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本田雅一のE3レポート
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PS3発表で混み合うSCEIブース |
5月17日~20日(現地時間)開催
会場:LA Center Studios
昨日、PS3のデモシアター(このシアターを見なければPS3本体を見ることはできない)を見るには2時間以上待たなければならないと書いたが、二日目は午前中から3時間以上待ちという強烈に長い列となり、巨大なソニーブースを取り囲んでいたほどだ。
茶谷CTOに続き、株式会社ソニー・コンピュータ・エンタテインメント(SCEI)、社長兼CEOの久夛良木健氏に話を伺った。
久夛良木健 社長兼CEO |
【久夛良木】PS3はSCEIを設立した時に考えていた目標に、やっとたどり着いた製品です。我々はゲームをやるためにPlayStationを作っているのではなく、コンピュータの素晴らしいパワーをエンタテインメント、つまり娯楽に生かしたいと考えて会社を運営してきました。初代で3Dグラフィックチップを載せ、PS2ではエモーションエンジンを搭載した。PS3はゲームに偏ったアーキテクチャではありません。子供のためのコンピュータではないんです。我々の目標である、エンタテインメントのためのコンピュータと言う意味では、PS3のために1と2があったようなものです。
■コンピュータのパワーを楽しい事のために使う。娯楽のために設計したコンピュータを作りたいというのは、まさに初代PSが登場する頃によく出てきた話だと思います。その頃に思い描いていた事が、今回は実現できているということですね。
【久夛良木】これまでのPCは、道具としてのコンピュータでした。さまざまな考え方をメインフレームからPCへと移植してきただけです。このため、ある程度の性能が達成されてくると、デスクトップPCからノートPCへと主流が変化してきました。現在のPCは、ハードウェアもOSも仕事道具のために作られていますよね。
しかし仕事道具としてのコンピュータは成熟が進んでしまい、今度はMedia Center PCなどのメディア再生機能を搭載する方向に行きましたが、それはすでに家電がやっていたことを真似ているだけで、エンタテインメントのために作られているわけではありません。
それに対して、PS3はエンタテインメントを実現するために作ったコンピュータ。エンタテインメントというのはゲームだけではなく、さまざまな要素がありますが、それらすべてに対して有益な機能を提供できるようになったのがPS3です。
ではどのようなアプローチで、それを実現するのか。初代PSでは、SGIでやっていたこと(3Dグラフィックス)を家庭に持ち込みエンタテインメントとして持ち込めないかと考えたものでした。同様に、人間ではがんばっても絶対に出来ないこと。スーパーコンピュータじゃないと解決できないこと。コンピュータの力でロジカルにさまざまな世の中の見えないところを分析する技術を、家庭の中に持ち込んでエンタテインメントに使おうというのがPS3のアプローチです。
そのためにスーパーコンピュータを知るIBMと手を組んで東芝と3社合同でCellを開発し、NVIDIAと共同で新しいGPUを作りました。特にNVIDIAとは息が合い、ジェンセン(NVIDIA CEO)と将来のロードマップを描いたのですが、そのロードマップの入り口がRSXです。よく知らない人は、これがPC向けGPUの焼き直しだろうと思っているようですが、実はアーキテクチャ的には全く異なります。カーク氏(NVIDIAアーキテクト)も含め、NVIDIAの人たちは夢を描くのが好きな人たちばかりですよ。その部分で互いに共感する部分もあって、これからも新しい事をやっていこうと話し合っています。その一方で、NVIDIAのシェーダーならば、PC世界のさまざまなシェーディングプログラムとの互換性もあり、既存の資産を生かすこともできます。
■ソニーのコーポレート副社長を退任して以降、以前のような夢を追いかける姿勢が戻ってきたような気がします。
【久夛良木】コーポレート副社長という立場では、さまざまな担当製品について常に判断を下していかなければなりません。しかし今はPlayStationだけに集中してこだわることができます。これから製品を目にする機会が多くなれば、さまざまなところにコダワリを見つけることができるでしょう。
■以前、久夛良木さんはグリッドコンピューティングをひとつのアナロジーとして、PS3あるいはCellのコンセプトを話していました。その後、実際にCellがどのようなプロセッサなのかが明らかになってきましたが、Cell自身が持つネットワーク機能を用いたコンピューティングモデルは、将来、どのような形でゲーム機へと生かされていくのでしょうか。
【久夛良木】来年春、家庭の中にPS3という形でCellが入り始めます。その中には7個のSPEがありますが、ユーザーからは1個のハードウェアにしか見えないかもしれません。しかしPS3には最初からGigabit Ethernetが装備されていますから、1Gbpsの速度ならば自宅内のCellが増えることでスグにCellをつないでいくことができます。ホームサーバでもいいですし、PS3が増えていく形など、さまざまな形で家庭内にあるCellがネットワークでつながる環境が出来てくるでしょう。100Mbps程度の帯域ならば、インターネットを通じてつなぐこともできます。
■PS3自身には、そうしたCellコンピューティングのための“仕込み”は入っているのでしょうか。
【久夛良木】もちろん、PS3上で動いているCell OSの中に入れていきます。ご存じのように、Cellにはプロセッサレベルでセキュアな動作レイヤが設けられていますから、ネットワークを通じて接続している場合でも高い安全性を確保します。ネットワークでCellのパワーがつながっていく世界。その準備はきちんと進め、PS3の中に入ります。
■昨日、Microsoftのロビーバック氏の話を伺ったのですが、彼はXbox 360とPS3の違いについて、整数演算志向で対称型マルチプロセッシングという、汎用のコンピュータとして自然なコンピューティングパワー向上を目指したもの、PS3は浮動小数点演算の強化に特化したアプローチだと話していました。PS3の選択は尊重したいが、ソフトウェアベンダーでもあるMicrosoftからすれば、Xbox 360の方が使いこなしやすいといった視点です。
【久夛良木】通常の汎用プロセッサコアを並べて演算性能を強化するというアプローチも理解はできます。しかし整数演算性能を上げて向上するのは、一般的な情報処理アプリケーションだけです。汎用コンピュータとしての能力は向上しますが、エンタテインメントのレベルを変えることはありません。これに対してCellは、最初から“ジェネレート”、つまり何らかのバーチャルなものや現象をコンピュータ内に生成することを目的に作られています。
スーパーコンピュータと言うと、単純に“すごく速いコンピュータ”を思い浮かべる人が多いだろう。しかしスーパーコンピュータの多くは、さまざまな問題解決のための方程式を解くことに特化しており、汎用に使えるコンピュータを基準にしてアーキテクチャを見ると、イビツでバランスが悪く見えるものだ。
しかし最初から演算による問題解決やシミュレーションが目的なのであれば、汎用コンピュータのアプローチを取るよりも効率的で圧倒的に高速となる。つまり、スーパーコンピュータが必要な分野から見れば、汎用のアーキテクチャは無駄が多くバランスが悪く見える。これは切り口の違いであり、善し悪しを比較するものではないだろう。
ではエンタテインメントコンピュータ(久夛良木氏はPlayStationをゲーム機とは決して呼ばない)には、どのような性能が必要なのか。Microsoftは汎用コンピュータとしての能力の延長線上にXbox 360を持ってきた。対するSCEIはスーパーコンピュータのアプローチを取り入れた。この判断について、久夛良木氏は次のように話している。
【久夛良木】情報処理能力をひたすらに向上させ、それにGPUを組み合わせるというアプローチは、PCをTVに繋げるようにして筐体のパッケージを見直しただけで、コンセプトとして新しくありません。Xboxは初代機もそうした思想のゲーム機でした。しかし、我々はコンピュータによって実現するエンタテインメントの幅を今よりも大きくすることで、これまでは出来なかった未来を創り出したい。プレスカンファレンスでは物理シミュレーションで動くアヒルのデモをお見せしましたが、あれはまさに仮想世界をPS3の中に“生成”しています。
我々としてはMicrosoftがこの分野に投資することそのものは大歓迎です。しかし、今までのゲーム機の出力解像度を上げ、グラフィック機能を強化しただけでは、現状のゲーム機の世界を拡張することにはなりません。これでは初代Xboxの次世代機ではなく“Xbox 1.5”です。Microsoftも、既存のゲーム機ベンダーが行なってきたことを高性能なハードウェアで置き換えるのではなく、全く新しい分野を自らのオリジナリティで発見して欲しい。それならば“コンピュータを用いたエンタテインメント”の世界をともに拡げて行くことができるでしょう。
注目を集めるPS3 |
【久夛良木】細かなディテールにこだわって、1つ1つを練って実装していくのはSCEIの文化です。あらゆる部分にコダワリがあり、それはシステムのアーキテクチャの詳細な部分に反映されています。
たとえばRSXですが、これはNVIDIAのPC用チップの亜種ではありません。CellとRSXは密接な関係を持っており、両者ともメインメモリとVRAMに対して透過的にアクセス可能です。CellはVRAMに対してメインメモリと同じようにアクセスできますし、RSXもメインメモリをフレームバッファとして扱うことが可能です。主にどのような用途として使うかで、メインメモリとVRAMに分かれているだけで、その区別はありません。
このようなアーキテクチャにしたのは、CellとRSXの間で無駄なデータのコピーや演算をなくすためです。Cellでのシミュレート結果をRSXが直接参照したり、RSXがシェーディングした物体の形をCellが直接参照できます(注:PS3ではCellとRSXの接続は双方向に独立したバンド幅を持っているため、相互にメモリ参照しても衝突は起きない)。どんなにきれいなレンダリングや複雑なシェーディングを行なえても、シェアードメモリではこれはできません。
□E3Expoのホームページ(英文)
http://www.e3expo.com/
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【5月20日】【本田】SCEI 茶谷公之CTOインタビュー
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0520/e303.htm
【5月18日】【本田】リアルタイムシミュレーションのパワーを見せつけたPS3
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0518/e301.htm
(2005年5月21日)
[Text by 本田雅一]