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PCI Expressで大きく変わるノートPC向けGPU




●デスクトップのハイエンドGPUをノートPCに

 デスクトップでスタートしたPCI Express化は、今秋にはノートPCにも及ぶ。そして、ノートPCでも、PCI Express化の焦点となるのはGPUだ。

 むしろ、デスクトップの場合より、ノートPCの場合の方がPCI Express化による影響は大きい。それは、GPUベンダーが、PCI Express化を機に、16パイプラインのハイエンドGPUの投入や、GPUモジュールの導入を行なおうとしているからだ。

 つまり、ノートPCでは、単にインターフェイスがPCI Expressになるだけでなく、GPUの性能レンジが大幅に上がり、GPUをノートPCに搭載する構造自体が変わる可能性が出てきた。もしその方向へ進むのなら、ハイエンドのノートPCのGPUは、今後はデスクトップとの性能のギャップが極少になり、デスクトップと同様にモジュール単位でグラフィックスの入れ替えが可能になる。

 ATIのノートPC向けGPU戦略の新展開は、明確にハイエンドにある。デスクトップでのRADEON X800(R420/R423)投入を契機に、ATIは新市場を切り開こうとしている。具体的には、R423と同等コアのGPUを、ノートPC市場にも投入しようとしている。これは、「M28」というコードネームで呼ばれている。

 そして、NVIDIAもほぼ同じような計画を持っているらしい。こちらはGeForce 6800(NV40)のノートPC版で、「NV41M」というコードネームだという業界関係者がいる。

 ATIは、昨年からこの市場の可能性を探っていた。NVIDIAが同じ方向へ動き出すよりも前からで、ATIとしては熟考の結果、ハイエンドGPUをノートPCにもたらすことにしたようだ。ATIのDavid Cummings(デビッド・カミングス)氏(ATI Technologies, Director of Marketing, Mobile Discrete Graphics)は、ノートPC向けのハイエンドGPUについて、次のように語っている。

 「我々は、現在の製品ラインよりもさらに上の、エンスージアスト向け製品も開発している。まだアナウンスはしていないが、今年後半には、ゲーミングプラットフォームなどで使われるだろう。

 ATIはデスクトップのハイエンドグラフィックスでは、ゲーム向けシステムとして非常に成功を収めた。一部のユーザーは、同じ機能性をポータブルシステムにも求めるようになると考えている。例えば、LANパーティなどでPCを持ち寄りゲームをするような場面だ」

 つまり、ゲーマーを中心ユーザーに想定した、高パフォーマンスノートPC向けに、新カテゴリのノートPC向けGPUを投入しようというわけだ。ノートPCといっても、モバイルノートPCではなく、いわゆるDTR(デスクトップリプレイスメント)の世界だ。

 従来、ノートPC市場はデスクトップのミッドレンジGPUに当たるパフォーマンスGPUと、メインストリームGPUの2階層で構成されていた。つまり、ATIとNVIDIAは、ハイエンド、ミッドレンジ、メインストリーム&バリューの3つの異なるデスクトップGPUを開発するが、ノートPCにはそのうちミッドレンジとメインストリーム&バリューの2ラインしか投入して来なかった。

 だが、今回の戦略変更によって、ノートPC向けGPUの市場は、広がることになる。「ウルトラハイエンドまたはエンスージアストとなる新カテゴリが加わる。その結果、3つの異なる市場セグメントになるだろう」(Cummings氏)

 ちなみに、昨年の段階からハイエンドのノートPC GPUの可能性を語り始めていたATIに対して、NVIDIAの動きは遅かった。Computex時のミーティングでも「NV40のモバイル版はない」(Jason Paul氏, Product Manager)と説明していた。だが、実際には、Computex前後には、NVIDIAもNV40クラスのノートPC向けGPUの説明を始めていたようだ。ATIの動きを見て、NVIDIAも対抗策を打ち出す必要に迫られたのかもしれない。

ATI&NVIDIA Mobile GPU推定ロードマップ
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●ノートPC向けGPUのTDPは30Wクラスに

 デスクトップと異なりノートPCでは、GPUのカテゴリを拡張するのにハードルがある。それは、TDP(Thermal Design Power:熱設計消費電力)だ。グラフィックス部分のTDPが上昇することで、ノートPCベンダーは熱設計を変更しなければならなくなる。そのため、GPUベンダーはノートPCベンダーの同意と協力をとりつける必要がある。おそらく、これまで1年間ATIがやってきたのはそれだろう。

 ノートPC向けGPUの場合、パフォーマンスセグメントはイコール、TDPセグメントでもある。現在だと、ミッドレンジ(パフォーマンス)GPUは8〜14W、メインストリームは4〜7W程度のTDPが一般的だ。ATIの今後のラインナップだとM22は7W枠内、Mobility RADEON X600(M24)やM26は14Wの枠内ということになる。

 これはNVIDIAにも当てはまる。各GPUについて、この枠を超えるTDPに達する周波数&電圧の組み合わせが用意されている場合もあるが、必ずTDP枠内に収まる周波数&電圧もある。TDP枠は、必須条項だと言っていい。逆を言えば、TDP枠の制約によって、これまでのノートPC向けGPUの性能は制約されていたわけだ。TDP枠に収まるように低パフォーマンスのGPUしか投入できなかった。

 しかし、今回は、GPUのTDP枠を大幅に引き上げることで、よりパワフルなGPUの搭載を狙う。今後のハイエンドノートPC向けGPUのTDPは、従来より大幅に上がる。ある業界筋によると、ATIのM28 Proは35W、NVIDIAのNV41Mは30W程度になると言う。これは納得できる数字だ。というのは、デスクトップ版のR423はピークで75W弱を消費するので、そこから周波数と電圧を落とせば、原理的には70〜80%のパフォーマンスを50%程度の消費電力で達成できるはずだからだ。

 とはいえ、30〜35Wは、従来のノートPC向けGPUのTDPより15〜20Wも高い。厳しい数字だ。もっとも、CPUが80〜100Wも消費するなら、GPUが30W程度を食っても悪くないだろうという考え方もある。ノートPC全体のTDP枠の中から、GPUにもっと振り分けさせようという計画だ。

 しかし、ノートPCベンダーが、こうしたアイデアに諸手をあげて賛成しているわけではない。あるノートPC関係者は「ハイエンドのDTRになると、今後は、CPUとGPUで合計160Wになってしまう。これに、チップセットなどを加えると200W。熱設計や電源は、本当に頭が痛い。もちろん筐体は、かなり大きくせざるをえない」とこぼす。

●12〜16パイプライン構成のハイエンドGPU

 高TDPという犠牲を払って、エンスージアスト向けGPUはどんな性能レンジを狙い、どんな構造になるのだろう。

 「現在、ATIやNVIDIAが示している性能レンジは、デスクトップのハイエンド製品にかなり近いレベルだ。彼らはパイプライン数を明らかにしないが、性能を見ると12から16パイプになるのは明らかだ」とある業界関係者は言う。

 別のソースによると、ATIは最大では3DMark2003で10,000クラスの性能を目指しているという。とすると、ATIのM28 Proは16パイプである可能性が高い。「NVIDIAのDTR向けハイエンドGPUも、少なくとも12パイプになる」という情報ソースもある。つまり、16パイプラインのハイエンドGPUコアを、そのままか、4パイプ分を殺して持ってくるというわけだ。

 業界関係者によると、ATIもNVIDIAも、もともとは8パイプライン程度のGPUを計画していたという(TDPも当初の予定ではもっと低かった)。現状では、どういった経緯でそれが12〜16パイプへと拡張されたのか、わからない。もっとも、ハイエンドノートPC向けのGPUで、パイプラインを拡張する意味がないわけではない。それは液晶ディスプレイの解像度の向上のためだ。

 「現在のゲーミングノートPCでは、画面サイズの拡大とともに画面解像度もどんどん上がっている。そのため、よりピクセルパイプライン数が必要になっている」とCummings氏は指摘する。もっとも、ゲーミングノートでより重要なのは、ピクセル性能よりむしろ、シェーダの性能だろう。ピクセルパイプ数の拡張は、現状のアーキテクチャではピクセルシェーディング能力の拡張も意味している。

 モバイルGPUでパイプライン幅を拡張するのは、ある意味では理にかなっている。それは、よりよいパフォーマンス/消費電力効率を得やすいからだ。4パイプのように、並列処理度の低いGPUで高性能を達成しようとすると、動作周波数を上げなくてはならない。

 周波数を上げるには、供給電圧を上げる必要がある。しかし、消費電力は、電圧の二乗×周波数に比例するため、周波数と電圧を引き上げると、性能向上の割合以上に消費電力が上がってしまう。それに対して、8〜16パイプといった、並列度の高いGPUなら、動作周波数と電圧を低く保ったままで、性能を上げることができる。実際、S3 GraphicsのDeltaChromeはこうした思想で、高い性能/消費電力を達成している。つまり、8〜16パイプなら、性能/消費電力の比率は、原理的には高くなる。

 ノートPC向けGPUでの、ピクセルパイプ数の拡張は、重要な影響をはらんでいる。それは、メモリ回りだ。ピクセルパイプ数を増やすと、必然的に、それに見合ったメモリ帯域が必要となる。実際、現在のハイエンドデスクトップGPUでは、ピクセル性能に見合ったメモリ帯域を提供できていないのが現状だ。

 ノートPC向けのハイエンドGPUが、12〜16パイプになるとしたら、メモリインターフェイス幅は256-bitが必要になる。そうすると、メモリのグラニュラリティが問題になる。従来のノートPC向けGPUは128-bit幅までだった。その場合は、32-bit幅のインターフェイスを持つx32のDRAMチップが最小4個でビデオメモリを構成できた。ところが、256-bit幅になると最小8個のDRAMチップが必要となる。現状ではx64のDRAMチップがコスト面から現実的ではなないため、インターフェイス幅を広げるとDRAM個数も増えてしまう。

 そのため、ハイエンドGPUでは、まず現在のようなDRAMチップを混載したパッケージはほぼ不可能になる。つまり、ディスクリートだけのソリューションにならざるを得ない。また、ディスクリートの場合も、メモリインターフェイス幅が2倍になるため、下位のGPUと、ピンアウトやフットプリントの互換性が保ちにくくなる。

●PCI Expressを機にグラフィックスにモジュールを

NVIDIAのMXMモジュール
ATIのAXIONモジュール
(Photo by 笠原一輝)
 互換性が切れることはATIに対して不利に働く。というのは、ATIはモバイルGPUでは、複数世代に渡ってピン互換やフットプリントの互換を保つことで、市場を掴んできたからだ。

 NVIDIAが、このタイミングで、「MXM(Mobile pci-eXpress Module)」モジュールを持ち出し、ATIに揺さぶりをかけてきたのは、決して偶然ではない。モジュールを導入することで、一気にこれまでのノートPC向けGPUの互換性の縛りをなくそうというのが狙いだからだ。

 MXMについては、笠原一輝氏の記事「MXMを推進するNVIDIA、AXIOMで対抗するATI」などにある通り。MXMを使えば、モジュール単位でノートPCのGPUを他のGPUと入れ替えることができるようになる。従来のように、ノートPCによってGPUが固定されるといったことがなくなる。

 それに対してATIはこれまでピン互換戦略でモバイルGPU市場での優勢を維持してきた。デスクトップと異なり、簡単にグラフィックスを入れ替えることができないノートPCでは、ピン互換は非常に重要だ。ピン互換性のあるGPUなら、原理的には、同じ設計のマザーボード上で載せ替えることができる。つまり、従来のシステムを変更することなく、GPU性能だけを上げることが可能になる。そのため、いったんATIのGPUを使い始めたら、NVIDIAやS3 Graphicsなど、他のベンダーのGPUに乗り換えることが難しかった。

 この記事でも指摘されている通り、MXMの狙いは、ピン互換の呪縛を解くことにある。モジュール単位でGPUを入れ替えることができるようになれば、特定のGPUベンダーに縛られることがなくなる。そうすれば、従来のモバイルGPU市場でも、NVIDIAが切り込む隙ができる。また、新たに登場するDTR向けのハイエンドGPU市場では、MXMをスタンダードにすることで、NVIDIAが市場を征することができるかもしれない。

 そのため、NVIDIAはPCI Express時代はMXMベースに持って行こうと、積極的にアピールしている。ATI側のモジュール規格「AXIOM」は、それに対する防衛的な意味合いが強い。

 MXMにしろAXIOMにしろ、ノートPC向けGPUのモジュール化が進むのは業界全体にとって好ましい方向だ。B5ファイルサイズノートPCにモジュールが使えるかは議論はあるが、少なくともDTRではおそらく多くのノートPCベンダーが支持するだろう。また、もしモジュールが普及するなら、いわゆる「NBR(ノートブックリプレイスメント)」と呼ばれる、モバイル系技術を使ったデスクトップ(Pentium Mベースなど)にも適用できるかもしれない。可能性は色々考えられる。

●PCI ExpressがノートPCのGPUを変えるチャンス

 なぜここへ来て、ATIとNVIDIAがいきなりノートGPU戦略を大きく切り替えたのか。その答えは明瞭だ。PCI Expressがあるからだ。

 PCI Expressで、ノートPC向けGPUもこれまでの蓄積をご破算にして、再スタートとなる。まず、インターフェイスが変わるためにGPUのピン互換性が失われる。だから、互換性の呪縛をいったんリセットできる。

 さらに、今後のCPUやチップセットを視野に入れると、ノートPC自体の熱設計や筺体も変える必要が出てくる。つまり、GPUのTDP枠を再考させて、より多くの熱設計枠をGPUに割かせることができる。だから、このチャンスに一気にGPU回りの設計を切り替えさせようというわけだ。

 実際、両社ともハイエンドGPU戦略はPCI Express世代でと考えている節がある。例えば、ATIのハイエンドGPUには、M28の他にAGP版のM18(当初はR360系と見られていたが、R420の8パイプ版の可能性も高い)があるが、M28の話はよく聞くのに、M18の話はほぼ聞かない。ATI自身もあまりプロモートしていないのかもしれない。

 PCI Expressでのリセットを控えて、両社ともPCI Express GPUに焦点を合わせている。PCI Express世代では、ミッドレンジやメインストリームのGPUのパフォーマンスも向上するため、DTR以外のノートPCでも、利点は大きい。

 例えば、ATIは、デスクトップの次世代ミッドレンジGPU「R410」のモバイル版である「M26」では、ピクセルパイプラインを8本に拡張すると言われている。R410/M26は、製造プロセスも0.11μm+Low-kになると見られるため、パイプ数を広げても、14W程度のTDP枠に収めることができると推測される。そうすると、DTRでなくても、8パイプ相当の性能は達成できるようになるわけだ。NVIDIAも同様だ。NVIDIAの、NV43ベースのモバイルGPU「NV43M」では、8パイプ相当の構成になると見られている。

 PCI Expressを機に変わるノートPC向けGPU。夏には、方向性が明確に見えてくるだろう。

□関連記事
【6月8日】【笠原】MXMを推進するNVIDIA、AXIOMで対抗するATI
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0608/ubiq66.htm
【6月24日】【後藤】GPU戦争の次のフェイズは“NV48対R480”
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0624/kaigai097.htm

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(2004年6月28日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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