Centrinoモバイル・テクノロジ(CMT)を採用しているノートPCの多くは、6セルで48Wh程度の電力量のバッテリを搭載して5時間程度のバッテリ駆動が可能になっている。 しかし、この5時間という駆動時間は、一日フルに利用しようとすると、まだ十分ではない。たとえば、日本から米国の西海岸へ飛行機で移動すると、8~10時間程度はかかるし、外回りの営業職が9時~5時にフルにPCを使うと考えれば、やはり8時間程度の駆動時間が欲しいところだ。 だが、今回のIntel Developer Forumで公開された技術を応用すると、うまくいけば2006年頃には、これまでよりバッテリ駆動時間が長いノートPCが実現できるかもしれない。しかも、そのノートPCに採用されているCPUはデュアルコアプロセッサで、従来のノートPCに比べて高い処理能力を発揮する“スーパーノートPC”でもあるのだ。 ●重量あたりの蓄電容量が大きいリチウムポリマー 基調講演でも紹介されたが、今回のIDFではバッテリに関して重要な進化があった。その中の1つであるパイオニクスのリチウムポリマーバッテリは、展示会場でも展示されており大きな注目を集めていた。 パイオニクスはバッテリに関する技術を開発している日本のベンチャー企業で、Intelの投資部門であるIntel Capitalの出資を受けている企業の1つでもある。 今回パイオニクスが展示したリチウムポリマーバッテリは、素材自体を改良することで、従来のリチウムイオンと同じ程度の蓄電容量を実現しながら、薄さ、重量を実現しているという。たとえば、従来のリチウムイオン電池の1セルが47g前後であったのに対して、パイオニクスのリチウムポリマー電池は27gと半分近くになっている。また、薄さに関しても従来のリチウムポリマー電池などに比べて薄くなっているという。これにより、従来のリチウムイオン電池と同じような形状のバッテリを利用した場合でも、セル数を増やすことが可能になり、重量はむしろ軽くすることが可能になると言う。 今回パイオニクス社のデモでは、6セルのリチウムイオンバッテリと同じケースに、同社のリチウムポリマーバッテリ(1,800mAh)を9セル入れ、それを利用してノートPCを実際に動作させて見せた。一般的な6セルのリチウムイオンバッテリが48Wh程度の電力容量であるのに対して、今回のパイオニクス社のリチウムポリマーバッテリは60Wh近くの電力容量が実現できているという。しかも、6セルのリチウムイオンバッテリが47g×6=282gという計算になるのに対して、9セルのリチウムポリマーバッテリが27g×9=243gという計算になり、重量も軽くできるという。 パイオニクスの佐田勉社長は「現在工場の建設準備を進めており、2005年から製造を開始する予定だ」と述べ、2005年から製造を開始し、OEMメーカーなどへの出荷を進めていくという方針を明らかにし、さらにセカンドソースや、サードソースといった他のベンダへの技術供与も検討していることもあわせて明らかにした。また、佐田氏は「今後も容量を増やしていく改良を続けていく。最終的には現在のバッテリの大きさに100Wh近くの電力容量を持たせることも可能になると思う」と電力容量を高める方向で開発を続けていくと説明した。
●Baniasファミリーと同じ平均消費電力を実現するYonah もし、佐田氏のいうように現在の6セルバッテリと同じ質量で100Whが可能になるのであれば、ノートPCで10時間駆動のPCというのも不可能ではない。 というのも、現在のCentrinoモバイル・テクノロジ(CMT)ベースのノートPCのシステム全体の平均消費電力(ノートPCが消費する消費電力の平均)は10W前後であり、既存の48Whのバッテリであれば48Wh÷10W=5時間という計算になり、同じように60Whであれば6時間、100Whであれば10時間という計算になるからだ。 しかし、この計算はノートPCのシステム全体の消費電力が増えなければという大前提がある。というのも、もし平均消費電力が10Wから15Wになってしまえば、100Whのバッテリがあっても6.66時間の駆動しかできない計算になる。従って、システム全体の平均消費電力が今より上がってしまえばこの計算は何の意味も持たないことになる。 ただ、今の段階ではこの枠はなんとか守られていくことになりそうだ。Intelは少なくともモバイル向けのCPUでは、CPUの平均消費電力を同じ水準に留めていく努力を今後も続ける見込みだ。Intel 副社長兼モバイルプラットフォームグループ ジェネラルマネージャのアナンド・チャンドラシーカ氏は「Yonahの平均消費電力は現在のモバイルPCに近いものになる」と述べ、同社の次次世代モバイルプラットフォーム“Napa”で採用されるデュアルコアCPUのYonahの平均消費電力が、現在のBaniasやDothan(約1W)に近い水準にとどまるという見通しを明らかにした。 今回、IntelはYonahの概要を初めて公式に明らかにした。ただし、明らかになった内容は、すでにこの連載でもお伝えしてきたとおりで、65nmプロセスルールで製造されるデュアルコアプロセッサで、LT(LaGrandeテクノロジ)やVT(Vanderpoolテクノロジ)に関してもサポートされる。
●65nmプロセスルールの導入でYonahのダイサイズはDothanなみ Yonahになり、デュアルコアになるのに、平均消費電力に関しては前の世代と同じというのは奇異な印象を受ける読者も少なくないだろう。コアが2つになるのだから、消費電力だって倍とはいかなくてもそれなりに増えるのが道理というものだ。しかし、そこにはマジックがある。 1つ目のマジックは、Yonahが65nmプロセスルールで製造されると言うことだ。65nmプロセスルールの詳細に関しては、ここではふれないが、Intelは65nmプロセスルールにいくつかの漏れ電流(リーク)を防ぐ仕組みを導入し、消費電力量を減らす工夫をしている。 Intel副社長兼モバイルプラットフォームグループ マーケティングディレクターのモリー・イーデン氏は「YonahではDothanと同じような電力曲線を実現することになる。確かにデュアルコアになりトランジスタの数は増えるが、65nmプロセスへ移行することでトランジスタあたりの電力は減っており、トータルで同じような電力曲線を実現することができる」と述べているし、チャンドラシーカ氏も「65nmプロセスルールの導入で、YonahのダイサイズはDothanと同じようなレベルに収まる」としており、大きな変更がないことを強調する。 2つ目のマジックは、Yonahで導入される消費電力機能だ。これは、チャンドラシーカ氏の基調講演でも明らかにされたように、動的にコアの数を増減する機能だ。たとえば、ACアダプタでつないでいる時には2コアで動作し、バッテリ駆動の時には1コアに減らし、もう片方のコアには電源を供給しないというものだ。このため、バッテリ駆動時には、従来の1コアCPUと同じレベルの平均消費電力を実現することが可能になるというわけだ。 ●YonahではHTテクノロジとEM64Tはサポートされない Yonahでサポートされる技術の中に、HTテクノロジとEM64Tの名前はない。これらはYonahではサポートされない可能性が高い。 Intelは、「YonahではSMT(仮想マルチスレッディング)はサポートされない。HTテクノロジは処理能力を上げるために有効な有効な技術ではあるが、消費電力を引き上げてしまうという課題もある」(イーデン氏)と発言し、消費電力を押さえるという観点からHTテクノロジを採用しないと事実上認めている。 なお、これは消費電力とは関係ないが、EM64Tに関してもYonahではサポートされない可能性が高そうだ。「現時点ではこれ以上のYonahの詳細を明らかにする時期ではない。しかし、一般論として言うのであれば、64bitのサポートにはOSやアプリケーションがそろうまでに時間がかかるし、その準備はまだ整っていない。また、64bitの恩恵を受けるにはメモリが4GB以上搭載されている必要があるが、ノートPCではスペースの観点でも、消費電力の観点でも4GBのメモリというのはすぐに現実的にはならないと思う」(チャンドラシーカ氏)と説明する。Intelの幹部がこのように、技術に対してネガティブな発言をするときには、その対象となっている製品がその技術に対応していないということがほとんどであるので、Yonahに関してもEM64Tには対応していないという可能性が高そうだ。 そもそも、Yonahは多くの関係者が、アーキテクチャはDothanのままデュアルにしたものであるとIntelから説明を受けたと証言している。EM64Tを導入するには、レジスタの拡張などかなり大がかりな変更が必要になると考えられる。それをデュアルコアや新しいプロセスルールと同時に行なうというのは、かなりリスキーな選択と言わざるを得ない。となると、EM64Tの導入は、次の世代(Merom)への課題として残されると考えるのが妥当ではないだろうか。 ●YonahのチップセットはCalistoga
今回のセッションではCalistogaの詳細は、サウスブリッジにICH7-Mが利用されることと、そのICH7-MがPCI Express x1を6ポートサポートすることなどが明らかにされただけで、より詳しい詳細は明らかにされなかった。しかし、サウスブリッジにICH7のモバイル版であるICH7が採用されていることからもわかるように、Intelが2005年の第2四半期にデスクトップPC向けに投入しようとしているLakeport(レイクポート、開発コードネーム)のモバイル版である可能性が高い。実際、Sonomaで導入される予定のPCI ExpressチップセットのAlvisoは、実のところデスクトップPC向けチップセットであるIntel 915に省電力機構を追加したものとなっている。このため、Calistogaに関しても、Lakeportに省電力機構を組み込んだものとなる可能性が高く、そのスペックはLakeportにかなり近いものになる可能性が高い。 従来、CMTのチップセットは、イスラエルで開発したビデオを内蔵しないOdem系と、米国で開発されたビデオを内蔵したMontara系の2種類のチップセットが存在していたが、Sonomaで利用されるAlviso、Napaで利用されるCalistogaはいずれも米国で開発されるビデオ内蔵型のMontara系統のチップセットだ。CMTの環境でも、省電力の観点では、Montara系に比べてOdem系が優れていることは多くのメーカーのエンジニアが指摘しており、できれば今後もOdem系統のチップセットを続けて欲しいものだが、Intelとして今後はMontara-Alviso-CalistogaとMontara系のチップセットを継続していくようだ。 このあたりの事情についてIntelの幹部は、OEMメーカーのニーズに合わせたものだと説明する。「OdemとMontaraではフットプリントの違いなどから、マザーボードはそれぞれ別のものを作る必要があった。これだと、動作検証などに大きなリソースや費用が必要になる。OEMメーカーにとってはこの負担は大きく、1つのビデオ内蔵チップセットから、ビデオチップを無効にした単体版とビデオ内蔵版の2つを作る方がOEMメーカーにとってメリットが大きかったからだ」(イーデン氏)と、OEMメーカー側の負担を減らす意味でも、2系統のチップセットを維持するのは難しいという見解を明らかにした。
このことは、今後ノートPCの省電力の問題で大きな足かせになる可能性がある。というのも、Sonoma世代で採用されるAlvisoチップセットでは、DirectX9に対応した新内蔵ビデオを採用するが、この消費電力がこれまでの内蔵ビデオに比べて格段に消費電力が増えるからだ。「今後ノートPCの熱設計に大きな影響を与えるのは、どちらかと言えばビデオかもしれない」(チャンドラシーカ氏)と、今後はビデオの消費電力を押さえていきながら描画性能を上げていくかがポイントになると指摘した。 ●PCI Expressに対応するGolan
ところで、このGolanだが、前世代のCalexicoがIntelの無線LANチームがあるサンディエゴ周辺の都市名となっているのだが、Golanは、イスラエルとシリアの国境付近の地名で、両国の停戦ラインが存在するゴラン高原としてあまりに有名な地名だ。Intelの開発コードネームは、基本的には開発チームが存在する国の地名をとることが慣習となっており、であればGolanに関してもイスラエルのチームが開発していると考えるのが妥当だろう。 この点に関してチャンドラシーカ副社長は「その通りだ。Golanはイスラエルのチームが開発している。ただ、実際のところCalexico2も、チップに関してはイスラエルのチームが開発し、ボードをサンディエゴのチームが開発していた。Golanに関しては、チップもボードもイスラエルのチームが開発することになる」と、イスラエルのチームが開発していることを認めている。 そもそもサンディエゴの無線LANのチームは、元々Intelが買収したXircomからきたエンジニアが中心となっていたのだが、最初の世代のCalexicoのIEEE 802.11a対応版が熱の問題で出荷が延期になったり、IEEE 802.11bの方も他社製品に比べて消費電力が大きいなど、正直に言ってあまりよい仕事をしてきたという訳ではなかった。あるIntelの関係者もこの点が問題であることはIntel社内でも問題になっていたということを指摘しており、今回完全にイスラエルへ開発がシフトしたというのは、省電力技術で定評のあるイスラエルの開発チームに期待してということではないだろうか。 さて、注目されるGolanだが、2つの点で機能強化が図られる。1つ目はフォームファクターの改善だ。Golanでは、ミニカードと呼ばれるより小型のフォームファクタが導入される。これはVAIO type Uのようなより小型のノートPCなどでも対応できるようにするためで、ノートPCのフォームファクタを小さくするという意味でメリットがある。 そして、もう1つはPCI Expressへの対応だ。「PCI Expressへの対応は、Napaのタイミングで始まるだろう」とIntel 副社長兼Intelコミュニケーショングループ ジェネラルマネージャのジム・ジョンソン氏は説明する。PCI Expressを導入する最大のメリットは、なんといっても帯域幅の拡張である。特に、次世代の無線LANであるIEEE 802.11nでは、実効スループットで100Mbpsを超える帯域幅が実現されるとされており、近い将来に11nが導入されることを見据えればPCI Expressへの移行は必須と言えるし、逆に言えば11nを見据えているからこそPCI Expressへの対応を進めると言えるのではないだろうか。
それでは、11nへの移行はいつになるのだろうか。このジョンソン副社長は「現在11nの規格策定は進められているが、11nのドラフト策定は2006年の末頃になるのではないだろうか。しかし、11gで起こった時と同じように、先にハードウェアに機能だけを組み込んでおいて、規格策定が終わったらファームウェアやドライバのダウンロードで対応するというベンダがでてきてもおかしくない。そうしたベンダは06年の初頭あたりからそうした動きにでる可能性があると考えている。我々もNapa世代のチップセットに11nの仕組みをハードウェア的に組み込むことを考えている。そして、時期がくればそれを有効にするというアプローチとなる」と説明している。つまり、Golanないしはその後継製品(Golan2か?)ではハードウェアそのものとしては11n用のハードウェアが組み込まれるという可能性が高いだろう。 ●高性能で長時間駆動も可能になる2006年のノートPC 今回Intelのモバイルプラットフォームグループの幹部は、Napaプラットフォームのリリース時期を明言することを拒否した。これは、今の時点でもその前世代であるSonomaプラットフォームのリリースが行なわれていないという状況が影響していると言っていいだろう。その前の世代が出荷していないのに、次の世代の出荷時期を言ってしまえばその前の世代がかすんでしまうことを心配しているのではないだろうか。 そもそもSonomaプラットフォームは、今年の10月に出荷を開始する予定だったのだが、様々な事情で来年の1月に延期されたという事情がある(別記事[]参照)。つまり、元々の予定通りいっていれば、本来今回のIDFで、Sonomaのリリースは来月だという発表ができていたはずだったので、Napaの話を始めても問題がなかったのだ。それがSonomaの延期で予定が狂ってしまったため、今回Napaのリリース時期に関して曖昧な表現に終始せざるを得なくなってしまったのだろう。 ただし、初日に行なわれた、ポール・オッテリーニ社長の基調講演では、モバイルPCに関しても2005年中にデュアルコア(もちろんYonahのことを指している)に移行することが明らかにされているし、OEMメーカー筋の情報ではIntelは2005年の第4四半期に出荷すると説明しているというので、早ければ来年の年末に、遅くとも来年の初頭頃にはNapaプラットフォームの製品が登場してくる可能性が高いのではないだろうか。 そのころまでには、冒頭で紹介したような改良されたバッテリも登場している可能性がある。となれば、2006年に登場するノートPCは、デュアルコアによる強力な処理能力を持ち、11nによる高速な無線LANがレディになっており、かつ改良されたバッテリでこれまでよりも長時間駆動が可能な製品となっている、そんな姿が徐々に見えてきつつある。
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(2004年9月11日) [Reported by 笠原一輝]
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