソフトウェアだけで互換性を取るのは)ちょっと苦しい。ハードが必要になってくるのもある。でも、今回(PS3)くらいのパワーがあれば、あるところはハードであるところはソフトでといった対応ができる。

【Q】 CPU側のコードをソフトでエミュレートする場合にはCPUのエンディアンは。

【久夛良木氏】 Cellはバイエンディアンだから、どうにでもなる。

【Q】 Xbox 360はほぼソフトウェアだけで互換性を取る。彼らは、チップを自社で製造していないから、他に選択肢がないわけだが、どう見るのか。

【久夛良木氏】 Xboxは、新世代が今年の11月に来ると、現行のXboxは旧世代になる。そうすると、Xboxは自分で自分を殺してしまうことになる。それを救う唯一の方法は100%の互換性を初日から取ること。でも(Microsoftは)それをコミットできないだろう、技術的にも苦しい。

●SCEIとNVIDIAは似たもの同士

 久夛良木氏の言葉からは、SCEIとNVIDIAの結びつきには、単純にデバイス開発の取引以上の、企業の方向性やカルチャーの一致という要素があることが伝わってくる。両社とも、斬新なアイデアを好み、リスクテイカーで、コストぎりぎりまで機能や性能を追求する。常にというわけではないが、そうした性向が強い。また、両社とも、現在はプロセッサを追求する発想で一致している。

 GPUベンダーの中で、NVIDIAは特にプログラマブル化への指向性が強い。正確に言えば、ATI Technologiesや3Dlabsもプログラマブル化に強い指向を持っているのだが、NVIDIAが汎用性を高めることに一番アグレッシブだった。NVIDIAは、そのために、GPUのダイサイズ(半導体本体の面積)が肥大化し、製造コストが高騰することも辞さない。SCEIとしては、こうしたNVIDIAの指向性が、パートナーとして向いていると考えたようだ。

 現在、GPUはストリームプロセッシング(小さなプログラムピースで大量データをストリーム式に処理して行く)に特化したプログラマブルプロセッサへと猛進している。演算コアであるProgramable Shaderの汎用性を高めることで、グラフィックス以外の、より汎用的な処理もできるようにするわけだ。一方、Cellの基本思想も、ストリームプロセッシングに最適化したサブプロセッサを載せた汎用プロセッサというアイデアだ。汎用プロセッサを進化させて、今後重要となるストリーム型プロセッシングに向いた構造にする。言ってみれば、SCEIとNVIDIAは、同じゴールに別な方向からアプローチしつつある。そう考えると、SCEIとNVIDIAがビジョンで一致したというのは、不思議なことではない。両社の方向性に、理想のプロセッサという一致点があることも理解できる。

 久夛良木氏の説明からは、PLAYSTATION 3のグラフィックスアーキテクチャではいくつかの選択肢を検討したことが裏付けられる。まず、1個のCellプロセッサで、グラフィックス処理をやらせる案。Cellのデータ処理プロセッサコアであるSPEは、SIMD(Single Instruction, Multiple Data)型の演算ユニットを備えており、同じくSIMD構造のProgramable Shaderと基本的には同じことができる。しかし、Cellにグラフィックスをやらせることは、当然のことながら、CPUとしてのCellの性能を削ってしまうため、現実的ではない。

 次に、Cellを2個搭載して、片方のCellをグラフィックス専用に使う案。この案には、グラフィックス用Cellのアーキテクチャを拡張して、SPEをグラフィックス処理向けにする案も含まれていたと推定される。その場合は、グラフィックスの特定処理向けの演算ユニットの搭載なども行なわれただろうと推定される。もっとも、Cellベースのグラフィックスチップのプランは、かなり初期の段階で消えたと言われている。

 ちなみに、現在のPS3アーキテクチャでも、Cellをグラフィックス処理に使うことはできる。NVIDIAのKirk氏は、CellとRSXの組み合わせでは、3DグラフィックスのプリプロセッシングやポストプロセッシングをCellのSPEで行なえることも明らかにしている。例えば、頂点データを変成するDisplacement Mapping(ディスプレイスメントマッピング)などをSPE側で行なうこともできる。

 SCEIがRSXにeDRAM(組み込みDRAM)を載せなかった理由は、以前にも書いたとおりでサポートする画面解像度から明白だ。また、高いShaderプロセッシングパフォーマンスを実現するためには、eDRAMでダイ面積を消費するわけにはいかないと考えたこともわかる。これは、eDRAMの広帯域を活かした特殊なグラフィックスアーキテクチャを取った、PS2のGraphics Synthesizerとは根本的に発想が異なる。RSXで公開されている情報を見る限り、アーキテクチャ的には、NVIDIA色が極めて強い。

 SCEIは、PlayStation 2では旧PSのチップセットをサブプロセッサとして搭載することでハードウェアによって互換性の問題を解決した。これは、ハードウェアベースにしないと、ほぼ100%の互換性を確保できないからだ。ハードウェアを完全にソフトウェアでエミュレーションすると、膨大なCPUパワーが必要となる。これは、PS2のようにハードウェアの中身を公開して、開発者が自由にリソースにアクセスできるようにしたマシンでは、特にクリティカルだ。

 現在明らかなのは、PS3でも基本的に“完璧に近い”互換性を実現しようとしていることだ。そのため、PS3でも依然としてハードウェアベースでの互換性という方向は継続される。ただし、今回は、Cellの高プロセッシングパワーを活かして、ソフトウェアベースでの互換(エミュレータ)も取られる。わざわざCellをバイエンディアンにしたということは、CellでCPUサイドの互換性を取ることを意味する。IBMとの共同開発の初期段階で、SCEIは互換性のためにバイエンディアンが必要だと要請したと伝えられる。ちなみに、今回は、PS、PS2と2世代の互換性を実現する。PSとPS2の両方ともMIPSアーキテクチャのCPUを搭載している。

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【6月8日】【海外】SCEI 久夛良木社長インタビュー(1)
「PLAYSTATION 3でコンピューティングを変える」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0608/kaigai186.htm
【6月9日】【海外】SCEI 久夛良木社長インタビュー(2)
「PS 3のHDDにフル機能Linuxを搭載」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0609/kaigai187.htm

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(2005年6月13日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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