●技術革新が進むマウス
特にキーボードについては一家言のあるユーザーも多く、理想のキーボードはどうであるべきか、どんなキーボードが望ましいのか、熱く語られることが少なくない。それに対して、同じ入力デバイスでありながら、マウスについてはそれほど多く語られないように思われるのは筆者の気のせいだろうか。筆者を含め、テキストの入力に大きな時間を割くユーザーが、キーボードについてこだわりを持つのはある意味自然なことではあるが、PCを利用するすべてのユーザーが原稿書きや、プログラムのコーディングに追われているとも思えない。むしろ、このところ量販店で販売されるPCの大半がTVチューナーを内蔵するものになりつつあることなどを思えば、一般のユーザーにとってより長い時間を共に過ごす入力デバイスはむしろマウスなのではないか、という気がする。 おそらくキーボードについて、語られる機会がより多い理由の1つは、キーボードというデバイスがPCの低価格化に伴うコストダウンで品質が犠牲にされている、という危機意識がユーザーに浸透しているからではないだろうか。目新しい技術革新のあまりない、特に誰の目にも明らかに分かるような変化の少ないキーボードは、一般ユーザーの使用頻度があまり高くないこととあいまって、コストダウンのターゲットになりやすい。それだけに、キーボードを使う頻度の高いユーザーは、声高に良質なキーボードを求める叫びを発し続けなければならない、というわけだ。 それに比べれば、マウスの方が技術革新が見えやすいし、体感しやすい。たとえば無線技術の利用による恩恵にしても、机の上に静止したキーボードより、机の上を動かすマウスの方が分かりやすいのは当然のことだ。マウスに使われるセンサーにしても、ボールを用いた機械式マウスと、光学センサーを用いたオプティカルマウスでは、動かした時の感覚が明らかに違う。
こうした体感性能の向上のような明確な相違に対して、ユーザーは財布のヒモを緩めやすいし、メーカーもお金をとりやすい。確かに一番安いローエンドのマウスの価格は、キーボード同様、この10年でずいぶんと下がったと思うが、技術革新を盛り込みやすいハイエンドのマウスについては、あまり販売価格が変わっていないように思う。この10年余りでPCの価格が数分の1からひょっとすると10分の1程度まで下がったことを考えると、これは驚異的なことだ。逆にいえば、マウスにはユーザーが触ればすぐに体感できるような技術革新が常に求められている、ということになる。 ●レーザーエンジン搭載のハイエンドマウス そうしたマウスに関する技術革新の最新版が搭載された製品が、2日に発表されたロジクールの「MX1000」だ。これまでのハイエンドマウスであったMX700に代わるMX1000の最大の特徴は、センサーに新開発のMXレーザーエンジンを採用した点にある。このMXレーザーエンジンは、Agilent(アジレント)との共同開発によるレーザートラッキング技術をベースにしたものだ。
MX700に採用されていたLEDベースのMXエンジンに比べ、センサーの感度が20倍に引き上げられたほか、データ転送レートも4.7Mピクセル/秒から5.8Mピクセル/秒に引き上げられている。ちなみにBluetoothに対応したMX900は、Bluetoothのハブ機能の普及という目的を伴うため、純粋なマウスとしてのハイエンドモデルとは少し位置づけが異なるらしい。 光学式マウスの基本的な動作原理は、机やマウスパッドによる光源(LEDやレーザー光線)の反射をセンサーで読み取り、前回の読み取り値と比較することで、マウスがどの方向にどれくらい移動したかのデータを得る。要するに光学式マウスというのは、内蔵する超小型のデジカメで高速連続写真をとって、猛烈な速度で前後のコマを比較し続けている、ということになる。マウスパッドや机の表面素材によって、光学式マウスがうまく動かないというのは、マウスが移動したにもかかわらず、撮影した前後のコマの比較からそれを感知できない、ということだ。 光源にレーザーを採用したことによる最大の利点はここにある。一般的な光学式マウスに使われている赤色LEDより波長の短いレーザー光は、赤色LEDの光では識別できなかったような、素材表面の違いを浮き彫りにする。たとえば、カラーインクジェットプリンタに使う写真印刷用の光沢紙の上では、これまでの光学式マウスはうまく動かない(手元にある人はぜひ試してみてほしい)。 ところが、MXレーザーエンジンを採用したMX1000は、光沢紙の上でも問題なく動作する。これがセンサーの感度が20倍になった、ということの意味であり、LEDでは検出できないコントラスト差を検出できている、ということだ。実際には、わざわざマウスを光沢紙に載せて使うユーザーなどいないわけだが、マウスが光沢紙の上でさえも動くというのは、マウス移動量の検出の精度がそれだけ高いということであり、わずかな移動も忠実に拾ってくれる、ということにほかならない。 また、光沢紙の上でもマウスが利用できる、というのは、同時にマウスを利用する際に用いる机等の表面素材をほとんど選ばない、ということでもある。光が透過してしまうガラステーブルや、完全に反射してしまう鏡の上では、さすがにMX1000といえど動作しないが、それ以外の素材であれば、たいてい問題なく動作する。マウスパッド自体は安価なものだし、各種イベント等で無料で入手する機会も少なくないが、マウスを使う環境を選ばないに越したことはない。 引き上げられたデータ転送速度(読み取り速度)だが、これもマウス移動量の検出精度向上に貢献している。MX700のMXエンジンも、MX1000のMXレーザーエンジンも、1回に読み取る範囲は30×30ピクセル、計900ピクセルだ。MXエンジンは最大5,200fpsで読み取ることができるため、900ピクセル×5,200fpsで4.7Mピクセル/秒ということになる。同様にMXレーザーエンジンでは、最大6,469fpsの読み取りが可能なため、データ転送レートは5.8Mピクセル/秒ということになる。もちろん、1秒間に読み取るコマの多いMXレーザーエンジンの方が、より精度が高いわけだ。MX1000は、このMXレーザーエンジンに、27MHz帯の無線を利用したFastRFテクノロジーを組合せたマウスということになる。 ●ハイエンドユーザー向けのタイトな操作感 さて、実際のMX1000だが、ちょっと意外なのはセンサーからはそれらしい光が見えないこと。「レーザー」というからには、ピカーとした光が見えそうなものだが、可視光線外の波長を使っているらしい。安全基準はLED光源を使ったオプティカルマウスと同じだ。
ただ、このままでは、動いているのかどうかが判別できないからか、マウス上面にバッテリ残量のインジケーターを兼ねたLEDが3つ用意されている。この点灯具合でバッテリ残量の識別や、内蔵リチウムイオンバッテリの充電(MX700同様、ACアダプタを利用した受信機兼用の充電台が付属する)の進行度合いを確認することができる仕組みだ。 マウスとしては右手専用で、スクロールホイールも含めて8つのボタンを持つ。スクロールホイールは左右に傾けることで横にもスクロールできるチルトタイプ。ホイールは縦、横、いずれの方向にもクリック感がある。筆者はスクロールホイールを中指で操作するせいか、親指で操作するボタン(通常、進むと戻るに割り当てられている)に指が届かないことが多いのだが、このMX1000は人差し指のスクロールはもちろん、中指スクロールでも、比較的すべてのボタンにアクセスしやすい。 使用感だが、率直に言って初めて触った時は若干の違和感を覚えた。それは、筆者がこれまで使っていた光学式マウス(ロジクールのMX510、マイクロソフトのIntelliMouse Optical等)に比べ、遊びが少なく感じられたからだが、ものの5分としないうちに、MX1000のタイトな操作感に慣れた。逆に、これまで使っていた光学式マウスの反応が鈍いように感じられてくるのだから、人間とは勝手なものだ。 また、上でMX510とIntelliMouse Opticalを例に出したように、筆者はどちらかというとヒモつきのマウスの方が好き(これは出始めた頃のコードレスマウスが、時として動き出しが鈍かったことがトラウマになっているものと思われる)なのだが、FastRFを採用したおかげか、MX1000では特に不満を感じなかった。 あえてMX1000で不満を述べれば、受信機兼用の充電台にUSBケーブル(PC接続用)とACアダプタの2本のヒモが必要になることだろう。時間がかかっても良いから、USBケーブルだけで充電できるとなおよいと思うのだが、USBケーブルによる充電は、PCがサスペンドしてしまった場合などに中断してしまうという難点がある。いざという時に使えない、という問題を防ぐためにあえてACアダプタを必須としているようだ。 MX1000はオープンプライスだが、オンラインストアによる直販価格は9,980円となっている。MX700より1,500円あまり高いわけだが、使ってみればおそらく誰にでも違いは分かる。ただ、その違いが誰にとっても1万円近い価値があるのかといわれると、これは微妙だ。やはり、1,600×1,200ドットなどの高解像度を常用するハイエンドユーザー、特に高い解像度で「DOOM III」や「Far Cry」などのFPSゲームをプレイするユーザーなら、投資に見合う価値を感じられることだろう。
□ロジクールのホームページ (2004年9月2日) [Text by 元麻布春男]
【PC Watchホームページ】
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