第254回
“色をごまかす技術”の活かしどころ



 前回、VAIO type Aでソニーが取り組んだAVの“A”に関する改善点を紹介した。システムトータルで見た場合、まだまだ改善点はあると感じたが、それでもきちんとしたノウハウの上に、オーディオ品質を見直そうという姿勢は認められるべきだろう。

 一方、AVの“V”についても、ソニーと東芝が取り組んでいる。ソニーのVAIO type Vは同社の液晶プロジェクタに搭載された映像処理プロセッサをアレンジし、ビデオストリームのレンダリングを専用チップ「Motion Reality」で行なう。一方、東芝のDynabook EXは多少異なるアプローチながら、ソフトウェアとハードウェア両面の改良と、Linuxを用いた専用モードを使うことで、ノートPCのテレビ画質向上に取り組んでいる。

ソニー VAIO type V VGC-V201 東芝 Dynabook EX

●人間の感覚をごまかすこと

 ソニーと東芝、どっちが良いアプローチなのかをここで議論するつもりはない。しかし、両者とも液晶テレビのメーカーであることを考えれば、そのノウハウを活かして自社の製品力向上に充てようという考え方には全面的に賛成できる。

 実際、両者の製品を見ると、VAIO type Vの20型モデル(このモデルだけがIPS液晶を採用)は液晶テレビと肩を並べる、実に“ちゃんとした”液晶テレビの絵になっている。東芝のDynabook EXは液晶テレビレベルとまでは言わないが、ノートPCであることを考えれば非常に優秀なテレビ映像と言えよう。

 どちらも、I-P変換やI-P変換時の補完スケーリング、動画向けの輪郭強調やリンギングなど各種ノイズのフィルタなどを行ない、いわばホンモノのテレビと同じように画質を上げている。加えて動画向けの絵作りをきちんと行なっていることも、きれいに見える原因のひとつだ。

 ご存じのようにテレビ放送やDVD映像は(日本の場合)NTSCという規格に沿ったフォーマットで作られている。ところが、NTSCで規定されている色再現範囲はブラウン管で再現できる色範囲を元に決まっているため、コンピュータ用モニタが扱うsRGB(もしくはそれに近い)モニタにそのまま映すと、とっても地味な色になってしまう(コンピュータ用のCRTは、テレビ用とは色再現域が違う)。

 特に液晶パネルは、カラーフィルターの改良で色再現域が改良されてきたとは言え、NTSC色再現域の70%をちょっと越える程度。もっとも良いもので、sRGBを多少上回るぐらいだ。そこでNTSCの映像を再現域の狭い液晶パネルでもきれいに見えるように、色空間の変換が行なわれる。

 実はこの部分で、メーカーごとの味付けがかなりされている。たとえばVAIO type Vは、クールな明るい白とやや赤みがさした濃い肌色が特徴だが、同様の絵作りはWEGAシリーズでも行なわれている。

 こうした絵作りで難しいのは、絵を作りすぎて特定の色域で破綻をきたさないかということだ。それにより狭い色再現域の表示装置で映像本来の色を失わず、なおかつ高濃度・高彩度領域でサチらないようにするか。といったあたりだろう。単純に狭い色再現域に絶対的な色域を符合させる色空間変換を行なうと、表現できない色の周辺で階調が失われ、立体感のないベッタリとした絵になってしまう。

 見栄えの良い色と立体感を失わないためには、ノンリニアに色を再配置する処理を行なう必要がある。その再配置処理の手法が、各社の絵作りの違いを生み出している。実際には映像信号に含まれている色情報とは異なるわけだが、ユーザーは映像信号に含まれている色を忠実に再現することを望んでいるのか? というと、たいていはそうではない。パッと見てきれいであればそれでいい、人間の感覚をだますような絵作りも含めて製品の性能というわけだ。

 もちろん、映画マニアなどなら、絵を作りすぎない元映像の雰囲気を可能な限り再現する色作りを望むだろう。そのために、現在のフラットパネルテレビの多くはデフォルトの“やや作りすぎ”モードに加え、“なんとなく自然な感じ”モードも備えているのが普通だ。

●実はカラーイメージング技術の根底は同じ?

 この話。なんとなくプリンタに似ているなぁ。そう思った人もいるのではないだろうか? 実はカラーインクジェットプリンタの絵作りと、フラットパネルテレビ(固定画素テレビ)の絵作りは、技術的にはかなり似ている。

 プリンタはディスプレイのRGB表現とは異なり、CMYKで色を作っている。しかし、コンシューマ向けプリンタの色のインターフェイスはRGBで作られている。RGBの情報を受け、ドライバがCMYKに変換して印刷しており、内部的にはRGBのまま処理している部分がとても多い。

 インクジェットプリンタの色再現域はsRGBよりも広いと言われているが、実際には明度によって再現域が大きく異なり、また純粋な赤や深い青など不得手な色域、ハイライト近くやシャドウ部で色再現域が狭いなどの問題も抱えている(逆に緑から緑青にかけてはインクジェットプリンタが得意)。

 sRGBあるいはAdobe RGBからインクジェットプリンタに。その色再現域の違いを越えて、いかにしてきれいな写真を印刷できるプリンタにするか。異なる色域を摺り合わせ、さらにメーカー独自のノウハウを盛り込んで“きれいな絵”を作るという本質は同じだ。プリンタのデフォルトカラー設定は、やはり見栄え優先で忠実性をある程度犠牲に。マニア向けにはカラーマッチングのソリューションを提供するというやり方も似ている。

 以前、エプソンの液晶プロジェクタ開発を担当している人物に話を伺った時も「異なる色再現域に対して、ユーザーがより良い画質だと感じてもらえる絵作りという点で、プリンタと液晶プロジェクタには似た要素がある」と話していた。実際にエプソンの液晶プロジェクタにおける絵作りを見ると、プリセットのカラーモードがとても優れている点に好感を持つ(同社のプリンタとはやや傾向の異なる絵作りではあるが)。高級機が高画質なことはもちろんだが、ローエンドのEMP-TW10Hを見てもとてもきちんとした絵が出ているのだから、プリンタでのカラーイメージング技術が固定画素系の映像デバイスにも有効という話にも現実味がある。

 日本では販売されていないが、Hewlett-Packard(HP)も以前、サンディエゴの事業所を訪れたとき、米国で発売中のデジタルカメラについて「我々はカメラの部品を作る技術は持っていないが、カラーイメージング技術の蓄積ならカメラメーカーに負けない」と話していたことがある。すでに6年ほど前のことなので、当時は「そんなことが本当にあるのか?」と思った記憶があるが、HPが米国デジタルカメラ市場でそれなりに健闘していることを考えれば、応用先が異なっても再利用できる技術/ノウハウの基盤とも言うべきものが、カラーイメージング技術にはあるのかもしれない。

●置き去りにされている? デジタル写真の見栄え

 しかし、テレビ映像のきれいさに関しては、現時点でまだ少数派とは言え本気で取り組んでいるPCベンダーがあるのに対して、デジタル写真のディスプレイ上での見栄えに関しては、積極的に取り組んでいるPCベンダーはいない。

 インクジェットプリンタやデジタルカメラのベンダーによると、撮影されたデジタル写真の90%ぐらいは印刷されずに捨てられたり、ディスプレイ上で表示するだけで終わりになっているようだ。ならば、印刷時と同じように、ディスプレイ上できれいに見えた方がいいじゃないか。

 こんな事を書いていると、“いや、デジカメ画像のほとんどはsRGBなんだから、sRGBに近い特性を持つPCのディスプレイに表示する上で、特別な小細工は必要ないじゃないか?”と言われるかもしれない。また“デジカメ側で絵作りしているんだから、ディスプレイはあるがままに映せばいいだけ”といった意見もあるだろう。いや、至極もっともな話である。

 しかし、高品質の一部デスクトップPC向けディスプレイの表示品質が、ほぼsRGBと同等を実現しているものの、相変わらず低価格のTN型液晶ディスプレイは視野角だけでなく、色再現の面でもイマイチだ。ノートPC用の液晶パネルにしても、例の“ツルツル液晶”で色純度を上げたものを含め、sRGB準拠と言えるほどの色再現域は少数派だ。

 中にはデスクトップPC向けの高級液晶ディスプレイと同等のすばらしい液晶パネルを採用しているものもあるが、たいていはサイズが大きいデスクノートに近い構成のものである。たとえば旅行に出掛ける時に携えて、その日に撮影した写真を一緒に出掛けた仲間と見ながらビールでも煽ろうとか、撮影旅行先で現像処理し、現地の人たちと写真の感動を分かち合うなんて時(があるかどうかはわからないが)には、消費電力優先の液晶パネルを搭載したモバイルパソコンで我慢するしかない。

 最近のノートPCは、それでも数年前に比べるとかなり画質は上がっているとは思うが、写真を鑑賞するためのデバイスにはちょっと足りない、というのが現在の正直な感想だ。もちろん、Windowsのカラー管理機能やその上で利用するアプリケーションの機能とも関係してくるため、すべてを簡単に解決することはできない。しかし、専用ビューアで閲覧するだけでもいいから、デジタル写真の見栄えを良くすることはできないものだろうか。sRGBだけならまだマシだが、ここにAdobe RGBの写真も混ざってくると、さらに話がややこしくなってくるのだから。

●実はLonghornでは……

 「実はLonghornでは……」というのは、最近のちょっとした不平を書くとき、必ずセットで出てくるフレーズである。MicrosoftはWindowsの色管理があまりに酷く、現在のようにデジタルイメージングが急速に一般へと普及しているユーザー環境を全く想定していないことを認めている。

 その上で、Longhornには様々なカラー管理に関する新しい仕様が盛り込まれている。Longhornのカラー管理に関しては、昨年も簡単なアナウンスがあったが、今年5月のWinHEC 2004にはデジタルイメージング関連各社から非常に多くの要望を受け、仕様の全面的な見直しをした上で新しい実装を行なっていくと話していた。

 とはいえ、実際のところは2007年ぐらいにならないと出てこないだろう、とほとんどの人が諦めているLonghornで解決されると言われても、あまりピンと来ないものだ。

 たとえばLonghornでは、カラー情報を持つすべての要素が、必ず“色の履歴書”のようなものを持つ。これはICCプロファイルに似ているが、ちょっと違う。Device Model Profileという情報の中に、各装置の色に関するあらゆる属性が入っており、ドライバと一体化されている。

 LonghornはICCプロファイルを用いたマッチングのように、Lab色空間を橋渡し役にして色を変換するのではなく、直接元の色特性から出力先の色特性への変換を行なう。と、このあたりはあまり本筋ではないので省略するが、きちんとLonghorn対応ドライバを組み込んでおけば、どんなイメージも正しい色で、しかも誰もが簡単に表示や印刷できるというシロモノだ。そして、興味深いことに色空間の変換を行なう方法を追加できるのだ。

 画面キャプチャは、Longhornにおけるカラー管理設定の例(あくまでも例なので、ダイアログのデザインは変更される予定)だ。これを見ると、RGB各8bitの低解像な色フォーマットの時、浮動小数点で表現する高解像な色フォーマットの時、それぞれの作業用色空間と色再現域の変換アルゴリズム(gamut mapping algorythm)を指定するところがあるのが見える。

 ここでは、低解像色フォーマットの画像を異なる色再現域のデバイスで表現するとき、「Velvia(Fuji)」というアルゴリズムで色の再配置(リマッピング)を行なうと指定している。このアルゴリズムはプラグイン可能で、様々な絵作りをプラグイン形式でOSのカラー変換エンジンにやらせることができる。同じように高解像色フォーマットの画像も指定があり、Microsoft製の相対的な色の再配置を行なうアルゴリズムが指定されている。

 つまり色再現域が広く情報量の多い画像は、階調性を優先したカラーマッチングを行ない、色再現域が狭いと思われる画像に対しては思い切り派手に富士フイルムのベルビア(ポジフィルムのブランド名)風に変換する。なんてことを、ユーザーはドロップダウンメニューひとつで選べるようになる。

 あとは、PCベンダーがきちんとまじめにディスプレイ(もしくはプリンタなど)のDevice Model Profileを作ってくれれば問題は解決する(ハズ)。ついでに各社独自に開発したgamut mapping algorythmプラグインをインストールしてくれれば文句なしである。

 もちろん、まともなICCプロファイルさえ付いてこない現状、そんなのは机上の空論と言われればそれまで。しかし、可能性があると無いでは大違いだ。たとえその可能性が2007年だとしても。

●2007年まで待てる?

 いや、しかし2007年である。その上、新しいデバイスドライバが揃い、周辺機器を含めたメーカー側がきちんと色のことまでケアしてくれるようになるまで、さらに数カ月から1年ぐらいはかかるだろう。それだけ待ったとしても、果たして本当にベンダーがまじめにサポートするのかどこにも保証はない。

 そもそも、問題はそれほど大げさな事じゃない。写真がPCの上で、きれいに、意図した通りの色で表示されればいいだけの話である。エンドユーザーが数十万円の高価なスペクトルアナライズ式のカラーメーターでカラーマッチング測定を行ない、高価なアプリケーションでカラーマッチング環境を作るなんて馬鹿げているだろう。

 単に写真を見るだけとは言え、もう少しまじめにサポートする製品が出てきてもいい。2007年まで待てば解決するなんて話の前に、今できることには取り組んで欲しい。複雑なカラーマッチングシステムを提供しろというのではないのだから。

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(2004年7月8日)

[Text by 本田雅一]


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