久々に実物も見ることなく、たいした説明を受けるわけでもなく、スカッと一発で購入ボタンをクリックした。1カ月ほど前に発売された「AirMac Express」である。 本来なら、そろそろ我が家に届いている頃だが、発売延期により月末の出荷になってしまった。先月末開始予定だったプレス貸出機が、この時期になってやっと出回り始めたため、この週末に試用させていただいた。 結論から先に言おう。PCとは別の場所でPCの音楽を楽しみたい人、出張先などでも無線LANを使いたい人など、Appleが意図したユーゼージモデルに合う人たちにとって、AirMac Expressは絶好の製品だ。他に同様の選択肢はない。ただし、単に無線LANアクセスポイントを使いたいだけならば、5,000円以上は安価な他社製品を選ぶ方がいい。 ●シンプルさが魅力の小型無線ルータ AirMac Expressのサイズ/形状は、現行のApple製ノートに付属するACアダプタとほぼ同じ。デザインも酷似しており、ウォールマウントACプラグを取り外し、コード付きのACプラグに取り替える部分の意匠も同じだ(ただしウォールマウントACプラグが標準で電源コードはオプション扱い)。 この中に電源、ルータ、IEEE 802.11b/g対応無線LANアクセスポイントが含まれるうえ、ステレオミニジャックとS/PDIF準拠光デジタルジャック兼用の音声出力端子、USBポート(標準Aタイプ)が備えられている。WPAへの対応など、近年の無線LANアクセスポイントが備えるたいていのセキュリティ機能も利用可能だ。 その一方、Ethernetポートは1個だけという、かなり割り切った作りだ。通常、このEthernetはケーブルモデムやDSLモデムなど、インターネット(WAN)に接続するために利用する(WANへのアクセスはDHCP、PPPoEをサポート)。つまり、AirMac Expressをルータとして使う場合、クライアントはすべて無線LANで本機に繋がることになる。
ではすでに何らかの高機能ルータを導入、あるいはルータ機能付きのターミナルをISPなどから貸与されている場合はどうなるのか? 本来なら、有線でAirMac Expressを既存環境に接続し、ブリッジモードで無線LANと有線LANを繋ぐように設定できればいいのだが、本機にはブリッジモードで動作させる設定がない……と思っていたが、意外なところに設定があった。 マニュアルには“ブリッジ”という言葉が何度か出てくるが、動作がIPルーティングの時にも“ブリッジする”とあり少々混乱した。設定ソフトウェアの“ネットワーク”タブにある“IPアドレスを割り当てる”チェックボックスを外しておけば、無線LANと有線LANのネットワークブリッジとして動作する。AirMacユーザーに尋ねてみたところ、以前からこのような設定方法とのことなので、AirMacシリーズオーナーにはお馴染みの設定なのかもしれない。 このほか、他のAirMac Express、AirMac Extremeと連携して、無線LANのカバーエリアを広げる中継ポイントとして利用することもできる。単に無線でインターネットに繋ぎたいだけ、といったライトユーザー向けには悪くないが、本来は自宅に1台だけのアクセスポイントを置くための製品ではない。携帯性を活かして、様々な場面で即席の無線LANスポットを繰り出す使い方に適している。 たとえば僕は、海外出張時に必ず無線LANルータを持って行く。バックアップ用に複数台のPCを使う時、単なるハブやアクセスポイントだと台数分のアクセスチャージが必要になる上、PC間の連携もやりやすくなるからだ(以前はハブとルータを持ち込んでいた)。やや大げさに聞こえるかもしれないが、最近は出張先のホテルででアクセスポイントを探してみると、複数の即席と思しきアクセスポイントが見えるから、おそらく同じことをやっている人は他にもたくさんいるに違いない。 “AirMac Express設定ソフトウェア”というユーティリティは、最大5個まで設定プロファイルを保存しておき、ドロップダウンメニューから選ぶだけで簡単に設定を切り替えることができる。ホテルの部屋、友人宅など、目的に応じてプロファイルを保存しておけば、いろいろな場所で使う時の管理もとても楽だ。 ●iTunesの“ネットワークスピーカー”としても もっとも、AirMac Expressは持ち運べるアクセスポイントというだけではない。他にもネットワークプリンタサーバ、ネットワークオーディオとしての機能も備えている。 AirMac ExpressのUSBポートは、そのままWindowsのIP印刷ポートにマウント可能である。適当なプリンタドライバをインストールしておき、手動でAirMac ExpressのIPアドレスを指定しておけば、プリンタサーバとしてAirMac Expressを利用できるのだ。 【お詫びと訂正】記事初出時、印刷は無線LAN側からのみ可能で、Ethernet側からは不可能と記述しましたが、誤りであり、Ethernet側からも可能であるとのご指摘をいただきました。お詫びして定差精させていただきます。なお、現在、この点について確認作業を行なっております。結果については本コラムで報告させていただきます。 一方、“ネットワークオーディオ”とは、iTunes 4.6で追加されたAirTunesという新しい機能のことである。AirTunesはiTunesの音声出力をPCの音声出力に対して割り当てるのではなく、ネットワークを通じた先にあるAirTunes対応デバイスに割り当てる機能。平たく言えば、ネットワーク経由でスピーカーが繋がっているイメージだ。 iTunesは同一サブネット内にあるAirTunes対応デバイスを自動的に検索し、接続可能なデバイスがあれば、右下にドロップダウンメニューを表示し、音声出力のデバイスが選択可能になる。 たとえばAirMac Expressを2個使い、それぞれリビングルームと寝室という名前を付け、対応する部屋に置いておく。すると、iTunesで“リビングルーム”を選んで音楽を再生すればリビングルームのAirMac Expressが、“寝室”を選べば寝室のAirMac Expressが、それぞれ音楽を奏で始める。 AirMac Expressの音声出力は、アナログのステレオ音声のほか、光デジタル出力も可能になっており、それなりのデバイスに接続すれば、それなりに良い音で楽しむことができる。細かいことを言えばキリはないが、リビングルームに光デジタル入力を持つAVアンプのひとつでもあれば、iTunesの柔軟性が高いプレイ機能を駆使しながら良い音で音楽を楽しめるようになる。 ちなみにiTunesはApple Losslessエンコードされたデータをさらに暗号化し、AirMac Expressにデータを引き渡すため、iTunes上で管理しているデータさえ高音質ならば、AirTunesを用いても音質が劣化することはない。演奏開始から出音までには、一瞬の間があるが、IEEE 802.11gで繋がっていれば、時間差が気になることはない。 AirTunesは機能的には非常にシンプルで、特に新しさがあるわけではない。しかし、無線ルータに内蔵させたところが、なんともユニークだ。無線LAN機能内蔵だから、既設の家庭内無線LANと接続し、PCが置かれていない場所にあるオーディオ機器とも接続できる。無線LAN内蔵だから、フリースタイルで手元のノートPCの音楽を手軽に再生できる。無線LAN内蔵だから……。延々と続く“無線LAN内蔵だから”というメリットも、そのためだけに無線LANを内蔵させる理由にはならないかもしれない。ところが本機は無線ルータ。無線LANを内蔵しているのはごく当たり前のこと。このあたりの組み合わせの妙が、なんともいえないセンスを感じさせる。 なお、Ethernet側からの印刷は行なえなかったAirMac Expressだが、AirTunesの機能はEthernet側からも利用できる(ただしオプション設定で、Ethernetからの音楽再生を許可しておく必要がある)。 ●AirMac Expressで改めて感じるiTunesの存在 ごく個人的には、AirTunesだけの機能でもAirMac Expressに投資する価値を感じている。これまでネットワーク経由でPCに蓄積した音楽を自在に再生する製品を探し続けてきた。いくつか良いハードウェアも見つけ、実際に使ってもいるが、いずれも完全に満足するには至っていない。 なぜなら、どの製品も“大量の音楽を管理するため”の有効な解決策を用意できていないからだ。ネットワーク家電型の端末の場合、ユーザーインターフェイスもさることながら、デバイス自身のインテリジェンスが不足しがち。数百曲までなら、ユーザーの使い方次第でカバーできても、数千曲レベルの管理を行なうには、やはりPCの柔軟性を何らかの形で利用したい。 また、音楽を聴くスタイルの変化もある。管理する楽曲数が増え、過去の音楽も含めて自分が持っているアルバムを憶えきれなくなってくると、アルバム単位ではなく横断的に様々な曲を聴きたくなったり、最近は聞いていなかった曲が聴きたくなったりと、MDやCDでは思いつかなかった曲選択をしたくなる。 iTunesはそのあたりの処理が非常にうまく、録音時にCDDBから曲に埋め込まれるメタデータを最大限に活用しながら、動的なプレイリストを生成できる。さらに、動的なプレイリストに対してシャッフルプレイを行なうのも簡単だ。iTunes 4.5以降で追加されたパーティシャッフルは、シャッフルプレイをかけながら、曲を探してシャッフルプレイリストに好みの曲を挟み込むなど、とても使いやすい実装が行なわれている。 このiTunesがあるからこそ、AirMac ExpressのAirTunes機能も映えるというものだ。iTunesは音楽データを管理するインフラとして、今後はさらに発展していくだろう。 しかも昨日発表された新型iPodには、iPod上で作成するプレイリスト(On-The-Goプレイリスト)をiTunes側に同期させる機能が追加された。電車の中で音楽を聴きながら、好みの曲を暇つぶしに“発掘”しておき、週末に友人がやってきたときにリビングルームのオーディオセットからそのプレイリストを演奏する、なんてストーリーを描ける。 このような実際の利用形態をなぞりながら、かゆいところに手が届く物作りをするノウハウは、もともと日本の家電ベンダーがAV機器の中に実装してきたもののはずだ。Appleはそれを、PCと家電が融合する世界において描き直しただけとも言える。 なのになぜ、iTunesとその周辺に関わるソフトウェア、ハードウェアを手本に、もっと改善された世界を描こうとしないのか。それともPCメーカーのAppleの成功ぐらいでは、大手家電ベンダーの歯牙には引っかからないとでも言うのだろうか? iPodにはUSB充電が行なえない、バッテリ駆動時間が短い。2つの不満点があったが、いずれも第4世代製品で払拭された。着々と進む“iTunesの心地よい音楽の世界”の拡大は当面止みそうにもない。ここまで圧倒的だと、業界団体で何を話し合っても、Apple戦略=即デファクトスタンダードという図式が出来上がる可能性さえ出てくる。 独走状態の1社と、なかなか進まない標準化の中で、独走する1社が逃げ切るパターンは過去にもあった。Appleはソフトウェアとハードウェアを見事に統合した。欧米ではサービスとの統合も進んでおり、すでに新しい音楽流通のインフラを作り上げつつある。MDのある日本だけならば、iTunes Music Storeのない今ならなんとかなるかもしれないが……。果たしてここまで差がついてしまったライバルたちは、これからどんな回答を用意するのだろうか? □アップルコンピュータのホームページ (2004年7月21日) [Text by 本田雅一]
【PC Watchホームページ】
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