2005年第2四半期から新生Lenovo日本法人としての活動がスタートする日本IBMのPC事業部だが、それに先だって既存機種のアップデートが行なわれた。 その中には息の長い人気を誇る「ThinkPad X31」の後継となる「X32」、薄型筐体をそのままにプラットフォームをIntel 915GMS(Alviso)ベースに移行し指紋センサーを内蔵させた「ThinkPad X41」もある。加えて従来の「X40」も継続販売されることとなった。また1.8インチHDD搭載モデルには新たに60GB版も用意される。 X41はAlvisoベースとなったことで、X40に比べバッテリ持続時間は21%程度短くなっているが、その代わりにシステムパフォーマンスは改善されているという。ExpressカードやシリアルATAを利用しない場合でも、内蔵グラフィックスやメモリ速度などAlvisoによるパフォーマンスの改善は存在するという。 これらの詳細は、別途、レビュー記事が掲載される予定だ。ここではX41が生まれた背景を中心に開発陣にお話を伺った。 ●XシリーズがAlvisoベースに移行した背景 インタビューに応じていただいたのは、日本IBMポータブルシステムズ第2ポータブル製品の枝沢徹氏、ポータブル製品開発機構設計主任開発技術担当部員加藤勝利氏、技術開発・企画 デバイス開発 係長格の朝倉孝之氏、ポータブルシステムズ第2ポータブル製品係長の福嶋利明氏、PC製品企画モービル製品企画プロダクトマネージャーの木村香織氏の5名。 いずれも商品の企画と実際の開発現場でX41を作り上げた人たちだ。別途、開発全体をコントロールしている担当者はあるが、今回はあえて開発現場からの声を中心に伺うことにした。 枝沢氏はエンジニアリングマネージャとして、X41の開発全体を見渡す役割。加藤氏は筐体設計。朝倉氏はドライバおよびBIOSまわり。福嶋氏はチップの省電力駆動や冷却ファンの制御、熱処理のソリューション。木村氏は商品企画を担当した。 さて本連載ではX40が登場した時にも日本IBMにインタビューをしている。当時はまだ低電圧版Pentium Mを採用するとの発表を行なっていなかったが、その後、超低電圧版とともに低電圧版プロセッサ採用モデルが登場。開発当初から熱設計電力の大きな低電圧版を前提とした開発が行なわれていた事が明らかになった。 当時、加藤氏はThinkPadのアイデンティティを保ちながら、いかに小さく/軽くを実現できるか、ギリギリの線を狙ったと話していた。しかし今回、X41では同じ形状を保ったままで消費電力の大きなAlvisoベースに移行している。 -X40を併売することを考えれば、Alvisoの持つPCI ExpressやシリアルATA対応といった機能を使わないのであれば、無理に消費電力の大きなプラットフォームに移行しなくても良かったのでは、という疑問もあります。企画段階でそうした議論は無かったのでしょうか。 「ThinkPadは世界中で販売される製品ですから、世界中のマーケティング担当者と連絡を取り合いながら、さまざまな要望を取り込んでいかなければなりません。そうした各国の担当者とのコミュニケーションの中で浮かんできたのが、Intel 915GMSをベースにしたアーキテクチャにすること、筐体のサイズは変更しないこと、それにバッテリ持続時間を(可能な限り)短くしないことなどです」 -ということは、まずチップセットを新しくするところからスタートしているということですか。 「ThinkPadシリーズ全体を見渡した時、TシリーズとXシリーズはこれまでも双子の関係にありました。TシリーズがAlvisoベースに移行するならば、インストールイメージの共通化のためにXシリーズにもAlvisoベースの製品が要求されるという背景があります。とはいえ、チップセットを変更して最新となりました、だけでは顧客に対してアピールできません。そこでマーケティングサイドからは、指紋センサーの搭載を開発サイドにお願いしました」 -X41はX40に比べバッテリ持続時間が20%以上短くなりました。価格面の違いもあります。顧客はどちらの製品を選ぶと思いますか。 「すでに一部の顧客には新モデルの情報を開示していますが、AlvisoだからX41がいいと話している顧客は今のところありません。しかし指紋センサーの標準搭載に注目している方は多いですね。個人情報保護法の施行もあり、セキュリティ機能に対する注目度は非常に高まっています」 「また内蔵グラフィックス機能のパフォーマンスなど、X41の方が上回る部分がありますから、顧客のニーズごとにどちらが最適なのかは一概に言えません。ただし実際の出荷量となるとX40の方が多くなるとは予想しています」 ●予想を大幅に超えていたAlvisoの熱 これまでデュアルチャネルメモリアクセスをサポートする915GM搭載機がいくつか登場しているが、X41よりもずっと大きなサイズの製品でさえ、熱処理には相当苦労している。ではAlviso搭載で薄型/小型化を行なうのは、なぜ難しいのだろうか? 「X41はX40とたいして変わっていないだろうと思われるでしょうが、実際にはかなり苦労しています。苦労の1つはAlvisoを搭載しなければならないことですが、もう1つは指紋センサーをパームレスト中央に置く事でした。まずAlvisoについてお話ししましょう」 「Alvisoが熱くなりそうだとは以前から予想していました。今回、新たにノースブリッジにまでヒートパイプを延長し、プロセッサとノースブリッジの両方をファンで冷却できるようにしています。ノースブリッジの消費電力はおおむね2倍に上がっていますが、これは予想の範囲内です。しかし予想を超えていたものもありました。それがサウスブリッジです」 「どの状態の消費電力かで数値は異なりますが、サウスブリッジのICH6はPCI ExpressやシリアルATAを使わない、つまり従来のICH4Mと同等の使い方をしていても10~20倍の感覚で電力を使います。I/OコントローラはI/Oアクセスを行なっていない時は、ほとんど電力を消費しないというのがこれまでの常識。しかしICH7はI/Oアクセスが全くない状態でも“ワット単位”で電力を消費します。バッテリ持続時間への影響ももちろん大きいのですが、冷却を行なわないと使えない点も従来との大きな差です。そこでX41ではサウスブリッジにもヒートスプレッダが取り付けられています」 -ノースブリッジとサウスブリッジ、その両方が大幅に熱くなると、単に熱を拡散するだけでは間に合わないでしょう。X41の場合、超低電圧版に加えて低電圧版Pentium Mでも動作する必要があります。X41はX40と同等の快適性を実現できたのでしょうか? 「熱がたくさん出ると言っても、お客さんに妥協を強いることはできません。パームレストや底面の熱は従来と同じ温度に抑えています」 ●快適性を維持したままフルパワーを -温度面でのAlvisoの影響はどの程度のものでしょう。開発初期段階ではどの程度、温度が上昇していましたか。
「通常、新しいチップセットやプロセッサに更新すると、開発初期に2~3度程度は温度が上がりますが、Alvisoの試作基板をX40の筐体に入れると10度近い温度上昇がありました。これをなんとか外に排出し、温度を抑えなければなりません。従来はシステムの熱くなる部分から空気を取り込み、ファンで排出する構造を採っていましたが、Alvisoを使ったシステムではあらゆる部分が熱くなります。そこで筐体内全体の空気が流れて排出するよう、エアフローの考え方を大きく変更しています。たとえば従来はCPUの真下に穴を開けていましたが、これをやめて筐体のもっと端の方に穴を開け、筐体内全体を空気が通過するようにしています」 -筐体内全体に空気の流れを作るには従来より空気流量の大きなファンを使わなければならないのでは? ファンの回転数などは上がっているのでしょうか? 「まず流れが淀まないようにしています。次にファン周辺のフィンを取り外し、回転数を上げています。フィンを外すと同じ騒音レベルでもファン回転数を高められます。ファン回転数を高めることができれば、エアフローも増加させることができる。またバッテリ駆動時とAC駆動時でファン回転数を変えたり、同じ温度時でもファンや各種チップの制御方法を変更したり、さまざまな工夫を盛り込みました」 「またパームレスト中央に指紋センサーを取り付けましたが、これによって熱設計も大きく変えざるを得ませんでした。指紋センサーがパームレスト部を分断するため、HDD部の熱が逃げにくくなったんです。そこでHDD部前面に穴を開け、空気の流れを作っています。このほかキーボードに落ちた水分を抜く穴がThinkPadにありますが、この部分の形状を工夫し、メイン基板上部の熱を空気の流れでメイン基板下に通し、排出するようにしています。これによってキーボードから上がってくる熱を少なくすることができました」 -結果的にフルパワーでもユーザーが感じる熱は従来と変わらない程度になったのでしょうか。それともストップクロックを入れるなどで、熱の発生をコントロールしているのでしょうか。 「小さく、薄い筐体に入れるため、速度を細かく制御するという方法ももちろんあるでしょう。しかし我々のポリシーとして、パフォーマンスを落とすという選択肢は採っていません。AC駆動時もバッテリ駆動時も、ユーザーがフルパワーで使う設定にすれば、いつでもプラットフォームの性能を安定的に発揮できるよう設計しています。消費電力を抑えたい場合はそうした設定も可能ですが、ユーザーが望むならフルパワーで動ける設計でなければなりません。カタログには表れない部分かもしれませんが、その点には強くこだわって作りました」 ●Yonahの世代でも小型/軽量シリーズは堅持する -バッテリ持続時間に関しては従来機に比べ20%以上も短くなってしまいました。大容量バッテリ時にJEITA測定法で5.5時間という数値は、Xシリーズがターゲットとするビジネスユーザー向けに十分な数字でしょうか。 「もちろん、長ければ長いほどいい、とは言えますが、企業顧客からはスペックで5時間以上というものが多く、その数値はクリアできました。もっとも、この数値も単純にチップセット載せ替えで短くなったのではなく、さまざまな工夫を積み重ねた上での数字です」 -具体的にはどのような工夫を行なっているのでしょうか。 「たとえばHDDの動作モード切替をより細かく行なったり、従来はSXGA+パネル搭載機でしか採用していなかった画面リフレッシュレートのダウン(50Hz)などを行なっています。さらにバッテリ駆動時、負荷が低い時にはリフレッシュを40Hzまでダウンさせる機能をインテルのディスプレイドライバ開発チームと相談して盛り込んでいます。大容量バッテリの丸形バッテリ部分も、2.6Ahの最新のものに更新しました。何も工夫せずに実装すると、旧プラットフォームに比べ4割近くはバッテリ持続時間が短くなりますから、20%程度という数値はかなり電力を削減した結果なんです」 -Alvisoには液晶のダイナミックレンジをやや犠牲にする代わりに、バックライトを低輝度にしても視認しやすく見せかける機能、Intel Display Power Saving Technology 2.0(DPST)が実装されていますね。これは使っていないのでしょうか。 「Alvisoに実装されているDPSTの消費電力削減は確かに大きなものです。しかし、液晶パネルの見え味が従来と大きく変化してしまいます。このため従来の使い勝手を維持するためにも、X41では採用していません。省電力化のためにできることはすべてやっていますが、ユーザーの体験レベルを落とすことは今後もやりません」 -現世代のIntelプラットフォームではサイズや薄さを維持できましたが、来年早々には次のプラットフォームもやってきます。さすがに次の世代では低電圧版を使うのは難しそうですね。次のプラットフォームに向けての展望は持ってらっしゃいますか? 「次はプロセッサとチップセットの両方が大きく変化しますが、そこでも低電圧版プロセッサをXの筐体に入れようとしています」 -次の世代、Yonahの低電圧版はデュアルコアになります。つまり次のXはデュアルコアにも対応できる薄型/軽量モデルという事でしょうか。それともサイズはやや大きくなるのでしょうか。 「すべての可能性を考えていますが、サイズや重量が増えるという選択肢は今のところありません。Xシリーズの需要は日本が中心でしたが、現在は日本以外の地域で出荷の伸びが顕著です。ワールドワイドでのニーズはサイズを維持し、重量も軽くしながら、さらにパワフルな製品をという方向ですから、デュアルコアは当然盛り込んでいくべき目標になっています」 □関連記事 (2005年4月21日) [Text by 本田雅一]
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