“ポータル”という言葉は、Yahooや楽天、livedoorといったインターネット上でサービスを提供する企業サイトの“入り口”を示す言葉として使われているが、実はWindows XP Media Center Edition(以下Windows XP MCE)も、そのポータルを目指しているといったら意外だろうか。 だが、WinHECにおいてMicrosoftのWindows eHome 部門技術エバンジェリストのジョン・カンニング氏は「Windows XP MCEのオンラインスポットライトは、オンラインポータルとなる」と語っている。 これは決して誇張ではない。現在PC業界は、業界をあげてWindows XP MCEを、オンラインコンテンツにユーザーがアクセスするための入り口にすべく、動き始めている。それは、Microsoftだけでなく、もう一方の業界の雄であるIntelの動きともリンクしているのだ。 ●East ForkはWindows XP MCEの採用が必須要件に すでに本連載でも取り上げてきたように、Windows XP MCEは、米国でこそ順調に立ち上がっているが、日本では大手OEMベンダでの採用例は少なく、正直に言って順調とは言えない状況だ。だが、ある要因で、この状況も今年の秋には大きく様変わりする可能性がある。 その要因とは、Intelが計画している“East Fork”(イーストフォーク、プロジェクトコードネーム)だ。以前の記事でも少しふれたが、4月の上旬にIntelのEast ForkプログラムにおけるWindows XP MCEの位置づけが大きく変更された。以前は“奨励”扱いだったWindows XP MCEの採用が、“必要条件”に格上げされたのだ。OEMメーカー筋の情報によれば、IntelがOEMメーカーに対して、East Forkの条件にWindows XP MCEを採用することを条件にすると伝えてきた、という。 Intelは、East Forkプログラムの中で、ある一定の条件を満たした製品に対して、East Forkロゴプログラムを実施する計画をOEMベンダなどに明らかにしている。具体的には、デスクトップPCであれば、デュアルコアCPU、Intelチップセット、IntelのEthernetコントローラ、そしてIntelなどから提供されるデジタルホーム向けのソフトウェアをパッケージにし、その条件を満たすPCに対して今後発表される“East Fork”の正式ブランドネームをつけることを許可、PCにEast Fork印のシールを貼ることを許可するという計画になっている。 East Fork印をつけられれば、IntelがOEMメーカーに対して提供している広告費のキャッシュバックプログラムである“Intel Insideプログラム”のキャッシュバック率も向上するという具体的なメリットが存在するほか、Intelが巨額の費用(Intelの幹部によれば、Centrinoモバイル・テクノロジを上回る巨大なもの)をかけて行なわれるデジタルホーム向けのマーケティングキャンペーンにも参加できるようになる。 この、East Fork印のPCを名乗るために、Windows XP MCEを採用することが条件として追加されたのだ。 ●最初は“オプション”、最終的には“必要条件”へ East Forkプログラムにおいて、Windows XP MCEが必要条件(英語でいうとRequired)へと変更されるまで、実は紆余曲折を経てきた。 昨年の夏に、OEMメーカーに初めてEast Forkの概要が説明された段階では、Windows XP MCEの採用は“オプション”扱いだった。Windows XP MCEを採用してもよいけど、別に採用をお奨めするわけでもないというポジションだった。情報筋によれば、IntelはOEMベンダに対してLinuxの採用も検討していると伝えていたという。つまり、IntelはWindows XP MCEを採用するどころか、Windowsではないオプションも検討していたということだ。 ところが、この状況は1月頃から徐々に変わりつつあった。そのころからIntelはWindows XP MCEの扱いをオプションから“奨励”(英語でいうところのrecommended)に格上げしていったという。つまり、必要ではないけど、できればWindows XP MCEにしたほうがいいですよ、という扱いだ。まだ、この段階では、例えばWindows XP Home EditionやWindows XP Professionalに自社のユーザーインターフェイスを追加してというオプションは選択可能だった。 そして、この4月に再び変更され、必要条件に格上げされたのだ。これを受けて、IntelはOEMベンダに説明して回ったというが、日本のベンダからは反発もでているという。すでにWindows XP MCEに移行している米国のPCベンダはともかく、日本のPCベンダはWindows XP Home EditionやWindows XP Professionalに自社で開発した10フィートUIを組み合わせることで、すでに製品展開を行なっているので、仮にWindows XP MCEに移行するとなると、現在の自社製ユーザーインターフェイスを捨てる必要がでてくるからだ。 確かに、NECはMediaGarage、富士通はMyMedia、ソニーはDo VAIOという独自の10フィートUIを実装しており、仮にWindows XP MCEに移行するとすれば、それらを捨てるか、あるいはWindows XP MCEでもそれらを実装し続けるという苦しい選択を取らざるを得ない。 ●技術的な観点からのWindows XP MCEの受け入れ 問題は、なぜIntelがWindows XP MCEをEast Forkプログラムの必要条件にしなければならないかだ。業界筋は、IntelがWindows XP MCEをEast Forkの必要条件にした背景には技術的な問題と、政治的な背景の2つがあると指摘する。 技術的な背景としては、結局PCにおいてAPIを規定できるのはMicrosoftしかいないという事情があると考えられる。Windows XP MCEには、オンラインスポットライトという機能があり、ユーザーがメディアセンターのユーザーインターフェイスからリモコンでオンラインスポットライトを選択すると、Microsoftが提供するインターネット上のポータルサイトに接続され、そこからサービスプロバイダが提供するサイトへと接続し、コンテンツのダウンロードなどを楽しむことができるようになっている。冒頭で、Microsoftのカンニング氏が「Windows XP MCEはオンラインポータルだ」というのは、このオンラインスポットライトを指している。 Microsoftは、オンラインスポットライト向けのアプリケーションを書きたいサードパーティに対して、APIや開発環境の提供を行なっており、誰であってもオンラインスポットライトと互換性のあるソフトウェアを開発することが可能だ(ただし、オンラインスポットライトのポータルに登録してもらうには、Microsoftとマーケティング面での合意を交わす必要がある)。 IntelがEast Forkでやろうとしていることも、基本的にはWindows XP MCEのオンラインスポットライトと同じだ。リモコンを利用してアクセスできる10フィートUIから、ユーザーをサービスプロバイダが提供するサイトへと誘導し、コンテンツを楽しめるようにするというものだ。 そこで問題になるのは、どのようにすれば、サードパーティがそれぞれに互換性があるソフトウェアをかけるのか、という点だ。例えば、A社のPCにはB社のサービスは互換性があるが、C社のPCではB社のサービスが受けられないということでは、何の意味もない。そこで、ある程度の互換性を保てるように、サードパーティのソフトウェアベンダに対して開発環境やAPIなどの提供を行なっていく必要があるのだが、問題はそれを誰がやるかだ。となると、PC業界でそれができる会社は1つしかない、言うまでもなくMicrosoftだ。 政治的な背景を考えていけば、Microsoftにとって、オンラインスポットライトという機能をすでに提供しているのに、Intelが別の環境を提供すれば、Microsoftにとってのダメージは小さくない。だとすれば、シアトルの幹部がサンタクララにでかけていって何らかの話し合いがされたと考えるのは想像に難しくない。むろん、Intelの側も応じるからには何らかの取引が行なわれた可能性は高い。 例えば、3月に行なわれたIDF USで、MicrosoftはWindows Media DRMで、DTCP-IPをサポートすると明らかにした。DRM技術を持つMicrosoftにとってDTCP-IPのサポートは、DRMのライセンス料の減少につながるので、受け入れるとしてもできるだけ先延ばししたいはずだ。それなのに、この段階での早期受け入れ表明であり、筆者も驚かされた。その辺りで何らかの取引が行なわれたのではないか、と想像することができると思うのだが、どうだろうか。
●Windows XP MCEの要件への引き上げはデジタルホーム普及を加速する PC業界全体のデジタルホームへの取り組みという観点から考えれば、今回IntelがWindows XP MCEを必要条件に引き上げたことは、歓迎してよいことだと筆者は思う。 この連載でも繰り返し述べているように、PC業界の強みは、MicrosoftがWindowsを作り、ソフトウェアベンダが同じAPIを利用して互換性のあるソフトウェアを開発し、IntelやAMDがCPUを製造し、NECや富士通がPCを製造していくという点にある。そうした水平分業により、1社ですべてをまかなう場合に比べて進歩は早いし、競争も促進されるという面がある。 今回、East ForkにおいてWindows XP MCEが必要条件になったことで、ソフトウェアベンダはWindows XP MCEに対応したソフトウェアを書くことで、デジタルホーム向けのソフトウェアを作ることができる。それにより、対応したソフトウェアは飛躍的に増えていくことになるだろう。 現在、日本のPCベンダが行なっているような独自ユーザーインターフェイスの場合、ソフトウェアはすべて自前で書かなければならない。むろん、そうすれば他社に比較して魅力的なソフトウェアは作れるかもしれないが、高コストになってしまうし、加速度的に増えていくというわけにはいかない。加速度的に進歩して行くには、Windowsがそうであるようにエコシステムを構築して、各社がその下にぶら下がっていくという形が有利なのだ。 今回のIntelの決定は、デジタルホームの普及を加速することになるのではないだろうか。 ●次世代のWindows XP MCEでは柔軟な設計を希望したい ただ、むろん、Windows XP MCEにも問題がないわけではない。例えば、ユーザーインターフェイスがMicrosoftのものに固定されてしまい、各社の特色を出せないという点は問題だ。結局、NEC、富士通、ソニーといった日本のPCベンダ各社が独自の10フィートUIを開発した背景には、金太郎飴のようにどこのメーカーも同じような見た目になってしまうことを避けたいということも大きく影響している。現在の、Windows XP MCEは、スタート画面の色や背景も変更できないなど、各社の特色を出しにくいという問題がある。 やはり、日本市場で本格的に受け入れて欲しいとMicrosoftが本気で思うのであれば、メディアセンターを、ユーザーインターフェイスとセットにするのではなく、ミドルウェアとして提供し、コアエンジンはMicrosoftが開発するが、ユーザーインターフェイスや追加機能をPCベンダが開発できるような形に仕様を変えるべきだろう。 たしかに、米国のPCベンダにはこうしたニーズがない(逆にガチガチに規定されていることを米国のベンダは希望する)ため、現在のWindows XP MCEはそうした形になっていないのだと思うが、日本ではニーズが異なるのだ。DLNAが、ユーザーインターフェイスを規定しなかったから成功した、ということにMicrosoftも学んで欲しい。 すでに本連載でも説明したように、MicrosoftはWindows XP MCE 2005の後継として開発してきた“エメラルド”を、Windows XP MCE 2006としては提供せず、Windows Updateなどで提供するという形に変更することを明らかにしている。 エメラルドに関しては、East Forkに対応するための若干のアップデートにとどまると言われているので、おそらくエメラルドのタイミングでは日本のベンダの要求に応えることは難しいと思うが、Longhorn世代のMCEとなる“ダイアモンド”(開発コードネーム)では、ぜひとも日本の要求を取り入れて、日本のPCベンダも喜んで受け入れるWindows XP MCEとして欲しいものだ。 □関連記事 (2005年4月28日) [Reported by 笠原一輝]
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