先週の記事で、iAudio M3がUSB充電できないと書いたが、実際にはできるとの指摘をたくさんいただいた。この場を借りて関係者にお詫びするとともに、メールをいただいた読者に感謝したい。すでに掲載翌日に訂正を入れているが、訂正を見ていない読者もいらっしゃると思うので、ここでお詫びを兼ねて記しておきたい。 さて、ハードディスク搭載のポータブルオーディオプレーヤーは、今月28日から開催されるアップルのWWDC(World Wide Developers Conference 2004)で、新機種が発表されるとの噂もあるようだ。それとは別に、個人的にAirMac Expressを発注しているので、近いうちにまた、いくつか気になる新製品を集めてみたいと思っている。 さて、今週はまた“音”の話を中心に進めていきたい。 先日から既に発売中の新VAIOシリーズ。その中に込められたメッセージは、AV機器のまねごとをパソコンで行なうのではなく、AV機器としての品質をパソコンに与えることで、パソコンを新しいステージにまで引き上げたいというものだったと解釈している。 とはいえ、様々なパーツが共用化される中で、独自の品質を引き出すというのはなかなか難しい。かねてより、ソニーの幹部は「ソニーが社内に蓄積しているAV機器のノウハウは、簡単に真似されるものではない」と話していた。同様の発言は、ソニー社長兼COOの安藤國威氏とのミーティングでも出てきた。 一方、パソコンでAVコンテンツを扱うことは日常的になってきた。今後、パソコンをAV機器の一種としても活用していこうというのであれば、そのノウハウ(それはソニーだけでなく、AVベンダーがそれぞれに持っているものだろう)を、どのようにしてパソコンに活かしていくのか? は、非常に興味深いところだ。 新VAIOシリーズの中で言えば、Motion Realityという映像プロセッサを採用することで、テレビとして通用する映像品質を得た「VAIO type V」と、ノートPCながら音楽を自然な音質で聞けることを目指したという「VAIO type A」が注目されるところである。 AVの“A”、音響面にはどのように取り組んているのか。オーディオは、アナログ品質がモノを言い、コストが直接的に品質へ結びつきやすい分野である。ここではVAIO type Aでの音質改善アプローチから、AVパソコンの“AV品質改善”にスポットを当ててみる。 ●デジタルアンプとソフトウェア処理によるアプローチ PCの音質改善アプローチには様々なものがある。 たとえば、電源やオーディオ部をパソコン本体から切り離し、別モジュールのサウンド回路に対してUSBやIEEE 1394で伝える方法。サウンドモジュールの品質次第で、ハイエンドな音質も実現できるだろう。たとえばUSBサウンドモジュールの内部クロックをオーディオで通用する高精度なものを使い、S/PDIF端子から本格的なオーディオプロセッサに放り込めば、相当に音質は改善するはずだ。 しかし、パソコンメーカーがノートPCに同等品質のオーディオ回路を組み込むのはコスト的にも商品構成としても難しい。では、制約が多い中で高音質を実現するために、どのようなアプローチがあるのか。ソニーはデジタルアンプと高性能CPUを活かした信号処理に活路を見いだそうとしている。 デジタルアンプというと、単にアナログアンプをデジタル化しただけ、といった印象を受けるかもしれない。しかし、デジタルアンプはデジタルソースの音源と組み合わせたとき、音質劣化を起こしやすいアナログ領域を極限まで狭くできるという意味で、とても大きな意味を持っている。 デジタルアンプの中には、アナログオーディオ信号をデジタル信号に変換してからデジタル増幅のプロセスに入れるものもあるが、元々デジタルのソースであれば、デジタル信号をそのままアンプの入力にできる。PCと組み合わせる場合、PC内では品質を確保しにくいアナログオーディオの区間を排除できるため、音質的に有利となる(必ず良くなるというわけではない)。 もうひとつは、ソフトウェア処理によって高音質化を図ろうとしている点。この夏モデルから、VAIOにはSonicStage Mastering Studio Audio Filterというソフトウェアが搭載され、オーディオ出力に対して、スタジオクオリティのサウンド処理を施すことが可能になった。 VAIO type Aでは付属の2ウェイスピーカーに最適化されたオーディオフィルタプロファイルがプリセットされ、低価格のオーディオでは越えられない壁を乗り越える試みが施されている。 では個別の対策について、どれほど有効なものなのかを見ていこう。 ●可変出力オーディオDAC=デジタルアンプ type Aに搭載際されているデジタルアンプは、ソニーが以前から開発していたS-Masterという方式のデジタルアンプが搭載されている。実はこの製品とは無関係に、以前、S-master PRO(S-masterに対していくつかの高音質化技術を組み込んだもの)を用いた高級AVアンプ「TA-DA9000ES」の開発を率いたホームオーディオカンパニー・シニアエレクトリカルエンジニアの金井隆氏に、S-masterについて取材をさせていただいたことがある。 以下の解説は金井氏から伺った話のうち、S-masterに関する解説などを抜き出し、一部簡略化しながら個人的にまとめ、type AのS-masterに関する情報を足したものだ。解説に使っている図も、金井氏が用意していただいたものを流用させていただいている。なお、同氏は個人で運営するWebページで、さらに詳しい解説を公開しているので、興味がある人は、そちらも参照するといいだろう。(金井氏のWebページ) さて、デジタルアンプに関して「デジタルで増幅して出力時にアナログに変換するアンプ」と言われるが、これだけでは“サッパリわからない”と思うことだろう。ではデジタルで増幅するとは、どういうことなのか。 金井氏によると、デジタルアンプとはデジタルデータを元に増幅されたアナログ信号を作り出し、その出力を可変できるものとのこと。ピンと来る人もいるだろうが、要はパワー出力を取り出せるオーディオDAC(D/Aコンバータ)なのである。金井氏は“パワーDAC”と呼んでいた。
DAコンバータは、CDプレーヤーを始めデジタルの音声データをアナログで出力しなければならない、あらゆる機器に搭載されている。近年は進化の速度も緩やかになってきたとは言え、DAコンバータの質はこの5年ほどで大きく進化した。その進化を支えているのは、DAコンバータを開発している各社のノウハウだ。 ソニーの場合は自社CDプレーヤー向けにカレントパルスDACを開発。現在はこれをSACD再生対応に進化させたSA DACになっているが、基本的な動作は同じだ。現在、ソニーのDACは製造そのものは他社(TI)に依頼しているというが、内部の動作、高音質化のノウハウなどの部分でカスタマイズされたもので、ソニー製SACD/CDプレーヤーの音質を支える基盤技術になっている。 そしてS-masterの基本部分は、まさにソニー製DACそのものになっている。ここでは詳しい解説は加えない(キャプションに簡単な説明を付記した)が、ジッタの徹底的な排除や一般的な1bit DAC(PWM方式)では避けられない2次歪みを避けるC-PLM方式のパルスを採用するなど、様々な特徴がソニーのDACと一致する。
通常のDACと異なるのは、デジタルデータの演算から作り出したC-PLM方式のパルス波を、そのままローパスフィルタに通してアナログ信号を取り出すのではなく、パワースイッチングという手法を用いて増幅してからローパスフィルタに通していることだ。 図にも示したように、1bitのオーディオ信号はアナログ信号に高周波のノイズを合成したものになっている。このため、フィルタで高周波成分を取り除くとアナログ波が出てくるわけだ。ノイズ成分とオーディオ信号の帯域は大きく離れているため、ローパスフィルタでオーディオ信号を減衰させることもない。 パワースイッチングとは、スイッチング素子(電気信号で信号のオン/オフが切り替わる素子)を1bit信号で駆動し、より大きな電源出力を高速でオン/オフすることで、大きな出力を取り出す増幅方法。アナログアンプのように、増幅率が(外的要因で変化しやすい)増幅素子の物理特性に依存しないため、より歪みの少ない増幅を行なえる。 ●パソコンとデジタルアンプの相性はなぜ良いのか? 閑話休題。 ここまでデジタルのパルス信号ばかり出てきているため、デジタルアンプというのは、きっと“デジタルっぽい”音なのだろう。なんて思っている人も多いのではないだろうか。ではデジタルっぽいとはどんな音なのか? サッパリわからない。 しかし実際のよく出来たデジタルアンプは、ただひたすらに正確な増幅が行なわれているという印象だけで、デジタルっぽい、という抽象的な言葉は全く当てはまらない。そもそも、デジタルアンプでデジタルっぽいというなら、CDやDVD、パソコンなどデジタル音源から出る音は全部“デジタルっぽい”ことになる。 また、デジタルだからアナログよりもいい、というわけでもない。原理的に有利なことと、それをしっかりと音質に繋げることは全く別の議論となるからだ。 そうそう、この記事はVAIO type Aがテーマのハズだった。type AのアンプはPC用としてはかなり良く、(ドッキングステーション内蔵とはいえ)ノートPC内蔵のものとは思えないほどだ。ただ、アナログアンプでも同じことは出来たハズである。単に音を良くするためだけなら、アナログでディスクリートのアンプを組んでも、小型の付属スピーカーを鳴らす程度ならば十分だっただろう。だから、音が良くなるからS-masterを使ったといううたい文句は、どちらかといえばマーケティング的な意味合いの方が強いと思われる(もちろん、そんなことを質問しても“その通り”という答えは返ってこないが)。 しかし、他の事情と組み合わせると、S-masterを使う理由も見えてくる。 パソコンで扱う音源ソースは、ほぼ間違いなくデジタルだ。したがって、この信号を元にスピーカー(これはアナログ)を駆動するには、D/A変換を行なわなければならない。通常、パソコンではD/AコンバータをAC'97リンクに繋がっているサウンドチップが担当し、その出力をアナログアンプで増幅している。だが、ノイズだらけの電源、ノイズだらけの筐体内で高品質のアナログオーディオ信号を出力できるだろうか? だからUSBオーディオを使う方が良い音になることが多い(もちろん、USBオーディオデバイスの品質次第だが)。実はUSBオーディオにも音質的な問題(ソフトウェアのボリューム処理が挟まる)があるが、それを避ける方法はある(西川和久氏のコラムにあるASIO4ALLが有効)。S/PDIF出力もひとつの手だが、受け側にジッタを排除する機能がなければ、良い音にはならない(パソコンのデジタル音声出力はジッタだらけ)。
しかしノートPCでは、どの方法も望めない。そもそも、そこまで品質にこだわるとなると、音質向上のために元々良くない電源効率をさらに悪くする必要がある(発熱が大きい)アナログアンプを内蔵させるのは無理がある。デジタルソースばかりなのであれば、デジタルデータを元に演算でパルスを作り、高効率のスイッチング増幅を行なえるデジタルアンプの方がいい。アナログソースを、わざわざA/D変換してまでデジタル増幅する必要があるかどうかはわからない。しかしソースがデジタルなら、デジタルアンプの方が効率的なのだ。 方式によって異なるが、デジタルアンプの電源効率は90%以上。中には電源部も含めた総合効率で80%以上というものもある。十分な出力と品質を確保しても、小さい場所に押し込める程度の発熱に押さえ込めるのはデジタルアンプのもっとも良いところだろう。 また、デジタルアンプは効率が良いため、電源への負担も比較的小さい。ACアダプタでの動作が前提となるノートPC向けとなると、この点も大きな要素と言えよう。できれば将来的に、ソニーには出力を抑えたS-Masterを本体内に内蔵して欲しいものだ(もちろんきちんとノイズシールドして欲しいね)。内蔵スピーカーに多くを望めないことを考えれば、ヘッドフォンアンプに仕立て上げるというのもいいかもしれない。 さらにPCでマルチチャンネルオーディオを扱おうという時代だ。AV機能満載のパソコンにもまた、デジタルアンプの技術は役立つだろう。7チャンネル分の高品質なアナログアンプを収めた馬鹿でかいパソコンが欲しいという人は、おそらくかなりの少数派に違いない。 ●どうしようもない部分をデジタル処理で アンプの話が長くなってしまったが、かなりまともなデジタルアンプをVAIO type Aに搭載したというのは、とっても良いことである。デジタルアンプが今突然、発明されたわけではないことを考えると、今まで採用されてこなかったのが不思議なほど、パソコンには適している。 しかしアンプをいくら良くしても、音の出口が良くなければたいした音にはならない。 VAIO type Aに付属する2ウェイスピーカーは、パソコンに付属するものとしては贅沢なドライバーユニットを搭載しており、ノートパソコン用としてはかなり良質なものである。だが、悲しいかなそのままでは「そこそこまともなラジカセ」程度の音にしかならない。 アナログ信号で空気を物理的に振動させるスピーカーは、経験と勘に頼ったチューニングを施さなければ、まともな周波数特性にはならない。音圧次第でエンクロージャ(スピーカーユニットを入れる箱)が鳴り始めたり、バスレフポートからの共鳴音が大きく鳴りすぎたり、様々なバランスを見ながらトライ&エラーで長い時間をかけて開発が行なわれる。 が、当然ながらそこまで人とお金をかけて、パソコン付属のスピーカーの音質を高めることはできない。そこでVAIO type Aに組み込まれたのが「SonicStage Mastering Studio Audio Filter(SSMSフィルターとここでは略す)」だ。 type Aのレビュー記事などで紹介されているので、ここでは多くを語らないが、スピーカーに変なクセがあるのなら、それをデジタル技術で補正しようというのが、SSMSフィルターの基本的な考え方だ。デジタル技術、それも録音スタジオクオリティのオーディオ処理アルゴリズムを実装したSSMSの機能を使おうというのは、なかなか面白い発想である。
SSMSの基礎になっているイコライザ部分は、ソニーが自社の技術として持っているスタジオ向けミキシングコンソールのノウハウを使って開発しているわけで、ここでも“AV屋”としての技術が活かされていることになる。 この機能の効果は本当にすばらしい。もちろん、いきなり10万円レベルのスピーカーに変身! とまではいかないが、エネルギーバランスが悪く、音量を上げるとうるさく聞こえていたtype Aの音が、SSMSフィルターを使うだけで、耳障りよく、聴き疲れしない、自然な音へと変化する。 残念なのはスイートスポットの音量範囲が限られていること(スピーカーの箱の鳴りなどが、音量で変化するためだろう)と、アンプとスピーカーがセットになっているVAIO type A以外の機種では、スピーカーの音質を改善するプリセットが働かないこと。また、平均30%程度のCPU負荷が、ATRAC3plus/256kbpsの再生時にかかった(SSMSフィルターオフ時は5%以下)。 CPUのパワーを使って音質を改善しようという試みは、たとえばビクターがCCコンバータという高域を予測補完するオーディオフィルタをインストールした例が過去にあるが、ここまで突っ込んだ応用例は今までに無かった。 ソニーに限らず、デジタル音声処理の技術を持つオーディオ機器ベンダーは少なくないハズだ。音質改善のソフトウェア技術は、一部がフリーウェアの形で流通している(MP3再生時にアップサンプリングとハイビット化、アンチエイリアス処理を行なうプラグインなど)もあるが、是非とも自他共に「AV屋」として認めるベンダーの本気を見てみたい。取り組めるPCベンダーはソニーだけではないだろう。 □ソニーのホームページ (2004年6月23日) [Text by 本田雅一]
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