■ 第265回 ■
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World PC Expo 2004において、NECは昨年の同イベントに引き続き燃料電池搭載のノートPCを参考展示した。昨年は通常のノートPCに燃料電池ユニットを“付け足し”した構成だった。たとえば一連の起動プロセスで燃料電池の動作を開始してからPCの電源を入れなければならないなど、燃料電池ノートPCを一般展示するために“間に合わせた”感が拭えないものだった。
しかし、今年はきちんと一体化したシステムとして作り込んであり、ノートPCと燃料電池ユニットの統合もより進んでいるという。燃料電池自身の高性能化も合わせて施されている。
試作機やNECの燃料電池技術のユニークさについて、NEC基礎・環境研究所の統括マネージャ久保佳実氏にWorld PC Expo会場で話を伺ってみた。
●カーボンナノホーンの製造技術に基づいたNECの燃料電池
NEC基礎・環境研究所統括マネージャ 久保佳実氏 |
NECが燃料電池技術を発表したのは2001年8月30日の事だった。カーボンナノホーンを電極に採用する事で発電効率を上げ、当時、従来材料よりも20%増しの出力を得ていた。名刺大の小型燃料電池の試作も発表され「小型モーターに取り付けた羽根を回すデモを行なった(久保氏)」のが最初である。
カーボンナノホーンとは、カーボンナノチューブなどカーボンナノ材料の一種で、六角形のメッシュがホーン状に開いてたカップのような形状をしたものだ。NEC主席研究員の飯島澄男氏が科学技術振興事業団の国際共同研究事業、ナノチューブ状物質プロジェクトにおいて発見したもの。NECの燃料電池では、このカーボンナノホーンを用いることで、出力を高めることに成功しているのだ。
では何故、カーボンナノホーンを用いると燃料電池の出力が上がるのだろうか?
「燃料電池は触媒としてプラチナを用いますが、電極(カーボン)と触媒に燃料(メタノール)分子が触れる面積が大きいほど、(水素を取り出せる量が増え)発電量を大きくすることができます。カーボンナノホーンを用いると、白金をナノレベルで細かく分離して電極に付着されることが可能なため、燃料に触れる表面積を最大化できるのです(久保氏)」
カーボンナノホーンは、多数のカーボンナノホーンが集まって100nm程度の2次粒子を形成するユニークな性質を持っている。久保氏によると、ちょうどホーンが集まり「金平糖やイガグリのような形になり、そのトゲの間にプラチナが付着」するそうだ。
通常の炭素分子は表面が滑らかで滑りやすいため、プラチナを微細に加工して炭素分子に均一に付着させても一カ所に集まってしまい、メタノールがプラチナの周囲に効率よく浸透しにくくなる。しかし、“金平糖”型のカーボンナノホーンならば、プラチナは分離されたままで周囲にまんべんなくメタノールが浸透するわけだ。
こうした特徴により、NECの燃料電池は平方cmあたりの出力が高くなる。通常の電極素材は平方cmあたり10mW程度の出力しか出ないそうだが、昨年展示したノートPC用燃料電池では50mWを達成。さらに今年は40%の出力アップを果たし、平方cmあたり70mWにまで出力が増加しているという。このため、比較的小型の触媒でもノートPCを駆動できるだけの電力を供給できるようになった。
背面に250ccのメタノールタンクを搭載。やや厚ぼったいが、これはデザイン性を重視したためだという | キーボードはLaVie Jのものを流用。画面サイズも12.1インチだが中身は新設計 | 燃料電池搭載ノートPC向けにバッテリ管理ユーティリティも改良。画面右下がそのユーティリティだが、左側の数字がメタノールの残量 |
●1ccで1Whの効率が目標
単位面積あたりの電力供給が大きいNECの燃料電池だが、効率の方は現状、どうなっているのだろうか?
「今回、展示した試作機のメタノールカートリッジは250ccの容量がありますが、これで約10時間の駆動が可能です。バッテリ容量で言えば、およそ100Whぐらいでしょうか」
ちなみに現行のPC用リチウムイオンバッテリは、もっとも一般的な18,650セルの6本パックでおよそ50Wh。燃料電池と(充電が必須の)リチウムイオンバッテリは、その性質も使い勝手も異なるため直接の比較は無意味だ。しかし、リチウムイオンバッテリや類似する充電型の電池は1.5倍から2倍の容量向上が見込まれている。
「もちろん、250ccで100Whという数字は最終目標ではありません。我々がターゲットにしているのは、“1ccで1Wh”です。研究レベルですが、現在の2倍程度までは効率を上げられる技術が見えてきている段階です。若干の電力ロスを考慮しても2倍は行けるはずです。そのほかの改良と合わせて1ccで1Whを達成できると思いますが、当面は2倍の効率が目標になってきますね」
すでに見えているという2倍の効率を実現すれば、100ccで8時間程度の時間が達成できることになる。しかし、軽量なメタノールとはいえ、燃料電池の装置本体を含む全体のサイズが小さくならなければ、モバイルノートPCへの搭載は厳しいかもしれない。ほかの燃料電池に比べれば小型のNEC製燃料電池とはいえ、製品化に向けてはさらなる改良も必要だろう。
今回の燃料電池システムの仕組み |
「現在の触媒効率は70mWですが、これをさらに改良することも可能だと考えています。実は燃料電池はトータルのエネルギー効率(メタノールが持つエネルギーから取り出せているエネルギーの比率)は悪いんですよ。これは触媒での変換ロスが大きいためです。端子電圧も(現在の材料ならば)原理的に1.2Vになりますが、実際に取り出せるのは0.4Vぐらいです。触媒を改良すれば、出せる電圧も高くできます。燃料電池は、もう何十年もプラチナを使ってきていますが、これに別の材料を混ぜる、あるいは新材料を探すなど材料面での改良に取り組んでいます」
今回の試作機で、0.4Vの燃料電池をいくつ直列にしているのか? という質問には“ノーコメント”との事だったが、通常のバッテリは直列につなぐとバッテリ自身の内部抵抗もあって効率が下がってしまう。つまりより高い電圧をバッテリから取り出すか、機器自身の動作に必要な電圧を下げる方が高効率になる。これは燃料電池にも当てはまるのだろうか?
「それは燃料電池でも同じです。できればあまり多く直列にはつなぎたくありません。電圧と電流には相関関係があり、同じ燃料電池で取り出す電流が増えると端子電圧は降下します。今後、プロセッサの消費電力は大きくなる傾向ですから、より多くの電流を取り出す必要も出てくるでしょう。前述したように、平方cmあたりに取り出せる電力は2倍にしますが、これは電流値を2倍にします。電圧も向上させたいのですが、これは触媒材料の改善でしか行なえません。いつ理想的な材料が見つかるかは運次第の面もあり、改善の時期に関しては予想できませんが、もちろん継続的に取り組みます」
●“燃料電池はPCの完全ワイヤレスを実現する”と久保氏
もっとも、モバイルPCにとって燃料電池は本当に充電型のバッテリよりも理想的な電源なのか? という、基本的な疑問もある。よく言われているように、メタノールの流通をどう解決するかといった問題も残っている。燃料の入手が容易でなければ、いざというときに注ぎ足す事ができない。
「流通方法に関しては、さまざまな案があり、どうなるかは実用化がもう少し近くなれば議論も深まってくるでしょう。燃料の価格は1ccが1円ぐらい。カートリッジで流通させようとするとコストは高くなるが、安全に注ぎ足す仕組みを提供すれば(燃料代は)安くできると考えています。また、充電型バッテリとの比較では、その使い勝手が大きく異なります。充電型バッテリで10時間駆動が当たり前になったとしても、バッテリがなくなれば充電が必要になり、充電にはそれなりの時間がかかります。ところが燃料電池は、燃料さえ継ぎ足せば充電時間ゼロで継続して利用が可能です」
確かに“充電時間不要”という特徴は、エレクトロニクス製品への燃料電池の応用で、もっとも期待されている部分である。同様にほぼゼロタイムで充電が可能なスーパーキャパシタは、十分な容量を実現することが難しい。
「充電型バッテリの場合、充電に時間がかかるため、常にバッテリ残量を気にしながら作業しなければなりません。バッテリを使い切ってしまうと、バッテリフルにするにはACアダプタを繋げて数時間待たなければならないのですから。しかし、燃料電池ならば注ぎ足すだけ。たとえば、新幹線で映画が見たいと思ったならば、DVDドライブを回して輝度も最大にし、プロセッサパワーも存分に使って映画を楽しめばいい。10時間分の燃料を5時間以下で使い切ったとしても、ゼロタイムで復帰できますから」
今年の試作機は、一連の起動シーケンスを電源ボタンひとつで自動的に行なうシステムとしての統合度が上がった点が大きなセールスポイントとの事。燃料電池そのものの改良とシステムの統合以外にも、何か新しいチャレンジは行なっていないのか?
「燃料電池をPCシステムに統合した事で、立ち上げシーケンスの自動化を行なっていますが、加えて必要な電力が短時間のピーク負荷に耐えられるよう、小型のリチウムイオンバッテリを内蔵している点が大きな違いです。システム起動時に必要となる大きな電力をリチウムイオンバッテリで行ないます。バッテリの充電は燃料電池で動作中、自動的に行なわれる仕組みです」
つまり、ピーク負荷にリチウムイオンバッテリでアシストすることで、燃料電池のサイズを小さくできる事になる。しかし、起動時以外にも大きな負荷がかかる可能性はある。燃料電池の供給電力がギリギリだと、起動後も供給電力が不足することがあるだろう。
「実は昨年展示したシステムの場合、やや燃料電池に短時間だけ無理をかけて、なんとかシステムがブートする状態でした。今回は実用化に向けてシステム全体を一通り実装することになってましたから、安定した動作を実現するために補助バッテリを搭載したのです。もちろん、燃料電池で動作中に電力が不足し始めると、補助バッテリで不足分を補うといった事も行なわれます」
システム全体を一通り実装したということは、具体的な実用化を見据えてのものなのだろうか。もしそうならば、燃料電池モバイルPCの具体的な製品化目標は設定していないのか?
「実は昨年、1~2年後にはどうにか燃料電池搭載のモバイルPCを出したいとこのイベントで話してしまったのですが、まだまだ実用化には時間がかかりそうです。現在は短期での製品化目標を設定するのではなく、将来に向けて技術を積み上げたいと考えています。規制緩和なども進めなければなりません。メタノール燃料の航空機持ち込みに関する安全性の審査は、2007年まで結果が出ません。そこでダメならば、改良して再度審査しなければならない。また、カートリッジに燃料を注入するための方法についても標準化が必要でしょう」
燃料電池モバイルPCの開発者という視点から見たとき、今回のシステム統合された最初の試作機は、どのような意味を持つのか?
「“やっとパソコンらしいものができたか”というのが一番の感想ですね。開発面から言えば、燃料電池単体の研究開発やPCとの統合について試行錯誤する段階から、実際のモバイルPCを実際に使い、その使い勝手や性能などを調査・研究可能になった事が大きいでしょう。実際の利用場面で燃料電池を使ってみることで、商品化に関するさまざまな可能性を検討することができるからです」
「それともうひとつ。燃料電池は完全ワイヤレスを実現できる点がユニークです。現在、さまざまなインターフェイスが無線化していますが、ACコンセントへのコードがあり完全ワイヤレス化は実現できません。しかし燃料電池ならば、ACコードを含めた完全なワイヤレス化を実現できます」
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(2004年10月22日)
[Text by 本田雅一]