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助けて、大使。悪いのはインターネットじゃない




 『インターネット安全運動』というのが全国で展開されるそうだ。春の交通安全週間のようなものかと思って記者発表にでかけていったら、ちょっと違っていた。2005年度は、6月18日〜7月18日の1カ月間が集中期間とされ、安心できるネット社会の実現に向けた啓発活動が繰り広げられるという。

●最終的には直感

 インターネット安全運動は、企業、団体、政府機関等、官民が結束し、市民レベルのインターネット社会の安全対策運動として実施されるという。記者会見では、女優の奥菜 恵がインターネット安全運動大使に任命され、実行委員会委員長の土居範久(中央大学理工学部教授)氏から任命状を渡された。

 彼女のインターネット利用は2日に1回程度で、メールやショッピング、情報収集に利用しているという。以前から利用してはいたが、本格的に使うようになったのは結婚してかららしい。

 特に、ショッピングはお気に入りで、今はもう買えないものがないくらいに充実し、お店に行くよりも気軽に、日本に入っていない化粧品や、日本で買うと高いものを安く買ったりしているとのことだ。その他にも、普通に天気情報や時刻表などを調べられる点の便利さにも言及していた。ちなみに、彼女は、まだ、インターネットで被害にあったことはないという。

 インターネットで被害に遭わないためには、どうすればいいのかという彼女の質問に、実行委員長の土居氏はフィッシング詐欺などの事例を挙げながら、メールの扱いに対する注意を喚起、知らない人からのメール、心当たりのない相手からのメールは要注意で、絶対に開かないようにと注意した。

 その一方で、OSなどのセキュリティホールをきちんと埋めること、セキュリティ対策ソフトは確実に設定しておくことなどを推奨しながらも、これらは必ずしも安全を保証してくれるものではないことを指摘、最終的には怪しさへの直感が重要と締めくくった。

 こうした場所におけるこうした立場の方にとって、「最終的には直感」といったコメントは、なかなか出せるものではない。その言葉には格段のリアリティを感じた。

●犯人をつかまえるのは難しい

 彼女への説明の中で、土居氏は、インターネットでは犯人をつかまえるのはとても難しいことも説明した。つまるところ、自分の身を守るのは自分だけだということだ。これまた、深い言葉だ。

 春の交通安全週間が、ある程度の効果をあげるのは、スピード違反、駐車違反、酒酔い運転などの取り締まりが強化されるからだ。違反者は捕まりやすくなるし、取り締まりが強化されることを知っているドライバーは違反を自粛する。普段は路上駐車するドライバーも、その期間はコインパーキングを利用したりするわけだ。その結果、事故は減る。取り締まりの大義は、違反者をつかまえることではなく、違反をしてはいけないことを広く啓蒙することにあるのだ。

 インターネット安全運動の集中期間中、特にインターネット犯罪の取り締まりが強化されるわけではない。土居氏がおっしゃるように、犯人を捕まえるのは難しく、すなわち、見せしめとなる逮捕がありえない。強化だって難しい。だからこそ、この運動の主眼は、犯人を怯えさせることではなく、市民が被害に遭わないように啓蒙することにある。自衛の重要性を説くことに意味があるのだ。

 土居氏はこうもおっしゃった。インターネットは怖いところだから、そんなものは使わなければいいとはならない。それは、自動車は危険なので使わない、とはならないのと同じだと。

 つまり、そのくらい、インターネットはライフラインとして、情報伝達メディアとして一般的なものになっているということだ。それにもかかわらず、利用者の油断や無防備ゆえに事故が続出している。だからこそ、積極的な啓蒙活動が必要であるという論理だ。

●悪いのはインターネットじゃない

 電話が登場した結果、おそらく犯罪の手口はきわめて複雑化したに違いない。だが、電話が犯罪に使われたからといって、電話会社が責められることはない。脅迫電話や振り込め詐欺電話の内容をとりもったからといって、電話会社が悪いことにはならない。郵便でも同様で、脅迫状を配達したからといって郵便制度には何の責もない。通信とはそういうものだ。

 ところが、ケータイやインターネットは、どうも悪者にされやすい。もちろん、ならではの犯罪があちこちで起こっているからだし、匿名性が特に高いという点も問題にされやすい。でも、誤解を恐れずにいうならば、だからといって邪悪な内容を運んではならないということにはならない。この点に関しては、もっともっと慎重に考えなければ、憲法第二十条における「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを犯してはならない」という、ぼくらが大事にしてきた原則が失われてしまうことになりかねない。

 今、多くのプロバイダーでは、ポートの操作を日常的に行なっているようだ。攻撃が活発になりユーザーに危険が及ぶ可能性があれば、特定のポートを閉じてユーザーを守る。大義名分はユーザー保護にあるから、これは親切なように感じられるかもしれない。

 迷惑メールのフィルタリングサービスもポピュラーになってきた。特定の条件を満たすメールを迷惑メールと判別し、ユーザーのメールボックスに配信しないというものだ。こちらは、利用するしないをユーザー自身が決められるのでいいとしても、事実をしっかりと公表せずに、実は、特定のポートを閉じていて、ユーザーがそのポートを使った通信ができなくなってしまっているのはどうかと思う。キャリアとしては、あくまでも、トランスペアレントな通信を提供すべきであって、防御に関しては、ユーザーに選ぶ自由を残しておくべきだ。被害を未然に防ぐことはとても大事だが、被害に遭ったユーザーが、責の一部が自分にあることを実感できないのでは困る。

 インターネット安全運動は、迷惑メール、ネットオークション詐欺、ウィルス、自殺サイト、麻薬などの違法な商品の取引、個人情報の漏洩、さらに子どもたちの安全を脅かす幼児ポルノや出会い系サイトなど、重大な社会的問題が発生していることを事実として受け止め、インターネットを取り巻く環境の安全性を高めていくためには、IT関連企業の技術的な課題解決能力、行政の理解と支援、立法的・規制上の対策などの協力が不可欠としながらも、同時に国民ひとり一人が意識を高め、安全対策やモラルに関するルールやマナーを学んでいかなければならないとする。すなわち矛先は国民に向いている。悪いのはインターネットじゃないのだ。

 今の新宿・西口通路は、かつて、学生運動華やかりしころ、西口広場と呼ばれていたそうだ。夜ごと、いろいろな集会が行なわれ、活動の場として利用されていたらしい。ところが、当局は、広場を通路とし、そこで立ち止まることを禁じた。その結果、集会は締め出されることになってしまったという。インターネットがそうなってはならない。だからこそ、セキュリティ意識の改革に向けた啓蒙活動は重要だ。道路が危ないから外に出ないというわけにはいかないのだ。泥棒が怖いから家を留守にしないわけにはいかないのだ。

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(2005年6月10日)

[Reported by 山田祥平]


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